【参照資料】フクシマ放射能危機と汚染食品 2012.7.2

<参考資料>食品安全委員会 
食品安全評価ワーキンググループ 第1回会合 議事録解説

 
核利益共同体に魂を売り渡した
日本の食品安全委員会

その④ 今なおかつABCC=放影研のデータを基礎とする影響評価

海洋の食物連鎖、魚介類の汚染

 食品安全委員会の「食品安全評価ワーキンググループ」の第1回会合における、原子力委員会元委員長代理・松原純子の講演内容を検討しながら、彼女の主張がいかに恣意的で、全体観をもたず、我田引水の議論であるかを、特にドイツ放射線防護庁の小児白血病に関する研究調査(KiKK研究)に対する批判から見てきた。一言で云えば「非科学的」であり、彼女のICRP学説に対する、またその基礎となっている広島・長崎原爆被爆者生存者寿命調査(いわゆるLSS)に対する姿勢はむしろ宗教的信念に近いものだった。

 話はまた松原の講演に対する、食品安全委員会の熊谷進(国立予防衛生研究所出身。東京大学名誉教授)の質問に戻る。熊谷は松原に次のように質問した。

先ほどのウランとか重いやつなのですけれども、あれというのは例えば海に流れ込んだときに、海底に生息している二枚貝とか、そういうところに蓄積されるということはないのでしょうか。』

 これは食品安全委員としては、当然の質問だ。福島第一原発から放出された放射能はかなりの部分太平洋側に流れた。また、福島第一原発から直接液体(水)の形でも放射能が海に流された。また、地表に降下した放射性物質は雨などで河川に流れ込み、汚染された河川の水がまた周辺の海に流れ込んでいる。しかもこうした放射性物質は海に流れ込んで沈降し、海底の泥や砂に混じってしまっている。(海に流れ込んだ放射性物質は、海水に溶け込み、希釈されて危険はなくなっている、とする説が当初さかんに流された。しかし、放射性物質は全てが水溶性ではない。また仮にいったん海水に溶け込んでも時間が経つと海底に沈降する。)

 海洋における食物連鎖は、陸上における食物連鎖よりさらに複雑で、わからないことが多い、という。今年広島を訪れたドイツ放射線防護協会の会長、セバスチャン・プフルークバイルに話を聞く機会があった。その時、放射性物質の海洋での生態に与える影響(放射線生態学。海洋放射線生態学、という言葉があるのかどうか知らないが。)について尋ねてみたところ、ドイツでももっとも遅れた学術分野、(ドイツでは)専門の研究所があったが、30年前に閉鎖されたまま、この分野には資金が集まらない、世界的にももっとも遅れた分野の一つ、という答えだった。

 日本では海洋の放射性物質調査は、海上保安庁が長期間にわたって定期的に行っている。2012年3月海上保安庁海洋情報部は「放射能調査報告書」を公表したが(<http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KANKYO/OSEN/gaiyo/hou10/hou103.pdf>)、それはなんと2010年の結果報告、すなわち福島原発事故の前の実情だ。しかもその調査は、日本を取り巻く全海洋や沿岸で、海水のサンプル数が21、海底土のサンプル数が10というお粗末な調査である。そのほか、大学や研究機関が事故後個別に調査を行っているが、体系的で大掛かりな調査はいまだ行われていない。

 植物プラントンを動物プランクトンが食べ、小魚がその動物プランクトンを食べ、さらに大きな魚がそれを食べ・・・、といった教科書風な言い方はされるが、実際には海洋のあらゆる生物が複雑に絡み合い、「食物連鎖」というよりも「食物ネットワーク」といった方が適切なほどダイナミックな関係にある。

水産庁調査でわかったこと

 福島原発事故後、日本の政府機関の中では水産庁が比較的熱心な調査を行っている。その調査結果を見ても、水産物の複雑でダイナミックな「食物ネットワーク」が窺える。たとえば、福島県沖や茨城県沖で採取された「いかなご」や「しらす」が、きわめて高いセシウム濃度を示しているのはこれら魚が海のごく表層を生息域としているため、降下してきたセシウムや福島第原発から直接放出された汚染水に汚染された、と説明がつく。(「各都道府県等における水産物放射性物質調査結果」<http://www.inaco.co.jp/isaac/kanren/24.html#6>のエクセル版で、試料番号37、96、100、122、177、178などを参照のこと)

