No.16 平成18年10月26日



増幅・拡大される意図的?誤報

 2006年10月24日付け朝日新聞の国際面に、「イラン新たにウラン濃縮装置すでに試運転」と題する短い記事が載っていた。短いのですべて引用しよう。

イランが遠心分離器164基を連結した『カスケード』と呼ばれるウラン濃縮装置を新たに完成させ、試験運転を開始していることが23日わかった。国際原子力機構(IAEA)筋が明らかにした。この装置でウラン濃縮は始めていないが、国際安全保障理事会での制裁論議が本格化するのを前に、濃縮停止を拒否する強硬姿勢を改めて、示したと見られる。

 同筋などによると、イランは今月に入り、中部ナタンズの濃縮施設で二つ目となるカスケードの運転を開始した。濃縮ウランの原料となる六フッ化ウラン(UF6)は注入せず、遠心分離器を真空で回転させて試験運転をしているという。

 イランは4月、別のカスケードを稼働させ、低濃縮ウランを製造。当初は5月中にも今回のカスケードを完成させる予定だったが、主に技術的な理由で遅れていたと見られている。9月には欧州連合(EU)との間で協議が続いていたため、イラン側が試験運転を控えていたためとの見方もある。イランは今年中にナタンズの地下施設に遠心分離器3000基の設置を始める、IAEAに通告している。」


 この記事のソースは「国際原子力筋」である。署名もないから朝日の独自取材ものではない。ソースとなる外電も明記していない。恐らくは複数の外電をつきあわせて作成したものだろう。

 「イランは4月、別のカスケードを稼働させ、低濃縮ウランを製造。」とあるから、今回試験運転を開始した「カスケード」は低濃縮ではない濃縮ウラン製造に着手したとも読める。イランの核兵器疑惑から本格的制裁論議が起こり10月31日までの期限で、国連安全保障理事会が新たな制裁決議を行うのではないか、と言われている時期だけに、いよいよ「イランの核疑惑」が本格化したのか、と思わせる記事だ。

 結論からいってこの記事は、誤った認識から拾い上げた事実を並べて、全く誤った印象を与えている。

 誤った認識とは、アメリカの二重基準をそのまま鵜呑みにした核兵器問題をめぐる国際認識のことだ。

大体、外電翻訳原稿を渡されて、あわててまとめた記者自身、自分が何を書いているのかおそらくわかっていないだろう。

 もし、朝日新聞の編集者が舌足らずな事実を、舌足らずに配置して、「イランが本格的な核兵器開発を開始した」という印象を、意図的に読者に植え付ける狙いがあるとしたら、これは誤報と言うべきではなく、デマと言うべきかも知れない。


原発用燃料と原爆用燃料は全く別物

 実のところ、遠心分離器を164基つないだ程度では原子力発電の燃料にもならない。
 
 天然ウラン(化学記号U)は、ほとんど同位元素238Uでできている。(238U は煩雑なので以下U-238と表記することにする。)同位元素というのは、元素が同じだが、構成する中性子の数が異なり質量がほんのわずか異なる成分のことをいう。われわれの日常生活にはまったく縁のない話であり。場合によっては化学の世界でも相当マニアックな話だともいえる。

 ところが、天然ウランには0.7%と、ごくわずかだが、同位元素235U(以下U-235)が含まれており、これが非常に核分裂しやすい物質だ、ということから、このマニアックな話が聞き捨てにならないことになった。

 U-235が核分裂しやすい同位元素だということを発見したのは、「グレート・デン」(偉大なデンマーク人)と呼ばれたネイル・ボーア(http://en.wikipedia.org/wiki/Niels_Bohr)だ。(彼はノーベル物理学賞を受けている)。このボーアの発見が、「マンハッタン計画」の突破口の一つにもなった。

 U-235が核分裂しやすい物質といっても、原子力発電や原子爆弾の原料にはそのままではならない。純度が低すぎて、エネルギーを十分に取り出すのに必要な、「核分裂の連鎖反応」を起こさない。

 同位元素U-235の純度を上げなければ燃料として使えない。U-235の含有純度を上げていくことを「ウラン濃縮」(enrichment)と呼んでいる。ウラン濃縮とは核分裂しやすいU-235の純度をあげていくことなのである。

 現在、濃縮度が20%以上を高濃縮ウラン、それ以下を低濃縮ウランと呼んでいる。また自然の構成比率である0.7%以下にわざわざ加工する場合もある。この場合は劣化ウランと呼ばれる。だから劣化ウラン弾は立派に核兵器だ。

 劣化ウラン弾を実戦で初めて大規模に使用した国はアメリカである。だからアメリカは、原爆を最初に使用したことと劣化ウラン弾を最初に使用したことと合わせて、2度、人類の歴史に汚点を残すことになった。

 さて、ウラン濃縮は、原子力発電の燃料とするには3.5%から5%程度が必要だ。一方、原子爆弾では90%以上の濃縮が必要である。原子爆弾とは、一面核エネルギーの暴走である。人間が制御できないほどの規模で、自然の持つエネルギーを解放し、荒れ狂うに任せるのが核爆発であり、それを人為的に起こすのが原子爆弾だ。原子爆弾が「悪魔の兵器」と呼ばれるゆえんである。

 広島に落とされた原爆はウラン型の原爆だったが、この時も90%以上の濃縮ウランが使われた。量は約60Kgだったが、当時の技術がまだ拙劣だったため、60Kgの濃縮ウランのうち核分裂したU-235は1-2%程度だったと言われている。マンハッタン計画では、濃縮には相当の試行錯誤をしたが、最終的に今日「ガス拡散法」と呼ばれる方法を用いて濃縮に成功した。

