【参考資料】ヒロシマ・ナガサキ・フクシマ 2012.2.18

<参考資料> 子どもたちの臓器における
セシウム137の慢性的蓄積
(Chronic Cs-137 incorporation in children’s organs)

 バンダジェフスキーについて
 2003年、スイス・メディカル・ウィークリーに掲載された非常に有名な研究論文である。
(SWISS MED WKLY 2 0 0 3 ; 1 3 3 : 4 8 8 – 4 9 0 原文は次のサイトで閲覧できる。
< http://www.smw.ch/docs/pdf200x/2003/
35/smw-10226.pdf
>)

 最初にユーリ・バンダジェフスキーについて日本語ウィキペディア「ユーリ・バンダジェフスキー」に沿って見ておこう。

ウェキペディアから引用
ユーリ・バンダジェフスキー
1957年1月9日生まれ。医師・病理解剖学者。ゴメリ医科大学初代学長。チェルノブイリ原発事故の影響を調べるために、被曝した人体や動物の病理解剖を行い、体内臓器のセシウム137などの放射性同位元素を測定する研究を行った。」 

 この記述でもっとも重要な事実は、彼が病理学者であるという点である。病理学とは「病気の原因、発生機序の解明や病気の診断を確定するのを目的」とする。病理学とは病気の原因因子を突き止める医学分野なのである。従って彼のアプローチは、これまでの放射線医学とは全く異なっている。

1990年、ゴメリ(Gomel)医科大学を創設、初代学長・病理学部長を務める 。ゴメリ医科大学では1986年のチェルノブイリ原発事故以来、セシウム137の人体への影響を明らかにするために、被曝して死亡した患者の病理解剖と臓器別の放射線測定や、放射能汚染地域住民の大規模な健康調査、汚染食料を用いた動物飼育実験、などの研究に取り組む。この研究は、セシウムなどの放射性同位元素が体内に取り込まれたときの現象と病理学的プロセスを解明するとともに、旧ソ連時代からの放射線防護基準を改訂することに寄与した。ゴメリ医科大学ではバンダジェフスキーの指導のもと、30の博士論文が作成され、200篇の文献が作成された。研究成果は、定期的にベラルーシ国内の新聞、ラジオ、テレビ、および国会で報告されていた。」

 ベラルーシのゴメリ(ホメリ)州は、チェルノブイリ事故でもっとも放射能に汚染された地区である。その位置は、「フクシマ放射能危機」における福島県東部地域のポジションに非常によく似ている。違いは「チェルノブイリ大惨事」ではバンダジェフスキーが現れたが、「フクシマ放射能危機」ではまだ“バンダジェフスキー”が現れていないということだろう。(下図参照の事)

右図はチェルノブイリ事故から10年後の1996年のチェルノブイリ原発を中心とした半径約300kmのセシウム137汚染地図。ウクライナの首都キエフまでの直線距離は約100km。ベラルーシの首都ミンスクまでの直線距離が約300km。この記事で話題になっているゴメリ(ホメリ)は、右図で「Gomel」と表示してあるが、ベラルーシ第2の都市であり、直線距離で約150km。ちなみに東京電力福島第一原子力発電所から東京都内中心部、たとえば皇居までは直線で約230kmである。

 逮捕・投獄そして釈放、追放

1999年、ベラルーシ政府当局により、ゴメリ医科大学の受験者の家族から賄賂を受け取った容疑で逮捕・拘留された。バンダジェフスキーの弁護士は、警察によって強要された2人の証言以外に何ら証拠がないと無罪を主張したが、2001年6月18日、裁判で求刑9年・懲役8年の実刑判決を受けた。大学副学長のウラジミール・ラブコフ(Vladimir Ravkov)も8年の実刑を受けている。

この裁判は政治的意図による冤罪だとして、海外の多くの人権保護団体がベラルーシ政府に抗議した。国際的な人権保護団体であるアムネスティ・インターナショナル(Amnesty International)は、“バンダジェフスキー博士の有罪判決は、博士のチェルノブイリ原発事故における医学研究と、被曝したゴメリ住民への対応に対するベラルーシ政府への批判に関連していると広く信じられている。“と発表。

実際にバンダジェフスキーの逮捕は彼がセシウムの医学的影響に関する研究論文を発表した直後に行われ、WHOが2001年6月4日にキエフで開催したチェルノブイリ原発事故による人体への影響に関する国際シンポジウムへの出席も不可能となった。」

