(2011.6.16) 
【参考資料】ヒロシマ・ナガサキ・フクシマ 
<参考資料>ECRR勧告:欧州放射線リスク委員会 第3章「科学的諸原理」
地球上の私たちは皆ヒバクシャという基本認識
   
 私たちはすべてヒバクシャ

 現在、欧州放射線リスク委員会(the European Committee on Radiation Risk − ECRR)が発表した2010年勧告を読んでいる。これは私の理解のためのメモ書きである。第3章「科学的諸原理」(“Scientific principles”)が面白い。ECRRのアプローチが、大げさに言えば古代ギリシャ以来積み上げられてきて、歴史の検証に耐え抜いてきた科学的方法論をベースにしていることを明確に宣言した章だ。

 ECRR自身が、現在放射線防護の世界標準であり唯一絶対といっていいほどの権威を持っている国際放射線防護委員会(ICRP)の徹底的批判からスタートした、と述べている通り、ECRRが自ら歴史の検証に耐え抜いてきた科学的方法論をベースにしていると宣言することは、ICRPの方法論は似非科学であり、常にバイアス(偏見)がかかり、従ってその結論は信頼が置けないと云っていることに等しい。

 さらにこの章は、ECRR2010年勧告全体のイントロダクション的性格も持っている。中で私が特に興味深かったのは、そして深く学ぶことが出来たのは、ヒバクシャの範囲である。

 第3章は次のように云う。

 『  核施設の近くに居住する住民の間には、異常に高いレベルのガンや白血病が確認されてきている。とりわけ再処理工場のように、人造放射性同位体による汚染が測定によって確認されているような場合にそうなっている。これにくわえて、地球規模での大気圏内核実験によって発生した人造放射能に被ばくした集団があり、また、核実験場の近くに住む風下住民らがいる。さらに、(チェルノブイリの小児白血病発生群のような)事故による放射能で被ばくした人たち、そして、原子力産業や核兵器産業における労働によって被ばくした人たちがいる。より最近の研究によれば、ウラン兵器の使用による放射性降下物にさらされた集団が加えられる。これらの集団は広い範囲にわたる遺伝学的・神経学的影響を示している。これらの結果については本報告書において後ほど述べる。』
「ECRR2010翻訳委員会」テキスト版p16。
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/pdf/ecrr2010_chap1_5.pdf>。
なお英語版はECRR原文を使用する。
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/pdf/ECRR_2010_
recommendations_of_the_european_committee_on_radiation_risk.pdf
>。
またなお第3章は「ECRR2010翻訳委員会」テキスト版では「科学的原理について」となっているが、私は「科学的諸原理」とした。)

 この記述で興味深いのは、ECRRは電離性放射性物質からの被曝のリスクに曝されている人々を次のように分類していることだ。

@ 核施設の近くに居住している人々。
A 地球規模での大気圏核実験で被曝した人々。
B 核実験場の近くに住む人々。(特にその風下の)
C 核事故によって被曝した人々。(特にチェルノブイリ事故やフクシマ事故の)
D 原子力産業や核兵器産業における労働者。
E ウラン兵器の使用による放射性降下物で被曝した人々。
 これに、
F 核兵器の実戦使用によって被曝した人々。(ヒロシマ、ナガサキの)

 を加えれば、このリストは完成し、この地球上でヒバクシャでない人を探すことの方が難しくなる。つまり私たちはみなヒバクシャなのだ。中には二重、三重のヒバクシャもいる。

 この認識は極めて重要だ。この認識は、なぜ、1975年以降世界的規模で女性の乳がん、男性の前立腺がんが激増したか、なぜ自分の身の回りで、様々な部位におけるがんで友人や知人や親戚、家族が次々となくなっているかを説明する鍵となる認識かも知れないからだ。話を先走しらせるはやめよう。

 科学的方法論、演繹法の基礎

 ECRR2010年勧告3章「科学的諸原理」はモンテーニュの随想録の「人間の本質は間違いを犯すことである。」という有名な一節を引用した上で、科学的方法論のうちの演繹法の基礎について次のようにのべる。

