(2012.8.14)
No.046
広島2人デモ

その③ 大飯原発再稼働-政権批判と見せつつ広報宣伝に徹する朝日新聞


 民主党幹事長輿石東の規制委員会に対するホンネ

 今日(2012年8月12日 日曜日)、午前中のNHK放送の「日曜討論」を見るともなく見ていた。個別に民主党幹事長・輿石東と自民党幹事長・石原伸晃が登場し、司会者のインタビューに答えて政局に対するそれぞれの見方を示していた。もちろん焦点は衆議院解散の時期である。石原が「近いうちに」とは今国会(9月9日までが会期)中にという意味であり、今国会開催中の解散をめざすと述べていたのに対し、輿石が今国会中の解散は難しい、との見解を示していた。『赤字国債発行法案(正式には「公債の発行の特例等に関する法律案」。赤字国債=特例国債を発行するための1年限りの法案。赤字国債とは、国が一般会計の赤字補填のために発行する国債。)もありますし、衆議院定数是正の問題もあります。』と、『今国会では重要法案が目白押しで・・・』とここまではいい。その後続けてつい口を滑らした。『原発再稼働へ向けての(原子力)規制委員会(設置法案=http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g18001019.htmもありますし・・・。』

 輿石の頭の中では「原子力規制委員会」は原発再稼働へむけての「許認可行政組織」なのだ。そのホンネがつい口をついて出たものと見える。しかし、規制委員会の委員は内閣総理大臣が任命するとはいえ、あくまで内閣とは独立した組織である。

 『原子力規制委員会の委員長及び委員は、独立してその職権を行う。(第5条)』であり、『原子力規制委員会は、委員長及び委員四人をもって組織する。委員長は、会務を総理し、原子力規制委員会を代表する。(第6条)』であり、また『委員長及び委員は、人格が高潔であって、原子力利用における安全の確保に関して専門的知識及び経験並びに高い識見を有する者のうちから、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する。』でなければならない。

 もし予定通り2012年4月1日から、原子力規制委員会が設置されていたら、野田内閣が「大飯原発の再稼働の安全性を判断する」などいう奇術は決して実現することはなかった。従って大飯原発は再稼働できていなかったことは確実である。

 国民の期待を担って颯爽と登場すべき原子力規制委員会が、旧態依然たる「原子力安全基準」を作って、また東電福島原発事故の検証結果を全く無視して、「大飯原発再稼働OK」というわけにはいかないからだ。しかしといって、大飯原発再稼働は天王山である。大飯原発再稼働はこれから政権が行おうとしている「次々の再稼働」の突破口である。「大飯原発再稼働」なしに「次々の再稼働」はありえない。しかし、もし1基の原発も動かず「今年の夏」を乗り切れたら、少なくとも「電力不足」の口実は今後使いにくくなる。(もうひとつの脅しの切り札「料金値上げ」は使えるが)

 こうして「再稼働へ向けてのシナリオ」が4月以降実施に移されていく。

 「空白」の原子力規制行政

 4月1日、原発相の細野豪志は、4月16日に任期切れになる3人の原子力安全委員会に面談した後、記者会見し大飯原発再稼働是非の問題は「私」(すなわち原発相)が判断する、と宣言した。この時点で『原発再稼働が安全かどうかを判断する権能は原発相(すなわち内閣)にはない。しかるべき独立規制組織をスタートさせてそこで判断させなければならない。細野君、キミの言い分は重大な越権行為となる。』という非難がごうごうとわき起これば、この違法行為は実現しなかった。前回の記事(その②)で見てきたように、日本の大手マスメディアはこの細野の越権行為を、とがめなかった。とがめないどころかあたかも内閣総理大臣は全能の神であるかのように扱い、この越権行為を当然のこととした。

 原子力規制委員会はいまだ発足せず、5名の原子力安全委員会の委員のうち3名は4月半ばで任期切れ、後任は補充せず、つまり原子力安全委員会は機能不全である。(この3人の委員の任期は4月9日原子力規制庁が発足するまで延長となった。しかし機能不全状態には変わりない)といって解散解体が決定している産業経済省の原子力安全・保安院にこの仕事をやらせるわけにはいかない。それ以前に国民の保安院に対する信頼は地に落ちてしまっている。

 つまりは、原子力規制行政にはポッカリ空白が生じたわけだ。この空白を利用して、本来内閣の権能にはない「原発再稼働の安全判断」の仕事を野田内閣は簒奪した。つまり「空白」を利用して堂々と国民の眼前で政治的奇術が行われた。