 だから、原発用燃料の5%以下の低濃縮ウランと90%以上の核兵器用高濃縮ウランは、同じ濃縮ウランでも全く別物といっていい。


イランの濃縮は遠心分離法

 「ガス拡散法」は、今日でも有効な方法だが、このガス拡散法とよく似た方法で「遠心分離法」がある。

 今回イランが、試験運転を開始したと伝えられた方法は遠心分離法である。ガス拡散法よりもエネルギー効率に優れているため、現在この方法が主流となりつつある。

 簡単に説明しておこう。

 核分裂しないU-238は中性子の数がU-235より3個多い。その分重い。(中性子1個の重さなど私には見当もつかないが)。その重さの違いに目をつけ、遠心分離させてU-235を取り出す方法だ。

 ウラン鉱石のままでは、遠心分離できないからこれをガス化させる。といってもウランのままでガス化させようとすると、摂氏3800度という高熱が必要になる。こうなると非常に扱いにくい。(水は摂氏100度でガス化するんでしたね。)
 
 だからいったんウラン鉱石からウラン金属をとりだし、フッ素と化合させて六フッ化ウラン(UF6)を生成する。六フッ化ウラン(UF6)は摂氏57度で気化するから、ウランガスよりもはるかに扱いやすいガスとなる。

 アメリカはイランが核兵器のためのウラン濃縮を計画していると非難するとき、決まり文句のように、「ウラン金属は低濃縮ウラン生成には必要のない原料だ。核兵器用濃縮ウランの原料だ」というが、遠心分離法では、どうしても必要な原材料だ。ウラン金属を保有しているだけでは、核兵器原料用の濃縮ウランを計画していることにはならない。ちょっとした知識があれば誰にもわかることだ。アメリカもわかっていて非難している。ただ、上記の知識もいろいろ複雑に入り組んでいることから、一般レベルでは共有知識になっていない。いわれると、ああそうなのか、とつい思ってしまう。日本の新聞は、この問題に関しては独自のソースをほとんど持たないから、ほとんどが欧米のマスコミが流す情報を焼き直して報道している。また正確な科学的知識をもった記者が国際政治を担当するシステムをもたないから、冒頭に紹介した朝日新聞の記事のように、でたらめな印象だけを与える記事を平気で書いてしまう。それは朝日新聞の問題だから置いておくとして、イランが核兵器用のウラン濃縮を今にも開始するかのような誤った印象だけを一般に与え、アメリカの言い分が正しいと思わせる効果を持つ。

 主要な情報源であるアメリカ政府、が直接・間接に公表したり、リークしたりする情報をそのまま無批判に、吟味することなしに報道することは、結果的に、アメリカによる世論操作に乗っているといっていい。

 さてこの六フッ化ガスを遠心分離器にかけて、高速で回転させるとより重いU-238を含んだ成分は壁側へ、より軽いU-235を含んだ成分は中心側へと集まることになる。そしてU-235の成分だけを分離することができる。しかし1回や2回では十分なU-235を取り出すことができないから、ちょうど上から下へと滝が流れ落ちるように何段も、遠心分離器を重ねて連結すると純度の高いU-235を無駄なく分離できる。

 遠心分離器を何段にも連結して上から下へと滝が流れるような構造のことを「カスケード」連結と呼んでいる。カスケード(cascade)とは元々「滝」のことだ。といってもナイヤガラ瀑布や華厳の滝のような1本の流れなのではなく、岩に砕けながら、下に落ちるに従って幾条もの水の流れができるような滝のことをいう。

 冒頭の朝日新聞の記事が「『カスケード』と呼ばれるウラン濃縮装置」と書いているのはそういう意味である。

 それでは何段遠心分離器を連結したら、有意味なウラン燃料が得られるのだろうか?
 
 これは理論的な話ではなく、実際的な話なので実例を見てみるほかはない。

 日本は原子力発電用の濃縮ウランをアメリカからの供給に仰いできた。アメリカにウラン濃縮を握られていては、日本の原子力産業は自立できない。それで1985年(昭和60年)に日本原燃株式会社を発足させ、ささやかだが国内でもウラン濃縮事業を開始している。日本原燃に先だって、動力炉・核燃料事業団(現日本日本原子力研究機構開発)が岡山県の人形峠で開始した、ウラン濃縮パイロットプラントがこの問題を考える際一つの実例になる。

 動燃のパイロットプラントは、今回朝日新聞の記事に出ていた遠心分離法によるイランのウラン濃縮事業とまったく同じである。

 内閣府原子力委員会の昭和56年度(1981年)の原子力白書、(http://aec.jst.go.jp//jicst/NC/about/hakusho/wp1981/sb2010502.htm)を見ると、動燃は1979年(昭和54年)に遠心分離器1000台のカスケードで開始している。翌年の1980年には3000台の連結を完成、翌1981年4月までに、濃縮度3.5%の濃縮ウランを約1トン生成している。おおざっぱに言って遠心分離器3000台のカスケードで、1年かけて3.5%濃縮ウランが約1トンだ。この年1981年には日本で22基の原子力発電所が稼働しており、年間約1550万KWの原子力発電を行っている。このころ原子力発電用濃縮ウラン1トンあたり、約9000KWの発電ができていたから、1550万KWといえば、年間1722トンの燃料用濃縮ウランが必要だったことになる。人形峠で1年間かけて濃縮したウランは約1トンだから、なるほどパイロットプラントである。
 
  冒頭の朝日新聞の記事では、今回イランが国際原子力機構に通知したという濃縮ウラン装置は、カスケードで164基。燃料の六フッ化ウランは入れずに真空運転をしている。今年末までには、3000基のカスケードを開始すると通知したが、それが生産開始になったとしても、どれくらいの生産量になるのかは、人形峠の例を見てみてもおおよその見当がつこう。濃縮度90%以上の濃縮ウランどころか、イランがこれから必要とする原子力発電用の燃料確保すらおぼつかない。


 
イランに原発はいらない、とするアメリカの主張

 なぜアメリカはこんなことに目くじらを立てるのか?

