(2015.4.1)
No.060-4

放射線被曝に安全量はない
-There is no safe dose of radiation

その④ 内部被曝と外部被曝はなにが違うか


 (この記事は、第124回広島2人デモチラシ<2015年3月6日>を下敷きにしている。チラシに引きずられて、口調も「だ、である調」から「です、ます調」に改める。また通常記事では、敬称は一切省いているが、この記事では敬称をつけることにした)


何も説明していないに等しい“内部被曝”

 放射線被曝とは細胞一般に対する電離放射線の、細胞一般に対するイオン化攻撃であり、細胞を原子・分子レベルで傷つけることによって、ヒトの生きる力を急激にあるいはゆっくりと奪っていくことであることは以上で確認できたかと思います。

 それでは内部被曝と外部被曝ではいったい何が違うのか?

 例によって、まずICRP学説信奉者の見解をみましょう。

 電力会社が金を出し合って設立し、日本社会への「原子力文化」の浸透と定着をはかることを目的とする日本原子力文化財団のWebサイトは、次のように説明します。

放射性物質が体の外部にあり、体外から放射線を受ける(被ばくする)ことを“外部被ばく”といいます。たとえば、宇宙や大地から自然放射線を受けたり、エックス線撮影などで人工放射線を受けたりすることは、外部被ばくにあたります。
一方、放射性物質が体の内部にあり、体内から被ばくすることを“内部被ばく”といいます。私たちが口にする飲み物や食べ物、空気の中には自然の放射性物質が含まれているため、これらを摂取したり吸ったりすることで内部被ばくは起こります」

 日本語ウィキペディア『被曝』は、“内部被曝と外部被曝は何が違うか”という質問に対しては、一見長々説明してあるように見えて、実は、

外部被曝(external exposure;体外被曝):体の外部にある放射線源からの放射線被曝
内部被曝(internal exposure;体内被曝):経口摂取、吸引などにより体内に取り込ん
だ放射性物質による被曝」

 以上の説明はしていません。外部は放射線源が体の外部にある、内部は放射線源が体の内部にある、以上の説明はしていないのです。あとは延々といかに防護するかに関する説明が続きます。私も、以下のように説明することにします。


“内部被曝”は必ずホットスポット的被曝

外部被曝は放射線源が体の外部にあって、そこから電離放射線の攻撃を受ける被曝です。


 このタイプの被曝で典型的なケースは広島・長崎原爆での放射線被曝でしょう。図1を見ると、広島原爆では核分裂爆発が地上約600mで起こり、そこから発生するきわめて強力なγ線と中性子線にさらされた典型的な外部被曝ケースです。また強力な放射線は、地上の物質をイオン化し、物質がフリーラジカルとなって残留放射線を出したことがわかります。

内部被曝は放射性物質が体の中に入り、身体内部から電離放射線の攻撃を受ける被曝です。


 典型的には図2のブタの肺臓に付着した不溶性酸化プルトニウムによる電離放射線攻撃です。また外部被曝と内部被曝の違いを概念化したのが図3です。


 しかし、説明がこれで終わりなら、実は外部被曝と内部被曝について何も説明したことにはなりません。実際ICRP学説は、内部被曝と外部被曝について本質的には、これ以上の違いを認めていないのです。後は日本語ウィキペディアの説明のように、いかに被曝から防護するかの話やあるいは、内部被曝特有の現象について説明するだけです。たとえば、セシウム137は全身に蓄積するとか、ストロンチウム90は骨に溜まりやすいとか、ヨウ素131は甲状腺に蓄積するとかいった類いです。

 しかし“内部被曝と外部被曝は何が違うか”と問題を立ててみたとき、その本質的な違いは、放射線源が体の中にあるかないか以外に、さらに重要な違いが見いだせます。

外部被曝では全身が一様に(ほぼ同一の被曝線量で)被曝するのに対して、内部被曝では放射性物質が点在するため(スポット的に存在)全身が同じ被曝線量で一様に被曝することはあり得ません。(ホットスポット的被曝)

 もう一度図2を見てください。2ミクロンの酸化プルトニウムが付着した箇所がホットスポットです。その周辺の細胞だけが攻撃を受け、そのほか大部分の細胞は攻撃を受けていません。全身一様な被曝ではないわけです。特に福島原発事故の放射能によって危機を迎えている日本社会(少なくとも私はそうとらえています)が直面する危機が、低線量内部被曝による健康損傷の危機であることを考えると、この認識はきわめて重要になります。低線量内部被曝で、全身一様な被曝をするなどということはあり得ません。その全てが、多かれ少なかれ図2のようなホットスポット的被曝です。

 ところが、外部被曝ではそうではありません。図3の内部・外部被曝概念イラストをもう一度見てください。外部被曝は被曝源が体の外にあるため、被爆源から体全体が一様(平均的に)被曝することになります。(まれに、被曝源が体に直接密着して、局所的外部被曝をすることもあります。核実験時代の初期、実験台に使った艦船を水兵たちが、清掃をする際、β線を発する降下物に直接触れて皮膚の一部が外部被曝したという証言=たとえば、カール・ジーグラー・モーガン=もあります)


“内部被曝”では微量のα線やβ線が被曝損傷の源泉となる

 内部被曝と外部被曝では次の違いがさらに重要となります。

外部被曝では強力なγ線や中性子線が被曝損傷の源泉だが、内部被曝ではごく微弱なα線やβ線が被曝損傷の源泉となります。

 これは、γ線、中性子線、α線、β線といった放射線の性質の違いに関係した特徴です。次の日本語ウィキペディア『放射線』の記述を見てください。
放射線にはその発生機構や物理的性質によってさまざまなものが存在する。放射線は、その物理的性質から大まかに電磁放射線と粒子放射線に分けることができる」