 いったん奇術が成功すると後は早い。暫定基準を作らせて「大飯原発再稼働は安全」と宣言した上で、次のステップに取りかかった。福井県議会や福井県知事、原発地元のおおい町が反対するわけはない。国民に引導を渡す大仕事が残っているだけだ。国民に引導を渡す仕事で大きな役割を果たすのが大阪市長・橋下徹率いる関西広域連合である。橋下は表向き民主党野田内閣の再稼働判断を激しく非難しながら、大立ち回りを演じる。橋下が暴れてみせれば見せるほど、後の「降参宣言」の政治的効果は大きい。

 そして橋下を「反原発の英雄」のように仕立て上げ、大いに持ち上げて見せたのが、朝日新聞をはじめとする主要マスコミだった。

 しかしこのことが明らかになるのは、関西広域連合の「関電管内夏場電力15%不足」の「検証結果」が公表され、散々ごねて見せた挙げ句「降参宣言」が出てくる5月後半から6月初旬にかけてのことである。

 今この記事で扱う4月半ばの時点ではこうしたことはまだ明らかでなかった。4月中旬は橋下徹は関西地元、頼もしい反原発の闘士だったのである。

 と、ここまでがおおよそ前回まで見たところだった。

 再稼働へのロードマップ

 以下朝日新聞の掲載した記事をたどりつつ、いかに詐欺的に関電大飯原発再稼働に至ったのかを見ていこう。

 その前にもう一度、朝日新聞4月7日付け朝刊一面記事(大阪本社版)で、朝日新聞が示した「再稼働へのロードマップ」を確認しておこう。


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 この時点では「再稼働が安全かどうかの判断は内閣が行う」という奇術が演じられ、野田内閣は原子力安全・保安院に「大飯原発再稼働に関する暫定安全基準」作成を命じ、保安院は、この暫定基準を提出し終わっている。

 この時点での「再稼働ロードマップ」は以下のようなものだった。



 記憶に止めておいて欲しいのは、上記ステップでもっとも重要なポイントは『⑦ 滋賀・大阪・京都に理解を求める』である。⑦は「関西広域連合」の理解を得る、と解釈もできるが実は橋下徹の関西広域連合も「グル」だった。(これは後で判明する)このことを考えれば、滋賀・大津・京都の住民の理解を得る、これは言い換えれば、福島原発事故の解決もまだメドすら見えていない時にまた危険な原発の再稼働に反対する多くの国民の理解を得る、と同義である。のちに見るような、この「理解」は「電力不足」、「料金値上げ」の恫喝でもぎ取るのであるが・・・。このロードマップは恐らく政権側から示された話を4月7日付け朝日新聞がまとめたものであろう。しかし、このステップ、国民の理解を得る過程を政権側が極端に過小評価したことで、ということは朝日新聞も過小評価したのだが、後で大誤算が生ずることになる。しかしこのことが明らかになるのは6月も中旬以降のことだ。

 橋下の暴れぶりを持ち上げる朝日新聞

 4月11日付けの朝日新聞朝刊1面トップ記事(大阪本社版)は橋下徹の暴れぶりを大げさに伝えている。見出しには『大飯100キロ圏知事に拒否権』『大阪府市、関電に要求』と前日の10日に1面トップで伝えた「原発再稼働8条件」を再び大げさに伝えている。

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 『府独自の「安全委」検討』という見出しで判るように中身は単に、大阪市・大阪府統合本部会議で、専門家らがまとめた再稼働8条件を、大阪市長の橋下徹や大阪府知事の松井一郎が大筋了承した、というだけのこと。何も大げさに1面トップに持ってくるほどの内容ではない。

 大体この本文記事自体が、『現行制度で大飯原発の再稼働に大阪府市の同意は不要で、国や関電が8条件を受け入れる可能性は低い。』と書き出しているのだから何ともしまらない。橋下や「大阪維新の会」の中身のないパーフォーマンスぶりを宣伝する以上の効果はない。

 (ただ、今になってみれば橋下徹や大阪維新の会、あるいは関西広域連合の、「大飯原発再稼動反対」の強硬姿勢に、望みを託した人も多かったことを考えれば、朝日新聞も罪作りな新聞だ)

 しかしこの記事もよく読めば、『橋下氏は8条件を「政治的なメッセージ」「選挙で有権者に問う」と説明。国政進出に際し、争点とする考えを示した。』と書いており、橋下の狙いが「再稼働反対」にあるのではなく、「国政進出」に際し一般の人気を獲得できる争点、といった点に関心があることを示している。

