特別号外版4月24日(日)
「原発なしで暮らしたい 100万人アクション in ヒロシマ」
−ヒロシマの若者も立ち上がる−
 
ハハノーバー庭園に集まった市民


これが主催者本部
  全国に反原発に次々と立ち上がっている時に、私の地元広島、被爆地広島はいったい何をしているのだろか、とジリジリしていた時、広島でもついに若者(と一部元若者)が立ち上がった。

私もつい嬉しくなって、地元広島だけに、「反原発市民の動き」の<特別号外版>を出すことにした。広島が特別扱いで申し訳ないがお許しいただきたい。

2011年4月24日、午前10時半、広島市内中央部にある「ハノーバー庭園」に集まった広島市民は、この反原発運動をコンサートとスピーチからはじめた。昼休憩を挟んで、午後2時から音楽とスピーチのイベントが始まった。  

未来はきみたちのもの
スピーチの中には、上関原発建設に反対するグループ「上関・田の浦の海を守りたい」、被爆者で学者の豊永恵三郎氏、米軍基地を抱える岩国市民の代表、医師で被爆者の疫学的調査と研究を続けてきた肥田瞬太郎氏(今年御年94才になられる。いうまでもなく元若者である)、現地福島から大塚愛さん(ハイロアクション福島原発40年)がスピーチをし、反原発を訴えた。
熱弁94歳肥田舜太郎


肥田舜太郎を傾聴・・・ 


 ひたすら耳を傾ける若者2人

福島から訴える大塚愛 


さあいざデモ行進、いやパレードだ

反原発に立ち上がる人、人・・・

予定から大幅に遅れてピースウォーク(反原発パレード)が始まったのがもう4時近く。広島市中心部繁華街をねっちり、しつこく練り歩いた。

さて肝心の参加者だが、主催者側に顔見知りがいたので「今日何人?」と聞いてみたら「それがようわからんのんよ。ちょっとまって、聞いてみるから。」と電話して聞いてもらったら「700人」。
ああ、そうかと思って分かれたあと、またばったり会って、言うことには、「ゴメン。さっきの1000人」と訂正した。 

思い思いの主張 

「原発なしで暮らしたい、よね!」
 パレードに入った時に、見ていると見物人がどんどん参加してくる。休んでいる人が入ってきたのか、全くの飛び入りなのか区別がつかない。パレードもどんどん長くなっていった。別な顔見知り(この人はデモ行進のプロである。)がいたので、聞いてみたら、「1000人?そりゃ、ない。1000人ははるかに越えとるで。」という見立てだった。 

 要するにだれにも正確な数字はつかめない。そこでここでは「参加者1000人以上」としておく。


広島の繁華街(本通り)を練り歩く

この集会の主催者はいったい誰なんだ、ということになるがこれもはっきりしない。どうも中国電力・上関原発に反対するグループが呼びかけたら、広島市内の平和団体や岩国米軍基地に反対するグループなどが賛同してだだっとやろうと言うことになったらしい。


パレード参加者は日本人ばかりではなかった

これまでのパターン、主催者がいて実行委員会があって呼びかけ人がいてそれが整然とデモ行進する、と云うパターンでは全然ない。

福岡の「ママは原発いりません 福岡パレード」
(<http://stopgenpatsu.blog60.fc2.com/>)
や1万5000人を集めた東京・高円寺の「4.10 原発やめろデモ!!!!!!」(<http://410nonuke.tumblr.com/>)同様、主催者はいるものの、どちらかと言えば自然発生的集会の色合いが濃い。
(デモを監視する立場の警察もやりにくいだろう。今日も警察が来てさかんに写真をとっていたが、誰が首謀者なのか彼らにもわからなかったに違いない。)

ヒロシマ・ナガサキ・フクシマ・カミノセキ?

「さよなら原発 お疲れ様でした」
「デモ行進」というよりも「むしろ反原発パレード」と云った方が近い。こうした雰囲気を反映して、パレード参加者も多彩だ。パンクロックの若者、レゲエで盛り上がっているグループ、多くが子供連れ、ペット連れ、幟町教会の牧師さん、「南無阿弥陀仏」ののぼりを掲げた若い仏教修行者もいた。とにかく多彩である。年齢層も幅広い。私の知り合いの高校生のグループも来ていた。

反原発芸術

レゲエで踊る 「こんなデモはじめてだなぁ」(交通整理の警官)

切実な要求
  大きな特徴は既成党派色、既成組織色が全く感じられないと言う点だ。日本の市民社会もようやく成熟してきたということを実感させられるパレードだった。

パレードに参加していた森本君(27才)は、東日本大地震発生の時、千葉県市原市にいた。今は広島の廿日市にいるそうだ。
「今までは日本は裕福な国だけど、何故か幸せを感じられない国だと思いながらなんとなく生活してました。そして、原発について無知でした。地震を経験し、原発を自分なりに調べ、どうにか原発をなくせないかと考え、田中優さんや鎌中ひとみさんを知り、岡山で話しをする事ができました。やはり、なかなか年齢が上の方の考えは変わらないですが、若い人は説明すれば分かってくれる人はいます。今は少しでも、この国の恐ろしさを知ってもらい、先ずは原発の全廃まで動かす力になれたらと考えています。」と話していた。

思いはみんな同じだ
原発なしでくらしたい

『賠償するお金はなくても
原発を作るお金はあるの?』
 
次は4月26日(火)に「巨大デモ」を予定している。経済産業省・中国経済産業局−広島県庁−広島市役所、そして終着点は中国電力本社前がデモ予定コースだ。平日だからどれくらいの人が集まるか?時間の取れる人はどんどん参加して欲しい。

そしてこの日の仕上げは、原発の元凶、中国電力本社前で午後6時30分から「チェルノブイリ・ヒロシマ・ナガサキ・フクシマ キャンドルナイト」である。

ヒロシマもついにたちあがった・・・。


いや、まぁ、にぎやかなこと

どんどん長くなるパレード

<参照資料>中国電力のPR紙、地元「中国新聞」は翌日の4月25日、16面社会欄に次のように書いた。