(2009.4.16)

<参考資料>オバマ政権の国防副長官に元レイセオン副社長


 以下は「POLITICAL VLOGZ」<http://vlogz.wordpress.com/2009/01/09/obama-picks-
defense-lobbyist-as-deputy-defense-secretary/
>と題するブログに掲載された、2009年1月9日付けワシントンDC発CNNニュースの翻訳である。原文は上記サイトで読むことができる。

 核兵器廃絶を標榜するオバマ政権であるが、人事面では幾つかの疑問が残る。まず第一に国務長官にヒラリー・クリントンを起用したこと。ヒラリーは、アメリカ軍産複合体制の議会における金城湯池である上院軍事委員会(Senate Armed Services Committee)<http://armed-services.senate.gov/>の民主党有力メンバーの一人だった。委員長は上院多数派から選出される慣例になっており、現在委員長はミシガン州選出のカール・レビン(Carl Levin)<http://en.wikipedia.org/wiki/Carl_Levin>である。また伝統的に少数派の筆頭委員はランキング・メンバー(Ranking Member)と呼ばれ、特別な権限を持っている。現在この地位は、オバマと大統領選挙を戦って敗れた共和党のジョン・マケインが占めている。
<http://en.wikipedia.org/wiki/John_McCain>

 いずれもアメリカの軍産複合体制を議会側で強力に支える有力議員である。
次のサイトは参考になろう。http://en.wikipedia.org/wiki/United_States_Senate_Committee_on_Armed_Services )

 次の疑問は、国防長官にブッシュ政権のロバート・ゲイツ
<http://en.wikipedia.org/wiki/Robert_Gates>を留任させたこと。ゲイツはその官僚としての経歴をCIA、アメリカ国家安全保障会議(National Security Council=NSC)で過ごしてきた根っからの米軍産複合体制の主要人物である。

 そして次の疑問は今回記事で話題となる国防副長官人事である。国防副長官(Deputy Defense Secretary)のポジションは、文字通り米国防省ナンバー2であり、政権最重要ポストである。国防副長官のポストは、1949年トルーマン政権の時に設けられた。
<http://en.wikipedia.org/wiki/United_States_Deputy_Secretary_of_Defense>

 このポストに指名されたのは、ウイリアム・リン(William J. Lynn III)<http://en.wikipedia.org/wiki/William_J._Lynn_III>である。リンはワシントンDCにある外交問題シンク・タンク、戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Studies)<Center for Strategic and International Studies>でそのキャリアを積んだ。その後米国防大学(National Defense University)<http://en.wikipedia.org/wiki/National_Defense_University>で上席研究員として戦略核兵器・装備の研究をしている。その後エドワード・ケネディ上院議員の軍事顧問をへて、第2期クリントン政権の時に、国防次官(Under Secretary of Defense -Comptroller-)に就任、官僚として国防省予算を一手に握った。その後民間会社をへて2002年にはレイセオンの副社長に就任、対米政府戦略営業部門を担当した。そして今回国防副長官就任である。レイセオン(Raytheon Company)<http://www.raytheon.com/>は、その軍事売り上げで世界第5位の軍事企業であり、パトリオット・ミサイル・システムの開発メーカーといったほうがわかりやすいかもしれない。
「2007 世界の軍需企業 トップ100社」
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Military-industrial_complex/defense
_news_features_top100_2007.htm>
参照のこと)

 リンはレイセオンで副社長だった、といってもその英語肩書きは、Senior Vice Presidentだった。日本風に解釈すると常務取締役といったところだろう。専務取締役格ならばExecutive Vice Presidentとなるだろう。(ただのVice Presidentならば平部長といった格だ。)

