【参考資料】トリチウム 2013.5.14

トリチウムについて その@


 

 以下は私の勉強のための記述である。

 トリチウムとはいったい何だろうか?イギリスの科学者、イアン・フェアリーは2007年6月、カナダ・グリーンピースの求めに応じて作成した報告書『トリチウム危険報告:カナダの核施設からの環境汚染と放射線リスク』(“Tritium Hazard Report: Pollution and Radiation Risk from Canadian Nuclear Facilities”)を発表した。この報告の第1章「はじめに」が「トリチウムとは何か?」という表題ではじまっている。フェアリーの報告を手がかりにして、トリチウムについて理解を深めてみたい。
(以下フェアリーの記事の引用部分はすべて「」で括っている。<>は原文カッコ内記述である。)
 

トリチウムは水素の同位体である。水素はもっとも小さくもっとも軽い元素である。トリチウムの物理的半減期は12.3年で、安定した同位体であるヘリウム<3He>に壞変する。その際β粒子(そしてニュートリノも)を放出する。トリチウム粒子の最大崩壊エネルギーは18.6keVであり平均のエネルギーは5.7 keVである。飛程距離は短く空中では精々数cm、水の中では0.9μm(ミクロン)、体の組織内では0.6ミクロンである。これはトリチウムは外部被曝の場合全く無害であるが、内部被曝の場合害の危険がある、ということを意味している。内部被曝は呼吸、食品や水の取り込み(ingest)あるいは皮膚を通じての吸収(absorb)で発生する。」
 
<原文出典>
『トリチウム危険報告:カナダの核施設からの環境汚染と放射線リスク』2007年6月
“Tritium Hazard Report: Pollution and Radiation Risk from Canadian Nuclear Facilities ”

(上記タイトルを検索語にするとカナダ・オンタリオ州政府『飲料水諮問委員会』“the Ontario Drinking Water Advisory Council”−ODWACのサイトから英語原文をPDFでダウンロードできる)
 <http://www.odwac.gov.on.ca/

 原子番号1で最も軽い水素には3つの同位体(アイソトープ)がある。軽水素1H、重水素2H、三重水素3Hだ。これがトリチウムと呼ばれている。軽水素も重水素も安定した同位体(自然の核壞変や元素転換をしない同位体)だが、トリチウムは自然の壞変を行う不安定な同位体だ。半減期12.3年で水素の次の原子番号2のヘリウムに元素転換する。(正確にはヘリウムの同位体3He)


 壞変する際には、崩壊エネルギーを放出する。体の中でこのエネルギーを出されると実に困った事態になる。このエネルギーが電離エネルギー(イオン化エネルギー)として作用し、原子や分子に電離現象(イオン化現象)を発生させる。細胞はこうした原子や分子から構成されているから、電離現象は確実に細胞を破壊していく。これが放射能被曝による健康損傷の基本メカニズムである。

 フェアリーはトリチウム放射線の飛程距離は極めて短く外部被曝で害が発生することなどは考えられない、健康損傷が起こるとすれば内部被曝である、と断じている。

トリチウムは通常遭遇する最もありふれた、そして重要なβ線照射をする核種である。トリチウムは常に科学者の大きな興味を引きつけ火花を散らしてきた。そして過去にも幅広く研究されてきた。本報告第1部及び第2部の付属資料を見ていただきたい。NCRP(アメリカ放射線防護委員会)の1979年、NEA(OECD核エネルギー局=Nuclear Energy Agency of the OECD)の1980年、ACRP (前カナダ放射線防護審議会= Canadian Advisory Committee on Radiation Protection)の1991年そしてCCNR(核に責任を負うカナダ人連合=Canadian Coalition for Nuclear Responsibility)<www.ccnr.org/tritium_1.html>
より近年のトリチウムに関する研究は、様々な報告やWebサイトに見いだされる。たとえば、次をご覧いただきたい。トリチウムに関するアメリカ環境保護局のサイト<US Environmental Protection Agency website on tritium,http://www.epa.gov/radiation/radionuclides/tritium.htm><2007年2月26日閲覧>、リチャード・オズボーンの報告『カナダの環境下におけるトリチウム:レベルと健康影響』<Tritium in the Canadian Environment: Levels and Health Effects-2007>、同じくリチャード・オズボーンとラナサラ・コンサルタントがカナダ原子力安全委員会との契約で報告した『報告書:Report RSP-0153-1』。アメリカ有害物質・疾病登録局(The US Agency for Toxic Substances and Disease Registry−ATSDR)のトリチウム報告<http://www.atsdr.cdc.gov/hac/PHA/livermore4/lms_toc.html>、イギリスの「電離放射線に関する政府諮問グループ」(UK Government’s Advisory Group on Ionising Radiation) が近く公表を予定しているトリチウム報告<http://www.hpa.org.uk/radiation/advisory_groups/agir/index.htm>などがある。」