 しかし、福島県久慈川の「あゆ」や北塩原村(桧原湖)の「わかさぎ」が高い濃度を示しているのはなぜか?(試料番号264、269などを参照のこと)単純に放射能に汚染された雨水が河川に流れ込み、それが「あゆ」や「わかさぎ」を汚染したと考えて良いのか?そうだとすれば、これら汚染はほかの生態系にどんな影響を与えているのか?あるいは「あゆ」や「わかさぎ」には特有の生態環境があるのか?

 事故後1年以上も経過して、福島県沖のみならず、岩手県沖、宮城県沖、茨城県沖、千葉県沖で採取された試料は軒並みセシウム137に汚染されている。しかも海の表層だけでなく、生息域が中層の魚まで広がっている。これはさらに低層へと拡散していくのであろうか?(前出エクセル版で、「2012年4月2日から2012年5月8日」を参照のこと。)

 この調査は東日本のみであるが、ほかの海域には広がっていないのであろうか?たとえば「水産総合研究センターによる水産物ストロンチウム調査結果」(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/pdf/genpatu/suisansouzoukenkyucenter_chousa_Sr.pdf>を参照のこと。)を見ると、この表に出てくる魚は「マイワシ」、「カタクチイワシ」、「ゴマサバ」など相当広範囲を移動する回遊魚を含んでいる。しかも予想されたことではあるが、これら魚の中には、「ストロンチウム90」を検出しはじめている。

 ともかく海・河川の食物ネットワークはわからないことが多すぎる。現在魚の放射能汚染の上限値は100Bqであるが、これまで述べて来たように100Bqは汚染の上限値であっても下限値ではない。つまり安全値ではないのだ。ましてや熊谷の質問に出た海底の「二枚貝」などは、どういう生態をとっていて、それが海底の放射能汚染とそのような関係にあるのか、ほとんどしられていない。つまりはこの質問に対して今だれも科学的に答えようがないのだ。

松原の学術的傲慢さ

 ところが、この質問を受けた松原純子は次のように答えている。

そうですね、私は昔、ルテニウム、セリウムとか、そんなのもやりましたが、確かに入りますけれども、生物学的な活性というのが余りないために、何か自浄作用で出してしまうというか、チェルノブイリの報告では相当プルトニウムの汚染はあっても、汚染はセシウムやヨードとは違って限局されている。重いために広がらないということと、それからそこに存在するプルトニウム、ウラニウム等の重い元素は植物に利用されにくいというか、アベイラビリティ(ここは環境への浸透性という意味で使っているのだろう)が低い元素であるために影響が少ないというふうに書いてあるのですが。』

 熊谷の質問には全く答えていないのだが、そのことは別として、ここに示されている松原の「非科学性」・「学術的傲慢さ」について指摘しておきたい。熊谷の質問は、二枚貝は放射能汚染の恐れはないか、というものだった。これに答えるには、少なくとも放射線生態学の観点から答えなければならない。ところが松原は放射性物質の性質から答えている。あるいは、答えようとしている。これが、松原に限らないが、ICRP派の学者・研究者の大きな特徴である。つまり、彼らには「自分たちは放射線、放射性物質、放射線医学の専門家だ」という強烈な意識がある。それは構わないのだが、すべての問題に対して、自分たちの立場「放射線・放射性物質・核物理」の立場から解釈し答えを出せると思っている、その非科学的傲慢さは大きな特徴である。

 彼らの多くは分子生物学や生態学(エコロジー)についてはシロウト同然である。にも関わらず、分子生物学(特に細胞に関わる科学)や生態学と大きく交わった問題についても、自ら解答を出し、それが正しいと主張する。たとえば、松原はこの講演で、次のように言っている。