 いわゆる「イラン核疑惑」に関するアメリカの言い分を簡単に整理すると次のようになる。


イランは石油大国である。そのイランにはそもそも原子力発電など必要がない。ウラン濃縮事業を開始するのは核兵器開発の目的があるからだ。そのイランはテロ支援国家だ。イランを通じて核兵器が世界中のテロリストに流れたら大変な問題になる。アメリカの国家安全保障上の大問題である。」


 これがアメリカの言い分である。従って、日本のマスコミも多くはこのような論調で「イラン核疑惑問題」を扱っている。

 このアメリカの言い分は正しいのかどうか。

 国際原子力機構(IAEA)は、「国連の番犬(a watch dog )」とも呼ばれている。ずいぶん失礼な言い方だが、一面当たっていなくもない。つまりうまい言い方でもある。

 国連の番犬と呼ばれるには理由がある。

 核兵器不拡散条約(Treaty on the Non-Proliferation on Nuclear weapon-NPT)が効力を発揮したのは1970年のこと。日本がこの条約に署名したのは1970年だが、批准(各国の国会で承認すること。つまり署名しただけでは単に時の政府の意向を表明したに過ぎず、国会で承認されなければ、その国全体の意思表明とは見なされない)したのは6年も遅れた1976年のことである。
 
 NPTは日本語では核不拡散条約とも通称されているが、これはずいぶん誤解を与える通称だ。英語の条約名をみてわかるとおり、これは「核不拡散条約」ではなく「核兵器不拡散条約」である。核エネルギーの平和的利用はこの条約の規制項目ではなく、各国国民に認められた権利として認め、あるいは奨励・支援すらしている。
 
 2005年6月現在、この条約の締結国は、147カ国を数える。

 しかし単にこの条約を締結したと言うだけでは十分ではない。この条約を履行していることを保障するために、国連の権威のもとにIAEAの査察を受け入れなければならない。その査察については、IAEAと締結国の間の当初の取り決めより厳しい査察、つまり通告抜きの査察を含めた、ある意味国家主権を一部侵害する様な査察も追加の査察として受け入れる場合もある。これが追加議定書(プロトコル)であり、追加議定書締結国だ。

 現在IAEAのより厳しい査察を受け入れるとした国、すなわち追加議定書締結国は上記147カ国のうち、ぐっと減って67カ国(2005年6月現在)である。日本ももちろんこの中に含まれていて、締結した国にとしては8番目に早い。

 核兵器不拡散条約を締結したものの、本当に条約の規定通りその義務を履行しているかどうかを確認し、抜き打ちを含めた査察の権限を行使するのがIAEAの大きな役割のひとつとなっている。IAEAが国連の番犬と呼ばれるゆえんである。
 
 核兵器不拡散条約が発効し、無期限にその効力をもつことになったことは、一面大きな前進だが、IAEAの、一部国家主権を制約する内容をもち、かつ抜き打ち査察も認めるとした追加議定書を締結しないと、約束が骨抜きになるおそれがある。

 その意味では追加議定書締結国が、まだ67カ国しかないことは、核兵器不拡散条約がまだその機能を十分発揮しない、いわば片肺飛行の状態といってよい。


IAEAの査察成果

 しかしながら、このIAEAの査察で、これまでいろいろな成果が上がっていることも事実だ。一番大きな成果のひとつは核兵器開発をすすめていたイラクに計画をやめさせたことである。そしてIAEAが行った厳重な査察の結果、フセイン政権下では、もう核兵器開発疑惑はないとIAEAは認めた。にもかかわらず、IAEAに対して疑惑ありと判定しろと強引に迫ったのが、現アメリカ・ブッシュ政権である。この時、IAEAの事務局長、モハメド・エルバラダイは、IAEAの権威を守るため断固としてアメリカの圧力をはねつけた。するとブッシュ政権は、核兵器疑惑をあいまいにしたまま、「イラクは大量破壊兵器を保有している」と主張し、強引にイラクを侵略、フセイン政権を倒して調べ尽くしたが、とうとう核兵器を含む「大量破壊兵器」は出てこなかった。このブッシュ政権の侵略行為を黙って見過ごしたばかりか、そのお先棒を担いだのが、イギリス・ブレア政権であり、後棒を担いだのが日本の小泉政権だ。

 また、イランとリビア、北朝鮮に核兵器開発の疑惑があるとしたのもIAEAの査察の結果だ。このうちリビアは、その後のIAEAとの話し合いの中で、正式に核兵器開発を断念、「リビアは今後核兵器開発を行わない」と世界に向かって宣言した。

 本稿のテーマでもあるイランの核兵器開発疑惑は、ウラン濃縮・再処理計画をすすめていることを2002年に認めたため、IAEAは核不拡散条約の保障措置協定違反と認定した。しかし後述するようにイランが核兵器開発を行っていると証拠はIAEAによっても発見されていない。

