【参考資料】原子力規制委員会 2014.2.23

<参考資料> 原子力規制委員会 平成24年度第7回会合
          −市民にさらなる苛酷な被曝を迫る原子力規制委員会


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 2012年10月といえば、原子力規制委員会が2012年9月に発足してすでに2か月近く経過する。事実上旧経済産業省原子力・安全保安院のスタッフと業務を引き継いで、規制委は精力的に業務をこなしていた。しかし精力的に業務をこなせばこなすほど、日本における『核』産業利用・商業利用を推進する『エンジン』という基本的性格、世界の核利益共同体の日本における忠実な『しもべ』という本質をますますはっきりさせていく。

 フクシマ原発事故で日本の核推進勢力は、大きな危機感をもつ。その危機感とは「このまま状態を放置すれば、原発など核施設の居場所は日本にはなくなる、長期的生き残りを図ろうとすれば、原子力規制行政をもっとオープンにして、情報公開を進め、国民の理解と信頼を得なければならない、そして国民の賛同と共に原発推進、核推進を進めなければならない。そのためには原子力規制行政を国際標準に引き上げなければならない」というものだった。この時から、旧態依然たる電力会社や保守勢力が進めてきた「原発安全神話派」と「国際標準派」の、日本における核推進路線をめぐる対立とバトルが始まった、といえよう。

 そして(今にして思えば)、「はじめに、原子力の平和利用を先頭だって進めてきた者として今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝いたします」ではじまる『2011年3月30日 原子力専門家の緊急提言』は、当面するフクシマ事故への直接の危機感の表明だった、と同時に、日本の核産業の将来に対する危機感の表明だった、といえよう。この緊急声明は続けて次のようにいう。

私たちは、事故の発生当初から速やかな事故の収束を願いつつ、事故の推移を固唾を飲んで見守ってきた。しかし、事態は次々と悪化し、今日に至るも事故を収束させる見通しが得られていない状況である。既に、各原子炉や使用済み燃料プールの燃料の多くは、破損あるいは溶融し、燃料内の厖大な放射性物質は、圧力容器や格納容器内に拡散・分布し、その一部は環境に放出され、現在も放出され続けている」

 的確な情勢分析だったし、この情勢分析は現在も基本的に変わらない。彼らの困難な仕事は、フクシマ原発事故を目の辺りに見た日本の国民の信頼をいかに回復し、日本で核産業を延命させるか、であった。そういう目でこの『緊急声明』を今読んでみると、「国際標準派」の「安全神話派」に対する宣戦布告だ、と読めないこともない。

 フクシマ事故後、否応なしに「国際標準派」は、日本の核推進主流派となった、ならざるをえなかった。そして「ソフト路線」がはじまった。そのソフト路線は、しかしやはり核推進派である。核推進派の生命線は「放射能安全神話」である。放射能安全神話が崩れれば、日本には、常に環境に放射能を出し続ける核施設の居場所はなくなってしまう。今は、経済活性化のためにと原発や核施設の稼働を熱望する一部の“地元”もいっぺんにその熱が冷めてしまうに違いない。命や健康と引き替えの“金”になどなんの価値もないからだ。

 こうしたもっとも重要な問題は、原発再稼働のための「新規制基準作り」と共に、原子力規制委員会が真っ先に手をつけておかねばならない。それが「原子力災害対策指針」作りである。原子力災害対策指針の根幹は苛酷事故が再び発生した場合に備えて、というのは「原発安全神話派」と違って「国際標準派」は、フクシマ、チェルノブイリ事故並の苛酷事故は常に起こりうるものと措定しているからだが、そしてそれは現実を認めた対応でもあるのだが、避難が必要な事態の基準、すなわち避難基準とそれに基づく避難範囲を定めておかなければならない。すでにたとえば、アメリカでは、原子炉内で溶融事故が発生した場合、原発から50マイル圏(約80km圏)を避難させると決めている。

 2012年10月24日水曜日、原子力規制委員会は平成24年度第7回委員会を開催した。この日の議事次第を見ると、
(1) 新たな原子力安全規制制度の整備について
(2) 原子力災害対策指針(素案)について
(3) 放射性物質の拡散シミュレーションの試算結果について
(4) 緊急派遣訓練における委員の指摘の対応について
(5) 地震・津波関係設計基準の策定について
と5つの議題があるように見える。

 しかし眼目は(2)の『原子力災害対策指針』にあることは明らかだ。『新原子力安全規制整備』についてはまだ事務方(原子力規制庁)の粗ごなしの段階で、これから国際原子力機関(IAEA)の安全基準(Safety Standard)を日本国内向けに『翻訳』したり、アメリカの原子力規制委員会(Nuclear Regulatory Commission−NRC)やフランスの原子力安全・放射線防護総局(DGSNR)など『核施設規制先進国』の規制の実情を学ばねばならない。現実にこの日5人の原子力規制委員の一人、大島賢三(外務省出身)は欧米出張のため委員会を欠席している。出張の目的は、アメリカ、フランス、イギリスの規制機関やIAEAとの意見交換、情報収集、協力の取り付けが目的だった。『新原子力安全規制整備』の指針については来年(2013年)7月の公布・施行へ向けて準備中ではあるがまだ煮えていない。