 ただ繰り返しになるが、この時点4月中旬の時点、橋下がパーフォーマンスに徹していることが見抜けず、橋下に喝采を送った人も多かったろう。

 とにかく朝井新聞の狙いは徹底的に「再稼動反対の闘士」として橋下を描き出し、持ち上げるところにある。それを象徴する記事がこの1面トップの関連記事、2面に掲載された『挑発 原発8条件』と大横見出しで飾った記事だ。

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 『橋下氏「有権者に選んでもらう」』『再稼働 争点化迫る』と立て見出しを打ったこの記事は、『「反対、反対というだけではダメ。有権者にどっちの手順を本来踏むべきか、選択してもらう」。』という威勢のいい橋下の発言を伝え、政府・関電の姿勢を厳しく批判する。やや引用が長くなるかも知れないが、後々のことを考えれば、非常に重要な発言なので記録しておく。

 橋下をダシに電力不足を刷り込む朝日新聞

  ・・・だが、昨夏の電力不足を懸念した関西電力が「15%節電」を要請した(2011年の)6月以降橋下氏は次第に強硬姿勢に傾き始めた。

 15%の根拠となる電力需給の見通しを明確にしない関電側に、橋下氏は「電力が足りないから原発が必要というのは、サインしなければ命がどうなるかわからないという霊感商法と同じだ」と強烈に批判。』
 

 関電のものの言い方が「サインをしないと命がどうなるかわからないという霊感商法と同じ」というくだりは、どう同じなのか理解に苦しむところだが、朝日はこれを「強烈に批判」と大いに持ち上げてみせる。先を続ける。

  橋下氏と関電との対立構図は、野田政権との関係ともダブる。政権側が電力不足への懸念を強調しつつ、中長期的なエネルギー政策を示さないことにしびれを切らす形で。橋下氏は8条件の提示という実力行使に出たともいえる。』

 先にも説明したように「8条件」は何ら実効性のないパーフォーマンスだ。なぜこれが「実力行使」になるのかまるきり訳のわからない記事だ。橋下が大飯原発の正門前で大の字に仰向けになって寝転がり、「オレを殺してから再稼働しろ」といえば立派に実力行使だが、実現性のないプランを示したからといってそれは実力行使とは言えない。とにかく朝日の橋下持ち上げぶりは異常である。またこれだけの記事を書きながら、ここでも無署名だ。

 注意しておいて欲しいことは、この日4月11日の社会面(37面)に『今夏も節電要請へ』、『関電、大飯原発再稼働でも』の記事がさりげなく挟んであることだ。朝日の連載漫画「ののちゃん」のすぐ右隣である。

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  関西電力は10日、今夏も管内で節電を要請する方針を明らかにした。現在停止中の大飯原発3、4号機が再稼働した場合でも、このままでは今夏の電力不足は避けられないと判断した。』

  同日、大阪府市の専門家会議「エネルギー戦略会議に出席した関電の岩根茂樹副社長が明らかにした。岩根副社長は記者団に対し、「基本的に今の段階の(電力需給)でみれば、節電要請をしないケースはほとんどない」と指摘。「仮に(大飯3、4号機が)稼働してもそういうことになる」と述べた。(溝呂木佐季)』

 この時点で、多少誇張はあっても関電・政府が大ウソをついているなどと考える読者は多くはないだろう。「おかしいな」と思っていても数字を挙げて反証はできない。精々、「東電管内は原発なしで昨夏乗り切れた。電力不足は宣伝だ」という程度だ。また、電力は足りていると思っている読者がいても、この記事を読めば、多少ぐらつくだろう。それでこの記事の目的、つまり関電の目的は十分達している。4月はまだ地ならしの段階なのだ。またこの日の3面の下隅に目立たないが重要な記事が掲載されている。

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 『夏の電力需給 公開で検討へ 経産省、月内開催』と題する記事だ。
  電力各社の今年夏の需給見通しについて、産業経済省は今月中(つまり4月中)に初の公開検討会を開くことを決めた。昨夏や冬の需給見通しは「電力不足をあおっている」との批判がでた。今回は、政府の見通しに批判的な専門家も招き、第三者の視点を入れて実態を見極める。原子力発電所の再稼働が需給面で必要かどうかを判断する際にも生かす。』(無署名)