 イラク、イラン、リビア、北朝鮮の核疑惑を追っていく過程の中で、核兵器をめぐるブラック・マーケットが存在し、この黒幕がパキスタン原爆の父と称されたカーン博士であることをあぶり出したのもIAEAの功績である。(この問題ではアメリカも大いに貢献した)。昨年パキスタン政府はこのことを、政府は無関係だったことを強調しながらも正式に認めた。またカーン博士もこの事実を認め、パキスタン全国テレビ放送を通じて、パキスタン国民に謝罪した。

 北朝鮮のケースは上記と事情が全然異なる。北朝鮮に核兵器疑惑が持ち上がってから、2002年10月アメリカ・現ブッシュ政権は全く単独で、ウラン濃縮計画を認めてしまった。これは北朝鮮とアメリカの2国間協定であり、国連もIAEAも全く蚊帳の外だ。北朝鮮はアメリカが認めれば何をしても許されると思いこんだらしい。そして今もそう思いこんでいる。アメリカと協定を結んだ2002年の12月にはIAEAの査察官の国外退去を実施し、翌2003年には核兵器不拡散条約を脱退してしまった。国連とIAEAを軽視し、アメリカの了解さえあればよしとする態度を露骨に示した。北朝鮮が核実験に至る過程でアメリカとの2国間協議を強く望んだのも、根拠は2002年の2国間協定にある。

 核兵器不拡散条約の枠内で、新たに、特定の国に核兵器用のウラン濃縮を認めることなどはおよそあり得ない。そしてアメリカを含めた世界の各国は、核兵器不拡散を誓い、約束したはずだ。その点では国連とその管理査察機関であるIAEA以上の権威はあり得ないはずだ。それをアメリカは簡単に破ってしまう。

 そのケースはインドとパキスタンの両国のケースにも当てはまる。インドもパキスタンも核兵器不拡散条約をすら締結していない。いわばNPT枠外の国だ。アメリカは2005年7月、ブッシュ大統領はインドのシン首相との間に共同声明を出し、事実上インドの核兵器開発を認めてしまった。パキスタンはこれを見て、アメリカ・ブッシュ政権のお墨付きをとろうと躍起になっている。

 イスラエルも核保有国だが、全く包括的核実験禁止条約を含め、国際的約束事の外にいる。しかしアメリカはイスラエルの核兵器保有を事実上認めている。少なくともアメリカが、核兵器保有をもってイスラエルを制裁しようといったのは聞いたことがない。

 それでは、アメリカは全く国連・IAEAの権威を認めず、世界に核兵器をめぐる管理新秩序を打ち立てようとしているのかというとそうでもない。イラン制裁を主張するアメリカの根拠は、核兵器不拡散条約に基づく追加議定書を含む保障措置協定違反、つまり約束違反だ、と言うのが根拠である。

 しかも、アメリカは核兵器不拡散条約で定める追加議定書の締結国ですらない。つまりIAEAの特別査察を受け入れていないのだ。追加議定書の締結国ですらないというのはイランも同じだが、少なくともイランは現アフマディネジャド政権になってから、積極的に国連査察を受け入れ、重箱の隅をつついた様な疑惑が次から次へと出ている。そしてアメリカのマスコミはそれを大げさに報道し、ブッシュ政権の提灯持ちをやっている。


核兵器大国アメリカの二重基準と情報汚染

 冷静に考えれば、今も1万発以上の核弾頭を有し、実戦で使用できる小型核兵器開発に巨額の予算を注ぎ込んでいるアメリカに、イランを非難する資格などありようはずはない。イスラエル、パキスタン、インド、などには独自の基準で核兵器保有を事実上認め、イランに対しては、自ら追加議定書締結もしていない核兵器不拡散条約の基準で非難をする、これがアメリカの二重基準だ。

 アメリカの二重基準は、核兵器不拡散条約に対する信頼とその権威を損ない、まだ片肺飛行のこの条約が目指す最終ゴール、核兵器の全面廃棄に少しでも近づくのを妨げている。そればかりではない。アメリカはその巨大な情報収集・分析能力を使って、世論操作を行い、正しい核兵器に関する知識と見識が、一般市民のものとなることを妨げている。それはアメリカのマスコミを使って世界に対して拡大再生産し、日本などアメリカのマスコミを鵜呑みにする各国のマスコミが、それぞれの国でさらに増幅する形でアメリカの二重基準を補強する論調を流し続けている。

 それがどれほどの効果を上げているか、一例を挙げよう。

 原水爆禁止日本国民会議(原水禁)といえば、人類最初の被爆国である日本の核廃絶運動を代表する潮流の一つだ。原水禁は、逆にマスコミの意図的世論操作に対抗して、正しい知識と見識を国民の中に広めていく義務がある。そのホームページ(http://www.gensuikin.org/)を見ると、「イラン核開発」というコーナーがあり、さらに「イラン核開発データ」(http://www.gensuikin.org/nw/iran1.htm)のコラムが設けてある。

 「争点は?」と題した項目が設けてあり、イランに対する核疑惑のポイントが並べてある。驚くことにIAEAの資料が使われているのは、国連に対する事務局長報告書だけで、残りはマスコミの報道とアメリカのシンク・タンクの調査報告資料が使われている。これでは、争点はアメリカが問題とする争点ばかりが並べられる結果になっても仕方がない。イランの政府当局の言い分やイランの電力供給事情については全くふれていない。原水禁が独自の見解から「イラン核疑惑」問題を眺めている足跡はまったく見あたらない。

