(原文:http://www.trumanlibrary.org/whistlestop/study_collections/bomb/large/documents/fulltext.php?fulltextid=20)

原爆投下直後なされる予定の米政府広報発表
(原爆投下直後のトルーマン大統領声明 最終原稿版)



1945年7月30日原稿

_____時間前、アメリカの航空機から_____へ1発の爆弾が投下され、敵に対しては実に有用にその都市は破壊された。爆弾の威力は、TNT2万トン相当である。戦争の歴史に置いてもっとも爆発力の大きいイギリスの「グランド・スラム」(Gramd Slam)の2000倍以上の爆発力をもつ。

日本はパール・ハーバーの上空においてこの戦争をはじめた。彼らはその何層倍もの仕返しを受けてきた。そしてまだ終わりは来ていない。今われわれは、増大しつつあるわれわれの軍事力補完物として、この新しくかつ革命的な増強を、この爆弾で獲得することになった。こうした爆弾はすでに生産段階に入っており、さらに強力な爆弾が今開発されつつある。

それは原子爆弾(Atomic Bomb)である。それは宇宙の根元的力を動力源(harnessing)としている。太陽から引き出された力が、極東に対して、戦争をもたらしたものどもに向かって解き放られたのだ。

1939年以前、原子のエネルギーを解き放つことに関し、それが理論的に可能であることは科学者たちの間で信ぜられていた。しかしその実際的方法は誰にも分からなかった。しかしながら、世界を奴隷化しようという望みをもった戦争の推進者どもに原子力エネルギーを加える方法を発見しようと、ドイツが熱病にかかったように開発していることを、1942年までにわれわれは知ったのである。しかし彼らは失敗した。V-1とV-2を彼らに得さしめたまでが神の御心(Providence)であったことに感謝すべきなのかもしれない。またその数も極めて限られていたことにも感謝すべきなのかもしれない。そして彼らが原子爆弾を獲得できなかったことにこそ感謝すべきなのかもしれない。

空における戦い、陸海における戦いに劣らず研究所における戦いは、われわれに取って運命的ともいえる危険をもたらすものだった。そして他の戦線同様われわれは、研究所における戦いに置いても勝利を勝ち取ったのである。

1940年の初め頃、パール・ハーバーの前、戦争において有益な科学上の知見がアメリカとイギリスの間で共有され、そのような共同作業から私たちが得た勝利に対する貢献は価格が付けられないほど大きい。そのような一般的方針の下に、この原爆に関する研究が始まった。アメリカとイギリスの科学者の共同作業で、われわれはドイツに対する発見レースに突入したのである。

アメリカでは、知の多くの必要な分野で数多くの科学者を動員できた。また計画に必要な産業上、金融上の資源も巨大だった。そのためその他のたちまち戦争に必要な仕事の遂行を妨げることなしに、この計画に没頭できたのである。

アメリカに研究所と製造工場があった。これはすでに実質的にアメリカにおいてスタートしていたこともあるが、敵の爆撃を受けないことが理由となっている。その時点では、英国本土は常に空襲にさらされており、侵入を受ける可能性にまだ脅かされていた。こうした理由でチャーチル首相とルーズベルト大統領は研究をアメリカで続けることに合意したのである。現在われわれは2つの主要工場と多くの関連施設で核兵器の製造に邁進している。建設のピークでは12万5000人の人間が従事していた。今でも6万5000人以上の人間が工場の操業に携わっている。その多くはすでに2年半から3年働いている。しかしそこで何が製造されているのか知るものは数少ない。莫大な分量の原材料が常にそこに運び込まれ、何も運び出されないことを知っているだけだ。この爆弾の物理的サイズは極めて小さい。われわれはこの歴史上最大の科学的ギャンブルに20億ドル遣い、そして、勝った。

