アイゼンハワーの離任(退任)演説
(豊島耕一訳)
 
以下は、佐賀大学理工学部教授・豊島耕一氏の訳である。ご本人の了解を得て 再録させていただいた。
なお豊島氏のサイトはhttp://pegasus.phys.saga-u.ac.jp/Default.html であり、この原文はhttp://pegasus.phys.saga-u.ac.jp/kb/EisenhowerAddress.html で読める。また豊島氏のブログはhttp://pegasus1.blog.so-net.ne.jp/ である。
軍産複合体(Military-Industrial Complex)という概念は、アイゼンハワーがこの言葉を使うからあったようだ。(http://en.wikipedia.org/wiki/Military-industrial_complex または http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8D%E7%94%A3%E8%
A4%87%E5%90%88%E4%BD%93
 )しかし、アイゼンハワーの頭にあった概念は、第二次世界大戦後、急激にアメリカの中で成長した体制である。よくある誤解は、これを単に軍部と軍需産業界の結びつきと捉える概念である。アイゼンハワーの演説草稿では、これをもともと「軍産学議会複合体」としてあったが、大統領が議会を非難するのは拙いという理由で「議会」という言葉を削ったように、また現在では「軍産学複合体」という言葉でも使われるように、アメリカの金融資本、産業資本、軍需産業、政府、官界、議会、産業別利益団体、ほとんどの有名大学を巻き込んだ学界、労働界、ほとんどの有名マスコミを含んだジャーナリズム界、広告・広報業界、退役軍人の団体、各州地方の利益団体、宗教界などなどを巻き込んだ広範な概念である。その萌芽はマンハッタン計画を中心とした「核兵器開発」体制とその後の展開に典型的に見られる。
段落替え、行替えは私の判断で行った。文章中の註は私のものである。色を青字に変えてある。
(以下本文)

Eisenhower’s Farewell Address to the Nation January 17, 1961 日本語訳
→ 原文と録音


アイゼンハワーの国民への離任演説―1961年1月17日
ver.0.95 ('08.4.4)


 アメリカ国民の皆さん、こんばんは。

まず私は、この何年間、皆様への報告とメッセージを伝えるために私に機会を与えていただいた、ラジオとテレビの関係者に感謝申し上げたいと思います。今夜も皆さんに話しかける機会を与えられたことに対して、彼らに特別の謝意を表します。

3日後に、我が国に奉仕してきました半世紀を経て、伝統的で厳粛な式典において大統領職の権限を私の後継者に与え、私は職を辞します。
(※  ドワイト・D・アイゼンハワー<Dwight David Eisenhower>は、1890年生まれ。1969年に亡くなっている。1915年にウエスト・ポイントを卒業しているので、1961年に、我が国に奉仕してきた半世紀、と言っているのは決して誇張ではない。1953年からトルーマンの後をついで第34代合衆国大統領に就任、2期8年を勤めた。なお、私の後継者、と言っているのは、合衆国第35代大統領、ジョン・F・ケネディである。)


今夜、私はお別れのメッセージを皆様にお届けし、後にいくつかの考えを皆様と分かち合いたいと思います。

国民の皆様と同様に、私は新大統領の、また彼とともに働く人々の成功を祈ります。私は、将来においてすべての人々が平和と繁栄に恵まれることを祈ります。

国民は、大統領と議会がこの重要な時に諸問題についての基本的な合意を見つけ、その賢明な解決策が国家をより良く形作って行くことを期待しています。

議会との私との関係は、はるか昔、ある上院議員が私をウェストポイント(陸軍士官学校)の教官に任命した時に遡ります。初めは遠い関係でしたが、戦争とその直後の時期に親しいものになり、最後のこの8年間はお互いに相互に依存し合う関係になりました。