 要するにベラルーシ当局は、バンダジェフスキーの口を塞ぎ、ベラルーシの放射線による深刻で広汎な健康損傷を隠すためバンダジェフスキーの評判を貶め、さらに逮捕・投獄したと考えられる。その背後には、国際的な核産業(原子力産業)利益共同体の影がある、という疑いも否定しきれない。国民に被曝を強制しようとするベラルーシ政府にとってそれほどバンダシェフスキーの研究は都合が悪かった、ということでもある。

ベラルーシ政府は『(チェルノブイリ原発事故による)放射線は人体の健康にほとんど影響しない』という見解を現在でも堅持しており、アレクサンドル・ルカシェンコ大統領(1994年より独裁体制)は「ベラルーシ国内農地の4分の1が放射能汚染を理由に放置されていることは認めがたい」として、バンダジェフスキーが逮捕された1999年に原発事故以来人々が避難していた汚染地への再入植を施政方針とした。」

 ここらへんのベラルーシ政府の対応も、日本の市民に被曝を強制しようとする日本政府の対応とうり二つである。後世歴史家は民主党野田政権を、戦前東条英機軍事政権と並ぶ歴代最悪の政権として口を極めて非難するであろう。

バンダジェフスキーの投獄に対する国際世論の高まりに押される形で、刑期途中の2005年8月5日に釈放されたが、5か月間はベラルーシから退去することを禁じられた。その後、フランスの クレルモンフェラン(Clermont-Ferrand)市長から招聘され、現地の大学や病院で研究や治療に携わった。クレルモンフェラン市は1977年からゴメリ市と姉妹都市の関係にある。フランスでは、環境保護NGOであるクリラッド(放射能調査および情報提供の独立委員会 CRIIRAD:Commission de recherche et d'information indépendantes sur la radioactivité)の学術指導を行い、また自身の研究をサポートされている。現在、ベラルーシを国外追放となり、ウクライナ・キエフ州のイヴァンキブ(Ivankiv)中央病院に勤務している。」

 とここまでが“バンダジェフスキーのその後”といったところだが、最近の発表論文を見ていると、リトアニアのミコラス・ロメリス大学教授(Prof. Yury Bandazheuski, Mykolas Romeris University, Lithuania)の肩書きであったり、独立研究機関「放射線、生態学及び公衆保健、生態学及び健康研究センター基金」(Radiation, Ecology and Health of People, Foundation of the Ecology and Health Research Centre)教授の肩書きを使用している。リトアニアに本拠を移して研究活動を行っているようだ。

 2008年に発表した論文「放射線生態学上の問題」では次のように述べている。

ベラルーシやその他の旧ソ連諸国の市民の健康に関する直近の状況は、世界世論の間で深刻な懸念を喚起した。この状況は民主主義的な協力原理に基づく国際社会の支援を通じてのみ解決しうる。しかしながら、前述の諸国における人口集団の被曝の結果を最小限にすることを目指した適切な措置の採用と実施には、国際社会が偏見のない科学的情報と科学的根拠に基づいた提案を必要とする。生態学及び健康研究センター基金(Foundation of the Ecology and Health Research Centre)はこうした問題に対する解答の一つである。』(<「放射線生態学上の問題」参照のこと>

 今後の活動は、放射線被曝の最小化に向けて国際的・学際的でかつバイアスのかかっていない、言い換えれば国際原子力共同体の利益から全く自由な研究・協力活動を展開していくものと見られる。

 さて前置きが長くなったが、バンダジェフスキーの代表的研究「子どもたちの臓器におけるセシウム137の慢性的蓄積」の内容を見ていこう。最初にお断りしておきたいのは、この記事は、バンダジェフスキーのこの論文の翻訳記事ではないということだ。第一義的には私が、この論文でバンダジェフスキーが何を言っているかを理解するためであり、私が理解することで、多くの小さいお子さんを抱えているお母さん方と私の理解を共有したいと願っている。もし私の理解と認識が多くの人と共有できるなら、その決断は必ずや日本政府や核(原子力)利益共同体が推進している「被曝の強制」を断固拒否することになるだろうと信じている。「反被曝」に対する固い決意は、「反原発」に対する決意よりもはるかに強固であり、一過性ではなくその息の根が止まるまでの持続性がある。原発が事故を起こさなくても、正常に運転していても相当量の放射性物質を環境に放出し、それが特に乳児や幼児の健康とその将来を確実に蝕んでいることを考え合わせれば、「反被曝の闘い」は「反原発の闘い」を完全に包含していると考えられる。