 放射線は、電磁放射線(光の流れ)と粒子放射線(粒子の流れ)の2種類に分けることができる、というのです。
電磁放射線 (electromagnetic radiation):主な電磁放射線:ガンマ線(γ線)、X線電磁放射線は波長が非常に短い電磁波である。公衆被曝で問題となるのは、この波長が極めて短いことで高い透過性をもった電磁放射線である(赤字は私の強調。以下同)

 ここでは、「公衆被曝で問題となる」のが、「高い透過性をもった電磁放射線である」と断定しています。この書き方でいうと、公衆被曝で問題となるのは、γ線、X線などであるということになります。また、こうした電磁放射線が、透過性が高いのは、波長が短いからだと説明しています。この説明が全く科学的でないことは後でもみますが、ここではとりあえず、日本語ウィキペディア『放射線』が、「公衆被曝で問題になるのはγ線やX線など高い透過性をもっている電磁放射線だ」と述べている点を記憶しておいてください。

 さて、もう一方の粒子放射線についてはどう説明しているのか?
粒子放射線 (particle radiation):主な粒子放射線:アルファ線(α線)、ベータ線(β線)、電子線、陽子線、中性子線、重粒子線など。
粒子放射線は質量を持った粒子の運動によって生じるものである。その物理的実体としては、原子を構成している素粒子や原子核そのものであったりする」

 これは、ずいぶん読むものを混乱させる記述です。α線やβ線は、どんな種類の線種なのかに着目した分類。電子線、陽子線、中性子線、重粒子線は、流れる粒子の性質に着目した分類。つまり分類の仕方が異なる記述を、「粒子放射線」の種類としてあげているからです。中性子線、つまり中性子という素粒子の流れを「中性子線」と呼んでいるのであり、これは線種名でもあり、また放射線の性質に着目した呼び方でもあります。これでは、「電子線、陽子線、重粒子線」などは、α線やβ線とは異なる別種の放射線種なのかと誤解を与えます。ここでは素粒子線とは、α線やβ線、そして中性子の流れである中性子線だと理解をしておきましょう。


「放射線の透過度が高い」ということの真の意味

 ここで、γ線やX線は光の流れ(光子の流れ)、α線は陽子などの素粒子の流れ、β線は電子という素粒子の流れ、中性子線は中性子という素粒子の流れのことだ、いうことがわかります。(ここで素粒子という言葉は、原子を構成する粒子、という意味で使用しています)

 そして、このウィキペディアの記述では、
γ線やX線が公衆被曝で問題になる
それは透過度が高いからだ
といっていることになります。

 一方α線やβ線、中性子線は、波長が長いとも短いとも、公衆被曝で問題になるかどうかも触れていません。まるで公衆被曝にはあまり関係のない線種だとでもいっているようです。透過度に関しては、次の図を引用しています。

   そしてこの図に次のような説明を与えています。

放射線の透過能力:上からそれぞれアルファ線、ベータ線、ガンマ線、中性子線の透過能力の図。アルファ線は紙1枚程度で遮蔽できる。ベータ線は厚さ数mmのアルミニウム板で防ぐことができる。ガンマ線は透過力が強く、コンクリートであれば50cm、鉛であっても10cmの厚みが必要になる。中性子線は最も透過力が強く、水やコンクリートの厚い壁に含まれる水素原子によってはじめて遮断できる。」

 これでいうと、α線がもっとも透過能力が弱く、β線、γ線、中性子線の順で透過度が強くなっていきます。先ほどγ線の説明のところで、「透過性が高く」と表現していたのに対して、「透過能力」では「強い」という表現を使っていますので私もそれに従います。
 この図の説明では、実は透過能力については説明しておらず、「何で遮断できるか」を説明しているため、透過能力の強さを直接比較ができません。従って、透過能力の強さを直接比較できる形にする必要があります。ここでは「空気」を遮蔽物に使って考えてみましょう。

 α線は空気中では、空気中の原子や分子と衝突して電離エネルギーを失い、精々数mmしか飛びません。数mm飛ぶ間にその持てる電離エネルギーを全部使い果たしてしまうのです。同様にβ線は空気中では2-3cm飛べば、電離エネルギーを失い、γ線では空気中の分子や原子では、さほどエネルギーを消費しませんから、遠くにまで飛ぶことができます。

 中性子は、もともと、すでにご説明したようにそれ自体電離エネルギーをもちません。しかし、原子に衝突すると、原子は中性子の粒子を吸収してしまい、代わりに原子の原子核の中にある陽子を原子の外に押し出してしまう性質を持っている、すなわち原子をイオン化するために、電離放射線に分類されているのでした。ですからここでは、中性子線を度外視し、α線、β線、γ線だけを考えてみましょう。

 それでは、もともともっている電離エネルギーが、α線、β線、γ線の順で弱いから、このような現象になるのかというとそうではなく、仮にもっているエネルギー( E )が同じだとすると、空気中ではα線は数mmの間に、β線は2-3cmの間にもともともっていたエネルギー( E )を使い果たしてしまう、ということを意味します。それに対してγ線は空気中では、大してエネルギーを消費せずにどこまでも飛んでいくということを意味します。鉛のような高密度の物体に出会ってはじめて、(衝突する相手が高密度であるが故に)エネルギーを消費し、鉛では精々10cmも飛べばそのエネルギーを使い尽くすということです。