 というだけの短い記事である。すでに着々と手が打たれている。

 統制しやすい日本のマスコミ

 4月14日(土)の大阪本社版(14版)の一面トップは、『大飯再稼働へ安全宣言』と大きな横見出しのついた記事。『政権「需給面でも必要」』、『経産相きょう福井訪問』の見出しが内容を補足する。

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 リード記事は『野田政権は13日夜の関係閣僚会合で安全性を最終確認し、再稼働することが妥当だと判断した。』と書いている。(この記事には署名がない)冒頭に示した「再稼働へのロードマップ」からいうと『①閣僚会合で大飯原発の安全宣言と再稼働の妥当性を判断』が4月13日の夜に行われたということになる。

 この記事のポイントは2つある。1つは「大飯原発再稼働再稼働は安全」というものであり、もう1つは「夏の電力不足、料金値上げ」である。本文記事からひろうと、

  枝野氏は会見で「安全性の判断基準(暫定基準の照らして)を満たす」と述べ、安全宣言をした。・・・会合では関電管内の夏の電力需給についても検証した。原発が1基も稼働せずに1昨年並みの猛暑を迎えた場合、揚水発電を増やすなど供給力を積み増してもなお最大2割程度の電力不足に見舞われると判断。電力料金の値上げにもつながるとして大飯原発の再稼働について「必要性が存在すると」(枝野氏)と結論づけた。』

 1昨年並みと言うことは2010年並と言うことだ。下表は2010年度の関電有価証券報告書から抜粋した関電管内水力発電設備の一覧表である。この表の18、19、20は揚水発電所で、合計約442万kWの発電能力をもっている。なかでも奥多々良木発電所は「日本最大出力を誇る揚水発電所」と関電のホームページにも謳ってある立派な発電設備である。ところがこの3つの発電所は2010年度ただの1Wも発電していなかった。「揚水発電を増やすなど供給力を積み増しても」なにもこの年関電の誇る3つの発電設備は1Wも出力していなかったのである。


 朝日新聞をはじめとする日本の主要マスメディアの数は非常に少ない。日本新聞協会に所属している新聞社数は日刊自動車新聞や電波新聞など業界紙を含めてもわずか100あまり。人口1億2000万人の「民主主義国家」に日刊新聞がわずか100あまりしかないというのは異常である。なぜこうなっているかは非常に面白い話だが、これは別項目をたてて報告しなければならない。結果として言えることは権力側から見ると、非常に統制しやすい体質をもともと日本のマスコミは持っているということだ。その上いまだに生きている新聞業界の「カルテル的体質」がある。 

 この記事に限って言えば、朝日新聞は、「揚水発電を増やすなど供給力を積み増してもなお最大2割程度の電力不足に見舞われると判断。」と書く前にこの判断が妥当なものかどうかを検証すべきなのだ。検証さえすれば、「積み増す」どころか揚水発電所は全く宝の持ち腐れだったことを発見したことだろう。これではもうジャーナリズムとはいえない。精々良く言って「政府広報宣伝紙」といったところだ。

ホントの狙いは「電力不足・料金値上げ」

 もともと関電は、「電力過剰生産体質」である。十分な火力発電・水力発電設備を持っている上に無理矢理原子力発電生産を増やしてきた。その上2000年代に入って、独立系電気事業者が管内に増加していった。また昨年の「作られた電力危機」のために、管内の大規模事業者は、自前の発電設備をもつようになった。「計画停電」や「節電」に対する備えという以上に、自前の発電設備の方が安い電力を供給できるようになったためでもある。これは関電管内の「電力過剰生産体質」に拍車をかけた。去年から今年にかけての大きな特徴である。(関電管内の「電力過剰生産体質」についてはまた別に議論する機会があるだろう)

 さてこの記事の一つのポイント「夏の電力不足・電気料金値上げ」が、先ほどのロードマップで、『⑦滋賀・大阪・京都に理解を求める』というステップの重要な伏線となっていくのである。

 なおこの記事には『拙速な判断不信募る』の見出しで編集委員・竹内敬三が一種の解説記事を書いている。

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 『原発事故で失ったものの大きさに比べ、再稼働への議論が軽すぎないか。』がこの解説記事の書き出しである。要するに原発事故の検証がしっかりできていないのに、再稼働を急ぐのは国民の不信を募らせるだけだ。従って『まずしなければならないのは、新たな規制機関を早く立ち上げ、「不信の構図」の外に出すことだ。そして情報を公開し、国民の納得を得る。』という主張になる。