 私たち日本に住む人間にとっては、これはまた意外な記述である。これまでトリチウムなどと云う言葉そのものが一般に知られていなかったし、またトリチウムを知っている数少ない人たちも、「トリチウムは無害」と永年信じられてきた。今なおかつ大手新聞は福島原発事故で流出が続いているトリチウムに関して報道する際も、トリチウムは無害という伝え方をしている。一つには電力業界が長く「トリチウムは安全」という宣伝を続けてきたことも大きな要因となっているだろう。たとえば中部電力の『トリチウムについて』という文書(発表年月不明)では次のように述べている。

「@ トリチウムは、自然界に存在します。
A トリチウムは、原子力発電所の原子炉の中でもつくられます。
B 発電所から放出する放射性物質は、その濃度、量を確認しています。
C トリチウムの人体への影響は、現状の放出量であれば小さいものです。」

全く無害と言っていないところがミソだが、明らかに無害という印象を強く与える内容になっている。
 
(クリックすると中部電力のWEBサイトからPDFをDLできます)

 フェアリーに戻る。

トリチウムは主として2つの形で放出される。元素の形(HT)では、トリチウムは見えないし、化学的には水素ガスとして同定され臭いもしない。水の形(トリチウム化された水あるいはHTO。トリチウム水)では、普通の水と特に区別をつけられない。実際のところトリチウムを放射能水と考えておくことは有益である。というのは、トリチウムは圧倒的にこの形態(ガスなどよりもトリチウム水)で存在するからだ。カナダの核施設からのトリチウム放出もほとんどの場合トリチウム水である。;ダーリントンにあるトリチウム・リカバリー施設からはトリチウムガス(HT)を排出している。トリチウムの2つの形は極めて放射能性がある。(専門用語でいえば、両方ともきわめて高い特殊能−specific activitiesをもつ)

1グラムのトリチウムガス(HT)は約360兆Bqの放射能をもつ。また1グラムのトリチウム水(HTO)は約55兆Bqの放射能をもつ。両方の形態とも極めて広く存在している。HTはほとんどの物質、ゴムや各級の鉄鋼に比較的容易にしみこんでいる。トリチウム水(HTO)はその化学的成分もまた物理的にも普通の水に似かよっている。また極めて急速に、大気圏(atmosphere)、水圏(hydrosphere)、岩石圏(lithosphere)、生物圏(biosphere)に混ざり合って溶け込んでしまう。簡単にいってどこにでもあるということだ。HTは、乾燥した室内の状態で1時間に1%の割合でHTOに変換してしまう。湿度が上がるよりも早い。土壌の中のバクテリアによっても簡単にHTOに変換する。トリチウムは環境に急速に行き渡ることによって、数多くの通常はあまり見られないような属性(properties)をもつことになる。」

 要するにトリチウムは極めて微量であるが、地球環境や私たちの生活環境の至るところにあまねく存在していることになる。トリチウムの崩壊エネルギーが他の核種に比べて極めて小さいこと、また地球環境のありとあらゆるところに存在していることが、「トリチウム無害論」の根拠として使われることがよくある。しかしフェアリーがここに指摘しているトリチウムの数多くの属性の一つが、トリチウムを私たち生物にとって脅威たらしめている。フェアリーを続ける。