この最後の頃の議会と政府は、最も重大な問題について、単なる党派心ではなく国家のために役立つようによく協力し合いましたので、国家業務は着実に遂行されました。

したがって、議会と私との公的な関係の終わりに際し、私はこのように良く協力し合えたことへの感謝の気持ちを抱いています。

大国の間の4つの大きな戦争を経験した一世紀の中間点を過ぎて、今10年が経ちました。これらの戦争のうちの3つは我が国自身が係わりました。これらのホロコーストにもかかわらず、アメリカは今日世界で最強であり、最も影響力があり、最も生産力の高い国家です。この優位性を当然誇りにしていますが、それ以上に私たちは、その指導力と地位が、単にわれわれの不相応な物質的進歩や富や軍事力だけではなく、われわれの力を世界平和および人々の生活の改善のためにどう使うかということに依存することを理解しています。
(※ 大国の間の4つの大きな戦争は、第一次世界大戦、第二次世界大戦、朝鮮戦争の3つは分かるが、あと一つは何だろうか?1850年から1950年に起こった大国間の戦争で、アメリカが関わらなかった戦争である。アメリカが関わらなかった戦争を見つけるのは難しいが、まったく軍事的に関わらなかった大国間の戦争と云うことになると日露戦争だろうか?)


アメリカの自由な政府の波乱の歴史を通じて、そのような根本的な目標は、平和を守り、人間活動の成果達成を助けること、そして諸民族および諸国家の自由と尊厳と独立を前進させることでした。

わずかなものをめぐって争うことは、自由で信仰深い民族にふさわしいものではありません。

傲慢や無理解のために、あるいは犠牲を嫌ったために起きるどのような失敗も、私たちに国の内外で大きな傷を負わせるでしょう。

これらの崇高な目標への前進は、いま世界を巻き込む争いによって常に脅かされています。この前進は私たちの全身全霊の注意を要求します。私たちは、地球的な広がりを持ち、性格的に無神論で、目的追及において冷酷で、その方法において狡猾な、敵意あるイデオロギーに直面しています。不幸にもそれがもたらす危険性がいつまで続くかは分かりません。これにうまく対処するには、危機に対する感情的で一時的な犠牲が多く要求されるわけではなく、むしろ着々と確実に、長く複雑な戦いの重荷を淡々と担って進んで行くという犠牲が要求されるのです。自由を支えとして、これによってのみ私たちは、いかなる挑発があろうとも、恒久平和と人類の福祉の増進への針路を取り続けることが出来ます。
(※ ここで、敵意あるイデオロギーといっているのは、共産主義イデオロギーのことだろう。アメリカの「崇高な目的」というのは、世界の「アメリカ化」のことであった。アメリカによるアメリカのための「自由世界」を作り出すことであった。共産主義は全くこの「世界のアメリカ化」の敵ではあった。)


危機は常に存在し続けるでしょう。国内であれ国外であれ、大きいにせよ小さいにせよ、危機に直面する時、華々し、また金を掛けた何らかの行動によって現在のすべての困難が完璧に解決するかのような誘惑に繰り返し駆られるものです。

我が防衛力の新たな装備を大きく増やすこと、農業ではあらゆる病害を駆除するというような非現実的な計画の推進、基礎研究と応用研究の劇的な進展、これらの、また他の多くの可能性は、それぞれがそれ自体としては有望で、我々が辿りたいと思う唯一の方法として提案されるでしょう。

しかしそれぞれの提案はより広い視野から比較考量される必要があります。

すなわち、国家の諸計画の間のバランスを保つ必要性、私的経済と公共の経済との間のバランス、コストと期待される利益のバランス、明白な必要性と「あれば便利」というものとのバランス、国民としての基本的な要求と国家が個人に課す義務とのバランス、現在の施策と将来の国民福祉とのバランスです。