 原水禁ですらこの有様だ。アメリカの世論操作の「汚染」はここまで及んでいる。
 
 1945年広島への原爆投下の直前、マンハッタン計画に従事していた著名な科学者たちのうちシカゴ大学冶金工学研究所の科学者グループは、核兵器の実戦使用に反対し、広島への原爆投下を思いとどまるよう提言した「フランク・レポート」を当時のトルーマン大統領に提出した。核兵器を永久廃棄するように呼びかけて最後を結んでいるこのレポートの中に次のような一節がある。
(フランク・レポートの原文はhttp://www.dannen.com/decision/franck.html
訳文はhttp://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/flanc_report.htm



 この国(アメリカ)には、相当量の毒ガス兵器の蓄積がある。

 しかしそれは使用しない。
  
 世論調査によればそれがどんなに極東における戦争でわれわれの勝利を早めようとも、この国の世論は毒ガス兵器の使用を容認しないからだ。確かに大衆心理には非理性的な要素があり、毒ガス戦争が爆弾や銃弾による戦争よりも議論の余地なく非人道的であるにも関わらず、毒ガス爆弾を使用せよという傾きもないではない。
 
 しかしいうまでもなくそれはアメリカの一般世論では全くない。
 
 同様にもしアメリカの国民が核爆発物の影響を正しく知らされていたなら、一般市民の生命を完全に壊滅するような、そういう無差別な方法を講ずる最初の国がアメリカであることを決して支持しないであろう。」


 当時ですらアメリカの一般世論は、どんなに自国に有利に働こうとも「毒ガス兵器」を実戦で使用することを容認しなかった。日本への原爆使用をやすやすと容認するのは、一般世論が原子爆弾の恐ろしさをしらされていないからだ、というのがこの節の論点である。事実広島と長崎への原爆投下後、アメリカ政府と軍部はニューヨークタイムズを中心としたアメリカのマスコミを総動員して「原爆安全キャンペーン」を繰り広げ、成功を収めている。

 全く同様に、もし世界の人たちが、現在の核兵器をめぐる状況を正しく知らされ、核兵器不拡散条約の精神を正しく認識していれば、アメリカの二重基準を決して容認しないだろう。

 アメリカの二重基準がまかり通っているのは、世界のマスコミを使った情報操作が功を奏しているからだと言う他はない。


エネルギー資源大国、イラン

 国際原子力機構(IAEA)は、原子力の平和利用を含めた世界の状況をデータベースという形で所有している。そのデータベースの中に国別の状況をまとめた資料もある。カントリー・プロファイル(country profile)と呼ばれるこの資料からイランを取り出して眺めてみよう。http://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/cnpp2004/
CNPP_Webpage/countryprofiles/Iran/Iran2003.htm


 Islamic Republic of Iran(イランイスラム共和国)と題されたこのカントリー・プロファイルは2002年のまとめであるが、実はイランの核開発をめぐる状況は、今と当時とさほど変わっていない。ブシェールにおける原子力発電所なども、すでにこの時点で計画され、その後各国の横やりが入って中断し、最近再開したものだ。濃縮ウラン工場も同様である。濃縮ウランを自前で行うことについては確かに問題提起がされているが、それはアメリカが出しているような「核兵器開発につながる」という論点ではない。正しい論点は、ウラン燃料・プルトニウム燃料の国際的一元管理という将来の方向性に逆らっているとい論点である。

 またイランが過去に置いて、核兵器開発を企図していたと疑われる証拠は確かにある。しかしそれは現政権下ではない。パーレビ政権下からイランイスラム革命へかけてしばらくの話だ。しかもそれはアメリカが一番よく知っている話だろう。

 ウラン濃縮問題については、アメリカは故意に、「ウラン濃縮は核兵器開発につながる」という論点と「核燃料の生産管理の国際一元管理」という論点とを混同させ、時に応じて使い分けているフシがある。

 イランのカントリー・プロファイルは、イランの人口増加と消費電力の急激な伸びの分析から始まる。
 イランの人口は1980年約3900万人から2000年には7000万人と20年間で2倍近く伸びた。それに伴い、エネルギー消費量も大きく伸びた。1980年から1999年の20年間の間は毎年10.0%の伸びを続けているというから凄い。電力に関して言えば、1999年総供給電力のうち54.5%を水蒸気発電でまかなってきた。残りはガス発電(13.5%)、水力発電、ディーゼル発電とそれらの組み合わせである。

 イランが電力供給の多様化を図ろうとするのは自然な流れである。

 一方、極めて皮肉なことにイランはとんでもないエネルギー資源大国でもある。イランは石油大国であり、石油輸出で国家財政を支えていることはよく知られている。今の調子で石油と天然ガスの輸出を続けても理論的にはこれから400年以上も今のレベルを維持できるだけの石油・天然ガスの埋蔵量を有している、とこのプロファイルは分析している。

 ウランの埋蔵はこれまで豊富ではないと考えられていた。IAEAの探査では埋蔵量は精々3000トンレベルと報告されていた。しかし最近の発見で、この数字は訂正され、八酸化ウラン(U3O8)換算で、イラン全体では2万トンから3万トンの推定埋蔵量があると見られている。そうだとすれば、将来イランが必要とする原子力発電に必要なウラン原料は十分自国でまかなえることになる、コスト面から考えれば、原子力発電はイランにとって将来もっとも有望な代替エネルギーであろう、と結論している。