食べ物というものは結構放射線障害の防護に、私は関係があると思います。食べ物の中には抗酸化性物質といって抗酸化作用のある物質がたくさんあるわけですけれども、放射線障害は原則的には酸化というか、そういった役割をするのですね。・・・そういったメタロチオネインをたくさん作るような食品というのは、金属を含むような、メタルを含むような、ミネラルの多い食品が非常にそういった、抗酸化性の物質を体につくることができます。そういうことで、私は保安院とか関係者に訴えました。つまり今度の作業者で、いろいろと被ばくを承知で作業している人がいるわけで、そういう人にはなるべく亜鉛性剤を与えるとか、あるいは食品の中で、カキとかヒジキ、ノリなど、こういったものは非常に亜鉛が多いし、総合ビタミン剤を与えてほしいと。これからの時代は自身が守るということも大切なのではないか。同時に、チオールとかそういう抗酸化性のある食品や薬剤もあるわけですから、非常にはっきりと被ばくがわかっている人にはそういったものをいろいろ手配するのもよろしいのではないかと、個人的には思っています。・・・セシウムは魚肉や海藻への濃縮は低く遅いのだが、ウニやエビは高い。というのは、セシウムは非常に水に溶けやすいのですね。それで、小さくて恐縮ですが、たしかこれ海草とか魚、これは魚肉ですね、魚肉の場合は濃縮係数は高くても1 か0.幾らなのですね。大したことない。ところがウニとかエビとか内臓とかそういうものになるとガッと高くなりますので、食べるものを注意するということが大事だと思います。』(議事録p16-p18を抜粋引用)

少なくとも5種類に分類できる放射線の細胞影響

 電離放射線の標的は細胞である。細胞に様々な電離作用を及ぼし、細胞に突然変異をおこしたり、あるいは大量の細胞死をもたすことが根本的な「放射線障害」の原因因子である。その過程の中では当然のこと、酸化(老化)も含まれている。こうした電離放射線の細胞に及ぼす影響は少なくとも次の5種類に分類できる。

1. DNA などの重要な分子(critical molecules)の直接的電離。これは転位や破壊あるいは変質をもたらす。
2. フリーラジカル(電離の結果イオン化し、不安定に動き回る原子や分子)や、移動性溶媒によるイオン形成を通じた、DNA などの重要な分子の間接的な破壊や変質。
3. 光電子の生成を通じた電離作用の促進をもたらす高い原子番号を持つ汚染物質による、自然(あるいは医療用の)ガンマ線やX 線等の光子放射線の吸収増強。
4. 化学結合や水素結合を担っていた放射性同位元素の核壊変による元素転換を通じての、重要な分子の直接的な破壊あるいは変質。
5. ゲノム不安定性(genomic instability)やバイスタンダー効果(bystander effect)、誘導修復効率(induced repair efficiency)のような、細胞間の信号処理過程の変化をもたらす遺伝子機能変化を通じての、細胞遺伝子の間接的な変質。

(ECRR2010年勧告 第9章2節 日本語テキストp82。詳細な説明は以下を参照のこと。「電離放射線はなぜ危険か?:ゲノム不安定性とバイスタンダー効果」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/hiroshima_nagasaki/fukushima/ECRR_sankou_12.html>

 ところが、「電離放射線の人体への影響」に関する松原の理解は、細胞レベルの理解ではなく、臓器・器官レベルの理解である。だから、『金属を含むような、メタルを含むような、ミネラルの多い食品が非常にそういった、抗酸化性の物質を体につくることができ』るから、放射線に対して有効だなどという前近代的な人体観のもとに放射線防護を考えている。

 また「セシウムの電離放射線としての毒性」を水に溶ける(水溶性)であるところに原因をもとめ、セシウム137が細胞レベルでそのような作用を行い、その攻撃を受けた細胞で構成される臓器や器官がどのようなダメージを受けるか、などいう観点は全くない。だから説明が科学者というより民間療法家(俗流療法)の説明に似た、非常に経験的な説明に終始することになる。また生態学的観点は全くない。

