(*原文はhttp://www.trumanlibrary.org/whistlestop/study_collections/bomb/ferrell
_book/ferrell_book_chap19.htm
 )

トルーマンと原爆、文書から見た歴史
                 編集者 Robert H.Ferrell(ロバート・H・ファレル)


第19章  トルーマン前大統領へのインタビュー


1.註nで番号付きの記述は、編者ロバート・ファレルの註である。
2.(*)で青字の註は、私が入れた。


 1950年代の半ば、前大統領は回顧録の執筆に着手した。彼は5−6人のアシスタントを雇用した。中に、新聞記者のウィリアム・ヒルマンと、前ジョージタウン大学教授、モートン・ロイスがいた。ヒルマンとロイスはトルーマンの記憶をテープに収録しておいた。

トルーマン:
・・・地上には装甲師団が必要だ。君も言うように、降伏させて戦争に勝つためには、どんな武器を持ってようが、地上に歩兵、装甲師団、大砲が必要なんだ。マーシャル将軍の推定では、この行動(*原爆の投下)は、恐らく25万人の人命とそれに2倍する損失を救った。人命の損失、これこそが私の避けたかったことだ。
ヒルマン:
ロイス教授が言いたかったことは、ドイツや日本において、通常の爆弾を空からふらせても、ノックアウトの一撃にはならなかった、ということでしょう。
トルーマン:
原爆はノックアウトの一撃だった。それは敵の背後に置いた地上の装甲師団と同様のノックアウトの一撃だ。
ロイス教授:
スティムソン氏は、彼の本の中で、(*原爆の)心理的一撃が恐らく日本を参らせた事になったと繰り返し言っていますが・・・。
トルーマン:
もちろん、それはそうだ。長い目で見れば敵の心の中の心理的状況が降伏の要因となっている。しかし私が原爆を使用した目的は、純粋に軍事的降伏を創り出すための軍事的一撃を与えることにあった。長い目で見ると、それが実際起こったことだ。第一次世界大戦の時、ドイツは完全に負けていなかったことを覚えているだろう、ドイツは侵攻されなかったし、2−3の空襲を除けば、最後の最後までほとんど無傷だった。事実は90万人のアメリカ軍がドイツに入城して・・・(?)。乗り込んでいったことが、降伏の原因となった。そうでもなければ彼らは降伏しなかったろう。原爆に関する限り、気持ちの上での憶測には、(*降伏の要因として)あまり信を置いてない。私は軍事的理由でその使用を命令したのだ。その他の原因はない。原爆は、アメリカの多くの兵士の命を救った。これが私の心にあったことだ。

(* もしかすると、この時期のトルーマンは、本気で原爆は対日戦争終結のために使った、と信じていたのかもしれない・・・。)