 さらにイランは、大量の太陽光発電、風力発電、地熱発電の潜在エネルギーを有しているが、こうした代替エネルギーはまだ国内技術力の限界とコスト高につくため、すぐに着手するわけにはいかない、とプロファイルは分析している。

 こうした分析と見通しの中で、イラン政府は将来の代替エネルギーとして原子力発電と風力発電に、絞り込んでいった。

 1970年代、ブシェールに2基の加圧水型原子炉(PWR 出力1200MW)の建設が開始されたが、1979年、ほとんど完成間際になって中断された。
(加圧水型原子炉はもっとも一般的な発電用原子炉で、軽水炉型と沸騰水型の2種類がある。このうち軽水炉型が日本ではもっとも設置台数が多い)

 1991年、イランは原子力発電計画推進を再開、中国と協定を結んで同じく2基のPWR(出力300MW)を導入しようとしたが、これは未だに実現をみていない。というよりイランは提携相手国を中国からロシアに乗り換えたためにこの計画は事実上放棄されている。


イランの原子力発電はロシア型

 1994年、イランはロシアと契約を結び、ロシアの技術を導入しながら原子力発電計画をすすめることになった。これがブシェール1号基である。同じくPWRで出力1000MWであるが、タイプはロシア・旧東欧諸国でもっとも一般的なWWER-1000型である。この契約は1995年に正式調印された。

 このブシェール1号基が完成すれば、イランの国内電力の4%をまかなうものとなる。続いてブシェールには2号基が建設され、3号基と4号基(いずれも出力410MW)も計画されている。

 ロシアとの契約はいわゆるターンキー方式と言われるもので、すぐ稼働が開始できるようにし、濃縮ウランなどの原材料の供給から、作業員や技術者の訓練までロシアが行う内容となっている。つまりこの計画が推進されれば、イランの原子力発電市場は完全にロシアに取り込まれることになる。

 さてこうして問題のウラン濃縮問題が浮上する。イランとすれば少なくとも自国の将来の需要をまかなうウラン資源もあり、また原子力発電の自立性を確保するためにもウラン濃縮から自前でやりたい、と考えるのは自然な流れであろう。しかもこれは核兵器不拡散条約で認めた範囲内の権利だ。

 核兵器不拡散条約は前文で、「核技術の平和的利用の利益が、平和目的のため、すべての締結国に提供されるべきであると言う原則を確認し」と断った上で、第四条で「原子力の平和利用は締結国の権利である」と謳っている。問題は濃縮ウランをはじめとする核分裂物質が、軍事目的に転用されないことの保障だ。
 従って「平和利用の権利」の代わりに「査察」を義務として受け入れなさい、ということだ。

 だから、イランにおけるウラン濃縮事業を認めないためには、イランの事業が将来核兵器事業に転用される恐れがあることを証明しなければならない。これがIAEAの査察のポイントだ。このためイランは、たびたび原子力発電事業を中断させられている。また、かといって、IAEAと国連が完全に満足するほど、過去における資料の提供を積極的に行って、自ら身の潔白を進んで証明しようとしているかというとそうでもない。


アフマディネジャド大統領の狙い

 ただ、イランはアフマディネジャド大統領が再三再四言明しているように、「イランの核開発は平和利用に限定している。」ものだ。

 同大統領は同時に「イランの核兵器開発はイラン国民の権利である。」とも述べている。リビアやブラジル、アルゼンチンのように核兵器の開発保有を放棄することを世界に向けて宣言していない。

 もっとも核兵器の保有を放棄する宣言を世界に向けて発していないという点では日本も同じである。「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則はあるが、これは1967年衆議院予算委員会に置いて、佐藤栄作首相が言明した日本政府の方針に過ぎない。以後疑わしき点は多々あるものの、曲がりなりにも歴代政府は非核三原則を方針として受け継いできた。といって国会の決議をへた日本の法律、日本国民の意思を正式に世界に向けて表明したものではない。この点では、イランも日本も同じである。
 
 それどころか日本の歴代政府は、岸信介元首相が、「日本国憲法は決して核兵器の保有を禁じてはいない」と発言したのを皮切りに、最近では小泉内閣の福田康夫官房長官が同じ解釈を表明して問題になった。また現安倍政権では複数の閣僚・与党幹部が、「核兵器保有について議論すること別に悪いことではない」と、おずおずとではあるがキナ臭い発言をして問題になっている。
 
 アフマディネジャド大統領の「イランの核兵器開発はイラン国民の権利」発言も、これら日本政府高官の発言と大きな違いはない。ただ、もしかして日本の高官たちの発言には、将来の核武装への地ならしの意図があるのかも知れない。
 
 それに対して、イランの若い、しかし、したたかな大統領には別な狙いがあってこの発言をおこなった、と推測できる。この発言は、将来起こるかもしれないアメリカの軍事侵攻に対する牽制だと見るべきだ。
 
 イランとしては、実例を間近に見ている。いったん核兵器開発を行ったイラクのフセイン政権は、国際世論やIAEAに押されて、開発を断念、廃棄した。そのタイミングを見計らってブッシュ政権はイラク侵攻を行った。いわば外堀を埋められて丸裸になった大阪城に攻め込んだ関東勢みたいなものだ。だからブッシュ政権がイラク侵攻を行ったのは、大量破壊兵器保有の疑いがあるからではなく、その疑いがないから安心して侵攻したのである。
 
 だからアフマディネジャド大統領は、「現在核兵器を保有していない。」とはいうだろうが、「将来にわたっても核兵器を保有しない。」とは、ブッシュ政権からの脅威が完全に取り除かれるまでは、絶対にいわないだろう。それがアメリカに対する一定の抑止力になることを実例でみているからだ。