内部被曝で危険なのはα線、β線

 ところで、放射線が物質(人体でも、細胞でも、水でも、空気でも、鉛でも、紙でも、アルミニウム板でも)と衝突して、消費する電離エネルギーのことを「線エネルギー付与=LET:Linear Energy Transfer)といいます。この「線エネルギー付与:LET」の考え方を使えば、α線は、もっともLETが大きく、β線はその次で、γ線はもっとも小さい、ことになります。
 
以下は『原子力防災基礎用語集』の説明です。

線エネルギー付与(LET:Linear Energy Transfer)とは、エネルギーをもった粒子あるいは荷電した粒子が物質中を通過する際、飛跡に沿って単位長さ当りに失うエネルギーのことであり、単位はkeV/μmなどが用いられる。

一般に線エネルギー付与は放射線の荷電の2乗に比例して増加し、粒子の速さにほぼ反比例する。エックス線やガンマ線のように電磁波で物質との相互作用の程度が小さくLETの小さいものを低LET放射線といい、中性子線やアルファ線のように粒子の質量が大きくて物質と相互作用しやすくLETの大きいものを高LET放射線という」

 これでいうと、LETの大きさは、放射線の荷電状態やスピードにも関係するようです。が、ともかくγ線はLETが小さいから遠くまで飛び(透過度が強く)、α線やβ線はLETが大きいから、電離エネルギーを早々と使い果たしてしまい、遠くまで飛ばない(透過度が弱い)ということになります。

 つまり日本語ウィキペディア『放射線』は、ものごとの半面は説明しているが、残りの、しかももっとも重要な半面は説明していない、ということになります。また、γ線の透過性が高いのは、なにも周波数が短いからではなく、γ線が低LET放射線だから、という説明の方が科学的ということでもあります。
 
 ところで、α線やβ線が、物質と衝突すると、大きなエネルギーを失う、という事実は、内部被曝、特に低線量内部被曝を考える際、きわめて重要な事実となります。

 α線やβ線は、物質と衝突したとき莫大な電離エネルギーを放出するということです。それでは、α線やβ線を放出する放射線核種、たとえばプルトニウム(α崩壊します)、あるいはセシウム137やストロンチウム90(β崩壊します)のほんの微量を体の中に取り込んだとします。体の中では、わずかな、たとえば、セシウム137でも、セシウム137が付着した近辺の細胞を破壊するには十分なエネルギー量です。その様子は図4に示されたような心臓の心筋に付着したセシウム137のホット・パーティクルの状態で表現されるでしょう。

 図4でみるように、心筋に付着したわずかなセシウム137は、たとえば50ベクレル(Bq)のセシウム137は、β線を放出しながら付近の細胞を確実に傷つけます。確かにβ線は空気中でわずかに2-3cm、細胞の近辺は空気より遙かに物質の密度が高いので、おそらく数mmしか飛ばないでしょう。

 しかしLETは大きいことを忘れないでください。

 仮に3mm飛ぶとすれば、このホット・パーティクルから半径3mm以内の細胞は全て、セシウム137がもつ電離放射線の攻撃にさらされてイオン化します。仮に心筋の細胞の大きさを6ミクロン(1000分の6mm)とすれば、半径3mm(3000ミクロン)の中には、約2万5000個の細胞が存在します。それだけにとどまりません。傷ついた細胞の中のイオン化した分子や原子はそれ自体フリーラジカルとなりますから、他の健全な細胞を傷つけることでしょう。
 

 ほんの微量のセシウム137でも、体の中に入ってしまえば、大変なことが起こりうるということがおわかりでしょう。


50Bqのセシウム137がなぜ0.65μSvに化けるのか

 ところがここで非常に奇妙なことが起こります。
 ICRP学説は、それぞれ放射線核種の濃度(ベクレル表示)と人体に与える影響度(実効線量。Sv=シーベルト表示)の換算係数を事細かに決めています。ICRPの勧告に従って作成している文部科学省の『放射線を放出する同位元素の数量等を定める件(平成十二年科学技術庁告示第五号)最終改正 2012年3月28日 文部科学省告示第五十九号』は別表2にその換算表を掲げています。

 それによると、セシウム137(全ての化合物)を口から体内に取り入れた場合(経口摂取)1ベクレル(Bq)あたり『1.3×10-5mSv』と定めてあります。(電離放射線の人体に与える影響度、すなわちICRPの実効線量、みたいな曖昧な非科学的概念を使って、ここまできっちり換算できるものが、大いに疑問のあるところですが、ここはおとなしくこの換算表に従っておきます)

 この換算係数に従えば、1Bqのセシウム137は、10万分の1.3mSvに相当する、すなわち、0.013μSvに相当することになります。すると、50Bqのセシウム137は、0.65μSvでしかありません。「100mSv以下の低線量被曝では、人体に害があるという科学的証拠はない」とするICRP学説からみれば、0.65μSvなどはとるに足らない被曝線量です。また現在の放射能汚染食品基準、「放射性セシウム(137と134の合算)で1kgあたり100Bq」は、すべてセシウム137だと仮定しても、1.3μSvにしかなりません。この換算式に従えば、セシウム137入りの食品を毎日食べて、全く体外に排出しないと仮定しても、1mSvの被曝線量に達するには、約770日、2年以上かかる、という計算になります。