しかし最大の驚異は、この試みの規模でもなければ、その秘密性でも、費用の大きさにあるのでもない。永遠に複雑な知の一つ一つを統合することによって多くの科学的頭脳が成し遂げた業績にある。実際、様々な科学分野の人たちが稼働可能な計画にしようとその知恵を費やしたのである。それに劣らぬ驚異は費やされた開発設計の産業、操業に携わった労働力、またかつて試みられたことがない方法論の数々、それらの容積の大きさにある。そのため多くの精神から生まれたこの発明(the brain child)は、あたかもそう定めてあったかのような、その物理的外形と働きとをもって生まれ来たったのである。科学分野と産業分野の両方が米陸軍の統率のもとに運営された。驚くべき短期間に、多岐にわたる尖端的知識の分野の諸問題を解決したと言う点に置いて、米陸軍は極めてユニークな成功を示したのである。このような組み合わせが一緒に行われるなどと言うことは世界に例がないことは疑いようがない。なされたことは、歴史上もっとも大きな科学の組織化による業績である。大きな重圧下で少しのミスもなく行われた。

われわれは、日本の都市から地上にある全ての生産的施設・設備を、素早く完全に跡形なく消し去ってしまう準備が整った。われわれはその船渠、工場、通信設備を破壊しつくすだろう。失敗はあり得ない。われわれは日本の戦争力を完全に破壊しつくすだろう。ポツダムに置いて出された7月26日の最後通牒は、日本の人々を悲惨な壊滅から救済するものだった。日本の指導者たちは即座にこの最後通牒を拒否した。もし日本が今私たちの条項を受け入れないなら
上空からこの地球上でかつて見なかったような、破壊の雨が降り注ぐことになろう。この上空からの攻撃の後には、彼らがかつて見たこともない数と力の、そしてすでによく承知の戦闘技術をもった陸海軍が、後続することとなる。

計画の全ての段階で直接この問題に携わってきた陸軍長官は、これら詳細について直ちに公式声明を出すであろう。

陸軍長官の声明ではテネシー州ノックスビルにほど近いオークリッジ施設、ワシントン州パスコ近くのリッチランド施設及びニューメキシコ州サンタフェ近くの施設などに関する事実関係が報告される。また歴史上もっとも破壊的な兵器の製造に使われる材料生産に携わっている従事者は、他の多くの職の従事者同様、安全のため最大限の注意が払われており、全く危険はない。計画に関する科学的報告は明日公表する。

原子のエネルギーを解放できるという事実は、自然力を人類が理解する新たな時代の到来を告げるものである。原子力エネルギーは、現在われわれが石油、石炭、水力などから得ている力を将来補完する力となりうる。しかし現在の所、商業的観点から見て競争力のある生産はできない。その前に、長期にわたる幅広い研究が必要となるに違いない。

世界的科学知識を抑制するなどと云ったことは、米政府の政策やこの国の科学者たちのやりかたではない。従って通常通り原子力エネルギーに関する仕事は全て公表され得る。

しかし現在の状況下では、製造の技術的工程、軍事的目的用途、懸案中の更なる可能な方法論の研究過程などは、われわれとその他の世界を壊滅から保護するため、その機密を明らかにするつもりはない。

私は合衆国連邦議会に対して、合衆国内における原子力の使用と生産統御を目的として適切にその任を託された機関の設立を直ちに考慮するよう、勧告するものである。また原子力をいかにすれば世界平和を維持する方向で強力かつ強制力を富ませるかについてより深く考えることを合衆国連邦議会に勧告するものである。

イギリスの助言
大統領声明

1.3ページ、2行目。「英国本土は常に空襲にさらされており、侵入を受ける可能性にまだ脅かされていた。」の文言を追加。
2.6ページ、6行目。「われわれを保護する統御の方法について検討が重ねられるまで、さもなくば」を「われわれを保護する可能な方法が更なる検討を要するため」に変更。

1945年6月29日
―省略−




ただし、この原稿では冒頭の空欄が、「2時間前アメリカの航空機が1発の爆弾を長崎海軍基地に落とし」となっており、「2時間」と「長崎海軍基地」に取消線が施されている。