No.19 平成19年3月8日

米下院「従軍慰安婦非難決議」は「第二次世界大戦清算」の先駆け


ポイントがずれている安倍政権の対応

 「業者がそうしたと言う事実はあったかも知れないが、日本国として強制的に慰安婦にしたという事実はなかった。」という安倍首相の発言をきっかけに、くすぶっていた米下院「旧日本軍従軍慰安婦非難決議」問題が一挙に燃え上がった。

 韓国、台湾が激しい反発を見せ、アメリカの大手ジャーナリズムも安倍批判に回った。六カ国協議、首相の訪日を控え、この時期問題を起こしたくないはずの中国政府までが、「日本は歴史的事実に直面し、もっと真摯に反省を」と言わざるをえないハメになった。

 しかし、米下院の非難決議案は、安倍首相がそれほど反発をする内容ではない。確かに日本政府に謝罪を求めているが、ポイントはそこにはない。

 決議は、
「日本政府は公式に、1930年代から第二次世界大戦の期間中、アジアおよび太平洋の諸諸島の植民地的占領地域における日本帝国軍隊が強制した、世に『慰安婦』として知られる若い女性の性奴隷制度の存在を、明確にまた曖昧でない形で、確認し、謝罪し、責任を取るべきである、との米下院議員の総意の表明。」
 の書き出し(決議文タイトル)に見られるように、こうした歴史的事実があったことを確認し、謝罪し、責任をとるべきだといっている。しかもその責任の取り方についてはなにも明言していない。

 こうした事実がまったくなかったというのであれば、確認しようもなければ、謝罪しようもない。しかし
日本政府は、宮澤改造内閣の時に内閣官房がこの問題の事実関係を調査し、当時の河野洋平官房長官がその事実はあったと言っているのである。これがいわゆる河野談話だ。河野談話を引用してみると、
 「今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。

 慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。」
(平成5年8月4日 全文は次へhttp://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/comfort_women/kono_1.htm

 だれが読んでも今回の安倍首相の発言は、河野談話の否定である。

 「強制の事実はなかった。」とする安倍発言の後、安倍首相は「日本政府は河野談話を引き続き踏襲する。」といっている。2つの発言は論理的に両立しないと思うが、今それは問わないことにしよう。


ポイントは歴史を繰り返さないことにある。

 問題は米下院決議案の真意である。決議案は、次にこう続けている。 
一、 それは、集団強姦、強制堕胎、陵辱そして性的暴力などその残虐性と規模の大きさに置いて比類のないものと見なされ、不具、あるいは死亡、あるいは事実上の自殺を招来した20世紀における最大の人身密売の一つと見なされる。
一、 日本の学校で使用される新しい教科書では「慰安婦」の悲劇や第二次世界大戦中のその他の戦争犯罪を軽視しようとしている。
一、 日本の政府高官や民間の主要人物は、最近、「従軍慰安婦のつらい体験に対して日本政府は心から謝罪すると共に自責の念を覚える。」とした1993年の河野洋平官房長官の声明(原文はstatement。日本では談話)を希薄化あるいは撤回したいとの希望を表明している。
一、 日本は1921年の国際婦人児童売買禁止条約(the 1921 International Convention for the Suppression of the Traffic in Women and Children)に署名もし、また女性に対する軍事迫害にユニークな問題提起を行った、2000年の女性、平和そして安全に関する国連安全保障理事会の第1325号決議案にも賛成した。
一、 米国下院は、国連安全保障理事会第1325決議案に賛成すると共に、人間の安全、人権、民主主義的価値、法の規則などを推進している日本の努力を称揚するものである。
一、 アジア女性基金は570万ドルの基金をもって、日本の人々から「慰安婦」に対して罪滅ぼしの念を表明した。かつー。
一、 日本政府が主導権をもち、またほとんどが政府資金をもって創立された民間基金、アジア女性基金に対する付託は、「慰安婦」に対する虐待と苦しみを与えたことを贖罪する目的の企画やプログラムを2007年1月31日に終了し、同日解散するに至った。」

 要約すれば、次のようになるだろう。

「いったん日本は旧日本軍の性奴隷制度の存在を認め、官房長官名で謝罪したが、その後日本は従軍慰安婦問題を教科書等でも教えないし、河野談話を否定しようと言う動きすらある。日本は国際的な人権問題、戦争における婦人や子供の迫害に対して積極的に反対の態度を取ってきた。米下院はこうした日本の態度に感心している。また従軍慰安婦問題に関連してアジア女性基金を創設し積極的にこの問題に対して謝罪と贖罪の態度をとってきた。これについても我々は感心している。」