 論文の内容は『 』でくくっている。論文中の見出しは大きめの太字のフォントとした。論文中使用している図はそのまま引用するが、若干の説明を行っている。その部分は赤字としている。青字の小見出しがあれば、それは私のための検索用小見出しである。



 解剖学・病理学的アプローチ

概要(Summary)

ベラルーシのゴメリ地域において、そこではチェルノブイリ大惨事のフォールアウト(放射性降下物)で重篤に汚染されたのだが、私たちはそこで1990年以来、農村地帯人口集団の各臓器、特に子どもたちの臓器内におけるセシウム137の展開(evolution)について研究を行ってきた。子どもたちは同じ地域社会で暮らす大人に比べてより高いセシウム137の平均負荷がある。私たちは死体解剖で調べた臓器のセシウム137レベルを計測した。

セシウム137の最も高い蓄積は、諸内分泌腺(endocrine glands)、特に甲状腺(thyroid)、副腎(adrenals)、膵臓(pancreas)で見られた。また高いレベルの蓄積は、心臓(heart)、胸腺(thymus)、脾臓(spleen)でも見られた。

 キーワード: チェルノブイリ・チルドレン(Chernobyl children);放射性セシウム(radiocaesium);甲状腺(thyroid);副腎(adrenals);膵臓(pancreas);胸腺(thymus);心筋(myocardium)

 こうなってみるとこれまでICRP派の学説、「放射線核種と蓄積する部位」説はいったいなんだったのだろうか?例えば原子力利益共同体の牙城のひとつ、財団法人高度情報科学技術研究機構が運営する原子力百科事典「ATOMICA」は次のように説明する。

・・・これらの経路を通じて体内に取り込まれた放射性物質は血液またはリンパ液とともに体内を移動する。体内の臓器や組織はそれぞれ特定の種類の放射性物質を沈着させやすい性質を持っている。そのため、血液やリンパ液中の放射性物質のあるものは各々特定の臓器や組織に集まる。例えば、ヨウ素(131I)は甲状腺に、ストロンチウム(90Sr)は骨に集まることが知られている(表1)。」
(<http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-01-05-02>)

 として次の表を掲げている。

 上表でセシウム137(137Cs)は、集積部位が筋肉・全身となっている。確かに「心筋」は筋肉であり、バンダジェフスキーの研究によっても「全身」に蓄積されている。だが、問題はそこではない。いかなる根拠によってこの表が作成されたか、と言う点にある。一言で云えば、この表は病理学的アプローチで作成されたものではない。物理学、化学、放射線生物学的アプローチで作成されたものだ。いわば全体が「仮説」である。仮説は構わない。仮説なしには科学は進展しない。だが、この仮説は純医科学的に確認されたものか?病理学的な立場から確認されたものか?いやそうではない。仮説は病理学的には確認されていない。それが証拠に、「影響(発生しうる主なもの)」という項目を見るとわかる。セシウム137は「白血病」「不妊」の2項目しか上がっていない。これも仮説である。(そのことは以下バンダジェフスキーの論文で証明されよう)

 最大の問題は、仮説を彼らは、原子力利益共同体は、あたかも「法則」や「絶対的真理」のように扱って、一般大衆を欺いている。それでは彼らの仮説に反する事実や研究がでてくるとどうするか?無視するのである。それでは何故無視することができるのか?それは絶対権威がかれらの側にあるからである。(それもそろそろ怪しくなってきているが・・・)本来「権威」とは科学的真実の積み上げのもとに構築されるものである。しかし彼らの権威はそうではない。権威の外装に依存するのである。すなわち、「有名大学教授」、「政府委員」、「国際学術組織」などといった権威の外装に依存するのである。そうした外装を剥ぎ取ってしまえば、彼らには何も残らない。科学的誤謬、ありていに言って科学的外観を装ったウソとデマだけが彼らの武器なのである。

 「ヨウ素ショック」という言葉

序論(Introduction)

チェルノブイリ原子力発電所事故(1986年4月26日)以来、ベラルーシで放射線汚染地域で暮らしてきた子どもたちは、セシウム137に汚染されていない地区の子どもたちから見るとまれにしか遭遇しない慢性的な病気に苦しんでいる。多くはいわゆる「放射性ヨウ素ショック」(radioiodine shock)が病因となる役割を演じたと記述されている。放射性ヨウ素ショックとは数十種の短半減期放射線核種、主としてヨウ素131によるものである。

