米国戦略爆撃調査団報告:広島と長崎への原爆投下の効果
そのD その危険性、対応策、シェルター、非集中化、民間防衛、積極防衛、結論
追補詳細報告のリスト


(原文:http://www.trumanlibrary.org/whistlestop/study_collections/bomb/large/
documents/index.php?pagenumber=44&documentid=65&documentdate=
1946-06-19&studycollectionid=abomb&groupid=

註: 通常訳する時は自分のメモを入れながら翻訳し、あとでメモは外して仕上げるのだが、この米国戦略爆撃報告は、メモを入れたままの方が敢えて親切と考え、このままアップロードすることにした。読むのが煩雑になると言うマイナスは目をつぶることにした。(*)部分が私が自分のためにいれたメモである。もちろん読み飛ばしてもらって構わない。

註: 原文にはないタイトル中見出しを入れた。読み手の負担を少しでも軽減するためと、部分部分の主要な話題を提示するためである。原文にはなく、私が入れたタイトル・見出しは青色にしてある。

註: 米国戦略爆撃調査団―U.S. Strategic Bombing Surveyのは報告は何度か行われている。太平洋戦争に関して主要なものはこの1946年6月30日付けの「ヒロシマとナガサキ」報告と、1946年7月1日付けの「太平洋編」の報告書であろう。いずれも要約報告である。太平洋編の完全な報告書は翌1947年に完成提出されている。

註: ここに訳出した、「米国戦略爆撃調査団報告 広島と長崎への原爆の効果」は、1946年6月19日付けのものである。これはドリバー団長がトルーマン大統領に提出した下書き版でドリバーは、トルーマンにこの19日版を見せてから30日版を完成提出した。

註: 長文にわたるため分割して掲載することにした。


米国戦略爆撃調査

広島及び長崎の原子爆弾投下の効果
(The Effect of the Atomic Bombing of Hiroshima and Nagasaki)
委員長事務局 1946年6月19日


アメリカの諸都市が攻撃されるとどうなるか


W. 道標(SIGNPOST) 危険性そしてわれわれに出来ること

A.危険性
  調査団の調査担当員は、この研究が進むにつれて、調査員たちの心の内に一つのあがらい難い疑問が自然と形作られたことを知った。「もし原爆投下の目標がアメリカの都市だったらなんとするか?」まことに、調査団の第一義的使命はこれまで要約してきたような事実関係を確かめ、確証するところにあった。しかしながらアメリカ合衆国の市民のために、これら諸々の事実の意味するところに関する結論は、広島や長崎で残されている諸事実を思慮深く調べてきた人たちに逃げようもなくのしかかってくるのである。

(* 自分勝手といえばそうだが、当然調査の過程で浮かび上がってくる疑問である。しかし、彼等の疑問はその時から一年も前に、まだ核実験に成功もしていない段階でフランク・レポートが警告している。
 「われわれ全員、原子工学の現在の状態をよく知っているわれわれ全員は、真珠湾の何千倍もの惨劇に相当する一瞬の壊滅が、我々自身の国に、この国のひとつひとつの主要な都市に襲ってきている姿を目に浮かべながら、今日を生きている。」)

 これらの結論はこれまでの報告の中で述べてきた数値化できるまた重みのある事実とは異なった種類の効力をもつ。従ってまったく章を改めて示すことにした。しかしながら、この報告が、全体の中でもっとも重要性に劣ると言うことではない。この報告はほとんど確信として述べられている。

 日本であろうが合衆国であろうが、全く同じという都市はあり得ない。しかし、地勢、都市の配置、区域割、人口密度、建築物の形式などといった個別の違いをひとつひとつ見ていけば、そこでは自ずと比較が可能になる。アメリカの都市と日本の都市の決定的違いは住宅区域にある。日本の典型的な家で起こったことは直接アメリカの住宅区域にはあてはまらない。しかし、日本の都市では、ブロック造りのあるいは西洋風の木造建築あるいはそれによく似た木造建築が多く見いだされる。また良質で優秀な職人意識で設計された家も多い。調査団の技術者陣の意見では、日本の建物にはアメリカの建物と専門的な類似性が見られ、原子爆弾に対して見せた日本の建築物と同じ反応を、典型的なアメリカの建物もみせるであろう。これらの建築物は(原爆の攻撃に対して)極度に脆弱(vulnerable)なのである。構造材壁をもったブロック造りの複数階建ての建物は、広島では3.6平方マイル(約9.2平方Km)にわたって、破壊されたかまたは深刻な損傷を受けたし、同様な建物で平屋作りのものは、6平方マイル(約14.4平方Km)にわたって破壊されたかまたは深刻な損傷を受けた。産業用または商業用に作られた木造建築は同様な損傷を8平方マイル(約20.5平方Km)にわたって受けた。また日本式の住居用家屋も6平方マイル(約14.4平方Km)にわたって破壊されたかまたは深刻な損傷を受けている。これは広島の話だ。広島では(長崎に較べて)より威力に劣った原爆が使われている!