二重基準に見え隠れするブッシュの本音

 イランにウラン濃縮をさせたくないのは、アメリカのブッシュ政権、ロシアのプーチン政権、EUのイギリス、フランス、ドイツ、IAEAの関係者全員に共通している。プーチン政権からすれば、やっと取り込んだイランの原子力発電市場を確保・拡大するためには、ウラン転換・濃縮事業から握っておきたいだろう。名だたる原子力関係企業を多く抱えるイギリス・フランス・ドイツは、これから大きな発展が見込めるイラン市場を少しでも自分の側に門戸を開かせたい。
 
 アメリカの狙いは明白だ。ウラン濃縮事業・核燃料リサイクル事業を自国が一手に握っておきたいのである。そしてあわよくば、イラクで成功したように、エネルギー資源大国イランをそっくり支配下に置いておきたいのだろう。
 
 なかなかブッシュ政権はその本音を言葉で語らないが、2004年3月ワシントンにある米国国防大学で行った「7つの核拡散防止措置提案」と題する演説ではかなりあけすけにその本音を語っている。
 http://www.gensuikin.org/nw/bush2_11.htm
 
 この演説でブッシュはこういっている。
 
 核不拡散条約は、すでに核兵器を持っている国以上に核兵器が拡散するのを防ぐために30年前に編み出されたものである。(!)・・・しかしこの条約には抜け穴があり、北朝鮮やイランのような国々がそれを利用してきた。・・・世界の主要核輸出国は、他の国が適正な価格で民生用原子炉の燃料を入手できるよう保証すべきである。条件は、それらの国々が濃縮と再処理を放棄することである。濃縮と再処理は、原子力を平和目的のために活用しようとする国々にとって必要ではない。(!!)

 
 このブッシュの本音をもっとあけすけに語ると、非核保有国は原子力発電所だけをもてばよく、それに必要な原材料や機器類、装置、濃縮ウランは、核保有国から「適正な」値段で買い付ければいいじゃないか、自分で濃縮したり再処理したりすることは必要ない、濃縮や再処理はアメリカを代表とする核保有国が独占すればよく、その他の国はただ、原子力エネルギーを消費すればよい、ということだ。従ってアメリカは日本のウラン濃縮や再処理にもいい顔をしていない。
 
 アメリカ中心の世界観であり、アメリカ本位の価値基準むき出しである。


IAEAの理由

 IAEAもイランのウラン濃縮事業に反対している。しかし理由は全く違う。

 IAEAは、原子力の平和利用が進めば進むほど、核技術・核兵器拡散のリスクは大きくなると考え、そのリスクを最小限に抑える方法は、高濃縮ウランやプルトニウムなどの生産・配分を一元化し、しかるべき国際的権威のもとに一元管理することだ、と考えている。しかし一足飛びにこの実現は難しいから、まず国際コンソーシアムや、地域的なセンターを作って徐々に統合していこうという構想を持っている。そうした構想を進める矢先に、イランが1国でウラン濃縮を開始するのは、構想に反している、だから思いとどまってくれないか、というのが本音だ。

 ところで、このIAEAの構想は、先ほど紹介したフランク・レポートがその中で示した構想に近くなってきている。

 フランク・レポートは、第4章統御の方法論で次のように述べている。
繰り返すがこのレポートがトルーマン大統領に送られたのは1945年6月である。翌7月にはニューメキシコ州のアラモゴード砂漠で人類初の核実験でプルトニウム爆弾が炸裂し、翌8月に広島と長崎に人類初の実戦使用が行われた。)
 

 さて今やわれわれは、いかにして核装備に関する効果的な国際統御を達成するかという問題を考慮すべき段階に来た。これは困難な問題である。しかしわれわれは解決できると考えている。政治専門家や法律家による研究が必要ではあるが、われわれはここに研究のためのごく基本的な提案を提示してみよう。問題に関わるあらゆる側が、この協定を成立させたいとする熱意と相互信頼に基づき、各国家経済のある段階を国際管理とすることを承認し、それぞれの国家主権の一部を放棄するのである。」


 核兵器の国際統御のためには、各国が国家主権の一部を放棄して、その権能を統一的な国際機関にゆだねなければならない、といっているのだ。

 IAEAの構想や、フランク・レポートの指摘は一面国際政治論でもある。これらとブッシュ大統領の構想を比較すると、ブッシュ構想に見る国際政治論は19世紀半ばに戻ったかのような錯覚すら覚える。

 IAEAはイラン核疑惑問題をどう考えているのか。この問題に関してIAEAは立場上公式的なことしかいえない立場にいるので、なかなかわかりにくい。

 この点モハメド・エルバラダイ事務局長が、アメリカCNNのインタビューに応じ、2005年3月17日に放映されたテレビ番組が参考になる。(なおこのインタビューはトランスクリプトの形で読むことができる。原文:http://www.iaea.org/NewsCenter/Transcript/2005/cnn17032005.html全訳

 このインタビューでは、CNNの聞き手が、完全にアメリカ政府の宣伝を信じ切っているため、エルバラダイの話を全く理解できないでいる。だから、インタビューとしては完全にすれ違いに終わっている。しかし、それだけに普段は杓子定規な発言に徹せざるを得ないエルバラダイも、時にじれて、ポロっと本音を漏らしている。そうして読むとなかなか面白いインタビューだ。