「ヨウ素ショック」はまたセシウム137の集積のため、慢性的な低線量放射線の環境のもとでは、進展を継続するプロセスを開始するかも知れない。』

 バンダジェフスキーはまず、初期大量に発生する短い半減期核種、特にヨウ素131による様々な健康障害を問題にする。原子力資料情報室「10.ヨウ素-131(131I)」は次のように説明する。ヨウ素131はベータ崩壊をしてベータ線を放出し、キセノン131に壊変するのだが、

原子炉事故が起これば、大量の放射性ヨウ素が放出されると予想されていた。代表的な事故の一つが、1957年10月にイギリスのウインズケール(現、セラフィールド)のプルトニウム生産炉で起こった事故である。700兆ベクレル(7.0×1014Bq)のヨウ素-131などが施設外に放出され、周辺地域で生産された大量の牛乳が廃棄された。この事故をはるかに上回るのが、1986年4月26日に起こった旧ソ連(現、ウクライナ)のチェルノブイリ原発の暴走事故である。この事故では、30京ベクレル(3.0×1017Bq)が放出された。その影響は大きかったが、顕著なものとして甲状腺がんの多発がある。事故の影響を小さくみようとする専門家も居たが、そのような人たちもこの事実は認めざるを得なかった。」

 30京ベクレルは、30兆ベクレルのさらに1000倍である。1兆ベクレルは最近1テラベクレルと表示されることが多いので、換算すれば30京ベクレルとは3万テラベクレルということになる。原子力資料情報室は、「顕著なものとして甲状腺がんの多発」としてほぼ西側資料(IAEA、ICRP、国連科学委員会)の報告などに基づいて記述しているが、実際には、甲状腺がんなどよりも様々な健康損傷が、特に乳児・幼児に現れていた。ヨウ素など希ガス性の放射性物質による健康損傷は、アーネスト・スターングラスの「赤ん坊を襲う放射能」(新泉社刊 1982年6月発行。アーネスト・スターングラス著。反原発科学者連合訳。英語原題“Secret Fallout”)でも多数報告されている。イリノイ州にあるドレスデン原発から放出した放射線の影響を報告した箇所では次のように述べている。

死亡した乳児の中で最も多かったのは、発育不全と関連があると昔から知られている硝子膜症を含む窒息ないしは呼吸器系の疾患や一般的な発育不全、「クリブ死」などであった。」

「クリブ死」(crib death)は今日、「乳幼児突然死症候群」(sudden infant death syndrome-SIDS)として知られている。原因については今でも分かっていない。生後12ヶ月未満の乳児が突然なんの前触れもなく、呼吸停止に陥って死に至る。

 硝子膜症というのは「新生児肺硝子膜症」(neonatal hyaline membrane disease)のことだ見られる。原因としては、Ⅱ型肺胞上皮が産生する表面活性物質の欠如、線溶機構の機能低下、血管透過性の亢進などが考えられている。

 スターングラスはこれらの症例を調査して、次のように結論づけている。

これらの症例こそ、核実験の期間中に世界中で急増し、大気圏内核停条約(日本やアメリカではやや欺瞞的に“部分核実験禁止条約”と呼ばれている。正式には“大気圏内、宇宙空間及び水中における核兵器実験を禁止する条約”-Treaty Banning Nuclear Weapon Test in the Atmosphere,in outer Space and under Water-であり、スターングラスの略し方の方が正しい。1963年10月に発効し、署名国はこれ以降大気圏内核実験を行っていない。しかし、フランスと中国はこの時参加せず、大気圏内核実験を続けた。世界でもっとも最後まで大気圏内核実験を続けた国はフランスであることは記憶しておかねばならない。)が効力を発した2-3年後に再び減少し始めた症例そのものであった。

しかし、ここイリノイ州では、これらの症例は現在も増加し続けているのである。しかしもう少し成長した乳児の間では、1964年から2年間で非感染性の呼吸器系疾患による死亡が90%、気管支炎が50%も増えていた。」

 「 これらの放射性ガスは、体内で蓄積されたり長く残留することはないけれども、これらが数時間から数日間にわたって吸入された時には、血液中や細胞膜の脂肪質に容易に溶け込んでしまう。そして生物学的に極めて危険なセシウム、ストロンチウム、イットリウムなどが人体へと入り込む。