良い判断というものは「バランスと前進」とを求めます。それなしでは「アンバランスと失敗」という結果になります。

何十年にも亘る実績は、私たち人民とその政府が、概して、脅威と圧力に直面しながらこれらの真実を理解し首尾よくそれらに対応したことを証明しています。

しかし、新たな種類ないし度合いの脅威は絶え間なく起こっています。

私は、これらの中の2つについてだけ述べたいと思います。

平和を維持するための不可欠の要素は私たちの軍組織です。私たちの武力は強力かつ即応的でなければならず、そうすればだれも自らの破滅の危険を冒してまで侵略しようとはしないでしょう。
(※ ここは、具体的にはどんなことを云っているのかよく分からない。というのは少なくとも、第二次世界大戦が起こるまでは、アメリカは平和時、常備軍をもたない国だった。建国以来、アメリカほど戦争ばかりやっていた国も珍しいが、それでも平時には常備軍は削減された。それが1944年1月にジェネラル・エレクトリックの社長、チャールス・ウイルソンが「我が国が必要としているのは、永久的な戦争経済である。」と言うまでになった。アイゼンハワーはこのウイルソンの言葉を肯定しているのか、否定しているのか、この短いことばではまるで分からない。)


私たちの今日の軍組織は、平時の私の前任者たちが知っているものとはほとんど共通点がないどころか、第二次世界大戦や朝鮮戦争を戦った人たちが知っているものとも違っています。

最後の世界戦争までアメリカには軍事産業が全くありませんでした。アメリカの鋤*の製造者は、時間をかければ、また求められれば剣[つるぎ]も作ることができました。しかし今、もはや私たちは、国家防衛の緊急事態において即席の対応という危険を冒すことはできません。私たちは巨大な規模の恒常的な軍事産業を創設せざるを得ませんでした。

訳者註 * 「鋤」は民生産業、平和産業の代名詞
(※ 第二次世界大戦までアメリカに軍事産業が全くなかった、というのは軍需売り上げが企業の大半を占める企業がなかった、という意味では事実である。第二次世界大戦中に兵器生産を行ったのは、クライスラーやジェネラル・モータース、ジェネラル・エレクトリックやダウケミカル、アライドケミカルといった平時には民需を売り上げの主体とする企業群だった。しかし戦後気がついてみると、レイセオン、ジェネラル・ダイナミックスといった軍需を売り上げの大半とする企業群ができあがっていた。またグラマンやロッキードのように、既存企業の中でもいつの間にか軍需の売り上げが激増した企業が増えていた。)


これに加えて、350万人の男女が防衛部門に直接雇用されています。私たちは、アメリカのすべての会社の純収入よりも多いお金を毎年軍事に費やします。
(※ これも事実である。1969年、この演説からわずか8年後、フルブライト上院議員は「ペンタゴンの軍事支出はアメリカの10%以上の人の生計を支えている。」<1969年5月20日づけ米議会記録>と言うまでになっている。)


私たちは、この事業を進めることが緊急に必要であることを認識しています。しかし、私たちは、このことが持つ深刻な将来的影響について理解し損なってはなりません。私たちの労苦、資源、そして日々の糧、これらすべてが関わるのです。私たちの社会の構造そのものも然りです。

我々は、政府の委員会等において、それが意図されたものであろうとなかろうと、軍産複合体による不当な影響力の獲得を排除しなければなりません。誤って与えられた権力の出現がもたらすかも知れない悲劇の可能性は存在し、また存在し続けるでしょう。
(※ ここはかなり遠慮がちな表現であろう。「誤って与えられた権力」とは直接にはペンタゴンを指すものと思われる。この時点で、ペンタゴンはすでに国務省、CIAなどを自らの支配下に置いていた。この婉曲な表現で、どれほどのアメリカ市民が事態の深刻さを認識できたであろうか?)


