No.29-3(抜き書き1) 2010.6.13
岩国への連帯:「聖地ヒロシマ」は問題を深めているか?
第3回 日本の核兵器廃絶運動の道筋と広島市長の役割

<抜き書き1>

マイケル・ホンダの“和解”と秋葉の“和解”

 もうひとつ私が、どうしても見逃せない秋葉の言葉使いがある。それは「和解」(reconciliation)という言葉だ。

 秋葉によれば、「和解」とは、“私たちが経験した苦しみは他の誰も味わってはならない”とする被爆者の精神のことであり、相手に報復しない精神のことだ、ということになる。

 言い換えればこれは「ノーモア・ヒロシマ」の思想であり、「繰り返しません、過ちは」の思想だろう。相手を恨まず、すべて水に流しましょう、ということでもある。

 これは「和解」なのか?

 つい最近、全く同じ言葉を使って、「和解(reconciliation)」を定義した人間を私たちは知っている。それはアメリカの下院議員、マイケル・マコト・ホンダだ。

 2007年、カリフォルニア州選出アメリカ議会下院議員マイケル・マコト・ホンダ(彼は日系2世でもある)は、自ら提案者の一人となって「旧帝国日本軍性奴隷制度非難決議案」を議会に上程した。

 ホンダ議員は、2007年2月15日、同決議案を審議する「アジア・太平洋・地球環境に関する外交小委員会」(Foreign Affair Subcommittee on Asia, the Pacific and Global Environmental)において、提案者として同決議案を支持する証言を行った。
「マイク・ホンダ議員の米下院小委員会での証言」(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/comfort_women/mike_honda.htm>)

 この証言の中で、ホンダは「この決議案は、戦後日本とアジア社会との和解を準備するものであります。」とした上で次のように述べている。

 私は米国下院の議員諸君に次のことをお願いしたい。謝罪に歴史的意義があるのであり、対立を和解(reconcile)するにせよ、過去の行為に対して贖罪を行うにせよ、まず謝罪がどうしても必要な第一のステップであることを理解して頂きたいと言うことです。
 われわれの政府も過ちを犯してきました。しかし、われわれの知恵で、誤った行為を認めるという困難な選択をしてきたではありませんか。』

 ここで、ホンダが云っているアメリカ政府の過ち、というのは戦時中の「日系人強制収容」のことを言っている。またそれを認めたというのは、1988年、法案H.R.422「市民自由法」(The Civil Liberties Act 通称:日系アメリカ人補償法と呼ばれることがある。)を議会通過させ、当時の大統領ロナルド・レーガンがこれに署名して、きっぱりした曖昧さのない形で日系社会に対して謝罪し、補償したことを指している。


「和解」の段階とその定義

 そしてホンダが執筆したこの決議案には次のように書かれている。
「2007年1月31日に上程された「旧日本帝国陸軍性奴隷制度非難決議案」
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/018/hinanketugi.htm>)

日本政府はー、
(1) 日本政府は公式に、1930年代から第二次世界大戦の期間中、アジアおよび太平洋の諸諸島の植民地的占領地域における日本帝国軍隊が強制した、世に「コンフォート・ウーマン」として知られる若い女性の性奴隷制度の存在を、明確にまた曖昧でない形で、確認し、謝罪し、責任を取るべきである。
(2) 日本の首相は、かの公的な権能をもって公的な声明の形で謝罪を表明すべきである。
(3) 旧日本帝国軍隊の「コンフォート・ウーマン」の人身密売や「性奴隷制度」は二度と起こらないことを明確にかつ公的に述べ、その誤りを明らかにすべきである。
(4) 「慰安婦」問題に関して、現在や将来の世代に対しその犯罪性について教え、また国際社会に対してもそうすることを勧奨すべきである。』


 この証言と決議案の文面から読みとれる、ホンダの「和解」(reconciliation)の定義は明確だろう。すなわちホンダにおいては、和解とは次の段階をたどる。

1. 曖昧さのない形で事実関係を確認すること。
2. 事実関係を認めた上でのきっぱりとした謝罪(補償を含む)
3. 謝罪した上でそれが2度と起こらないことへの保証。
4. 2度と起きないような次世代への教育、国際社会への勧奨。

 これが、ホンダの云う「和解の定義」である。

 もし、1945年の原爆投下に対してアメリカ政府がこの「和解」へのステップを取っていたとしたら、「核兵器廃絶」などはとうに実現していたはずだ。

 だから正しい和解は、豊かな未来を約束する。

 だが、秋葉の和解は全く同じ日本語と英語を使っていても、その内容において天と地の開きがある。秋葉の和解は、その実和解ではなくて、問題の後世への先送りである。先送りをしていては、いつまでも「核兵器廃絶」は実現しない。


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