 一方、『原子力災害対策指針』策定を急ぐ理由がある。核施設立地地元自治体が独自に原子力災害防災計画を作る必要があり、地元自治体の原子力防災計画(その中心は避難計画にある)の整備が原発再稼働の条件のひとつになっているからだ。この防災計画作りには相当時間がかかると見ているのだろう。そうしてみると上記議題の(3)も(4)も防災計画がらみと考えることができる。

 ここにあげた資料はできればすべて目を通すべきだが、読むだけでもまとまった時間がかかる。それでも会議議事録は読んでおくべきだと思う。A4版で26枚だから気持ちのせく方は、黄色のマット部分のとばし読みでも構わない。現在の原子力災害対策指針に対する理解が進むと思う。同時に定例会合後の委員長定例記者会見速記録(同21枚)も有益だ。

当日議事録から一部引用をしておく。話題はフクシマ事故並の苛酷事故が発生した場合の、放射性物質拡散シミュレーションと避難基準の話である。

○金子原子力防災課長
・・・影響の大きさをあらわす尺度といたしまして、1つはIAEA(国際原子力機関)が設定をしております急性の被ばくです。いわゆる確定的影響を避けなければならない基準として用いられております、10時間で1グレイという、臓器の被ばく線量を1つの目安にいたします。これが地域防災計画を設定していただきますときのPAZ(予防的防護措置を準備する区域)、予防的にすぐに避難をしなければいけない地域を考える際の参考にしていただけるレベルと考えて、そのような基準を設定いたしました。これが1つです」(議事録14頁)

 原子力規制委員会が、核災害での避難の基準を「10時間で1グレイ」というIAEAが定める「確定的影響」の目安を一つの基準候補として考えていることがこれでわかる。IAEAの定める目安の根拠は、もちろんICRPの勧告である。ICRPの勧告は、ABCC=放影研が永年続けている広島・長崎の原爆被爆者寿命調査(LSS)研究が基になっている。この研究は、急性外部被曝影響に関する研究で、低線量内部被曝はなかったものとして成立している。10時間で1グレイは、1時間で100ミリグレイの吸収線量で臓器が受ける放射線影響の度合いのことであり、線量の単位は「等価線量」である。

 金子は次のように続ける。
もう1つの評価は、7日間で100ミリシーベルトの実効線量の被ばくになるという基準がございます。これもIAEAの基準で示しております、避難が必要になる基準でございます」

 金子の示すもう一つの選択肢は、やはりIAEAのいう全身が受ける放射線影響の度合い、すなわち実効線量の単位で、100ミリシーベルト(1週間被曝線量)を避難の基準としてはどうか、というものだ。

 等価線量で10時間1シーベルトにしても、実効線量で1週間100ミリシーベルトの被曝線量にしてもこれ以上は、ICRPのいう「確率的影響」のレベルではない。確定的影響、すなわち急性放射線被曝症状の出てくる領域になってくる。

 法律の定める「公衆の被曝線量年間1ミリシーベルト(これは全身の受ける影響度合いを表す実効線量が単位)が上限」という数字とここで議論されている避難基準の実効線量と比べてみよ。またドイツ放射線防護令が定める「公衆の被曝線量年間0.3ミリシーベルトが上限」と比べてみよ。また欧州放射線リスク委員会(ECRR)が勧告する「公衆の被曝線量年間0.1ミリシーベルト」と比べてみよ。またチェルノブイリ事故の時の避難基準5ミリシーベルト、フクシマ事故時の避難基準20ミリシーベルト(いずれもICRPの定義する実効線量)と比べてみよ。

 これが同じ日本人による「放射線被曝避難基準」に関する議論かと思うほど苛酷な基準である。「汝ら臣民、被曝で死ね」というに等しい。

 チェルノブイリ事故の教訓に学び、国際核利益共同体はICRPに避難基準を改めさせ、核災害「緊急時被曝状況」をつくり出し、緊急時には100ミリシーベルトを公衆の被曝線量の上限に引き上げた。100倍の引き上げである。フクシマ事故時にはこのICRPの勧告に基づき、20ミリシーベルトを当時の民主党政権は避難基準とした。今回の「原子力災害対策指針」では、今度はICRP勧告の上限である100ミリシーベルトを避難基準としようというのである。

 この議論は実際には、避難基準1週間約50ミリシーベルトで落ち着いた。それが2013年9月5日に施行された「原子力災害対策指針」に盛り込まれた避難基準である。ただし、この避難基準を、チェルノブイリ事故やフクシマ事故の時の避難基準と直接比較されることを嫌い、実効線量で表現することを避けた。それが即時避難基準「毎時500マイクロシーベルト」である。これは空間線量率での表記になっている。毎時500マイクロシーベルトは定められた計算方式に従って計算すると、「1週間の被曝実効線量約50ミリシーベルト」となるのである。

 フクシマ事故を上回るさらなる苛酷な被曝を市民に迫る原子力規制委員会である。

平成24年度第7回原子力規制委員会 『議事次第』
  同 『新たな原子力安全規制制度の整備について(案)』
  同 『新たな原子力安全規制制度の概要』
  同 『原子力災害対策指針(素案)』
  同 『放射性物質の拡散シミュレーションの試算結果について』
  同 『放射性物質の拡散シミュレーションの試算結果』
  同 『緊急派遣訓練における委員の指摘への対応について(案)』
  同 『平成24年度第7回原子力規制委員会 議事録』
  同 『定例会合後の委員長定例記者会見 速記録』(2012年10月24日)