核物理学的世界観ではなにも説明しない

 松原は放射線や放射性物質については、専門家かもしれないが、そのほかの分野は全く素人同然だ。ところが、実際に「放射線障害」は、放射線や放射性物質など核物理学的観点からだけでは解明できない。人体、特に細胞と細胞間コミュニケーションに関する深い理解や環境や生態に関する深い理解などが必要となる。松原に限らないがICRP系の科学者や研究者は「放射線障害」を核物理の観点からだけ眺めようとする。だから、「1mSvの被曝では10万人に5人の確率でがんや白血病を発症する。(ICRPの線量線量率係数を考慮しない場合)」などとおよそ現実的にはおこりそうにないことを述べている。

 ここで扱われる「ヒト」はまるで、個体差、年齢差、放射線感受性の差、男女差など人間一人一人の放射線に対する違いを無視したロボットのような存在だ。これは機械的核物理論であっても、科学ではない。

 さて、『海底に生息している二枚貝とか、そういうところに蓄積されるということはないのでしょうか。』という食品安全委員会委員・熊谷進の質問に対して科学的に答えることはことほどさようにむつかしい。その質問が、水産物が含む放射性物質の人体に対する影響を念頭に置いた質問だからだ。しかし過去に起こった事例からこの質問に答える手がかりが全くないのかというとそうでもない。

 それは、このシリーズの「その③ それは宗教的信念ではあっても科学ではない」でも触れた、「ウィンズケール核施設事故」などによるアイリッシュ海の放射能汚染である。

ウィンズケール核事故

 イギリスほぼ中部、アイルランドを対岸にのぞむアイリッシュ海に面した西カンブリア州のウィンズケールに、兵器級プルトニウムを生産するウィンズケール原子力工場(現セラフィールド核燃料再処理工場)があった。この兵器級プルトニウム工場で1957年10月10日大火災が発生した。

 この事故は世界初レベルの原子炉重大事故となった。原子炉2基の炉心で黒鉛(炭素製)減速材の過熱により火災が発生、16時間燃え続け、多量の放射性物質を外部に放出した。この事故の実態は当時のマクミラン政権が極秘にしていたが、30年後に公開された。なお、この調査と公開のきっかけとなったのが、地元テレビ局の勇気ある報道である。ウィンズケール核施設(現セラフィールド)のすぐ近くの村、シースケールで小児白血病が多発している実態を報道したのである。なお、この原子炉2基は現在でも危険な状態である。この時大量の放射能がアイリッシュ海に流れ、汚染された。

 日本語ウィキペディア「セラフィールド」は「ヨウ素131」が約2万キュリー放出されたと書いている。2万キュリーは20000×3.7×1010Bq、すなわち740兆Bqである。ECRR2010年勧告は830兆Bqとしている。(第11章3節「核事故」の表11.2 日本語テキスト p6)

 ちなみにこのECRR2010年勧告は、1979年の「スリーマイル島核事故」での放出量を566ペタBq、すなわち56京6000兆Bqとし、1986年の「チェルノブイリ核事故」を2088ペタBq、すなわち208京8000兆Bqとしている。(なお、スリーマイル島事故はほとんどが気体の放出で粒子の放出はなかった)

 どちらにしてもウィンズケール事故での放射能放出量は、スリーマイル島、チェルノブイリ、フクシマとは比べものにならないほど小さい量だった、ということになる。

 ところがこのウィンズケール核施設はその後、兵器級プルトニウムの生産は停止したものの、セラフィールド核燃料再処理工場と衣替えして操業を続けている。ここで放出する放射能も引き続きアイリッシュ海を汚染し続けることになった。(なおセラフィールド核燃料再処理工場の最大のお得意さんは日本の中部電力浜岡原発であり、その浜岡原発が閉鎖されることになると、セラフィールドは顧客ゼロとなって立ちゆかなくなることは、前掲その③の記事で見たとおりである。)