ところで、空気が吸い込まれた時に肺胞が開くのは、その中にある極めて脂肪質に」富んだリピッドという物質の働きによる。それゆえ、この小さな肺胞に浴びせられる体内からの放射線被曝(内部被曝)は、体外からの被曝に比べて、呼吸器系により深刻な影響を与えるのである。」

 こうした原発の原子炉内にたまった様々な短い半減期核種、特にヨウ素131による初期の広汎な健康障害を総称してバンダジェフスキーは「ヨウ素ショック」(iodine shock)と呼んでいるのである。なお「ヨウ素ショック」という用語は西側資料(IAEA、ICRP、国連科学委員会など)には見えない。(あるいはあるのかも知れないが私は確認できていない)

 これはある意味当然なことだと思う。というのはICRPを代表格とする核(原子力)利益共同体の医科学的見解は、「ヨウ素131は甲状腺に集積し、甲状腺がんを発症する可能性がある」とほぼそのエンドポイントを「甲状腺がん」に固定しているからだ。彼らのドグマに従えば、甲状腺がんのみがヨウ素131による健康損傷なのであり、広汎な、たとえばスターングラスが指摘するような呼吸器系疾患や乳児の突然死などの健康損傷は全く視野に入っていないのだ。だから「ヨウ素ショック」などという用語は生まれようがない。

 「フクシマ放射能危機」でもすでに広汎な「ヨウ素ショック」は発生しているのかも知れない。(私はそうだと信じているが。私が誇大妄想狂であれば幸いである。)ただ、それは「ヨウ素ショック」のせいではなく、他の原因だとされているのかも知れない。

 胎盤の吸収限度は1kg100ベクレル

 しかしヨウ素は物理的半減期が8.04日と短く長期的な健康損傷という意味では、セシウム、プルトニウム、ストロンチウムなどに比べると影響期間が短い。しかし、とバンダジェフスキーはいう。「こうしたヨウ素ショックはすでに体の中に蓄積しつつあるセシウム137などの長寿命核種による健康損傷の引き金になっているのかも知れない」と指摘している。

 バンダジェフスキーのいうことをしばらく傾聴しよう。

チェルノブイリ周辺で暮らす人々の臓器・器官に17年間にもわたって持続する人工放射能は長寿命核種は主としてストロンチウム(Sr-90。ストロンチウム90)、セシウム(Cs-134特にCs-137。セシウム134とセシウム137)そしてプルトニウムを含むウラン派生核種である。

子どもたちの体内のセシウム137を研究する際、1987年3月以降の新生児たちを選択することは重要である。それらの新生児たちは、(チェルノブイリ事故から12ヶ月以上を経ているので)子宮(utero)内においてすら「ヨウ素ショック」に苦しんでいない。通常の妊娠期間中、胎盤は、胎児(foetus)を保護するの体の血液の中のセシウム137を吸収する。』

 ここで使われている胎児の英語の言葉は“foetus”である。これは同じ胎児でも受胎から8週間の終わりまでを意味する胎児“embryo”と区別して、8週間の終わりから出生までを指す「胎児」の意味である。バンダジェスフスキーは明瞭にこの2つの意味を使い分けている。

もしセシウム137が1kgあたり100ベクレルを越えて胎盤に集積するようなら、胎児は何らかの障害に遭う(原文はsuffer)

新生児は母乳からセシウム137を吸収する。

子どもたちが飲む牛乳や現地農村で取れる野菜はセシウム137の量を増加蓄積する。』
もっとも高いセシウム137の集積は野いちご、キノコ類、狩猟の獲物(game)などに見られた。いずれも貧困家庭では重要な食料源である。』

 計測のむつかしいベクレル検査

方法(Method)

ゴメリ病理学研究所で採用した諸方策

  セシウムはガンマ線とベータ線の両方を放出する。』

たとえばセシウム137はそのほとんどはベータ線を照射してバリウム-137mとなる。ところが、バリウム137mは半減期2.55分でバリウム137に壞変する。この時ガンマ線を放出する。だからセシウムはガンマ線とベータ線の両方を出すという言い方は妥当である。ちなみにセシウム137の放射能の量は1gあたり3.215テラベクレルである。(日本語ウィキペディア「セシウム137」を参照のこと。)