 『 それらのうちで最も重要とされる2つは次である。

  一致の規範(Canon of Agreement)
ひとつの現象に先行する諸条件の中に常に拠通するものがあれば、それはその現象の原因または原因に関係する因子と考えてよい。
 ・ 相違の規範(Canon of Difference)
ある効果が生ずる諸条件とその効果が生じない諸条件の中に何か違いがあるとすれば、その違いはその効果の原因、あるいは原因に関係する因子と考えて良い。』

 原発に関係して云えば、一致の規範とは、いくつかの地域、例えば半径5Kmの5箇所の地域で、共通して発がん率が以上に高く、いずれもその半径の中心に原発があるとすれば、原発の存在が発がんの原因、あるいは原因に関係する因子だという考え方は科学的に見て合理性があるということだ。

 また相違の規範とは、半径5Kmの5箇所の地域と別な5箇所の地域において、前者は発がん率が高く、後者は平常値だったが、前者では半径の中心に原発があり、後者では全く原発に縁のない地域だったとすれば、原発が発がんの原因またはそれに関係する因子だと考えることは、科学的に見て合理性があるということだ。

 この2つの規範に加えて、科学的知識は、独立した法則の発見によって加算的に増大するという蓄積の原理(Principle of Accumulation)と、その法則が真実であることへの信頼性は、その法則に合致した実例の数に比例するという実例確認の原理(Principle of Instance Confirmation)がその演繹的推論を補強する。さらにこの演繹的推論が正しいことを保証する議論がメカニズムの妥当性(plausibility of Mechanism)である、という。
 
 ここで上げられている規範なり、法則なり、枠組みはなにも特別なものはない。いずれも永年にわたって検証されてきた方法論であり、また経験上も正しいと認められているものばかりだ。


 ICRPとECRRは互いに相容れない

 ECRRはこれら方法論を自らの基本的方法論とすると述べている。この方法論を自らのものとする限り、ECRRモデルとICRPモデルは、少なくとも低線量内部被曝の分野においては、互いに相容れないとECRRは断定する。

 『  2つの排他的モデルが存在している。ICRPモデルがその一つである。それは還元主義者の、物理学に根拠を置く論拠に基づいており、現在のところ放射線被曝限度を法的に取り扱うために使用されており、低レベルの放射能は安全であると主張している。』

 正確にはICRPも「安全な被曝線量は存在しない。」と主張している。しかし、ならば、低線量の被曝も安全であるとは言えない、という結論になる筈だが、彼らの結論は低線量被曝は人体に害があるという医学的根拠はないと主張している。こう主張することによって、事実上「低線量被曝は安全である。」と主張していることになる。

 『  そしてもうひとつは、憂慮する独立系の誰でもが参加できるパブリックドメインにある組織やそれらと結びついている科学者によって支持されているモデルである。』

 すなわちECRRモデルである。

 『  それらは2つの異なる科学的方法論に基づいて導かれている。

 伝統的なICRPモデルは物理学にその基礎を置いている。・・・それは数学的であり、還元論的であり、極端に単純化されている。・・・それの扱う線量は、単位質量当たりの平均的エネルギー、すなわちdE/dMである。・・・使用される質量とは1kg以上である。』

 ICRPモデルは物理学に基礎を置いており、数学を使って説明が出来る。放射線のエネルギーは1kg以上の質量における平均的エネルギーとして扱われている。従って例えていうならば、

 『  石炭ストーブの前で暖をとっている人に伝わる平均的エネルギーと、その赤く焼けた石炭を口に放り込む人の体に伝わるエネルギーとは同じ平均的エネルギーであり、それらを区別しない。』

 『  その応用の基礎となっているのはヒロシマとナガサキの町における多くの日本人住民に対するガンマ線による(すなわち核爆発時の第一次放射線の)急性の、高線量外部被曝の結果であり、そこからがんや白血病の発生率が決定されている。』