 政府の国防予算を握る国防次官は、世界に名だたるアメリカ軍事企業に入れば精々、「常務取締役」といった扱いを受ける。

 ウイリアム・リンの経歴から見ると、完全にアメリカ軍産複合体制の中枢人物の一人という表現をしても外れていないだろう。

 なお私が軍産複合体制という時、それは単に軍事産業と米政府の軍事予算をめぐる結びつきという意味ではない。米国政府、議会、軍事産業、金融資本、一流大学、研究開発機関、シンク・タンク、大手ジャーナリズム、州政府、退役軍人の組織、産業労働組合、ブーズ・アレン・ハミルトンなどのコンサルタント、広報企業、広告代理店・・・など極めて幅広い分野を包含した、広汎で底の深い、アメリカの支配体制を意味する。

 以下この記事の日本語訳である。文中(*青字)があればそれは私の註かコメントである。

 なおこの記事は、CNNの統括プロデューサー、アダム・レバイン(Adam Levine)の投稿という形をとっている。






 オバマは防衛産業ロビイストを国防副長官に選択

 次期大統領オバマの選挙戦での演説では、たびたび連邦政府に対する特権やロビイストの影響を削減することに触れていた。

(* 投稿者のレバインの問題意識は、ロビイストの影響力削減であり、軍産複合体制問題ではない。1960年代には軍産複合体制問題はアメリカでも盛んに議論されていたが、80年代以降この問題は、少なくともアメリカのメジャーな論壇で話題になることは皆無になった。といって軍産複合体制がなくなったわけではない。それどころかアメリカでは、空気のように当たり前の体制になったということだろう。)

 【ワシントン】(CNN)―次期大統領バラク・オバマは、選挙戦中連邦政府におけるロビイストの影響を減らすと明言していたのだが、このほど防衛問題のエキスパートであり、最近まで米国最大の防衛請負企業の一つで、副社長でロビー活動をしていた人物を国防副長官に選んだ。

 オバマの大統領府移行事務室(the transition office)は、ウイリアム・リンを国防長官ロバート・ゲイツの副に指名したと発表した。ウイリアム・リンは第2期ビル・クリントン政権の時に、国防次官だった経歴がある。

 リンは最近までレイセオンで副社長(a senior vice president)だった人物であり、レイセオンは、国防省と数十億ドルの契約を結んでいる企業であり、陸軍のパトリオット・ミサイル・システムや海軍で使用しているトマホーク・ミサイルのメーカーでもある。また空軍と一緒に、全地球測位通信システム(a global positioning satellite communication system-GPS)を開発中である。

(* レイセオンの2007年度軍事部門売り上げは190億ドルである。
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Military-industrial_complex/
defense_news_features_top100_2007.htm>


 副長官としてリンは国防省の日常ベースの運営に加えて、予算獲得及び予算立てに深く関わることになると見られる。

 オバマ政権移行事務室は、ロビイストの指名を行わないことについては、表面、一致して大統領候補の倫理的立場ということで一致している点は認識している。しかしリンの(*副長官)としての資格や共和党及び民主党双方からトップ候補として推奨されていることも認識している。

 オバマ権力移行事務室のスポークスマン、トミー・ビエトー(Tommy・Vietor)は、「リン氏を推奨する声は、政界全体から幅広く強いものがあり、次期大統領は、リン氏がこのポジションを占めるについてはもはや決定的と感じている。」という。

 またビエトーによれば、リンと政権移行チームは新政権の倫理的基準に適合するガイドラインを作っていくことになるだろうとのことだ。そしてビエトーは次のように続ける。

われわれは、リン氏がレイセオンのためにロビー活動をしてきたことを十分承知している。そして彼と一緒に仕事をすることで、次期大統領の高い基準と矛盾を起こさないようなリン氏の役割を入念に構築していかなければならないこともよく承知している。また、国家安全にとって決定的なこのポジション(*副長官ポストのこと)にリン氏が就任する必要性との間にバランスを取っていかなければならないこともよく承知している。」

(* トミー・ビエトーについてはどんな人物かはよく分からない。オバマの大統領選挙中、政権移行期間中一貫してオバマ陣営のスポークスマンを務め、またオバマ政権のホワイトハウススポークスマンとしてしばしば登場する人物である。大統領選挙直前の2008年11月1日付けスタッフリストの中にビエトーの名前が見え、その肩書きは「Press staff morale chief」ということらしい。
<http://news-cycle.blogspot.com/2008/11/obamas-white-house-staff-almost-set.html>