ベータ線はガンマ線より遺伝子や細胞構造に対する毒性が強い。』

 一般にベータ線はガンマ線に比べて飛程距離が短い。たとえば、厚さ数mmのアルミ板で十分遮蔽できる。しかし飛程距離が短い分原子にぶつかった時のエネルギーは大きい。たとえば、セシウム137の核崩壊エネルギーはベータ線で1gあたり100万電子ボルトであるが、これはわずか空中数cmの飛程距離の間に全部使い切る。だからセシウム137が体の外にある間は、よほど高線量であれば別であるが、低線量であれば健康にはほとんど損傷はない。しかし体の中に入れば話は全然別になる。体の中では、体の主要成分である水とぶつかるため、飛程距離は空中よりさらに短いだろう。精々数ミリも飛ばないかも知れない。しかし体を構成している細胞のサイズから見れば例え1ミリメートル以下の飛程距離であっても細胞を傷つけるには十分の距離となる。しかもその際莫大な崩壊エネルギーを放出し、遺伝子や細胞を破壊していく。このことを指してバンダジェフスキーは「ベータ線はガンマ線より毒性が強い」と表現している。バンダジェフスキーにとって放射線被曝とは内部被曝(体内被曝)に他ならない。

後者(ガンマ線)人間の体の中のセシウム独特の動きを計測するために使われる。

全身測定も間も、解剖の時も、われわれは色々な臓器に蓄積したセシウム137レベルを測定するにあたって異なる計測器を使用した。』

独立系の放射線防護研究であるベルラド研究所(the Belrad Institute) の移動チームによる計測の精確さは、その計測機材が国家年次義務検査を受けていることによって保証されている。そのうえさらに、ドイツ-ベラルーシ共同プロジェクトの一環として、別機種の異なる項目を確証するため、相互較正(intercalibrations)することが可能だった。(ベルラド研究所のウクライナ国産の7台のホール・ボディ・カウンタースクリーナー3M“Screener-3M”、イエリッヒ研究センター“Juelich Research Centre”の2式の移動式ホール・ボディ・カウンター研究室<キャンベラ・ファーストスキャン・ホール・ボディ・カウンター“Canberra Fastscan WholeBC”。ドイツ製。)

当初誤差限界値(the error limit)は11%だったが、後には7%を越えなかった。ただし体重1kgあたり5ベクレル以下の計測では精確さは劣る。解剖診断中の臓器などのサンプルにおける(セシウム)独特な動きの研究室における計測のために、ベルラド研究所はゴメリ国立医科大学に自動化された「ラグ-92M」(Rug-92M)ガンマ線放射線メータ(radiometer)を提供した。』

 前述の如く、セシウム137は一定の規則でまずベータ崩壊をして次にガンマ崩壊をする。従ってガンマ崩壊をする時の放射線の強さを計測できれば、そこからベータ崩壊の時の放射線の強さを逆算できる。「ラグ-92M」は、ベルラド研究所が独自開発したものらしい。
 「セシウム137やセシウム134に汚染された食品、農業生産物、飼料資材、建築資材の放射能レベル計測に最適」とうたっており、自動化で高い効率を実現している、としている。
(<http://www.belrad-institute.org/UK/doku.php?id=radiometrics_devices>)


 これで見ると「フクシマ放射能危機」で、牛肉からセシウムが出たとか、新築家屋から放射能が検出されたが、これは建築資材が汚染されていたからだとか、新聞を賑わしているが、こうした事件はベラルーシではとっくに経験済みらしい。

1kgあたり100ベクレル以上のサンプルでは1分間の計測時間である。50-100ベクレルのサンプルでは10分間を要する。49ベクレル以下では精度は低減する。また、サンプルは、結論を確実なものとするためにフランスにおいてダブルチェックした。』


 必死で食い止める胎盤

結果と討議(Results and discussion)

解剖病理学的アプローチ(Anatomo-pathological approach)

 病理学研究所では、セシウム137の集積は、異なる臓器・器官で系統的に(systematically)計測した。

妊娠期間中を通じて、胎児(foetus)は、比較的良好に胎盤によって守られていた。胎盤は母体の血液を駆けめぐっているセシウム137を吸収し蓄積しているのである。

 胎児に高いレベルのセシウム137(の集積)があるのは、複合的な奇形(multiple malformations)による妊娠中絶(abortion)のケースに見られた。』