 しかし、現実には、わずか50Bqのセシウム137が体内でホット・パーティクルになってしまえば、半減期約30年のセシウム137は完全に体外に排出されるまで、その周辺の細胞を破壊し続け、重大な健康損傷が予想されるのです。毎日摂取し続けるということになれば、これはほぼ自傷行為です。

 奇妙なことというのは、実際には大きな健康損傷が予想されるセシウム137・50Bqによる内部被曝は、ICRP学説に従えば、まるで取りに足りない、問題とするに足りないレベルの内部被曝になぜ化けてしまうのか、という点です。


ICRP実効線量概念に常に隠れている「1kgあたり」の平均化概念

 これは『平均化概念のトリック』とでも呼ぶべき現象です。話を少しさかのぼらせます。

物質1kgが1ジュール(J)の放射線エネルギーを吸収した時、この放射線の吸収量を1グレイ(Gy)とする」

 これが、物質の放射線吸収量の定義であり、出発点です。Jは、エネルギー・仕事・熱量・電力量に適用する一般普遍単位です。エネルギーの抽象普遍化概念の単位で、熱カロリーのエネルギーに換算すると、約 0.2390 カロリー(cal)というわずかな熱量に過ぎません。Gy(グレイ)は物質一般が吸収する電離放射線の単位、吸収線量の単位です。なにやら小難しそうですが、決めごとですので仕方ありません。あとは慣れてしまうしかありません。

 ICRP学説は、ここから出発して、生体(以下“ヒト”のことだとして話を進めます)が電離放射線から受ける“影響度”という概念を想定します。電離放射線から受ける影響は、ヒトによって、あるいは男女によって、あるいは年齢層によって、異なります。いってみればバラバラです。それを電離放射線から“ヒト”が受ける影響度を一般化、抽象化した尺度を想定しようというのですから、厳密にいって科学的概念とはいえません。(このことはICRP学説も十分認識しており、たとえば厳密な科学性が要求される学術研究やその学術論文では、科学的概念であるGyしか使えないことになっています。しかし実際には濫用されています)どうしても現実には存在しえない、一般化・抽象化した“ヒト”を想定せざるをえません。こうして、一般化・抽象化した“ヒト”を想定して固定しておいて、今度は放射線種を考えます。ここでは、X線、γ線、α線、β線、中性子線の5種類に限定して話を進めますが、ヒトが電離放射線から受ける影響は、線種によって異なる、とします。もともと電離放射線がもつエネルギー、この場合は特に前出の「線エネルギー付与:LET」の違いを重く見ます。それは当然でしょう。体の中で電離放射線の放出する電離エネルギーこそ、私たちの細胞を、体を傷つける源泉なのですから。

 こうしてICRPは、放射線によるヒトへの影響度を数値化しています。そしてその係数を「放射線荷重係数」と呼んでいます。下表が放射線荷重係数の例です。


(資料出典:ATOMICAより「放射線荷重係数」)

 上記の表は、高度情報科学技術機構が運営する原子力辞典「ATOMICA」から引用しました。比較的単純です。X線を「1」とすると、γ線もβ線も「1」、α線は「20」、中性子線はそのエネルギー量によって「5から20」ということになります。
(低LET放射線であるX線やγ線を「1」として、それよりはるかにLETの大きな核種をもつβ線も「1」、というのは納得いきませんが、これはICRPがそう定めている、ということなので仕方がありません)

 そして、物質の吸収線量Gyをベースにして、今度はヒトが電離放射線を吸収した時の影響度の単位:シーベルト(Sv)へと発展します。
 ここで注意して欲しいことは、Gyは科学的概念ですが、Svはヒトへの影響度を表す概念なので、前述のように厳密には非科学的概念、精々いって一つの目安にすぎないという点です。

 またさらに記憶して置くに値する重要な点なのですが、1Gyは「物質1kgあたり吸収する1ジュールに相当する電離放射線のエネルギー量」ですので、それに基礎を置くSvも常に「ヒト1kgあたり影響を受ける電離放射線のエネルギー量」ということになる点です。つまりSvには、「ヒト1kgあたり」という「但し書き」が常に隠れているということです。


ICRP実効線量は“線量概念”ではなく“影響度概念”

 Gyは吸収線量でした。それに対してSvは放射線から受ける影響度の概念でした。そしてその影響は、吸収する放射線の種類によって異なるというものでした。
 いま、1Gyに相当するX線をヒトが吸収したとします。別な言い方をするとX線を1Gyほど被曝したとします。X線の放射線荷重係数は「1」ですので、その被曝による影響度は、1Svとなります。式に書くと次のようになります。

1Gy(1ジュールのX線の被曝線量)1Sv(1ジュールのX線から受ける影響度)

 こうしてICRP学説に従えば、「1Gy=1Sv」の等式が成り立つことになります。ただしこの等式の左項は、吸収線量という科学的概念、右項は「ヒトが受ける影響度」という非科学的概念です。
 同様に、もしそれがα線であれば、α線の放射線荷重係数は「20」なので、


1Gy(1ジュールのα線の被曝線量)=20Sv(1ジュールのα線から受ける影響度)

という等式になります。

 なお、ICRP学説では、この影響度のことを「等価線量」と呼んでいます。英語では“equivalent dose”です。この日本語訳はずいぶん誤解を与える訳です。「等価線量」は厳密に言って「線量概念」ではありません。「ある放射線からヒトが受ける影響度」の概念です。ですから正しく訳すなら「線量等価影響度」とでもすべきだったのでしょう。この概念になると、もはや「影響度」を表す概念が忘れ去られ、「線量」という科学的外観を装うことになっていきます。たとえば、次の日本語ウィキペディアの記述が好例でしょう。