 以下にセラフィールド核燃料再処理工場の位置とアイリッシュ海を挟んだ地理関係を示しておく。

 アイリッシュ海を挟んだイギリスとアイルランドの位置関係。(イギリス・大ブリテン島中央にあるバルーン矢印の位置がセラフィールド核燃料再処理工場。そのすぐ沖合にマン島が見える)


上図の拡大図。(ピンクの網に囲まれた地域がカンブリア地域。その海側ほぼ半分が西カンブリア州。伝統的なウェールズ地方で、特に海沿いはイギリスでももっとも開発の遅れた貧しい地域)
赤い囲い内にセラフィールド核燃料再処理工場と小児白血病の多発が確認されたシースケール村がある。直線で4kmとは離れていない。

スビーとカトーの研究

 イギリスの物理化学者、クリストファー・バスビー(Christopher Busby)や同じくイギリスの社会学者モリー・スコット・カトー(Molly Scott Cato)らは、ウェールズにおける1974年から90年のがん発生率とアイルランドにおける1994年から96年のがん発生率を調べた。

 バスビーは長い間イギリスにおける小児白血病発生の研究にたずさわり、「低レベル電離放射線の人体への影響」に関して注意を喚起してきた人物である。欧州放射線リスク委員会(ECRR)の科学幹事でもある。カトーは、セラフィールド再処理工場の地元、ウェールズ地方の出身で、イギリスおよびウェールズ緑の党の有力メンバーでもある。(英語ウィキペディア<Molly Scott Cato>参照のこと)こういう言い方が許されるならチャキチャキのウェールズ人である。

写真はモリー・スコット・カトー。「英国緑の党」のサイトから引用。(<http://www.greenparty.org.uk/people/molly-scott-cato.html>)このサイトではカトーを「緑の経済学者」(グリーン・エコノミスト)、社会経済学の専門家、として紹介してある。

 その研究のポイントは放射能に汚染された海の近くに住む効果を調べるためであった。そしていくつかの発見をしたという。この後はECRR2010年勧告「第11章2節 アイリッシュ海とほかの汚染された沿岸サイトについての最近の研究」から引用する。

(セラフィールド核施設のある)ウェールズに対しては、彼らは以下のことを見出した。

ほとんどのがんについてそれが発症するリスクが、海岸近くで急速に高くなっている。
その増加は、海岸に最も近い800 m の細長い範囲で最大となる。
セラフィールドからの放射性物質が最も高いレベルで測定されてきている、潮汐エネルギーの低い地域の近くで、その増加は最大である。
その効果はその期間全体にわたって増大しており、1970 年代半ばのセラフィールドからの放射能放出のピークに、約5年遅れで追随している。

その期間の終了時までに、放射能で汚染された沖合の泥の堆積物に近い北ウェールズのいくつかの小さな町における小児の脳腫瘍や白血病のリスクは、国内平均の5倍以上であった 。』

アイルランドでの影響

 一方アイルランドについては以下の発見をした。なおアイルランドについては、すべての種類の「がん」についてのデータだけを使った。

その影響は、(アイリッシュ海に面した)東海岸には存在するが、(面していない)南あるいは西海岸には存在しない。
その影響は、女性に対しては存在したが、男性に対しては弱いか、もしくは存在が認められなかった。
1957 年のウィンズケール原子炉火災事故時の前後に生まれた男女双方ともに、強いコホート効果が存在した。』

 コホート(cohort)というのは、「研究対象集団」という意味である。従ってコホート効果があった、とは参照集団に比べて研究対象集団には有意な効果があったということになる。

 さらに彼らは、アイルランドの一地方、カーリングフォードを詳細に調べた。その地域の一般開業医からデータの提供を受けて、1960年から86年までの白血病と脳腫瘍の過剰発生を確認することができたという。

 カーリングフォードはイギリス領北アイルランドとアイルランドのちょうど境界線近くにある人口1000人足らずの小さな港町である。セラフィールド核再処理工場とはマン島を挟んでちょうど対岸にある感じである。

 左はカーリングフォードの位置図。右はカーリングフォードの近辺図(ピンクで囲まれた地域)