・・・・・・・・・・。バンダジェフスキーは科学者らしく淡々と解剖所見を記述している。しかしこれを読む私はとても平静な気持ちではいられない。

 空気中や、特に食品を通じて妊婦はセシウム137の微粒子を体内に取り込む。その微粒子は消化や吸収を通じて血液中になだれ込む。大量に血液を必要としている胎盤は、その血液中のセシウム137の微粒子を、最後の砦である胎盤で必死で食い止め、子宮の中の胎児を守ろうとしている。しかしなだれ込むセシウム137はあまりに厖大だ。胎盤はついに防ぎきれない。守られるべき胎児はセシウム137にたちまち侵される。まだ人間になりきれていない胎児は細胞の突然変異の嵐に見舞われる。複合的な奇形となった胎児をついに中絶するしかない。仮に奇形にならなくても、セシウム137に侵された胎児は出生後、呼吸器系障害、心臓疾患、免疫力低下、知能障害、IQ低下など様々な健康損傷に見舞われるだろう。私たちはこうまでして「核」と同居しなければならないのか。

高いレベル(のセシウム137の集積は)6ヶ月までの幼児(infants)に見られた。表1は幼児の13の臓器におけるセシウム137のレベルを示している。』

幼児は“infants”が使われている。通常は7歳未満のこどもを指す言葉である。表1は以下である。



表1は次のように説明されている。6人の幼児の13の臓器におけるセシウム137レベルの計測。極めて高いセシウム137特有の動きは、膵臓(pancreas)、副腎(adrenals)、心臓(heart)で見られた。しかしまた胸腺(thymus)、胃(stomach)、腸壁(intestinal wall。独立した臓器ではないためこの表からは除外されている)でも高かった。1番と2番の子どもでは、膵臓でのセシウム137の集積は肝臓のそれに対してそれぞれ44倍、45倍である。

なお上記表1を日本語で書き直して表にしたのが下記である。なお「検出せず」は、セシウム137が出なかった、という意味ではなく「測定しなかった」という意味である。




 子どもに蓄積しやすい

成人と子どもの臓器におけるセシウム137の集積
(Cs-137 accumulation in organs of adults and children)


私たちは、ゴメリ地区の農村地域で暮らしていた成人と子どもの8つの臓器に蓄積したセシウム137レベルを解剖で研究した。

平均すると同じ環境で暮らす大人に比べ臓器におけるセシウム137レベルは、子どもは2倍から3倍高かった。(図1参照のこと)

調べたすべての臓器で、放射線セシウムレベルは大人より子どもが高かった。ゴメリ州(ベラルーシの行政単位で英語ではoblastと表記されている)の農村地域社会では、全身測定値(whole body count)は、成人におけるより学童の方がこれまた高かった。』

 下記が図1である。


図1では黒いタイルが成人、グレイのタイルが子ども。縦軸は体重1kgあたりのベクレル値。図1には次のような説明がついている。1997年に死亡した成人と子どもの臓器における放射性同位体(radioisotopes)の集積。番号1は心筋(myocardium)、2は脳(brain)、3は肝臓(liver)、4は甲状腺(thyroid gland)、5は腎臓(kidneys)、6は脾臓(spleen)、7は骨格筋(skeleton muscles)、8は小腸(small intestine)。


1997年に研究した10歳までの子どもたち
(Children aged up to 10 years studied in 1997)


 1986年4月26日(チェルノブイリ事故の発生した日)から6月までの間、チェルノブイリからの放射能は猛烈だった。放射能の2/3までは短寿命核種によるものだった。中で最も重要な核種はヨウ素131だった。

1987年3月以降に生まれた子どもたちは、子宮の中ですら「ヨウ素ショック」に苦しめられていなかった。(12ヶ月以上経っているので彼らの受胎のまえに「ヨウ素ショック」は終わっていた筈だ。)病理学研究所ではゴメリの農村地域社会の51人の子どもたちを研究した。彼らは全て様々な原因で死亡した。

 このグループは「ヨウ素ショック」を経験していない。もし慢性的な内部被曝(internal irradiation。体内照射と訳すべきだったかもしれない)が子どもたちの症状悪化に責任ありとするなら、それは放射性セシウムなどの長寿命核種に帰因すべきであろう。

検査した13の臓器の標準偏差(standard deviation)から見て、平均的汚染濃度を高い方から低い方に配列した臓器を表2に示す。』

下記がその表2である。数字の単位は臓器(または器官)1kgあたりのセシウム137の蓄積でベクレル。左側に日本語で臓器(または器官名)を記載した。


表2には次の説明がなされている、1997年ゴメリ地区(で死亡した)52人の10歳までの子どもたちの13の臓器におけるセシウム137特有の動きの平均レベル。セシウム137の平均レベルが最も高かったのは膵臓を含む内分泌器官(腺)(endocrine glands)である。甲状腺におけるセシウム137の集積は肝臓の6倍である。内分泌器官についで高かったのは胸腺であり、平均1kgあたり930ベクレルであった。