あっという間に陳腐化する数字の羅列

(* まったく無意味な数字の羅列だ。こんなもっともらしい数字に何の意味があるか。原爆=核兵器攻撃を受ければ一定地域のすべての生物は焼き尽くされ、すべての建物は灰燼に帰すのだ。広島と長崎をつぶさに調べた調査団はこのことを一番よく知っているはずだ。それから逃れる方法はない。プルトニウム型より威力に劣ったウラン型の原爆が落とされた広島の例を挙げて、この書き手は驚いているが、広島型・長崎型の数百倍の威力をもつ核融合爆弾-水素爆弾-が開発されるのはそのわずか7−8年後なのだ。こうした数字はあっという間に無意味化している。)

 こうした数字の意味するところは、アメリカの都市の典型的な木造、ブロック、しっくい造りのアメリカの建物にも起こりうることである。近代的な鉄筋コンクリート製あるいは鉄骨構造の建物は、アメリカでは日本に置いてと同様に(以上のような建物に較べれば)かなりましである。しかし次の表をみると、アメリカの建物がいかに造られているか、衝撃に対して抵抗力をもった建物が以下に少ないかが分かる。

外装材質による建築物の形式(米国の都市)

都市名 総戸数 木造 ブロック造り モルタルセメント その他 その他の率
ニューヨーク 591,319 236,879 299,482 41,661 13,297 2.2%
ワシントン 156,359 48,971 95,939 5,764 5,685 3.5%
シカゴ 382,628 131,148 238,959 5,797 6,724 1.7%
デトロイト 267,677 165,488 94,333 1,923 5,933 2.2%
サンフランシスコ 105,180 61,172 2,333 40,902 722 0.7%
   
出典:第16回米国センサス(1940年)第2巻

 アメリカの建造物のうち圧倒的多数は、原爆の攻撃に対して1マイルまたは1マイル半の間にあるものは耐えられない。

 それでは人々はどうだろうか?われわれは、日本のごみごみした都市の高い人口密度を読み過ぎて、(アメリカにおける)人的損害を割り引きすぎてはいけない。アメリカの都市もまた混雑したスラムを多く擁しすぎている。さらにつけ加えるならば、建物は垂直方向に伸びていく傾向にあり、1世帯あたりの生活空間は日本におけるそれよりも大きいとはいうものの、下記に提示した諸都市の人口密度は非常に高くなっている


人口密度:アメリカの都市と日本の都市

都市名 人口 面積
(平方マイル)
人口密度
(平方マイル)
ニューヨーク 7,492,000 322.8 23,200
マンハッタン(昼間) 3,200,000 22.2 145,000
マンハッタン(夜間) 1,689,000 22.2 76,000
ブロンクス 1,493,700 41.4 34,000
ブルックリン 2,792,600 80.9 34,200
クイーンズ 1,340,500 121.1 11,000
スタットン島 176,200 57.2 3,000
ワシントン 663,091 61.4 11,000
シカゴ 3,396,808 206.7 16,500
デトロイト 1,623,452 137.9 11,750
サンフランシスコ 634,536 44.6 14,250
広島(戦前) 340,000 26.5 12,750
広島中央部(8月1日) 184,000 4.0 46,000
長崎(戦前) 250,000 35.0 7,000
長崎都市部(8月1日) 220,000 3.4 65,000
出典:ニューヨーク;フォーチュン誌(1939年7月号)
その他;第16回米国センサス(1940年


(* ばかばかしい記述を延々と続けている。この戦略爆撃調査団報告の一年以上も前、1945年5月31日の暫定委員会で、ロス・アラモス研究所の総責任者だったロバート・オッペンハイマーは次のように報告し、その見通しを述べている。

これら数段階における爆発力の規模について概観した。最初の段階では、爆弾1個あたりTNT換算で2000トンから2万トン。しかし実際の精確な威力については、実験をしてみるまで分からない。第二段階では威力はNTN換算で5万トンから10万トン。第三段階では爆発力はNTN換算で1000万トンから1億トンの爆弾を製造できるようになると考えられる。」

 NTN火薬換算2万トンの長崎の原爆や1万2−3000トンの広島型の原爆は、オッペンハイマーの見通しからすればほんの第一段階の規模に過ぎない。1961年旧ソ連がノバヤゼムリア島上空4000mで炸裂させた核融合爆弾は5000万トン規模だった。−広島型の約3300倍-。鉄筋コンクリートがどうのこうのと言う段階ではない。アメリカ東海岸がまるごとふっとぶ規模だ。