 そしてECRR2010年勧告は次のように書いている。

また、彼らはアンケート調査をその地域において実施し、海からの100 m くらいの距離に海岸効果(sea coast effect)が存在することを明らかにした。海岸から100 m 以内に住む人々は、1000 m 以上離れて住む人々よりも、がんを発症する確率がおよそ4倍高くなっていた。』(前出同 p5)

 こうした一連の傾向は一体何に起因するのであろうか?この研究グループは海岸線の海側に堆積した放射性物質が、潮の満ち引きで陸側に移送するのではないか、と考えている。

潮間(高潮位と低潮位との間の海岸)の堆積物に捕獲された放射性物質の海から陸への移送がその効果の原因であると考えている。この過程は1980 年代半ばまでに発見され、十分に記述されている。

海からの距離に伴うプルトニウムの傾向は、塩化ナトリウム(要するに塩)の浸透に見られる傾向と似ており、最初の1 km にある空気中で濃度が急速に高くなっているのが示されている。英国においては、プルトニウムが国土全体にわたって羊の糞便の中から測定されてきており、1980 年代に測定されたところでは、牧草地におけるその濃度は、セラフィールドからの距離との間に顕著な傾向を示している。プルトニウムは全く同じ傾向で、子供の乳歯においても測定されてきており、英国全域からの検死標本体においても見つかってきている。レベルは肺から排液する気管支リンパ節(TBN)において最も高くなる。肺に入った直径約1 ミクロンの粒子は、そのリンパ節やリンパ系に移動し、原理的には、身体のあらゆる部位に届くことができる。』(前出同 p5)

 残念ながら、この研究も「魚を食べる習慣」と内部被曝との関係にまでは踏み込んでいない。しかしながら、放射能に汚染された海岸線地域と「がん」、「脳腫瘍」、「白血病」の関係についてはほぼ有意な相関関係があると見て間違いないようだ。

参照されたバスビーの研究

 実は、食品安全委員会の食品安全評価ワーキンググループの専門委員の中にも、『放射能に汚染された海岸線地域と「がん」、「脳腫瘍」、「白血病」の関係についてはほぼ有意な相関関係』に注目した委員もいた。

 この1回目のWG会合の後、4回目の会合はヨウ素、セシウム、ストロンチウムの健康影響に焦点を当てた会合だったが、事前に専門委員の遠山千春(東京大学大学院 医学系研究科・教授)から、「小児白血病関連論文一覧」が提出されており、その中にバスビーの研究が2本入っていた。

 そのうちの1本は“Is there a sea coast effect on childhood luekaemia in Dumfies and Galloway, Scotland”(「スコットランドのダムフリーズとギャロウエイでの小児白血病で海岸効果は存在するか」)と題する論文で2008年に発表している。場所は先ほど引用したアイリッシュ海ではなく、北部スコットランドの核施設について調べたものだが、同様な海岸効果を見いだしている。またバスビーらはこの後、ヒンクリーポイント原発や東海岸にあるブラッドウェル原発近くでも同なような調査を行い、やはり海岸効果を見いだしている。

 またこの遠山の「小児白血病関連論文一覧」の中に入っているもう1本のバスビーの論文“Very low dose fetal exposure to Chernobyl contamination resulted in increases in infant leukemia in Europe and raises questions about current radiation risk models”(「ヨーロッパにおける幼児白血病増加を招来したチェルノブイリ汚染に対する極低線量胎児被曝と現在の放射線リスクモデルに関する問題提起」)は、このWGでも低からぬ評価を受けた。

 このWGのための参考文献として、事務局からもまたICRP派学者・研究者からも夥しい本数の参考文献が提出されたが、そうした参考文献の信頼性を第8回会合で、「○」、「△」、「×」式で信頼性評価を行っている。第8回会合で提出された「低線量におけるヒトへの影響への知見の検討」がそれだ。この表では、結局51本の論文や報告が評価されているが、バスビーの当該論文は「△」の評価を受けている。(論文番号18番参照のこと)