 なにも無理のない話である。この決議案は、「だから次の4点を決議する」と結んでいる。

(1) 日本政府は公式に、1930年代から第二次世界大戦の期間中、アジアおよび太平洋の諸諸島の植民地的占領地域における日本帝国軍隊が強制した、世に「慰安婦」として知られる若い女性の性奴隷制度の存在を、明確にまた曖昧でない形で、確認し、謝罪し、責任を取るべきである。
(2) 日本の首相は、かの公的な権能をもって公的な声明の形で謝罪を表明すべきである。
(3) 旧日本帝国軍隊の「慰安婦」の人身密売や「性奴隷制度」は二度と起こらないことを明確にかつ公的に述べ、その誤りを明らかにすべきである。
(4) 「慰安婦」問題に関して、現在や将来の世代に対しその犯罪性について教え、また国際社会に対してもそうすることを勧奨すべきである。」
 (全文の訳は、http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/018/hinanketugi.htm で読める。)

 この4つの項目でポイントは明らかに(4)にある。つまりこの歴史的惨事を十分に研究し、その犯罪性とともに、後世に十分伝え、それだけでなく、国際社会に対してもこのようなことが二度と起こらないようにするよう世論作りの主導権をとってくれ、と言うことだ。

 このためには、性奴隷制度が二度と起こらないことを日本政府として国際社会に対して明確にし、その誤りを明らかにしてくれ(3)といっている。

 さらにこの目的のためには、今度は官房長官ではなく、日本の首相自らがその全権能をもって、公式な形で謝罪すべきだ(3)し、このためには今度は曖昧でない形で、確認し、謝罪し、責任を取ってくれといっている。その責任の取り方はいろいろ個別にあるだろう。それは日本政府に任せる、と言うことになる。

 この決議案を読んで、だれが解釈しても上記の解釈にしかならない。


世界があの戦争を清算しなければ死んだ人は浮かばれない

 仮にこの決議案が通って、日本の首相が従軍慰安婦とそれに関連した諸国に対して謝罪したとして、日本にどれほどの不名誉があるだろうか?それどころか、日本は人類の文明を一歩大きく前に進めたとして、国際社会から賞賛されるだろう。

 というのは、第二次世界大戦で発生したいろいろな惨禍、悲劇の中には人類史の問題としてまだまだ未解決の事件が数多く残されているからだ。いいかえれば、未解決のまま現代にひきずっている問題がたくさんある。ナチス・ドイツのユダヤ人虐殺問題だけではない。旧日本軍による南京大虐殺、旧ソ連によるカチンの森事件、旧日本軍による重慶無差別爆撃事件、アメリカ軍によるドレスデン大空襲、アメリカ軍による東京大空襲などなど。ホロコーストを除けば何一つとして未清算の事件である。

 その中でも最大の問題、人類の運命に対してもっとも深刻な問題で、今に至るも未清算であり、また現在ますますその重大性を増している問題が、広島・長崎への原爆投下だろう。広島・長崎への原爆投下は明らかに戦争犯罪であり、それに止まらず人道に対する犯罪である。

 米下院でなくても、日本の国会でも、韓国の議会でもどこでもいいから、「広島・長崎原爆投下非難決議」がなされ、その全容が明らかになり、その犯罪性とともに後世に伝えることができるならば、これは大きく人類の歴史に貢献するだろう。まさに現在の核兵器野放しの状態は、広島・長崎が未清算のままであることに起因している。

 もし影響力のある機関でこうした決議がなされれば、「核兵器」を製造したり、所有したりすること自体が犯罪である、という国際世論形成に大きく貢献するだろう。

 米下院「旧日本軍による従軍慰安婦制度非難決議」は戦後60年以上経過して、やっと第二次世界大戦の清算がはじまった、その先駆けと見るべきである。またこれを先駆けとしなければならない。

 安倍政権には到底無理としても、こうした意味で日本人全体は、米下院「従軍慰安婦制度非難決議」を支持すべきだし、その議会通過を心から願うべきである。そしてこれを「日本バッシング」だの、原爆を落としたアメリカにはその資格はない、だの低次元の議論はやめて、戦後60年経て初めて本格的な第二次世界大戦の清算が世界的にはじまった、と考えるべきだ。そうしてそういう清算運動の先頭に日本人が立たなければならない。

 人類初めて原爆の災禍を蒙ったヒロシマ・ナガサキにはそうする義務がある。

 こうして第二次世界大戦の清算が完了し、二度と同種の災禍や犯罪が起こらないという保障をわれわれが見いだしてこそ、虐殺された多くの従軍慰安婦、広島・長崎で死んでいった人たち、カチンの森に埋められたポーランドの将兵などなどの死に初めて歴史的意義が出てくる。

 そうでもしなければ、こうして死んでいった人たちは浮かばれないではないか・・・。