 それにしても、このCNNのインタビュアーの頭の悪さはどうにかならないか。頭が悪いばかりか、核に関する基礎知識すら持ち合わせていない。たとえばウラン濃縮をすることは核兵器を作ることだと思いこんでいる。もっともアメリカ政府は、イラン核疑惑に関し、「ウラン濃縮をすると言うことは核兵器を製造するためだ」という主張を流し続けている。それをこのインタビュアーは信じ込んでいる、あるいは信じ込んでいるフリをしている。アメリカ政府の主張は、もはやデマといった方が適切かも知れない。こうしたデマが、アメリカの報道で垂れ流し続けられ、日本のマスコミも、その内容を吟味せずに垂れ流し、拡大再生産している。

 遠心分離器を3000台ばかりつないで見たところで、得られるのは極めて低濃縮のウラン燃料が1トンか2トンだ。このことはすでに見たとおりだ。原爆の核燃料とするにはウランを濃縮度90%以上とする、全く別工程と言ってほどの高度な装置と加工技術が必要だ。ブッシュ政権のデマは子供でもわかる。しかし、信じ切っているCNNのインタビュアーには、この子供にもわかる理屈がどうしても理解できない。世論操作による情報汚染がここまで進んでいると言うことだ。


イラン核濃縮問題は21世紀への試金石

 このインタビューが行われたのは2005年3月である。

 この時点でエルバラダイは、北朝鮮はプルトニウム型原爆を保有しているか、あるいはいつでも保有できる態勢にある、しかし、イランには核兵器を開発している証拠は全くない、あるのは核開発計画をもっているのではないかという疑惑だけだ、と明言している。

 その明言を聞いた後でも、このインタビュアーは次のような質問をしている。この間抜けなインタビュー全体の最後の質問だ。

アマンプール 核兵器の脅威という意味では、イランと北朝鮮はどちらが大きな脅威だと思いますか?」
 うんざりした顔で回答するエルバラダイの回答を全文引用しよう。
エルバラダイ 北朝鮮はすぐに核兵器化するプルトニウムをもっている、しかしイランには全くそんなものがない、もし核兵器をつくる物質がなければ、核兵器を作るわけにはいかないでしょう、私はそういっているんです。核兵器を作る意図があり野望をもっていたとしても、肝心の原材料がなければ、核兵器は作れません。北朝鮮は核兵器の材料をもっている、イランではそれが見いだせない。北朝鮮とイランを比較して、顕在化している脅威なり危険なりを論じる時、これだけの決定的な違いがあります。イランについては、『核兵器製造計画があるのではないかという疑い』について論じているんです。全然違う話です。」

 このインタビューで、聞き手の間抜けさは別として、エルバラダイはかなりわかりやすくイランをめぐる情勢とIAEAの立場を説明してくれている。それをまとめてみると次のようになろう。
 
1. イランが核兵器開発をしているという証拠は全くない。二十年前にその動きはあった。しかし二十年前の動きを含めて、IAEAが納得するほどの完全透明な資料はまだ提出されていない。だから完全な疑惑解消宣言は出していない。しかし、ウラン濃縮計画を含めて、現在イランの核開発計画は平和目的であると認める。

2. いわゆるイラン問題は、単に核兵器疑惑問題ではない。イランと国際社会をめぐる関係全体の一部である。特に中東の不安定な状態を考えるとき、こうした認識は重要である。

3. 核兵器不拡散条約は締結後すでに30年以上経過する。その間核技術の拡散はすすんだ。また今後世界のエネルギー消費の発展を考えた場合、核技術の平和利用の促進は不可欠で、その意味ではさらに核技術の拡散は進んでいくだろう。これは同時に軍事転用のリスクも大きくなることを意味する。しかし世界はこのリスクをさけて通るわけにはいかない。平和目的の核技術の拡散と軍事転用リスクの最小化が今後の大きな課題となる。核兵器不拡散条約は修正とか追加といった手直しで、今後対応できるとは思わない。根本的な再構築が必要だ。

4. この再構築は、核技術やおそらく核燃料(核拡散物質)や機器の一元管理制度とそれらの監視査察制度を国際的に展開していくことになるだろう。それはまた一部国家主権に制約を加えたものともなろう。しかしその枠組みについて合意を得るまでには時間がかかる。それまではとりあえず新規の建設はストップしたいと考えている。

5. しかしこの考えはジレンマを包含している。濃縮ウラン工場なり、再処理工場の各国個別の新規建設をストップするということは、すでに保有している国々の独占状態をみとめることになる。これには新たに核技術を獲得し、核の平和利用を推進しようとする国々の間に不満が出るだろうし、またこれは当然の不満だ。核不拡散条約の精神は、締結国全体の機会均等というところにある。

6. イランのウラン濃縮工場建設をめぐる問題の本質はここにある。つまりイランのウラン濃縮問題は、このディレンマを先取りした縮図なのだ。軍事目的に転用されるかどうかは問題の本質ではない。

7. しかし私(エルバラダイ)は、いかに時間がかかろうとも関係者がお互いにテーブルについて話し合いを続ける限りは前進だと考えているし、かならず解決法が見つかるはずだ。

 イランのウラン濃縮問題は、これからやってくる新たな「平和目的の核技術拡散時代」を乗り切る知恵を、人類が見いだせるかどうかの試金石なのである。その時代は、一歩間違えば、核兵器による人類の自滅を招く危険と常に紙一重である。

 エルバラダイは、人類はその知恵を見いだすことができると固く信じている・・・。
 
 100人のブッシュがいても、1人のエルバラダイがいる。