 オッペンハイマーが、戦略爆撃調査団のこの報告を読んだら、「まるきり原子爆弾がわかっていない。」の一言だろう。)


核兵器が理解できていない調査団

 この表の人口密度のほとんどは、各市域内の平均値にほぼ等しい。従って、ニューヨーク市の各区と比較するなら、広島では中央部の数字、長崎では都市部の数字である。
(* ニューヨーク市はマンハッタン、ブロンクス、ブルックリン、クイーンズ、スタッットン島の5つの区-borough-から成り立っている。)

 広島、長崎の人的損害はマンハッタン、ブルックリン、ブロンクスの密集した人口に対応する。厳しい結論が生ずる。
(* 原爆=核兵器がまるで分かっていない、と言わざるを得ない。広島・長崎の原爆はほんの生まれたばかりのよちよち歩きの核兵器だったのだ。そのことはもうすでに当時分かっていた。子供だましみたいな報告だ。)

 これらの人的損害は最初に使用された原爆の結果であり、また地上からかなり離れた地点での爆裂の結果だったことは、決して忘れてはならない。もっと改良された原爆は恐らくはもっと効率的であり、もっと死者が出るように改善されているだろう。
(* 同じことの繰り返しになるが、米国戦略爆撃調査団は、自然の中に存在するエネルギーの荒れ狂うままの解放、すなわち核兵器がまったく分かっていなかった。この項の表題は「危険性」-The Danger-であるが、核兵器を製造し、所有すること自体が人類に対する大きな危険なのである。従って、それを製造し、所有することは人類と地球全体に対する裏切り行為であり、犯罪行為である。)


唯一の現実的対策は核兵器廃絶なのに・・・
B.われわれに出来ること

 その危険性は現実である。このことは、調査団の諸発見が疑う余地のないものとしている。同時にこれら諸発見を通してわれわれの生命や財産に蒙る損失の大きさを減ずるために取りうる手段について、そこここに手がかりを見いだせる。もしそのコストが禁止的なものでないとするなら、その手段は今すぐに(* アンダーラインは原文のママ)講ずるかまたは着手するべきである。しかしかし、いかなる危機にも先だって、こうした政策が実施されるとすれば、それは時宜を得た産業施設や医療施設の非集中化、シェルターの建設あるいは青写真作り、生命を救う目的での避難計画の準備作業などを可能とするだろう。ほとんど無防備の、そして完全な驚愕に襲われた日本の都市は、原爆の攻撃から最大限の損失をこうむった。もしわれわれが前もって危険の可能性を察知し、機先を制する行動をとるならば、人的損害と混乱を最小限とし、最悪の状態を免れることは疑いない。

(* 完全に自家撞着を起こしている。警告なしに、原爆を日本に対して使用することは、来るべき核戦争時代への扉を開けることになる、だから、日本に対して-そしてどこの国に対しても-無警告で原爆を使用してはならない。ばかりではない。原子爆弾は人類に対する大きな脅威である。この脅威を永遠に取り去る道は、核兵器の製造の禁止と廃絶だ、と1年前にフランク・レポートが指摘している。フランク・レポートの指摘とは、とりもなおさず核兵器の危険を知悉している科学者たちの指摘だ。にも関わらず、実戦で原爆を使用し、核戦争時代への扉をあけた。その当の本人たちが今度は、この危険からどうやって身を守るかと心配し始めている。)

 近代科学は、攻撃にもその道を開いてくれるが同時に防衛にもその道案内をしてくれる。このことが、防御的兵器と技術が改良されるだろうという希望の理由になっている。

(* 絶対に何ものも刺し貫く矛があり、また同時に絶対に何ものからも刺し貫かれない盾がある。この矛でこの盾を突いたらどうなるか。近代科学も気の毒にいい面の皮だ。)


シェルターは有効?
1. シェルター

 長崎では、これからどうすべきについてもっとも示唆に富んだ事実がある。爆心地近く、2−300フィート(約60−90m)離れていただけだが、そこにいた人は適切に設置されたトンネル型のシェルター(*防空壕)にいて生存したと言う事実だ。注意深く作られたシェルターは、(投下当時は)使われていなかったとはいえ、両市のそこここにあった。疑問の余地なくシェルターは、直接爆撃されない限りは人々の防御になりうる。適切な避難勧告は最大限の人々をシェルターに送り込むことを確実にする。

