中高生のための「核兵器廃絶」基礎知識



 核兵器(nuclear weapon または核兵器体系=nuclear weapon system)定義の話です。極めて幅広い議論があります。

 問題は「核爆弾を搭載した兵器」をどこまでの範囲で核兵器と解釈するか、という点です。もっとも狭い解釈は恐らく次のような議論でしょう。

 1958年=昭和33年、「核兵器及び通常兵器について」参議院の内閣委員会で当時社会党の参議院議員だった田畑金光さん(後に民主社会党)が、日本政府に核兵器の定義について質問したことがあります。
 4月15日、日本政府の示した見解は次のようなものでした。(参議院内閣委員会提出資料:田畑金光委員要求)

 核兵器及び通常兵器については、今日、国際的に定説と称すべきものは見いだしがたいが、一般に次のように用いられているようである。

核兵器とは、原子核の分裂または核融合反応より生ずる放射エネルギーを破壊力または殺傷力として使用する兵器をいう。

通常兵器とは、おおむね非核兵器を総称したものである。従って

(ア) サイドワインダー、エリコンのように核弾頭を装着することのできないものは非核兵器である。
(イ) オネストジョンのように核・非核両弾を装着できるものは、核弾頭を装着した場合は核兵器であるが、核弾頭を装着しない場合は非核兵器である。
(ウ) ICBM、IRBMのように本来的に核弾頭が装着されるものは核兵器である。 

 サイドワインダーとかICMBMとかいっているものは、全てミサイルです。

 もともと核弾頭(nuclear warhead)を搭載できないミサイルを核兵器と呼ぶことはできないという話は良く理解できます。

 また、ICBM(大陸間弾道ミサイル=Intercontinental ballistic missile)やIRBM(中距離弾道ミサイル=Intermediate-Range Ballistic Missile)のように、核弾頭を搭載することを前提にしたミサイルを「核兵器」と定義することにも納得がいきます。
 しかし、オネストジョンのように通常爆弾も核爆弾も搭載できるミサイルは、核爆弾を搭載した時は核兵器で、通常爆弾を搭載した時は通常兵器という解釈はどうでしょうか?これは核兵器を最も狭く解釈した考え方でしょう。


 日本語Wikipedia<http://ja.wikipedia.org/wiki/核兵器>は、
核反応による爆発を大量破壊に用いる目的で作られた兵器の総称。原子爆弾、水素爆弾、中性子爆弾等の核爆弾(核弾頭)とそれを運搬する運搬兵器で構成されている。

 と述べ、核兵器を核爆弾とそれを運搬する運搬手段を含めて「核兵器」と呼んでいます。

 核兵器の不拡散とその究極的廃絶を定めた国際的合意である「核兵器不拡散条約」(TREATY ON THE NON-PROLIFERATION OF NUCLEAR WEAPONS)は、具体的な核兵器の定義を行っていません。それは、日本語Wikipediaが定義した内容であまりにも明らかだったからでしょう。

 しかし条約文を良く読むと、この条約がイメージしている「核兵器」の範囲が浮かび上がって来ます。

 たとえば、「一定の枢要な箇所において機器及びその他の技術的手段を使用することにより原料物質及び特殊核分裂性物質の移動に対して効果的に保障措置を適用することを促進するための研究、開発その他の努力に対する支持を表明し」(条約前文より。なおこの条約の日本語訳は「核情報」というサイト<http://www.kakujoho.net/>に掲載されているものを使用しました。)と述べているように、「核爆弾」「核爆発装置」やそれを運搬する装置や機器だけを「核兵器」としているのではなく、核爆弾の原料や材料までも「核兵器」と意識していることがわかります。

 またこの条約の第三条の第一項では、「この条の規定によって必要とされる保障措置の手続は、原料物質又は特殊核分裂性物質につき、それが主要な原子力施設において生産され、処理され若しくは使用されているか又は主要な原子力施設の外にあるかを問わず、遵守しなければならない。」と述べているように、この条約が「兵器級核分裂物質」まで視野におさめている、別ないいかたをすれば、「兵器級核分裂物質」まで「核兵器」に含めて考えていることはあきらかでしょう。


 しかし核兵器をもっとも幅広く、根本的に解釈し、定義したのは恐らくはフィリピン「非核兵器法」ではないでしょうか?フィリピンは1987年に新しい憲法を制定しました。この憲法の第2条第8項に次のような規定があります。

 フィリピンは一貫して国益と共にあり、領土内において核兵器から自由となる政策を採用し追求する。
(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/philippines.htm>)

 この憲法の規定に基づき1988年「非核兵器法」が成立しました。その第二条で「フィリピンは国益に沿ってその領域内に核兵器を置かない政策を採用し、追求する。」と明確に、核兵器と完全絶縁することがフィリピンの国益だ、と謳っています。

 その第四条第1項で、
 核兵器とは、核分裂或は核融合又はその両者の複合過程を利用して爆発を生ぜしめる全ての装置、又は兵器、又はその核部品或は構成部品をいい、その輸送装置に限らず、核兵器の運送手段、核発射装置の砲座、及び核兵器の指揮・管制・通信システムの不可欠な構成部分である核支援施設を含む。
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/philippines_2.htm>

 と定義しています。これはいままで見てきたどの定義よりも幅広く、そして根源的です。核爆発装置やその運送手段や装置が「核兵器」であることはもちろんですが、たとえばミサイル発射装置の打ち上げ基地や打ち上げ設備、またそれを統括する通信手段やネットワーク全体も「核兵器」だといっています。

 これは現在の軍事技術の発展を踏まえた定義であり、実際の核兵器配備の現状を十分意識した定義だということができます。

 実際、イージス・システムに例をとって見ると、通信衛星からGPS情報などを受け取り、コンピュータネットワークでその情報を関連した施設(例えば、海上のイージス艦と地上の指揮基地)におくって解析し、核ミサイル発射の命令を、これまたコンピュータネットワークでミサイル基地に送って核攻撃の命令を出す、という仕組みになっています。つまりこうしたコンピュータネットワークや通信設備と「核兵器」は切っても切り離せない関係にあります。

 フィリピンの非核兵器法は、こうした核支援設備も核兵器だ、と断定しているわけです。


 こうして見てくると、「核兵器」の定義は、その人たちがいかに真剣に「核兵器廃絶」と向かい合っているかを示すバロメータだということがわかります。口先だけで「核兵器廃絶」を唱える人たちは、けっして「核兵器とは何か」を根源から考えようとしません。それに対して「核兵器廃絶」を真剣に考えている人たちは、核兵器の実際運用の現場も十分に研究し、核兵器を根絶やしにしていこうと考えるから、どうしてもより幅広い、より根源的な定義を作り上げていくことになるのだと思います。


【第2問】 「核兵器の原理を簡単に説明してください。」