等価線量(とうかせんりょう、英: equivalent dose)とは、放射線防護のための人体の各臓器の被曝線量を表す線量概念を言う。放射線を被曝した人体組織の臓器吸収線量に放射線荷重係数を乗じたものとして定義され、単位はシーベルト(記号:Sv)が用いられる。
 ただし、等価線量は放射線防護量であるので、あくまで確率的影響のリスク制限に用いるためのものである。そのため、同じく臓器の被曝でも、確定的影響を問題とするような場合は臓器吸収線量(Gy)が用いられる」

 上記の説明では、確率的影響にSvが使われ、確定的影響にGyが使われる、などといったおよそICRP学説に照らしても理屈に合わない説明があって私たちを惑わしますが、SvとGyの関係は、すでに説明したとおりです。ここで確認して置くべきことは、すでに等価線量が、科学的な「線量概念」として扱われていることです。

 これにとどまりません。ICRP学説に従えば、人体を構成する臓器・器官・組織は、それぞれ放射線感受性が違うとします。従って全身が一様に被曝した場合、たとえば全身に1SvのX線を被曝した場合、それぞれの臓器・器官・組織が受ける感受性は違う、つまり影響度はちがうとします。そして臓器・器官・組織ごとに、その影響度の係数を決めています。

 それが「組織荷重係数」です。下表になります。

 そして等価線量に組織荷重係数をかけて全身の被曝による影響度を決めます。それが「実効線量」と呼ばれています。英語は“effective dose”です。これもずいぶん誤解を与える訳語です。正しくは「線量実効影響度」とでもすべきでしょう。しかも、この実効線量の単位名称も等価線量と同じく「Sv」ですから、話がさらにややこしくなっていきます。等式風に書くと以下のようになります。

1.ヒトの電離放射線吸収量(単位はGy)
2.電離放射線吸収量×放射線荷重係数=等価線量(単位はSv)
3.等価線量×組織荷重係数=実効線量(単位は同じくSv)


 こうして福島原発事故後、私たちにすっかりおなじみになった「実効線量」(シーベルト)の概念ができあがります。
 ここで注意しておかねばならないことは、吸収線量のGyも、等価線量のシーベルトも、実効線量のシーベルトも、その数値表現はすべて「1kgあたり」という但し書きが常に隠れているということです。


消えてなくなるホット・パーティクルの手品の種

 ここで話がずっと前にさかのぼります。

 図4で心筋に付着した50Bqのセシウム137の実効線量は、文部科学省の資料別表2の換算表に従って計算すると、わずかに「0.65μSv」でした。そしてこの「0.65μSv」には「1kgあたり」という但し書きが隠れているのでした。つまり「0.65μSv」はヒトの体重1kgあたり「0.65μSv」の被曝実効線量ですよ、といっているのです。これを図示すると、図5のようになります。

<ヒトの心臓の重さは平均して300gですから、この場合300gの心臓に平均・一様の被曝があると考えても構いません。この場合は50Bqのセシウム137の実効線量0.65μSvは変化しませんから、心臓300gに平均に50Bq×(300g/1000g)=15Bqしか付着しなかったことになってしまいます。実効線量概念では、常に1kgあたりの話をするわけですから、心臓300gに対して何μSvなどという考え方はどこから押しても出てきません。>

 つまり、心筋1点に付着したセシウム137のホット・パーティクルは、いつの間にか、体重1kgに(あるいは心臓300gに)一様に、満遍なく、平均して被曝することにすり替えられ、危険なホット・パーティクルは、どこかに消えてなくなってしまうのです。ここで思い出していただきたいのは、シリーズこの項のテーマである『内部被曝と外部被曝は何が違うか』の3つめの特徴です。もう一度確認しておきましょう。

外部被曝では全身が一様に(ほぼ同一の被曝線量で)被曝するのに対して、内部被曝では放射性物質が点在するため(スポット的に存在)全身が同じ被曝線量で一様に被曝することはあり得ません。(ホットスポット的被曝)」

 つまり、図5で示したような被曝は、外部被曝(原爆によるγ線や中性子線の被曝を思い出してください)では起こりえても、内部被曝では絶対に起こらないのです。それが低線量の被曝になればなるほど、たとえば、50Bqのセシウム137で心臓300gが一様に平均して被曝するなどということは金輪際起こりえません。

 外部被曝では起こりえても、内部被曝では金輪際起こりえない・・・。つまり、ICRP学説は、外部被曝に当てはまる考え方を、そのまま内部被曝にも当てはめて「被曝影響度」を考えていることになります。<こうした操作を“外挿”といいますが、外部被曝の内部被曝への外挿がなぜ行わなければならなかったのか、という点についてはこのシリーズの最後半で取り扱うことになります>

 ところが、ICRP学説では消えてなくなる50Bqのセシウム137のホット・パーティクルは、現実には存在します。消えてなくなるわけがありません。そして、ICRPの実効線量でわずかに0.65μSvのセシウム137は確実に、周辺の細胞を傷つけ、健康をジワジワとむしばんでいきます。