  爆心地から2−300フィート以内にいて生存した人たちに関する保護状況を分析してみると、ガンマ線に対してすら防御していたことが分かる。例えば広島で、爆心地から3600フィート(約1080m)にあったコンクリート製の建物の中にいた人は、ガンマ放射線から、病理学的にはいかなる影響も受けていなかったにもかかわらず、大体同じ距離の木造の建物にいた人は、放射線症にかかっていたのである。必要なコンクリートの厚みは、(放射線の)構成要素や爆発地点からの距離によって変化する。放射線からの人的損害をかなりの程度減ずる適切なシェルターは建設しうるのである。

(* 有効な核シェルターの建設は可能とこの報告書は述べているが、これはあくまで広島・長崎型の原爆に話だ。原爆がさらに強力になるにつれ、核シェルターもさらにその防御性を増していかなければならない。永遠のいたちごっこだ。さらに現在アメリカのブッシュ政権が進めている対掩蔽壕核兵器(バンカーバスター)が完成すれば、核兵器に対して有効なシェルターは事実上存在しなくなる。この報告書の書き手は、核兵器からいかにアメリカを守るかと言う議論をしながら、実際には、危険から身を守る手段のことを述べていない。核兵器の危険から身を守るには、引退直前の陸軍長官スティムソンが大統領トルーマンに提言したように、核管理をしかるべき国際機関に任せ、核兵器を廃絶することしかない。)

 広島と長崎を訪れた人が常に印象深く感じたのは、焼け野が原に残ってたっている鉄筋コンクリート製の建造物のシェル状の構造部分だ。その周りと言えば泡状になったブロック、や石、木造建築の灰などが夥しく堆積していたのだから。ほとんどのケースでは、(これらの鉄筋コンクリートの建物は)火災によって中身が空っぽになっており、あるいは内部の仕切壁や内装の区分けは剥ぎ取られている。これらの建物はわれわれに取って2重の教則である。第一に、これまで使われた原爆に対してであれば、2000フィートかあるいはそれ以上の範囲で、その建物の内容物を十分保護できるような建築物を、そう大きくコスト高にならない範囲で建設することが可能だ、ということを示している。このような建物の建設は、耐震構造をもった建物の建設とよく似ており、カリフォルニアでの経験から見てみると、通常の建設に対して10%-15%しかコスト高にならない。(長崎や広島の原爆に対して)もっと強力な原爆やあるいはそれらの至近弾に対してすら、こうした建築は損害を減ずることだろう。第二に、(原爆による)建物内部の損傷は、通常の健全な建物であっても、内部の詳細部分からの危険や、火災・ものが飛んできたり落下したりするところからくる惨事を物語っている。燃えやすいものを内部に使わないとか、完全に石造りの壁でできた内部仕切の装備とか、耐火性の階段やエレベータ、防火区画の設定などと言った対策は、火災を、局地化できるだろう。ガラス、タイル、木舞、木の鋲を使ったプラスターボードを使わないなどと言った対策も、ものがとんできるような惨事を軽減しうるだろう。調査団の物理的損害部門もこのような対策の推奨を支持している。

  (* ・・・・・・・・・・・・・・・・・。)

 長崎において、シェルター部分で生存者があったことは、不等型の地勢を使うことを重要性を示唆している。地面が平坦でないことは爆風効果の一様性を減じ、拡散を減じている。川、公園などの地形的特徴は自然な防火帯であり退避に道を開くことになる。

(* この当時調査団がどの程度の原爆攻撃を想定していたのがわからないが、核兵器開発の速度は、いかなる想定をも遥かに超えるスピードで進んでいった。)


やはり密集人口を狙った軍部
2.非集中化

 広島と長崎が投下目標に選択されたのは、人口とその活動ぶりの集中による。建物が建ち並ぶ都市部における人口密度が、1平方マイルあたり4万5000人以上だったことは、人的損害が大きかったことを一部説明している。

(* ここは、問いに落ちず語るに落ちた、といったところだろう。原爆の使用に関して、その目標とする都市は、暫定委員会の決定では、決して人口密集地が第一義ではなかった。第一義的には軍事施設、あるいは軍事施設を含む産業地帯だった。そしてそれを囲繞する住宅地域が設定目標のイメージである。従って、この住宅地域というのも、産業労働者の住宅地域だった。この暫定委員会のガイドラインの範囲内で、軍部による投下目標委員会が目標とする都市を決定した。しかし投下目標委員会は事実上暫定委員会の決定の趣旨を無視したのである。人口が集中している都市が事実上の目標だった。だから陸軍及び海軍軍人のみで構成している戦略爆撃調査団内部の共通認識が、上記に書かれているとおり原爆投下の目標地として「人口とその活動が集中していること」があげられている。原爆攻撃に関して、「人口の集中」が目標投下の理由だ、と言われると、私などは「それは話が違う。」と思うが、陸海軍の戦略爆撃専門家の間では、「常識」だったのだ。しかしながらそれは決して外に向かって語ってはならない「常識」だった。