 一見野田政権批判のように見せる記事だが、その実そうではない。新たな規制機関(たとえば原子力規制委員会)を立ち上げたところで、それはこの記事の冒頭で民主党幹事長・輿石東のNHKにおける発言を引用したように、『原発再稼働へ向けての(原子力)規制委員会』に過ぎない。「情報を公開し国民の納得を得る」というのは、再稼働について納得を得る、ということだろう。「原発事故で失ったものの大きさに比べ」ると、『原発はただちに廃炉』以外に結論はありえない。竹内の議論は「軽すぎる。」

 竹内が心配しているのは「危険な再稼働」そのものではなくて、再稼働に至る手続きの問題であることは、野田政権の最後の切り札である「電力不足・料金値上げ」の威しに全く踏み込んでいないことでも了解される。竹内はわずかに次のようにいう。

  稼働の理由に挙げる電力不足について、政府や電力会社は、突き詰めた電力需給のデータを示していない。これでは最低限何基再稼働が必要か判断できない。』

 「突き詰めた電力需給のデータを示す」のは、政府の仕事ではない。ジャーナリズムの仕事だ。政府(これはいついかなる国の政府もそうであり例外はない)というものは、自分の政策に誘導するデータや資料はいくらでも出す。しかし政策目的に反する資料やデータは決して自ら進んで公開しない。これは常識問題だ。だからジャーナリズムが必要になる。しかし竹内は「突き詰めた電力需給のデータを示していない。こうれでは最低限何基再稼働が必要か判断できない」と懐手をしながら、平然と言い放つ。

 竹内が、従って朝日新聞が批判的に見せながら、その実野田政権に協力していると私が観ずるのは、切り札である「電力不足・料金値上げ」の脅迫に全く踏み込もうとしていないこの1点である。私には明瞭明白に見える。

 政権批判と見せつつ「電力不足」を刷り込む

 この日の1面関連記事で朝日は3面に『再稼働急いだ結論』と横に大見出しを打って一種の解説記事を掲載している。

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 『供給不足・値上げ強調』と4段見出しを立てている記事では、『会合後、枝野幸男経済産業相は「非常に厳しい電力不足に直面し高齢者などの社会的弱者にしわ寄せがくる」と説明した。電力の供給不足と電力料金の値上げという二つの理由をたてに再稼働に突き進んだ。

 もともと12日(木曜日)の5回目の会合で判断する予定だったが、電力供給の再試算を改めて注文。この日の会合で夜間に中部電力の融通を受けたり、揚水発電を活用したりしても、供給力の積み増しは36万キロワットに止まるとして、なお最大で18.4%の電力が不足するとの試算が報告された。代用する火力発電所の燃料コスト増が年間0.7兆円に昇る事も挙げ、「いまの状況が続けば電力料金の値上げにつながる」とした。』


 肝心要の「供給不足・値上げ強調」に関する記述はたったこれだけである。批判記事と見せながらその実しっかり政府広報宣伝を行う朝日新聞の面目躍如といった記事である。見出しからさぞ政府の「電力不足・料金値上げ」の威しを批判するかと思えば、上記記事を読んだ読者の頭に残るのは、揚水発電や中部電力からの融通電力を受けても積み増すのはたった36万キロワットにすぎないこと、最大で18.4%電力が不足すること、火力発電の燃料コスト増が0.7兆円にものぼり値上げは必至であること、だけである。

 もし枝野が本当にこういったとすれば枝野幸男は犯罪的であろう。下表を見て欲しい。これは今年の7月26日(木曜日)から8月8日(水)の2週間の間、関西電力が供給した電力の実績と管内実際使用電力量(いずれもピーク時)の一覧表である。

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(画像の元、PDFはこちら。出典、注釈等を明確に書いています)

 
 まず何度も出てくる揚水発電の実績であるが、この2週間の平均は389万kWである。これはそれしか余力がないのではない。最大発電量の442kWを供給しても捨てるだけだからこういう結果になったのだ。それが証拠に7月26日の木曜日や8月6日の月曜日は448万kWと発電設備能力からすると101.4%の設備利用率となっている。前述のように関電は2010年度揚水発電を全く使っていなかった。だから2010年度実績と比較するならこれだけで約400万kWも「供給力は積み増して」いる。中部電力からの融通となるともっとひどい。この2週間で関電は中部電力から平均81万kWの融通電力供給を受けている。これは中部電力にそれが限度の余力だからではない。それが証拠に、土曜日・日曜日と使用電力が落ちる日になると、中部電力からの供給は、164万kW(8月5日日曜日)、170万kW(8月4日土曜日)と跳ね上がっている。このおかしな現象を説明する唯一合理的な推測は、土日電力需要が落ち込むと関電は中電から余剰電力を引き取る契約になっている、というものだ。関電は電気が余っていますからいりませんと中部電力には言えない。だから土日には、中部電力で作りすぎた電力を引き取らざるを得ない。