 そうした属性の一つが環境の中で他の水素原子と素早く交換してしまう、という性質である。環境には人間の中、も含む。もう一つの性質(propensity)は代謝反応中及び細胞再生中に炭素原子と固く結びつき有機結合型トリチウム(organically bound tritium −OBT)形成することである。

 ここでフェリーは有機結合型トリチウムについて囲みの中にいれて説明を行っている。私もそれに倣って囲みに入れてみよう。

【有機結合型トリチウム】(OBT)
有機結合型トリチウムとは、有機細胞の中で炭素原子と化学的に結合したトリチウムである。有機的に結合することは、トリチウムの最も意味深い属性である。しかし不幸なことに公式な被曝モデルではOBTはその害の危険が過小評価されている。ヒトは2通りの道筋でOBTを蓄積しうる。一つは食物の中のOBTを摂取することである。たとえば野菜、麦、蜂蜜、ミルクなどである。こうした食物はトリチウム化した水蒸気によって汚染されたCANDU原子炉の近傍で育ち、収穫されたものである。もう一つはトチチウム化した水分を飲食摂取あるいは呼吸し吸収することによってである。それらは次第に体に必要な有機分子の中に代謝して新たな細胞の中に取り込まれる。
 2つの理由によってOBTはHTOよりも問題が大きい。一つ目の理由は、OBTの滞留時間である。(たとえば生物学的半減期)OBTはHTOの滞留時間よりも20倍から50倍長い。(本報告第2部参照のこと)二つ目の理由は、当然のこととはいえ、OBTがHTOより有機分子(たとえばDNA)の近傍に位置することである。テイラー(Taylor et al -1990)などが述べているように、“重要組織へのOBTの集中はHTOの吸収の後よりもOBTの吸収の後の方が重要な影響を与える規模ではるかに大きい。”このことはOBTへの被曝はHTOの被曝よりもさらに大きいことを意味している。

ほとんどの放射線核種同様、トリチウムは発がん物質(carcinogen)であり、突然変異誘導物質(mutagen)であり、催奇物質(teratogen)である。多くの科学者がトリチウムの放射性毒性(radiotoxicity)について懸念を表明している。(第2部の付属1を参照のこと)しかしながら、ある放射線当局者は、ミスリーディングにも、トリチウムは、壞変粒子のエネルギーが低いので、“弱い”放射線核種だと断言している。しかし、逆説的に放射線生物学では、より弱い(放射線)粒子は、より大きな影響を与える粒子となる。不幸にも、このこと(放射線生物学上の真理)は、放射線防護当局者の世界では(official circles−なんと訳しておいたらいいのだろうか?私はICRP学派や核推進論者、核共存論者に支配される国際的な放射線防護権威者の世界という意味で解釈しておいた)では認知されないままである。そしてトリチウムの公式な線量係数(例:トリチウム原子1個の崩壊-disintegration-で付与される線量)は現在のところ極めて小さい。実際のところ、トリチウムに与えられる線量係数は、ありふれた放射線核種の中では限界に近いほど最小値となっている。トリチウムに与えられた公式の放射線線量に関しては多くの疑問点がある。詳細については第2部で検討されている。