内部被曝の大きな特徴を再確認

 ここで内・外部被曝の違い「第4の特徴」を再確認しておきましょう。

「④ 外部被曝では強力なγ線や中性子線が被曝損傷の源泉だが、内部被曝ではごく微弱なα線やβ線が被曝損傷の源泉となります」

 実際に外部被曝では、LETの低い線種、X線やγ線による強烈な照射や、核爆発時あるいは核分裂時に大量に発生する中性子線による外部照射などが被害の源泉になります。これは、広島・長崎の原爆炸裂時に発生した強烈なγ線照射や中性子線照射を思い浮かべてもらっても結構ですし、またシリーズ③で見たような、「地球磁気圏内である高度400km前後の上空で周回する国際宇宙ステーション滞在中の宇宙飛行士の被曝線量は、1日当たり1 mSv」という強烈な宇宙放射線の照射を思い浮かべてもらっても結構です。

 それに対してLETの高いα線やβ線が外部被曝の源泉になることは、直接放射性物質に触れない限り、まずありません。何しろ空気の中で10cmも離れていれば、α線やβ線は、空気中の原子や分子と衝突してしまい、エネルギーを使い果たしてしまうのですから。

 これに対して、内部被曝ではγ線や中性子線が被曝損傷の原因になることはまずありません。体の中に取り込んだ放射性物質から健康損傷の源泉になるほどの中性子線が発生するなどということはまず起こりえませんし、γ線が健康損傷の原因になることもまずありません。たとえばセシウム137は、最初の核崩壊時、約95%がβ崩壊してバリウム137mに、そして約5%がγ崩壊してバリウム137にそれぞれ壊変します。(図6参照)

 危険なのは95%のβ崩壊時に発生するβ線です。5%のγ線などは、体の外に突き抜けて出て行ってしまうでしょう。
 これがストロンチウム90になるとさらに深刻です。ストロンチウム90は最初に100%β崩壊してイットリウム90に壊変し、そのイットリウム90はさらに100%β崩壊してやっと安定した同位体ジルコニウム90に壊変します。(図7参照)

 それぞれの壊変でβ線を出します。これらがどんなに低線量であっても、どんなに微量であっても深刻な細胞損傷をもたらすことはいうまでもありません。ですから、高線量の場合は別として、低線量の場合、α線やβ線が内部被曝損傷の源泉になるのです。
 ICRP学説は、外部被曝に当てはまる被曝の実態を、考え方の上でそのまま内部被曝にも当てはまるとして、内部被曝の影響度を実効線量で表しているのです。少なくとも内部被曝に関しては、その危険を極端に過小評価する危険な学説ということになります。


内部被曝は必然的に慢性被曝とならざるをえない

 内部被曝と外部被曝の違いはこれにとどまりません。

外部被曝では放射線源から離れることができるため、外部1回切り被曝となるケースが多いが、内部被曝では放射線源が体の中にあるため、線源が体の中から排出されるか、あるいは減衰して無害化されるまで、慢性被曝状態となります。

 このことは、同じ実効被曝線量(繰り返しますが、厳密にいって実効線量は“線量概念”ではありません。“被曝影響度”の概念です)でも内部被曝は、外部被曝よりはるかに細胞損傷の度合いは大きい、ということを意味します。



 表2はECRRが想定する被曝形態(タイプ)による損害係数表です。同じ線量でも内部被曝の状況によっては、外部1回切り被曝に比べて最大1000倍から2000倍も違うことがわかります。ECRR2010年勧告第6章『電離放射線:ICRP 線量体系における単位と定義、およびECRR によるその拡張』の中の表6.2『 低線量領域の被ばくに対する生物学的損害係数WJ』を基に作成したものです。

 ECRRがこの表を作成した経緯をざっとご説明しておきましょう。ECRRはおよそ次のように主張します。
1. ICRPのリスクモデルは、外部被曝による健康損傷については過小評価はあるものの、おおむね妥当である。
2. ところが内部被曝、特に低線量内部被曝については極端な過小評価を行っている。
3. その原因は、物理学にのみ基づくその被曝損傷に対するアプローチの仕方、特に生物学的アプローチ(細胞に関する科学へのアプローチ)が不足していることと、その線量体系(特に実効線量概念。その基本的問題点はこれまで見たとおり)にある。
4. 本来はICRPの線量体系を根本から見直さなくてはならないのだが、これに替わる線量体系を構築するには相当な時間がかかる。現在ただいまの放射線防護の観点からは、ICRPの線量体系を手直しして使うほかはない。
5. 手直しのポイントは、低線量内部被曝特有の被曝損傷タイプに着目しながら、もっと生物学的観点(細胞の科学に関する観点)から低線量内部被曝を見直すことである。
6. そのため、「生物学的損害荷重係数“ N ”」を導入し、被曝の、特に低線量内部被曝の“害”(hazard)を考察する。

 この表は、こうして、被曝を8つのタイプに分け、「生物学的損害荷重係数“ N ”」を考慮して作成されたものです。


非科学性を自ら認めるICRP

 話が変わるようですが、ICRP 自身も自らの線量体系の不適切さを認めているのです。

 ICRP1990年勧告は、非常に重要な節目となる勧告です。ICRPはこの勧告で“実効線量概念”シーベルトを導入しました。事実上、被曝強化・強制政策を大きく前進させるのです。この勧告の背景には1986年のチェルノブイリ原発事故による低線量被曝の現状がありました。ICRPが1990年勧告を出さざるをえなかったいきさつについては、中川保雄『放射線被曝の歴史』の『第10章 チェルノブイリ事故とICRP新勧告』の中で詳しく説明されています。(中川保雄という人は科学史家として“天才”としかいいようがありません)