  原爆に関して日本語で書かれた記述を見ると、暫定委員会と投下目標委員会を混同している記述がよくある。暫定委員会は、政治問題を協議する場であり、メンバーは皆一流の政治家であり、行政官であり、教育経営者、経済人だった。軍人は一人もいない。グローブズやオッペンハイマーは招聘参加者、招聘科学者としてよく暫定委員会に出席し発言したものの、決定権はない。委員ではない。これに対して、投下目標委員会はアメリカ軍部内の組織であり、グローブズもオッペンハイマーも正式なメンバーの一人として意志決定に関わっていた。原爆を日本に対して使用するかどうかは政治問題であり、何を狙ってどこに投下するかは軍事問題だった。このことをよく理解しておかないと、暫定委員会の決定の趣旨を、原爆投下に際して軍部がこれを事実上反古にする、と言うメカニズムが理解できない。)

  したがって、長崎における死者数がその高い人口密度の割には小さく、広島のおよそ半分だったという事実が重要な意味をもってくるのである。この違いは恐らく、長崎では、建物密集地区がポケットのように散開しており、それぞれ分離されていたと言う点にある。一方広島は、その心臓部では一様な人口密集を見せていた。この点が大きなコントラストをなしている。このように長崎の原爆は、丘、川、あるいは空白地域に阻まれてそのエネルギーの少なからぬ部分を浪費したのであり、一方広島では原爆はほぼ最大限の効果を発揮したのである。


すでにフランク・レポートが論破した非集中化理論

 広島・長崎における産業地帯の運命をみると、ここでも再び、非集中化の価値の問題として描出できる。広島では主要な工場は市の周辺部にあり、主要な損害を免れている。長崎では工場や船渠は市の南端にありほとんど無傷だった。原爆が爆発した谷に展開していた工場だけが深刻な損害を受けた。両方の市では産業地帯は分散していた。2つの原爆投下のケースを見てみると、1発だけの原爆投下では重要な成果を上げられないと言うことを意味している。

 医療機関は、均等に分散していたと言うよりも、市の中心部に固まっていたと言うべきであろう。このことが原爆で医療機関が半身不随になったかあるいは消し飛んでいった理由となっている。広島で一部の医療品が隣接した地域へ移動させたケースだけがあり、これが投下後再び持ち込まれて、最初のほんの2−3日だけ、限定的な治療に使われた。

 こうした結果はドイツにおける通常地域爆撃のケースを見るとさらによく分かる。ドイツの諸都市は非常にしばしばその中心部が廃墟と化した。一方その周辺部の産業地帯は生産を続けたのである。そして医療機関はというと(特にハンブルグではそうだが)、負傷者に対する緊急の手当がもっとも必要だったまさにその時に、大きく破壊されていたのである。

(* 広島や長崎への原爆投下、ドイツの諸都市に対する一連の空襲が、非人道目的であったことを自ら認める記述である。将来トルーマン政権の戦争犯罪を裁く法廷が開かれたら、ここの記述は十分証拠品になりうる。)

 アメリカの諸都市においては同様な弱点や損害を減ずる賢明なゾーニングの程度は市によってそれぞれ異なる。国家活動のセンターを再構築したり部分的にでも分散させるのは、非常にドラスティックかつ困難な手段ではあるが、いったんその政策が実施され、実際的な段階を一歩一歩進んでいけば、軍事的にも社会的にも一つの理想型ではある。工場、行政上の中枢部、特に病院などの立地を考えると、非集中化の価値はあきらかであり、その必要性が見えていれば、(非集中化の価値は)非常に安く獲得できる。たとえば、分散する場所を賢明に選択すれば、現在の退役軍人局の病院建設計画遂行の際、追加コストをかけないで、その集中を減少させることが出来る。

 重要物質の貯蔵在庫や医療用品などの製品は常に手中に収めておかねばならない。この「常時手中維持」の原理は国の資本財についても当てはめなければならない。鍵となる生産地域は決して単一の権力によってのみ担当させられてはならないし、輸送のルートについても同様である。またかけがえのない物資は適正な生産量の工場からやってくるようなこともいけない。基本的な工業生産品は、それが民間用であれ軍事用であれ、2−3の生産地、あるいは集中した生産地に集中してもならない。そして国のいろいろな地域は、できるだけ自然に近い、バランスのとれた地域経済の発達を見せるべきである。敵がわれわれの国家経済を眺めたときに、原爆の使用でわれわれの生産能力の推進を減速させるようなボトルネックを見いださせてはならない。