この表をみてやはり私などが思うことはICRPの学説で言う「放射線核種と集積臓器」との関係のいかがわしさである。前出日本アイソトープ協会の「核種と集積部位」の表をもう一度掲げておく。

良く言われるのはヨウ素131は甲状腺にあつまり甲状腺がんの原因になる、とかストロンチウム90は骨に集まりやすく、白血病の原因になるとかというまことしやかな説である。実際にはセシウム131もまず甲状腺を含む内分泌系に集積しそれから体全体に回っていくと言うことがバンダジェフスキーの研究でもわかる。

アイソトープ協会の表は、もちろんICRPの学説に基づくものであり、すべて仮説の域をでない。それではそうした仮説が病理学的に、あるいは解剖学的に確認されたものではない。言ってしまえば彼らの信念であり、科学的・医科学的根拠を全くもたない。これは宗教におけるドグマと全く同じことである。



 ひしひし伝わるその危機感

 バンダジェフスキーを続ける。

ゴメリ国立医科大学は、各臓器における放射線セシウムの蓄積に原因する細胞損傷を研究した。臓器におけるこの放射線核種(すなわちセシウム137)の慢性的な蓄積に帰因する機能障害(functionaldisorders)あるいは疾病については、臨床的にも、疫学的にも、解剖病理学的もまたラットやハムスターを用いた実験的研究(1から4)にも根拠をおいて20本の研究論文にまとめている。』

 つまりこの論文で示した見解についてバンダジェフスキーは確信を抱いていることが窺える。その確信のベースになっているのは様々な角度からこの問題を調べあげたという自信が裏打ちになっている。それが20本の論文と言うことだろう。

結論(Conclusion)

 子どもたちの各臓器におけるセシウム137の重い苦しみ(burden)についてはさらに調査されなければならないし、異なる疾病の機序(疾病発生あるいは疾病原因のつながりと仕組み)について重点的に研究されなければならない。

 放射線汚染に曝された農地がますます広がって農耕地となり、放射能に汚染された食品が全国土にわたって出回っていることを考えるなら、これには(さらなる調査と研究)緊急の必要性がある。

 汚染地域における学童たちは学校の食堂(school canteens)において放射能汚染されていない食品を無料で提供されまた毎年クリーンな環境で、サナトリウムで1月間は過ごした。(いずれもベラルーシ国内での話である)

 経済的な諸理由によって(これは2000年以降のヨーロッパ、特に東ヨーロッパの景気後退によってベラルーシ政府が緊縮財政に入ったことを指すし、ベラルーシの独裁政権の非人道的な政策を指す、とも考えられる)、毎年のサナトリウム滞在は短縮されている。また幾つかの汚染地区の地域社会は、「クリーン」だと分類されている。このようにして国家からの「汚染されていない食料」の供給は終わりを告げつつある。』

 最後の「結論」では、バンダジェフスキーの悲痛な危機感が私にはひしひしと伝わってくる。現在のベラルーシ政府の政策はまさしく、放射線被曝をベラルーシ全土の拡大し平均化しようとするものであり、子どもたちの将来を、目先の経済的利益と引き替えにしようというものではあるまいか?

 翻って現在の野田民主党政権の「被曝政策」はまさにないに等しく、被曝に対する科学的対応を抑えつけ、被曝を日本全国に拡げることによって平均化し、「フクシマ放射能危機」などは存在しないかのように振る舞っている。

 しかし事実は事実である。存在するものをないものとするわけにはいかない。私たちはこの被曝の押しつけに対して科学的に闘っていかなければならない。その方向性はこのバンダジェフスキー論文の「結論」に明瞭に示されている。


(なおこの論文の参照文献は以下があげられている。
1. Zhuravlev F. Toxicology of radioactive substances, Second Ed.pp 336, Energoatomizdal, 1990.
2. Bandazhevsky Yu I. Pathology of incorporated radioactive emission.Gomel State Medical Institute 2001; pp. 91.
3. Bandazhevsky Yu I. Radiocaesium and congenital malformations.Internat J Radiation Medicine 2001:3:10–11.
4. Bandazehvsky Yu I & Lelevich V V. Clinical and experimental aspects of the effects of incorporated radionuclides upon the organism. Gomel 1995; pp 128)