 さてICRP2009年勧告は次のように述べています。<( )番号は勧告項目番号>

(17) Historically, the quantities used to measure the ‘amount’ of ionising radiation dose have been based on the gross number of ionising events in a defined situation or on the gross amount of energy deposited, usually in a defined mass of material. These approaches omit consideration of the discontinuous nature of the process of ionisation, but are justified empirically by the observation that the gross quantities (with adjustments for different types of radiation) correlate fairly well with the resulting biological effects.
歴史的に見て、電離放射線の被曝の“量”の計測に使われてきた数量は、ある定義された質量における(たとえば物質1kg中とか体重1kg中とか)、ある定義された状況におけるイオン化事象(たとえばX線やγ線の照射であるとか)の総数、あるいはまたそこに預託されたエネルギーの総量であったし、いまでもそうである。これらアプローチは、イオン化過程がもつ不連続性(つまりイオン化が起こるか起こらないか、ONかOFFか)への考慮を欠いている。しかしながら、これらアプローチは、被曝の“量”の計測に使われてきた数量が(異なる放射線種をうまく調整することとともに)、結果する生物学的影響ときわめて良く整合するというこれまでの観察によって、経験主義的に(正しいものとして)正当化されている」

 つまり、イオン化現象(細胞内での被曝現象といいかえることができます)は、本来起こるか、起こらないか、ONかOFFか、の不連続的事象であるにもかかわらず、一定質量内で、一定のエネルギーが与えられれば、そのエネルギーに比例して平均的に起こる、つまり一定質量内での連続的事象だと仮定してやってきた、そしてそれは、被曝による健康損傷の結果とうまくつじつまが合ってきた、と述べているわけです。科学的な思考ではないが、経験主義的にはうまくやってきた、とやや弁解がましく述べていると解釈もできます。しかし、自分にとって都合のいい“結果”しか見ず、都合の悪い結果は全て無視してやってくれば、どんなことでも“正当化”できるものです。やがてこの非科学性は、いつかは誰かが暴露します。ですから、次のように述べなければなりませんでした。

(18) Future developments may well show that it would be better to use other quantities based on the statistical distribution of events in a small volume of material corresponding to the dimensions of biological entities such as the nucleus of the cell or its molecular DNA. Meanwhile, however, the Commission continues to recommend the use of macroscopic quantities
将来の諸発展においては、細胞核あるいは、その分子であるDNAといった生物学的諸実在の次元に相応する小さな量の物質内での、諸事象の統計学的分布を基盤とする、別な数量単位を使う方が優れているといった事態が示されるかもしれない。しかしながら、(そうした時代はまだやってきていないので)当面の間は、当委員会(ICRPのこと)は肉眼で見えるレベルの数量単位を使用することを勧奨する」

 なんのことはない、ICRP自身、彼らが使っている線量体系が、細胞、分子、原子レベルの中での電離現象を記述する、言い換えれば低線量内部被曝、極低線量内部被曝を説明する線量体系ではないことを認めているのです。ここで問題は、「将来の諸発展」が、低線量内部被曝をうまく説明できるかもしれない、と述べている点です。この勧告が公表されたのが1990年。2000年代はじめには「ヒトゲノム計画」がほぼ完了し、細胞に関する科学、遺伝子に関する科学が飛躍的に発展し、ICRP1990年勧告がいう“将来”はすでに到来しています。にも関わらず、その“すでに到来した将来”に全く考慮を払わず、相変わらず20世紀中葉の理論を振り回し、私たちに低線量内部被曝を正当化する被曝強制勧告を押しつけようとするICRPの“犯罪性”でしょう。
 (なお、ICRP1990年勧告にこの記述があることは、ECRR2010年勧告第6章冒頭に記述があったので知ることができました。訳出にあたっては同日本語版PDFテキストを参照しました)


内部被曝は外部被曝と全く別種の被曝

 さて、表2を簡単に見ておきましょう。まずここでは、それぞれの損害係数の大きさよりも、被曝のタイプに注目してください。内部被曝・外部被曝と一口にいいますが、そのタイプは様々で、単純一様ではないことが重要なポイントになります。

<細胞に関する研究や細胞間通信で働くタンパク質の性質や役割に関する研究が進んでいくにつれて必ずやこれ以上の、もっと複雑でダイナミックなタイプが発見されるだろうと私は確信しています。係数についてはこれを絶対なものと考えることはできません。あくまで仮説です。別な言い方をすると、損害係数はもしかしてここで表示されている係数を遙かに上回る場合もあるかもしれません>



1. は外部からの1回だけの被曝(ヒット)です。ちょうどICRPのリスクモデルで、 レントゲン検査でX線外部照射を受ける時の外部被曝を想定するといいかもしれません。このヒットの損害係数を「1」と措定しています。

2. は外部からの複数回ヒットですが、間に24時間以上間隔を空けた時のケースです。やはりレントゲン検査で、2-3日時間をおいて外部X線照射を受けた時のケースを想定するのが適切かもしれません。

3. は外部被曝の複数回ヒットですが、24時間以内の外部ヒットです。1回ヒットを受けると細胞は修復のために細胞分裂をし、健全なクローン(コピー)を生成します。つまり細胞周期に入ります。細胞周期にある細胞は放射線に対してきわめて感受性が高くなります。動物実験では細胞周期の細胞は600倍も感受性が高くなるという報告もあります。これが正しいとすると外部からの1μSvの照射は、24時間以内の2回目ヒットは600μSvに相当するダメージとなる、ことになります。