この軍産複合体の影響力が、我々の自由や民主主義的プロセスを決して危険にさらすことのないようにせねばなりません。

何ごとも確かなものは一つもありません。

警戒心を持ち見識ある市民のみが、巨大な軍産マシーンを平和的な手段と目的に適合するように強いることができるのです。その結果として安全と自由とが共に維持され発展して行くでしょう。

我が産軍のあり方の根本的な変化とごく類似し、またその変化を生じさせた主たるものは、最近の数十年間に起こった技術革命です。

この革命では、研究活動が中心的なものになり、それはまたより計画的になり複雑化し、費用がかかるものとなってきました。着実に増加する研究予算の配分は、連邦政府のために、連邦政府によって、或いは連邦政府の指示に基づいて実施されています。

今日、自分の仕事場で道具をいじくり回している孤独な発明家は、実験室や実験場の科学者による研究チームの陰に隠れてしまいました。同じように、歴史的に、自由なアイデアと科学的発見の源泉であった自由な大学が、研究方法における革命を経験してきました。莫大な資金が絡むという理由を一因として、科学者にとって政府との契約が知的好奇心に事実上取って代わっています。使い古した黒板の代わりに、現在、何百台もの新しい電子計算機があります。
(※ 「自由なアイディアと科学的発見の源泉であった自由な大学が・・・政府との契約が知的好奇心に事実上取って代わっています。」とは全くその通りで、原爆開発に協力したハーバード大学、シカゴ大学、カリフォルニア大学、マサチューセッツ工科大学などをはじめ、1960年代にはいると陸軍化学センターは、陸軍の毒ガス計画に協力している大学として、カリフォルニア大学ロスアンジェルス校(UCLA)医学部、ベイラー大学、テキサス大学、スタンフォード研究所、コーネル航空研究所などをあげている。また陸軍生物研究所は致死性細菌―化学兵器―の実験に従事している大学として、ジョンズ・ホプキンス大学、メリーランド大学、ミネソタ大学、エール大学、イリノイ工科大学などをあげている。しかし、真の問題は、こうした理科系の学問分野ばかりではなく、政治学、社会学、政治学、人類学、経済学と言った社会科学系の学問分野で、アイゼンハワーがここで指摘しているように、アメリカ政府=ペンタゴンからの研究資金を得て、軍産複合体制を強化するイデオロギーや研究を各分野で拡大再生産していることだ。これがアメリカの一流大学の教授のブランドと権威で、世界に広められ、信じられていることだ。「核抑止論」などは代表的な例だろう。1960年代のはじめ、高名で良心的な経済学者ケネス・ボールディングは自身の「紛争解決研究センター」のために国防総省から25万ドルを得ようとした。同教授の研究は一方的軍縮を研究目的とするためペンタゴンはまったく興味を示さず、まったく金をださなかった。これに対してアメリカン大学の社会科学研究センターは、チリやその他の地域での反乱対策研究のための「キャメロット計画」を扱い、数百万ドルを得ている。)


連邦政府による雇用、プロジェクトへの資源配分、および財政力によるわが国の学者層への支配の可能性は常に存在しており、このことは深刻に受け止められるべきです。

しかしまた私たちは、科学研究と発見を、当然敬意を持って扱いますが、その際に公共の政策それ自体が科学技術エリートの虜となるかもしれないという逆の同等の危険性も警戒しなければなりません。

これらの、あるいは他の権力や影響力、それらには新しいものも古いものもあるでしょうが、それらを、自由社会の究極の目標を絶えず目指しているわれわれの民主主義制度の諸原則の中にはめ込み、それらとバランスを取り、それらと統合させていくのは政治家の仕事です。
(※ ここでアイゼンハワーが触れている「自由社会」とは、フリーエンタプライズのための自由であり、民主主義制度も当然限定されたものとなる。いわばマルクス主義の言葉を借りて云えば、ブルジュア民主主義の枠内の話である。軍産複合体はそれすらも形骸化しつつあると、警告していることになる。)


バランスを維持することにおける別の要素は時間です。

私たちが社会の未来を見つめるとき、私たち‐あなたと私、それに政府‐は、自らの安楽と利便のために、未来の貴重な資源を略奪して今日だけのために生きるという衝動を避けなければなりません。