 高線量外部被曝とがんや白血病の発生率の関係が、そのまま低線量の内部被曝と疾病の発生との関係に持ち込まれ、ICRPモデルの特徴である「線形しきい値なし」(Linear No Threshold -LNT)ができあがっている。


 ECRRモデルは帰納法的

 これに比べてECRRモデルは、『機構論的/疫学モデルであり、帰納法のプロセスを通じて産み出されてきた。』

 ICRPモデルは演繹的プロセスから産み出されてきたのに対し、ECRRモデルは帰納法的プロセスから産み出されてきた、とECRRは主張している。

 ここで演繹法と帰納法の違いについて考えてみたい。演繹法 (deduction)も帰納法(Induction)も哲学的にいえば推論の方法である。アプローチが違うだけだ。演繹法は、一般的・普遍的な前提から、より個別的・特殊的な結論を得る推論方法である。だから一般的・普遍的な前提が正しければ、そこから得られる結論(推論)は正しい。このケースでいえば、「高線量外部被曝とがんや白血病の発生率の関係は一般に放射線被曝と疾病の発生率との関係である。」とする前提が正しければ、「低線量内部被曝と疾病との関係は直線的比例関係にある」とする結論もまた正しいことになる。

 帰納法は、演繹法と全く逆で個別的・特殊的な事例から一般的・普遍的な規則・法則を見出そうとする推論方法である。このケースで云えば、「低線量の内部被曝では、多く白血病やがんの発生が見られた。だから低線量であっても内部被曝の場合は疾病が起こりうるのではないか」と推論すれば、これは帰納法による推論である。ただし帰納法の場合は、推論が正しいとは限らない。だからこの推論を確認する別な科学的検証法で確認出来た時に、はじめてこの推論は正しい結論となる。だから帰納法的アプローチは必ず別に独立した検証方法と組み合わせる必要がある。ECRRが一致の規範や相違の規範、蓄積の原理や実例確認の原理を重要視して疫学的調査や研究を行うのも理由のあることである。

 一方でICRPの生命線は、「一般に放射線被曝と疾病の発生率との関係である。」とする前提である。この前提が普遍の法則であることを証明しなければならない。これが仮説に止まる限り、その結論も仮説のままである。私たちは仮説に従って自らの健康を放射線から防護することは出来ない。

 ところが、ICRPはこの前提の仮説を一向に証明しようとしていない。この仮説は権威によって支持されているから「普遍の法則」であると主張しているように私には見える。医科学的真理は、権威や多数決によって決まるものではない。事実によってのみ支持される。


 「線形しきい値なし」仮説は内部被曝を説明しない

 ECRRは、冒頭に述べた7種類の内部被曝のケースを調べた。少なくとも現在も調査・研究は続行中である。7種類の被曝のケースをもう一度繰り返すと以下の通りである。

@ 核施設の近くに居住している人々。
A 地球規模での大気圏核実験で被曝した人々。
B 核実験場の近くに住む人々。
C 核事故によって被曝した人々。
D 原子力産業や核兵器産業における労働者。
E ウラン兵器の使用による放射性降下物で被曝した人々。
F 核兵器の実戦使用によって被曝した人々。

 そして次のように述べている。
 『 することについては、(いくつかの留保つきで)基本的に容認されると考えている。・・・疫学研究において、観察される傾向を性格づけるために線量応答の直線性が仮定されていることにも懸念を抱いている。数多くの疫学研究が最も高い線量において健康影響が低下することを示しているが(すなわち線量応答は直線的ではない)、そのような結果になる妥当性のある理由が幾つかあるにもかかわらず(例えば、高線量での細胞致死)、観察された影響は放射線被曝が原因ではありえないと主張するために使われている。』

 ECRRも「高線量外部被曝」については、ICRPモデルは基本的に正しいといっている。

 しかし、低線量分野、たとえば低線量の慢性外部被曝の分野、あるいは特に低線量内部被曝に関しては「線形しきい値なし」仮説は妥当しない。妥当しない事実が観察上発見されているにもかかわらず、ICRPは自らの仮説(演繹法の前提あるいは法則)に変更を加えようとしていない。それでは、自らの仮説に合致しない事実や観察はどう処理するか?