 バスビーの先の論文ではICRPの放射線リスクモデルを徹底的に批判しているが、その内容には、専門委員の間でも一定の説得力があったということだろう。

今なお使われる「ABCC研究」(LSS)

 しかしながら、こうした論文が食品安全委員会の「リスク評価書」に何らかの影響をあたえたかというと全くその痕跡はない。第9回WGでは早々と「評価書(案)食品中に含まれる放射性物質」が提出されているが、その評価書の基本に使われた文献は結局3本で、

インドの高線量地域での累積吸収線量500 mGy強において発がんリスクの増加がみられなかったことを報告している文献(Nair et al. 2009)

広島・長崎の被爆者における固形がんによる死亡の過剰相対リスクについて、被ばく線量0~125 mSvの群で線量反応関係においての有意な直線性が認められたが、被ばく線量0~100 mSv の群では有意な相関が認められなかったことを報告している文献 (Preston et al. 2003)

広島・長崎の被爆者における白血病による死亡の推定相対リスクについて、対照(0 Gy)群と比較した場合、臓器吸収線量0.2 Gy以上で統計学的に有意に上昇したが、0.2 Gy満では有意差はなかったことを報告している文献(Shimizu et al. 1988)(同評価書案 p9参照のこと)

であった。

 なんのことはない。2012年の食品安全委員会の放射線リスク評価の基礎に、広島・長崎の原爆被爆者寿命調査(LSS)の結果が今なおかつ使われているのである。

遠山の質問の意味

 その遠山千春は、松原純子の講義に関して次のような質問を出している。

チェルノブイリとの比較でもあるのですが、白血病の件に関しては、先生も御承知だと思いますが、疫学的なメタアナリシスとして二百数十万人の子どもたち、トータルですが、メタアナリシスとして、UK とドイツと、あとどこでしたか、ギリシャですか、そうしたものを集めてみると、やはり有意に白血病が増えているというふうに主張している研究者もいますよね。ですから、その辺、これからこの委員会でちゃんと僕は精査するべきだというふうには一応思いますが、もし何かお考えがあれば教えていただきたいと思います』

 これは講義の中で、松原が、

そんなことで、甲状腺の子どもの被ばく線量ですけれども、甲状腺の線量が1 Gy 以上という高い被ばくをした子がウクライナで2,000 人、それからベラルーシで3,000 人以上おります。こういう子どもの中から甲状腺癌が発生しているのではないかと思います。そういうことで、チェルノブイリの蓄積の人への影響というのは結局は28+19 人の死亡があったということと、4,800 人の甲状腺癌が出たということです。』(同議事録 p16)

 と述べ、2012年になってこれほど大量のチェルノブイリ報告がなされている今になっても、1986年の事故直後IAEAが秘密理事会で事故を徹底的に過少評価したときの公表数字を若干手直しをした「被害報告」を堂々と行っている松原に対する批判とも受け取れる内容だ。

 かといって、遠山をICRP学説に批判的だと考えてはならない。その遠山にしたところで、「低線量被曝のエンド・ポイント」(疾病の最終的終着点)は「がん」と「白血病」だけと考えていることには変わりはない。

 しかしそれにしても、チェルノブイリ事故での健康損傷を徹底的に過少評価するところからは、「フクシマ放射能危機」に対応する食品汚染影響評価はできない、と考えていることもまた確かだ。

 これに対する松原の答え。

それは白血病のほうは、実は私チェルノブイリの影響調査研究をここ数年間にわたってJNES さんの委託で毎年やっていまして、やはり報告はWHO とか国際機関の報告書が多いのでございますけれども、その結果、やはりギリシャとかドイツの一部でそういった白血病が出たという話が出たけれども、詳しく基礎の文献を当たって調べてみると、非常に信憑性に乏しいデータであったり、不確実であるということで、白血病の増加はそういうところのデータからは信じがたいという、そういう結論だったように思います。』(同 p20)