 選挙期間中、候補者としてのオバマはワシントンにおけるロビイストたちの影響力に対して厳しいスタンスを取ってきた。選挙期間中に掲載されたオバマのウェブサイトには、「オバマーバイデン政権においては、直接規制対象となったり政府契約対象となったり、或いは基本的にそうした関係で、ここ2年以内に働いていた人間は、指名対象としない。」という約束もしていた。

 距離を置く政策は、ブッシュ政権で国防長官に指名されたゲイツ国防長官にも困難をあたえただろう。ゲイツはペンタゴンの予算カットを最優先とている。またその予算には、(*ロビイストとして)リンも関係していただろうと思われる。

 政権移行事務室の発表では、公共セクターと民間セクターにおけるリンの経験は、リンが「アメリカ国民の税金を賢く使うのに十分に必要な選択」をすることができるものだ、としている。

 リンの支持者たち、例えばロードアイランド州選出の共和党ジャック・リード上院議員やマサチューセッツ州選出の民主党テッド(*エドワード)・ケネディ上院議員などはいずれもキャピタル・ヒル(*連邦議会のこと)で、リンと一緒に働いた経験を持つ人たちだが、声明の中で、リンの公共セクターと民間セクターにおける経験は、彼を第一候補としている、と述べている。

 ケネディは次のようにいう。
リンは国家安全を担当する世界での公共・民間両方のセクターで折り紙付きのリーダーだ。彼の国防省における前回の仕事ぶり(*クリントン政権時の国防次官の事を指している)は、彼が国防省を更に効率的かつ効果的に運営できることを証明している。」

(* アメリカの記者の書き方はPRライター風のスタイルが多いが、この記事の書き手もその一人。事実ではなく印象を植え付けようとするスタイルだ。このケネディのコメントも何故、リンが有能なのかを説明していない。それより興味深いのはエドワード・ケネディの認識の仕方だ。日本文にするとそのニュアンスは全く伝わってこないが、原文では“ a leader in both the public and private sectors of the national security community"
と言っている。つまりケネディの認識では、「the national security community」という閉鎖社会が存在し、その社会は、実は公共セクターもなければ民間セクターもない、民主党もなければ共和党もない一体化した社会であり、その社会ではリンは第一級の人物だ、ということを意味している。だからリンを単なる軍事産業のロビイストと捉えると大間違いで、ケネディのいう「the national security community」の第一級の人物だという捉え方が正しいということになる。それでは「the national security community」とはどんな「community」なのかという疑問が生ずることになる・・・。)

 政権移行事務室はまた、他の国防省人事も発表している。即ち前空軍長官補佐官(Assitant Secretary of the Air Force)のロバート・ヘイル(Robert Hale)を国防次官(Undersecretary)に、また、大統領政権移行事務室の一員であるミシェル・フロアノイ(Michele Flournoy)を政策立案担当の国防次官に指名した。国防省のスポークスマンによれば、ゲイツはすでにリンやその他の指名候補者との面談を終えているという。

 ペンタゴンのスポークスマン、ヂオフ・モレル(Geoff Morrell)はこういう。

 国防長官はチームの一人一人との面談を終えている。彼によると、それぞれ人格的にも立派で、プロとしての信頼性もあり、次期大統領に採用を推薦するつもりだ、ということだ。」

(* なにか尻切れトンボのような記事だが、ここで終わっている。結局この記事は、ロビイストを米政権中枢に採用しないというオバマの公約に違反しているという批判記事に見せながら、リンについては例外である、という印象を植え付けるものとなっている。この記事から、オバマ政権中枢の人事の傾向を読み取ることはむつかしいが、仮にオバマ個人は本当に核兵器廃絶を目指しているのだとしても、大統領オバマは別の選択をせざるをえない状況にあることだけは窺える。)