 関電管内には、電気はじゃぶじゃぶに余ることになる。その分は火力発電を抑制して調整することになる。この2週間関電はピーク時平均1357万kWの火力発電を行ったが8月3日土曜日は1195万kW、4日日曜日は1078万kWのピーク時出力をしていたに過ぎない。

 朝日新聞の伝える枝野の、「中部電力の融通を受けたり、揚水発電を活用したりしても、供給力の積み増しは36万キロワットに止まる」などという発言はデタラメもいいとことである。(こんなデタラメがまかり通っていいはずがない)

 判断材料を与えない記事の作り方

 朝日新聞の(朝日新聞に限らない。NHKや共同通信など日本の主要マスメディアに共通しているが)大きな特徴は、読者に決して全体観や判断材料を与えないことだ。引用した記事でもそのことは良く当てはまる。『供給力の積み増しは36万キロワットに止まるとして、なお最大で18.4%の電力が不足するとの試算が報告された。代用する火力発電所の燃料コスト増が年間0.7兆円に昇る事も挙げ』と朝日は書いている。供給力の積み増しは36万キロワット、というが何に対して積み増しなのか、もしこれが2010年度に対してなら先ほど見たように大デタラメだ。現在の供給力に対してという意味なら、現在はいくらあるのか?18.4%不足すると言うが、全体の供給力はいくらで、それに対してどれだけ不足するから18.4%となるのか?燃料費コスト増が0.7兆円、というがそれはいつに対してなのか、0.7兆円という数字は一体予測なのか実績なのか?

 朝日の挙げる数字は読者に考える材料を全く与えていない。ただ、「積み増しわずか36万キロワット」、「18.4%不足」、燃料費コストアップ「0.7兆円」という数字だけが読者の頭に刷り込まれる仕掛けになっている。

 朝日は政府の発表をそのまま伝えただけだ、というかも知れない。しかしそれならジャーナリズムはいらない。(大体朝日新聞はジャーナリズムではない。広報宣伝紙だ)政府発表のおかしな点、矛盾を衝くからジャーナリズムの価値があるというものだ。(なおこの見出し記事は無署名)

 4月14日の3面の記事は、いつにも増して朝日新聞らしくその面目躍如であり、“悪質”である。もう少し詳しく見ておく。

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 このすぐ横に『徹底検証の痕跡見えず』とこれも4段見出しの記事がある。こちらの記事は署名記事で福間大介、大平要の連名になっている。これも政府が徹底検証をしていないので徹底検証した記事なのか、というとそうではない。

 この記事は、地元財界が大飯原発再稼働歓迎一色の雰囲気を伝えた上で、
  原発が動かなければ電力不足で生産に影響が出るうえ、将来的には、電気料金の値上げも覚悟しなければならない。そんな心配が企業の間に広がっていたからだ。実際、枝野経産相はこの日の会見で、再稼働しなければ「遠からず、値上げをお願いせざるを得なくなる」と明言。「猛暑になれば再稼働しても節電をお願いすることになる」と「電力不足」を強調した。』

 要するにこの枝野なり、政府・関電の言い分が正しいのかどうかがポイントだ。果たしてこの記事は『しかし、「電力不足」や「原発は安い」という決まり文句は十分に検証されているのだろうか?』と続く。先を見てみよう。

 『・・・9日に示した前回の需給見通しから比べると・・・積み増したりしたりしてはいる。だが実際に積み増しができたのは、わずか36万キロワット~57万キロワットに過ぎない。』
とほぼ政府の言い分をそのまま繰り返すだけで、検証もなにもあったものではない。これでは朝日新聞も政府の言い分をそのまま認めてしまっている。読者は「夏は電力不足」を強烈に刷り込まれてしまう。そして、

 『ほかの電力会社から電力を送ってもらう融通(電力)分は、・・・積み増しをしておらず再び「努力不足」との批判が高まりそうだ』と矛先を融通電力確保に向けてしまう。この問題の本質は、関電はもともと電力生産過剰体質にあり、夏場であろうがなかろうか、電力不足に陥ることはない、この事実を数字で裏付けて論証するところにある。ところが「融通電力確保の努力」が足りないというのであれば、関電の電力生産過剰体質を覆い隠し、「原発なしでは電力不足」という政府・関電の言い分をそのまま追認する結果となっている。「検証の痕跡見えず」という見出しは政府に向けられたものではなく、この記事自体に向けられたものであるらしい。