 細胞周期の細胞が電離放射線に対して感受性が高くなる、という事実はよく知られており、この原理を利用して行われているのが、放射線治療です。“がん”細胞はいってみれば、のべつ幕なしに細胞分裂を繰り返す細胞の暴走状態です。当然放射線に対する感受性は異常に高くなっており、ここに健全な細胞だと大きなダメージを与えない程度の放射線を照射してやれば、健全な細胞には目立った影響はないが、“がん”細胞は死滅する、という具合です。いわば毒を以て毒を制するというわけです。(実際には能書き通りにうまくいかないのが放射線治療で、しばしば健全な細胞にも悪い影響を与えます)

 24時間以内複数回ヒットでは、表にあるようにECRRは10倍から50倍の損害係数を想定しています。

4. からは内部被曝のタイプになります。4.は内部被曝であっても核壊変が1回切りのタイプです。ECRRはカリウム40による内部被曝を例としてあげています。

5. は内部被曝で2回以上の核壊変をするケースです。典型的にはストロンチウム90です。ストロンチウム90は最初のβ崩壊でイットリウム90になります。イットリウム90はさらにβ壊変をしてやっと安定した同位体ジルコニウム90になります。体の中で2回壊変するわけです。しかもストロンチウム90は、1回目の壊変時より2回目の壊変時の方が、電離エネルギーが大きいというやっかいなシロモノです。

6. はやや複雑な電離現象です。電離エネルギーは、原子から電子を奪ってしまう、これがイオン化現象で、放射線被曝の本質だ、という説明をしました。(シリーズの③の『放射線被曝とは分子や原子の電離現象』の項参照)ところが、水素のように電子が1個しかない軽い原子の場合は単純ですが、原子がだんだん重くなっていくと電子の数も増えていきます。そうした電子は原子核を同心円状に取り巻き、しかも一つの円(電子殻というそうです)上における電子の数も決まっています。(図8参照 電子殻模式図)
 一番外殻の電子が奪われた場合、外殻の空いたポジションに、より内殻にある電子を奪って安定しようとします。またもっと複雑怪奇な電子の奪い合いを一つの原子(それはすでにイオン化しています)の中で演じます。これらは、「内部オージェ」とか「コスタ・クローニッヒ」とかという名称で呼ばれていますが、内部オージェやコスタ・クローニッヒが起こると、損害係数は飛躍的に大きくなる、とECRRは措定しています。

7. は内部被曝であり不溶性粒子による損害のケースです。不溶性粒子は要するに水に溶けない、ということですから、いったん臓器や器官に粒子が付着すれば体外に排出されることはありません。よくICRP学説信奉者の学者の中に、放射性物質は体の中に取り込んでも次第に排出するから大丈夫だ、という人がいます。ウソではないものの、これは不溶性でない放射性物質に当てはまる現象で、不溶性粒子の場合は体の外に排出しません。その崩壊エネルギーを使い尽くすまで体の中で危険な放射線を出し続けます。ブタの肺臓に付着したわずか2ミクロンの酸化プルトニウムの図をご紹介しましたが、この酸化プルトニウムなどは典型的にこのケースです。

8. 高い原子番号をもつ体の中の重金属粒子による、外部放射線の増幅効果。このケースは内部被曝と外部被曝が組み合わさった複雑な被曝損害のケースです。

 ここは、ECRR2010年勧告第6章の「第6.4 節 吸収線量と等価線量」の記述から引用します。

最近の研究ではウラン、金、白金のように原子番号が大きい元素で汚染されていれば、その限りでないと言われている。γ線と約500 keV 未満のエネルギーの光子による吸収量は、放射線を吸収している原子の原子番号の4 乗か5 乗に比例している。従って、原子か分子か粒子かに関わらず、そのような元素は膨大な量のエネルギーを入射光子から吸収し、ベータ線と区別できない光電子としてそのエネルギーを放出する。これは元々あった放射能とは別物であり、2次的光電子効果(Secondary Photoelectron Effect)またはSPE と呼ばれる」

 やや専門的でわかりくい記述かもしれません。もし体の中にウラン(原子番号:92以下同)、金(:79)、白金(:78)などのような重い元素が存在すれば、それら重元素がアンテナの役割をして、普段ではなんともないような弱い外部γ線やX線などの光子を集めてしまい、今度はそれら重元素がβ線と変わらないような、強力な放射線源となってしまう、これを“2次光電子効果”と呼ぶ、という説明です。それでは、どの程度にγ線やX線を増幅するのかというと、Z=原子番号の4乗か5乗に比例する、と説明しています。(このため“Z4効果”=原子番号の4乗に増幅する効果、という言い方もあります)たとえば金の原子番号は79ですから79の、4乗というと、約3975万というとんでもない数字になります。普段は何でもない外部照射によるきわめて弱いX線やγ線、あるいは紫外線(きわめて弱い光子の放射線)などもこの倍数に増幅されて、内部照射(内部被曝)されるというものです。

 ところで、ここにあげた「5~8」のケースは、決して1度切りの被曝に終わりません。体の中に入った放射性物質が、その電離エネルギーを使い尽くすまで、あるいは体の外にでていくまで、あるいは体の外にでないまま、危険な電離放射線の照射を続ける、つまり慢性内部被曝の状態になるという点が大きな特徴です。外部被曝の場合は、被曝源から逃れることができます。しかし内部被曝の場合はそうではありません。内部被曝は慢性被曝を特徴とします。

 ICRP学説信奉者は、内部被曝も外部被曝も同じ線量なら、損傷は同じと主張していますが、被曝の原理やメカニズム、あるいはそのタイプを知るにつけ、この「内外部同一説」を正しいとするわけにはいきません。内部被曝は、外部被曝とは全く別種の危険な被曝だと考えておかねばなりません。

(以下その⑤)