(* すべてばかばかしい戯言である。フランク・レポートはすでに、アメリカとソ連が核戦争にはいったらどうなるか、と言う想定をこのバカげた報告の1年以上も前に行っている。このレポートは唯一の防御策は、この戦略報告でも指摘する「非集中化」「分散化」だと指摘した上で、あとはソ連とアメリカの国土の広さの勝負になると言っている。シベリアなど広い土地を抱えるソ連に対してアメリカは分散化・非集中化では太刀打ちできないと、いっている。ここでも同様の結論が出る。アメリカが自分の国の生命・財産を危険から守りたいのであれば、ただひとつの方法しかない。それはしかるべき信頼が出来て、強制力をもった国際機関を創設して、―と言うことはアメリカを含めた各国が一部自身の国家主権を放棄しなければならないが−、核兵器を永久に廃棄することしかない。核兵器やその関連産業でメシを食っている企業群には大変気の毒な結果とはなるが。)


民間防衛は受動的防衛?
3.民間人防衛

 惨劇の規模は、それが発生する地域の地域力を遥かに超えていることは間違いない。従って、国家レベルで地域間の相互援助システムを創設することが肝要である。

(* このアイディアは悪くない。ただし原爆防御策としてではなしに、地域活性化の政策手段としてであるが。)

 そのような国家レベルの組織は常に「非集中化」とともに存在しなければならない。実際のところ、この組織は、ほとんど自立継続的な最大の数の地域力の存在によって支えられるからだ。こうした地域力の共同支援をこの組織が調整する。さらに加えて消火活動、救助活動、清掃や修理の分野で高度に訓練され、装備した移動部隊を育成しなければならない。それはある地域の組織が崩壊するようなまたその管理能力を超えるような緊急事態に対処するためである。もっとも重要なことは、国家レベルの民間防衛組織が、危機に備えて必要な段階ごとの諸計画を準備することである。事前に2つの補足的な計画が研究されるべきである。ひとつは脅威にさらされる都市地域における「不必要住民」の避難計画であり、もう一つは人々が止まるべき適切なシェルターの設置建設計画である。


意図的自家撞着と核兵器保有の正当化
4.積極的な防衛

 防御手段は原爆による荒廃の程度と人的損害を基本的に減ずることが出来る。しかし、原爆によるわれわれに対する攻撃を受け入れなければならないものとするなら、防御的手段だけではわれわれを長期的に防衛することはできないという事実をもまた受け入れるべきである。(防御的手段だけでは)精々出来ることは、初期または継続する部分的な攻撃に対して、損失を最小化し、国家社会の機能を保持することまでだ。

 完全なまた継続する原爆攻撃に対しては、(防衛的な手段のみでは)非効率的な一時しのぎでしかないだろう。

(* 結局この意図的な自家撞着は、核兵器保有を正当化する論理へと発展する。もうすでに、1946年当時、こうして核兵器保有を正当化する論理の枠組みはできあがっていた。しかもアメリカ以外に核兵器保有国がない時にだ。)

 防衛的兵器としても、原子爆弾は有効である。毒ガス兵器や生物兵器などと同様に、潜在的は報復を恐れて原爆を使用せず、十分な警告になるからだ。受動的防衛の場合と同様に能動的防衛の使命は、原爆の不意打ち使用の決定をさせないところにある。 

(* 結局これは核抑止論だ。核抑止論も核保有正当化理論と同時に誕生していた。核抑止論は核保有論者の厚化粧なのである。しかも、当時アメリカしか核兵器保有国はなかった。)

 賢明な軍事組織は、展開、隠密作戦、防御、そして常に敵の心の内を読むことなどによって、敵からのいかなる単独攻撃あるいは連続攻撃も、同じ方法によって敵の攻撃能力を不随とし、または地上、空、海上からの関連攻撃を撃退することができることを確証するものである。相手の心の内を読むというこの安穏ならざる作業を可能とする手段はなにも新しいものではない。敵にとっての緊急性が増すだけに過ぎない。特に、諜報活動に基づいて行われる表に出ない決定や時宜を得た行動などについてはこのことはよく当てはまる。

 原子力エネルギーに関してそれを研究する必要性はほとんど無限である。しかし同時に、原子力兵器に対抗したりそれをもたらしたりすることを推進したり、それを検知する装置、あるいはその他関連技術(の研究)は、全く同様に重要である。

 (* ということはこの分野の研究の必要性もまた無限であると言いたいのか。)


核保有、核抑止、核実験の三点セット
 また、いろいろな状況下での核兵器の威力を確認する意味での実験もどうしても不可欠である。(imperative)