私たちは、孫たちの世代に属する物質的な資産を抵当に入れることは出来ませんし、それは政治的、精神的な遺産についても、その損失を要求することになってしまいます。
(※ このアイゼンハワーの演説を今日から見ると、ジョージ・ウォーカー・ブッシュのアメリカ現政権は、アイゼンハワーが危惧した通りの事態になったことが分かる。もしミルトン・フリードマン流の新自由主義経済・市場原理主義が、究極の所、「世界のアメリカ化」なのだということが承認されるならば、アメリカだけでなく世界が危機的状況を増していると云うことにもなる。)


私たちは民主主義がすべての未来の世代において存続することを望んでおり、それが明日は破産してしまった見せかけのものになることを望みません。

まだ書かれていない歴史の長い道を下って見ると、アメリカは次のことを知っています。それは、我々の、いっそう小さくなりつつあるこの世界は、ひどい恐怖と憎悪の社会ではなく、相互の信用と尊敬にもとづく誇るべき同盟にならなければならないということです。
(※ 残念ながら歴史はそうはならなかった。)


そのような同盟は互いに対等な国々の同盟でなければなりません。最も弱い立場の者が、道徳的、経済的、軍事的な力によって守られた我々と同等の自信を持って話し合いのテーブルにつかなければなりません。このテーブルは多くの過去の失敗の傷跡を残していますが、戦場の悲惨な経験を理由に投げ出してはなりません。
(※ 再び、残念ながらそうではなかったし、少なくともアイゼンハワー個人は別として、アイゼンハワー政権も、そうではなかった。)


相互の尊重と信頼による軍備縮小は継続する緊急の課題です。

併せて、私達は意見の相違を、武力ではなく、知性と慎み深い意志をもって調停する方法を学ばなければなりません。

このことの必要性は極めて鮮明かつ明白なので、私は、この分野については明確な失望の気持ちを持ってこの公職を去ることを告白せざるを得ません。

戦争の恐ろしさと今なお残るその悲しみを目の当たりにした者として、また、別の戦争が、かくもゆっくりと、またかくも苦痛を伴いながら数千年以上もかけて作り上げられて来たこの文明を完全に破壊できることを知る者として、恒久の平和が間近であると今宵皆様に言えたらと思うのですが。

幸いにも、私は戦争は避けられて来たと言うことができます。究極の目標へのたゆみない前進がなされてきました。しかし多くのことがなされないままに残っています。一市民として、世界がこの道に沿って進む一助となるよう、どんなわずかなことでも私のできることを続けたいと思います。

大統領としての私のこの最後の挨拶で、私は、皆様方が、戦時においてもまた平時においても私に与えていただいた多くの機会に感謝致します。その仕事の中には、いくつかの価値あるものを皆様が見つけていただけると確信しています。そのほかのことに関しては、私は、将来あなた方がより良い方法を見出して下さることと思います。

市民の皆さん、あなた方と私は、すべての国家が、神の下で、正義をともなった平和という目標に到達するという強い信念を持たなければなりません。私たちが、常に確固として原則に忠実であり、信念を持ちながらも力の行使においては謙虚であり、国家の偉大な目標の追求においては勤勉でありますように。

私は、世界中のすべての人々に向けて、アメリカの祈りを込めた不断の抱負を再度表明します。

私たちは祈ります。すべての宗教、すべての人種、すべての国の人々がかれらの重要な人間的ニーズを満たせるように、いま(仕事の)機会を失っている人々が十分にそれを享受できるように、自由にあこがれるすべての人々がその精神的な恩恵を得られるように、自由を持つ人々はその重い責任を理解するように、他の人々の必要に無関心なすべての人々は思いやりを学ぶように、貧困の苦しみ、病気や無知の苦しみが地球からなくなるように、そしていつの日にか、すべての人間が、たがいの尊敬と愛が結びつける力によって確かなものとなる平和の中で共に生きることを。

さて私は金曜日の正午に一市民となります。私はそのことを誇りに思っています。そして楽しみにしています。

ありがとうございました。おやすみなさい。