「融通電力など」ごまかし

  この記事の隣に『関西電力「原発ゼロ」での最新の需給見通し』と題する棒グラフがもっともらしく掲載してある。

 2011年夏の供給実績は、原発337万kW、火力1415万kW、水力225万kW、揚水448万kW、融通など552万kWとし、昨夏供給実績は合計2947万kWだった、と書かれている。従ってここから単純に原発分を差し引いてみると、2610万kWが原発なしの場合の関電供給力だ、という主張になる。この主張が当てはまるのは、昨年の供給が関電供給力の最大だった場合だけである。もし関電の供給力が昨夏最大でなかった場合は、この主張はまったく当てはまらない。

 実際には関電のピーク時生産力は、火力1681万kW、水力378万kW、揚水442万kWで合計2511万kWある。これは、関電の生産力の話だ。だから昨夏、関電は火力・水力・揚水だけに限って見ると、合計2088万kW(1415+225+448)の生産力だから、一瞬のピーク時ですら、約83%の設備利用率でしかなかったわけだ。

 さらにこのグラフで悪質なのは「融通など522万kW」とこのカテゴリーが、他の電力会社からの融通電力主体であるかのように見せている点だ。注意深い読者であればあるほど、関電は他の電力会社からの融通電力なしにはやっていけないのだな、と思いこんでしまう。

 実際にはそうではない。先ほど引用した「関西電力が供給した電力の実績と管内実際使用電力量(いずれもピーク時)の一覧表」をみておわかりのように、他社受電平均675万kWのうち、融通電力は154万kWで22.7%に過ぎない。だからこのグラフで「融通電力など」と書くのは全く読者を誤解させる目的で作成したものだと言わざるを得ない。ちなみに「他社受電」という言葉は関西電力の使っている言葉である。朝日新聞はこの点に限って言えば、関西電力より悪質である。

神鋼神戸発電や泉北天然ガス発電

 それでは他社受電の77%以上を占める電力521万kWは一体どこから来ているのか?それは関電管内に存在する独立系電気事業者や大規模工場の自社発電設備の余剰電力である。関電はこうした電気事業者と供給契約を結んでおり、正確に手持ち電力供給力を把握しているのだが、また秘密でも何でもないのだが、あえて詳しく触れないで「他社受電」と大ざっぱに公表している。こうした独立系電気事業者に500万kW以上の供給能力があるのだろうか?あるのである。

 関電に100%電気を供給している独立系電気事業者の中で最大のものは恐らく、「神鋼神戸発電所」だろう。日本語ウィキペディア「神鋼神戸発電所」によれば、

  兵庫県神戸市灘区灘浜東町2にある神戸製鋼所の神戸製鉄所に隣接する火力発電所である。本発電所は、日本国内では最大級の独立系発電事業者として神戸製鋼所の100%子会社である神鋼神戸発電株式会社が運営している、石炭専燃式の火力発電所である。 総工費は約2,000億円を掛けて、2002年に1号機が、2004年に2号機が営業運用を開始した。神鋼神戸発電が電力卸供給事業(IPP事業)として関西電力に電力を供給している。』

 1号機(定格出力70万kW)及び2号機(定格出力70万kW)合計で140万kWと巨大な発電所である。140万kWといえば神戸市全体のピーク時電力の約70%をまかなえる規模である。今時石炭火力発電所とは、といぶかる向きもあるかも知れないが、第一に石炭はもっともコストの安い火力発電源である。次に環境対応技術が進化してCO2排出量も最小化している。もちろん環境基準もクリアしている。またすでにCO2回収技術も進んでおり全くCO2を環境に放出しない火力発電所技術も完成している。(たとえば、http://www.toshiba.co.jp/thermal-hydro/thermal/approach/ccs/index_j.htmを参照のこと)

 こうした技術を手掛けているのが東芝、三菱重工業、日立製作所、IHIなどの原発機器メーカーだ。(たとえば<http://news.livedoor.com/article/detail/6761620/>参照のこと)まったく転んでもただで起きないしたたかな連中である。始末に負えない。

 関電管内にある独立系事業者で次に大きいのは「泉北天然ガス発電所」だろう。同名日本語ウィキから引用する。

  泉北天然ガス発電株式会社が運営するガスタービンコンバインドサイクル発電方式による天然ガス火力発電所である。堺泉北臨海工業地域に位置する大阪瓦斯の泉北製造所に計4基発電機を設置し、IPP事業の発電所として日本最大級の計110.9万kwの発電を行う。最高効率57%(LHV基準)を実現するなど発電効率に優れている。』