(* ここまで注文通り三点セットで揃うと、核保有論者がむき出しで、かえって鼻白む思いだ。つまりこういうことだ。核兵器が誕生した途端に、まず核兵器保有論者が生まれた。核兵器保有論者とは核兵器を廃絶したくない人たちである。いいかえれば核兵器保有で利益を受ける人たちである。彼等は自分の利益には口をぬぐっておいて、核兵器保有の正当性を核抑止論に求める。核兵器を保有することは核戦争の防止につながるという子供だましみたいな理論である。自分の素顔を隠しておいて、核抑止論を唱えるから、「核抑止論」は「核保有論者」の「厚化粧」なのだ。核抑止論が科学的外観を整備し、あたかも客観科学のようにその理論を精緻にすればするほど厚化粧はけばけばしくなる。ところで核保有論者はまた核実験必要論者でもある。それはこの報告がいっているように様々な状況の下でその性能を確認するためなのではない。少なくともそこに第一義的目的があるのではない。核兵器産業は膨大な裾野産業を必要とする。その裾野産業もまた、企業としては食って行かなくてはならない。核実験を行うことによって、「消費」と新たな「有効需要」が必要なのだ。それでなければ核兵器産業の裾野企業は細っていく。だから核実験が必要なのだ。「核保有論」「核抑止論」「核実験不可欠論」は従って三点セットなのである。

 旧ソ連がセミパラチンスクで核実験に成功するのは1949年。この報告書の公表は1946年。しかもその時、ソ連が核兵器を保有するのはまだまだ先と考えていた。つまり、核兵器保有国はアメリカ1国だけという状態の中で、すでにこの3点セットが出そろっているのは、だから、不思議でも何でもない。)


核実験ショー?クロスロード作戦

 たとえば、予定している「クロスロード作戦」(the Operation Crossroads)では、大気中で爆発させた原爆についてわれわれがすでに知り得ている情報をもっと詳細に確定する貴重なデータが得られるだろう。しかし、この実験は新しい状況の下での実験であり、水面レベルあるいは水面下レベル、それから地中での爆裂からの確実な情報が提供される。別な状況下での(原爆の)効果については十分予測されるとはいうものの、高い蓋然性をもった情報や確定できる知識が得られるかも知れず、これらはこれからの軍事作戦へのはるかに優れた基礎となるのである。

(* クロスロード作戦は、この「戦略爆撃調査団報告 ヒロシマとナガサキ」が公表される約1ヶ月後に予定されていた核実験である。南太平洋のビキニ環礁で行われた実験で、海面上157mの地点と海面下27mでそれぞれ原爆を爆裂させた。次の記事に詳しい。http://en.wikipedia.org/wiki/Operation_Crossroads。またナショナル・ジオグラフィックの日本語版サイトではこの実験の映像を見ることができる。http://nng.nikkeibp.co.jp/nng/feature/0508/f_5_zoom5.shtml ただしこの実験の意味と成果を正確に評価した記事は見つけられなかった。

 問題はこの時使われた原爆の型と規模である。先ほどの英語版Wikipediaの記述では2発とも21キロトンの原爆としてあるだけで型の明示はなかった。またナショナル・ジオグラフィック日本版のサイトの説明では、長崎と同型のプルトニウム爆弾としてあり、これなら規模的にWikipediaの記事と一致する。もしこの時使われた原爆が、長崎型のしかも同程度の規模をもつ原爆であれば、-恐らくはそうであろうが-実験の意味は少ない。確かに海中と海上で爆裂させた点では新味があるが、この程度なら戦略爆撃報告みずからも、結果はおおよそ予想できる、と言っているように大きく新たな発見をすると言うことはまずない。

 それよりこの実験では、旧ドイツ軍の艦船や旧日本軍の艦船、アメリカの廃棄処分となった艦船が70隻ほどビキニ環礁に集められ、投下原爆の標的になったという話題性の方が大きかった。従ってインターネットの記述を調べて見ても、かり集められた艦船の方に話題が集中し、問題の本質から大きくそれていっている。

 こうしたことからクロスロード作戦は、「核兵器の実験は必要だ。」と言うことを一般大衆にアピールするための「ショー」だったのではないかという疑いを私は持っている。もしそうだとすればこの実験の本当の意味は、少なくとも長崎級のプルトニウム原爆を2発消費し、新たな「有効需要」を作るところにあった、ということになる。)


アメリカの責任を正面から論ずる執筆者
結論 (Conclusion)

 これ以上の安全に関する手段は、ほかの手段とともに存在するに違いない。破壊を避けるには、そのもっとも確実な方法は、戦争を避けることだ。これが、ドイツ各都市のがれきの山を見た後の、調査団の勧告だった。ヒロシマの灰を記憶していようが、アメリカの諸都市の脆弱性を考慮しようがに関わらず、先ほどの勧告はまったく同等に真実であることを失わない。