WHO報告の信憑性

 ここで松原が言っていることは、チェルノブイリ影響調査を独立行政法人・原子力安全基盤機構(JNES)の委託研究で行ってきた、それはWHOなどの国際機関の報告で調べた、詳しく基礎の文献を当たってみたが、ギリシャ、ドイツなどでのチェルノブイリ事故での白血病増加は信じがたい、ということだ。

 しかし本当にそうか?松原はこの講義の中でもしばしばWHOを引き合いに出している。恐らくは国際的な原発推進機関IAEA(国際原子力機関)の名前を出すよりも、世界保健機関(WHO)を出す方が中立的な響きがあり、より公平・客観的な体裁が取れると判断してのことであろう。

 しかし、こと放射線の影響評価ということになると、WHOは全く独自の調査研究が行えず、リスク評価も自前では行えないことになっている、ことは今や日本でも常識化しつつある。つまりはこと放射線の人体影響に関する限り「WHOはIAEAに従属」しているのだ。

 国際原子力機関(IAEA)と世界保健機構(WHO)は、1959年に合意書を取り交わした。この合意書は同年5月8日、第12回世界保健総会において批准されて発効した。
(WHA12-40 <http://apps.who.int/gb/bd/PDF/bd47/EN/agreements-with-other-inter-en.pdf>)

 この協定は、IAEAとWHOが放射能問題で対等の立場で協力するかのような文面に見える。しかし第1条「協力と協議」の第3項に次のような文面が差し込まれている。
(上記文書で“AGREEMENT BETWEEN THE INTERNATIONAL ATOMIC ENERGY AGENCY AND THE WORLD HEALTH ORGANIZATION”と表題のついている合意書の“Article I – Co-operation and Consultation”の第3項を参照のこと)

3. “ Whenever either organization proposes to initiate a programme or activity on a subject in which the other organization has or may have a substantial interest, the first party shall consult the other with a view to adjusting the matter by mutual agreement."

 一方が、他方にとって多大な関心事である分野での、計画または活動を企てようとするたびごとに、前者(WHO)は後者(IAEA)に諮り、共通の合意において問題を処理するものとする。』
(日本語訳はミシェル・フェルネックスら著『終わりのない惨劇』竹内雅文訳 緑風出版 2012年3月31日 第1刷発行 附録資料「国際原子力機関と世界保健機関との間の合意書」p206から引用)

 つまりWHOは、放射能や放射線問題に関するありとあらゆる「計画」や「活動」について、ことごとくIAEAに相談しその了解を得なければならないことになる。逆にIAEAは事前にWHOに相談しなくてもいいわけだから、これはWHOがその独立性を放棄し、IAEAに従属することを意味する。

 また、第3条「情報および資料の交換」の第2項に次のような項目もある。

国際原子力機関の事務局と世界保健機関の事務局とは、ある種の資料の機密性が保たれるために必要な手段が取られるという条件付きで、双方にとって関心事となりうる、あらゆる企画や計画について相互に承知しておくものとする。』(同 p208)

 国際原子力機関(IAEA)が世界的な原発推進機関であることを考えると、「資料の機密性」とは、「原発推進にとって不都合な真実を示す資料」と解釈しても差し支えない。チェルノブイリ事故の時には、先ほどの第1条第3項の項目とあいまってこの第3条第2項が大いに効力を発揮し、WHOの見解はすべてIAEAの見解や分析、調査結果を踏襲するということになった。

 (元WHOの高級職員であり、優れた医学者でもあるミシェル・フェルネックスの活動と、IAEAや各国政府によるチェルノブイリ事故の影響の過少評価あるいはウソについてはきわめて興味ある、しかもフクシマ放射能危機を念頭におけば、私たちにとってきわめて重大な問題なのだが、今はふれないで先を急ぐ。)

 従ってここで松原が『やはり報告はWHO とか国際機関の報告書が多いのでございますけれども』と言ってみても、それはIAEAやICRPなどの「国際核利益共同体」が、自分たちに都合のいいように過少評価(あるいは時にはあからさまなウソ)を盛り込んだ報告に過ぎない。

(以下その⑤)