  自然の形では、トリチウムは宇宙線ため大気圏上層部で形成されている。(水素原子が大気圏上層部で中性子線の影響を受けやすく、中性子を吸収しやすいため)このように、トリチウムは毎年7.4京Bq(~7.4×104 TBq- Luykx and Fraser, 1986)を上限として生成されている。1980年代の初頭西側先進国では、毎年民生用原子炉及び核再処理施設によって生成され放出されるトリチウム量(Masschelein and Genot, 1983; NEA/OECD, 1980)は、自然に生成されるトリチウムかまたはそれより大きかった。それ以降人工的に生成されるトリチウムは自然に生成されるトリチウムをずっと上回ってきた。さらに、軍事活動に伴うトリチウム放出量はそれよりはるかに大きかった。1954年から1962年の間、大気圏内核実験によるトリチウム放出量はさらに大きく北半球のほぼ全体で160京Bqにのぼった。(UNSCEAR, 1988)2007年までに、これは16倍の核崩壊をしたことになる。加えていえば、冷戦最高潮期1970年代から80年代にかけて、核兵器製造に関わるトリチウム放出量は年間2.6京Bqだった。(Jaworowski, 1982)これにはサバンナ・リバー核兵器工場(アメリカ、サウス・カロライナ州)とハンフォード工場(アメリカ、ワシントン州)から放出されたトリチウムを含んでいる両工場からは、1950年代から1980年代にかけて毎年1100兆Bqのトリチウムが放出された。(NCRP=アメリカ放射線防護委員会, 1979年)」

 つまりはこういうことである。前述のようにトリチウムは自然界に存在する。しかも毎年宇宙の放射線の照射によって生成される。その量は全地球で最大年間7.4京Bqだろうと推定されている。

 商業用原子炉と核処理工場から放出されるトリチウムは、1980年にさしかかる頃まではほぼこの自然のトリチウム生成量と同等かあるいはそれを上回る程度だった。しかしこれには軍事用目的放出あるいは軍事核施設からの放出は含まれていない。軍事目的では、1954年から1962年の間の大気圏核実験でほぼ160京のトリチウムの放出量だった。
  

 また核兵器製造に関わる工場からのトリチウム放出は1970年代から80年にかけて年間約2.6京Bqだった。つまりは、1950年代以降「大気圏核時代」を挟んでわれわれは、1年間の自然のトリチウム生成量をはるかに上回る人工トリチウムを毎年生成してきたことになる。

 ちなみに、青森県六カ所村にある日本原燃の核燃料再処理施設が、使用済燃料による総合試験を実施しており、2006年3月から2008年2月までアクティブ試験(第4ステップ)を実施している。これは使用済み核燃料からプルトニウムを取り出す試験だが、その経過報告書を見てみると、トリチウムを気体の形で年間75兆Bqの排出したと推定している。この時の管理値(すなわち気体排出上限値)は1900兆Bqだ、というのだから恐れ入る。アメリカの核軍事施設サバンナ・リバー核工場とハンフォード工場の全放出量合計が毎年1100兆Bqだった。この両工場をはるかに上回るトリチウムを気体の形で排出してもOKというわけだから、管理値などあってないも同様だ。排出量がこの数字に近づけば、さらに管理値を上げてしまえばいいわけだから。一方液体の形のトリチウムはどうだったかというと、年間1800兆Bqである。この時には液体トリチウムには管理値が設けられていなかったから青天井である。
 
(クリックで日本原燃のwebサイトからPDFをDLできます)
こちらは、気体の管理値1900兆Bqに匹敵する。従ってアクティブ試験段階では液体と気体合わせて1975兆Bq、丸めて2000兆ベクレルのトリチウムを放排出していることになる。本格稼働なれば、毎年2000兆Bq以上のトリチウムが液体(汚染水)や気体(汚染水蒸気ガス)の形で環境に放排出されることは確実だ。私は青森県北部、津軽海峡を挟んで北海道最南端部はもう人の住める場所ではなくなると思う。

 【参照資料】
 ・ “Tritium Hazard Report: Pollution and Radiation Risk from Canadian Nuclear Facilities”(Dr. Ian Fairlie, Canadian Greenpeace, 2007, June)
(上記タイトルを検索語にするとカナダ・オンタリオ州政府『飲料水諮問委員会』“the Ontario Drinking Water Advisory Council”−ODWACのサイトから英語原文をPDFでダウンロードできる)
 <http://www.odwac.gov.on.ca/
 ・ 『トリチウムについて』(中部電力 発表年月不明)
 ・ 『再処理施設アクティブ試験(使用済燃料による総合試験)経過報告(第4 ステップ)平成20 年2月27 日』(日本原燃株式会社)