 われわれの国家政策は、これまで常に一貫して基本理念のひとつ、平和の維持とともにあった。正義とアメリカの資産の平和的発展という理想に基づいて、この公平無私な政策
(* つまり平和維持の政策)をこれまで強化してきた。戦争から得られるものは、たとえそれが勝利を得たとしても、何もない。ヒロシマとナガサキの廃墟の光景にまさる、平和に関する議論もなければ、平和を希求する国際機関に関する議論もない。この不気味な(ominous)兵器の開発者であり、また利用者(exploiter)として、いかなるアメリカ人といえども転嫁できない責任をわれわれの国家は負った。またその責任は、将来の原爆の使用を妨げるべき国際的保障とその管理を推進し達成するにあたってリードしていく責任でもある。

(* この最後の結論部分だけ明らかに書き手が替わっている。原子爆弾のことを不気味(ominous)といい、これを使用した自分たちをexploiterと呼んでいる。Exploiterは日本語に置き換えれば利用者だが決していい意味では使われない。むしろ利用して食い物にするという意味の強い言葉だ。そしていかなるアメリカ人も責任転嫁できない、no American shirk、と自らを規定し、これからの責任は、原爆が二度と使われないようにする保障を完成させるにあたって、この動きをリードしていくことだ、と言い切っている。これがアメリカの責任だと言い切っている。

 私は、この書き手がきれい事を並べているとは思わない。彼の真摯な姿勢と深い反省は、短い文章だが、その言葉遣いの端々に表れている。だから私は彼の言葉を高く評価したい。

 が、今の問題は、その後のアメリカが、かれの希望したとおりになっていないと言うところにある。その後も彼が「不気味」と呼んだ兵器の製造と蓄積を続け、核兵器不拡散条約の追加議定書も締結せず、核問題に関する国際的な唯一絶対の権威であるIAEAを無視して、その権威をないがしろにしている。あまつさえ実戦で使える小型の戦術核兵器と核シェルターを攻撃できるバンカーバスター型の核兵器の開発に、さらに2000億ドルをブッシュ政権は投じようとしている。

 まさに問題は、彼がアメリカの責任と言い切ったその責任をアメリカが果たそうとしていないところにある。アメリカがその責任を裏切っているところに、すべての問題の根元がある。)


添付詳細報告のリスト
追補(APPENDIX)

 この要約報告は次にリストした特別研究を伴っている。これらは調査団の技術的専門家が完全な文献分析をおこなった成果を包含している。これら報告書を検索するため、これら報告書は米国戦略爆撃調査団のG-2セクション(G-2 Section)の表示がしてあるはずだ。

(* 以下報告書名や表題名は私が便宜的に訳したもので、日本側の正式訳語にひとつひとつあたっていない。)


広島の物理的損害部門報告
Physical Damage Division Report on Hiroshima
1. 研究の目的 Object of Study
2. 要約 Summary
3. 総合情報 General Information
4. 目標の詳細 Description of Target
5. 広島の高性能爆弾攻撃 HE Attacks on Hiroshima
6. 原爆攻撃の詳細 Description of the Atomic Bomb Attacks
7. 爆心点の決定 Determination of Zero Points
8. 典型的日本の住宅 Typical Japanese Dwellings
9. 火災:原因と程度 Fire: Cause and Extent
10. 建物の損害 Damage to Buildings
11. 機械類の損害 Damage to Machine Tools
12. 橋の損害 Damage to Bridges
13. 公共サービスの損害 Damage to Services and Utilities
14. 電力の損害 Damage to Stacks
15. 他目標に対する蓋然性的効果(仮) Probable Effects on Other Targets (Tentative)
16. 写真情報 Photo Intelligence
B. 長崎の物理的損害部門報告
Physical Damage Division Report on Nagasaki
1. 要約と総合情報 Summery and General Information
2. 産業用建物 Industrial Buildings
3. 公共用建物 Public Buildings
4. 公共サービス Utilities
5. 機械類 Machine Tools
6. 橋と船渠 Bridges and Docks
7. 火災 Fire
8. 追補類 Appendices
C. 医療部門報告Medical Division Report
広島と長崎における公衆衛生に関する「原子爆弾攻撃の諸影響」
“Effects of the Atomic Bombings”on the Public Health at Hiroshima and Nagasaki
D. 広島と長崎における都市地域部門報告
Urban Areas Division Reports on Hiroshima and Nagasaki
E. 日本の民間防衛に関する民間防衛部門報告
Civilian Defense Division Reports on Japanese Civilian Defense
F. 士気部門報告:「広島と長崎における原爆攻撃が戦意に与えた影響」
Morale Division Report: “Effects on Morale of the Atomic Bombings of Hiroshima and Nagasaki”
G. 団長事務局:「日本の降伏の決定」
Chairman’s Office: “Japan’s Decision to Surrender”


 (米国戦略爆撃調査団報告 ヒロシマとナガサキ -終了-)