大阪瓦斯増収・増益のナゾ

 この会社は90%大阪瓦斯出資子会社である。ここも関電に電気を供給している。4つの発電機を持っているがいずれも2009年に営業運転を開始している。神鋼神戸発電所や泉北天然ガス発電が燃料費の高騰で赤字になったという話はついぞ聞かない。特に大阪瓦斯が今年7月31日に発表した「平成25年3月期 第1四半期決算短信〔日本基準〕(連結)」を見てみると、とんでもない増収増益である。

 平成25年3月期第1四半期の連結業績(平成24年4月1日~平成24年6月30日)は前年同期に比べて連結売り上げ(泉北天然ガス発電も当然連結対象である)は、14.6%の伸び。営業利益は69.5%、経常利益は75.7%、純利益は89.7%の伸びである。笑いが止まらないだろう。大阪瓦斯自身は『当第1 四半期の売上高は、大阪ガス個別で原料費調整制度によって都市ガスの販売単価が高めに推移したことなどにより、前年同期に比べて418 億円増の3,285 億円となりました。営業利益は、大阪ガス個別におけるガス事業及び電力事業での増益などにより、135 億円増の331 億円となりました。また、経常利益は156 億円増の363 億円、四半期純利益は111 億円増の236 億円となりました。』と説明しているが、「都市ガスの販売単価が高めに推移した」ことは事実としても、それだけでは、これだけの増収増益の説明にならない。さりげなく書かれている「電力事業での増益」が大きく貢献したのではないか。わかりやすく言うと原発で落ち目の関電に電気を売って儲けたのである。

 だから関電・政府のいう燃料費の高騰のため赤字となって「電気料金値上げ」という話は全く納得いかないのである。「燃料費高騰」の背景には、関電が抱える構造的問題があると私は考える。(これは別テーマであり、これから調査研究したい)

 その他関電管内には、酉島エネルギーデンター(大阪瓦斯の子会社である株式会社ガスアンドパワー)が2002年4月から運転を開始、発生電力を関西電力に供給している。(出力15万kW)、中山共同発電船町発電所(中山製鋼所とトーメン=当時が出資する株式会社中山共同発電が建設、1999年から運転を開始。出力15万kW)や日鉱日石や新日本製鐵が15万kWから20万kW程度の発電を行っている。さらに日本最大の卸売り電気事業者である電源開発が火力で50万kW、水力で50万Kw合計100万kW程度の発電能力を持っている。この他数千kWから1万kWまでの自社設備からの余剰電力購入を考えれば、関電管内で他電力会社からの融通電力を全く省いても、500万kW以上の他社受電を受けることは関電にとっていとも簡単なことだ。それは前出一覧表の「他社受電(非融通)」の2週間平均が521万kWとなっていることでも立派に証明されている。

「橋下持ち上げ」の劇的効果は?

 ここまでお読みになった方は、4月14日付け朝日新聞3面に掲載された、『関西電力「原発ゼロ」での最新の需給見通し』と称する棒グラフ表がいかに作為に満ちた悪質なものであるかおわかりいただけよう。さらに朝日の悪質さは、一見政府・関電に対して批判的な姿勢を取りながら、その実しっかり政府・関電のラウド・スピーカーの役割を演じていることで磨きがかかっている。

 さてこの日(4月14日)の朝日新聞朝刊3面で、もうひとつ指摘しておかなければならないことは、またもや大阪市長・橋下徹を持ち上げていることだ。『橋下氏「統治任せられない」』と3段見出しを打った囲み記事である。(この記事も無署名である)

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 記事の中身に新味はない。『・・・野田政権が大飯原発の再稼働は妥当と判断したことについて「本当におかしい。こんな民主党政権に統治は任せられない。政権を代わってもらわないと。このプロセスで(再稼働を)許したら、日本は本当に恐いことになる」などと述べ、痛烈に批判した。』

 この床屋談義の一体どこが「痛烈な批判」なのか理解に苦しむところだが、朝日新聞の読者の中には、「反原発の英雄 橋下徹」に期待を持った人も多いに違いない。またそれは朝日の狙いでもある。「反原発の闘士」が「やはり電気は足りない」と一転容認する方が、関電よりも野田政権よりも説得力は強い。


(以下その④へ)