 簡単である。そうした事実や観察は「放射線被曝が原因ではない。その他の事象が原因だ。」と主張することによって、仮説を維持している、というのがECRRの主張である。

 従ってECRRは、
 『 内部被曝に対して外部被曝モデルを拡張あるいは応用するICRPのやり方は、科学的方法論の重大な悪用がある。』と断じている。
・・・小児白血病が多発している核施設の存在だけで、ICRPリスクモデルが間違っていることを立証するのに十分である。これらのデータは1980年代から明らかになっているにもかかわらず、いまだに何もなされていない。』

 ここで第3章はICRPモデルとECRRモデルの比較表を掲げている。それは次のようなものである。
(日本語テキストの表示を一部変更している。内容は変わらない。)

被曝のタイプ   ICRPモデル応用性 ECRRが確認した致死がんの誤差 
急性外部被曝
(100mSv以上)
可能 0.5〜25
外部被曝
(100mSv以下)
極近似的には可能だが、 
および生体の応答反応に難あり。
1〜50
内部被曝
(100mSV以下)
不可能 1〜2000
内部
高原子番号の元素
不可能 1〜2000

 上記の表で、内部被曝の100mSv以下、と云うカテゴリーがいわゆる「低線量内部被曝」のカテゴリーである。これにICRPモデル(線形しきい値なし)を応用することは不可能である。内部被曝は全く異なるメカニズムで考えなければならない。

 内部・高原子番号の元素というカテゴリーは大きく云えば「低線量内部被曝」のカテゴリーであるが、様相を異にする。これは放射線量というよりもいわゆるホットパーティクルを想定している。例えば、ウラン化合物やプルトニウム化合物の極粒子(たとえば1ミクロンとか2ミクロンとか)が内臓の一部に付着したとする。これがホットパーティクルなのだが、これは臓器全体に対する放射線量といった平均値で健康への影響を評価することが出来ない。その極微粒子はほぼ永久に(一人の人間の寿命からすると、永久に、と云う表現は決して誇張ではない。)電離放射線を出し続け遺伝子に対して攻撃を加え続ける慢性内部被曝の状況となる。ICRPのリスクモデルはこうした内部被曝のリスクを全く想定していない。

(ECRR2003の表紙を飾ったホットパーティクルの電子顕微鏡写真。肺の組織についた酸化プルトニウム粒子が放射線を出し続けており、その飛跡の撮影に成功したもの。
放射している線の中心にあるのが、2ミクロンの酸化プルトニウム粒子。プルトニウムの半減期は1万年を超える。
肺などの循環器系以外の組織についたものは、体外に排出されにくい。
この1ミリにも満たない、計測不可能な放射線によって、遺伝子は常に傷つけられる。
遺伝子には修復機能があるため修復しようとする。しかし放射線によって修復中も常に傷つけられる。
やがて正常に修復されず、癌などの病気になる可能性は非常に高い。) 


 ICRPにかかるバイアス

 こうした全く信頼することのできない放射線防護モデルであるICRPリスクモデルが何故世界で唯一の権威として認められ、ほぼ世界中の国々で放射線防護基準として取り入れられているのであろうか?

 ECRRは、それは医科学的理由というよりも政治的な理由だと述べている。それはICRPの直近の勧告である2007年勧告(Pub103)作成報告のプロセスに端的に表れているという。

 『 当然、・・・反対意見の報告書は引用しないICRP2007には、偏向(bias)が拡がっている。・・・(それ故)ICRP2007に引用されている参考文献の母体を調べることは有益である。そこには286点の参考文献がある。』

 これら参考文献は、ICRPやIAEA(国際原子力機関)、あるいはUNSCEAR(United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation=国連放射線影響科学委員会)やNCRP(National Council on Radiation Protection and Measurements=米国放射線防護測定審議会)など、ICRPと一体化したリスク機関の発表した論文、査読のある専門誌からの引用、ICRP会員の論文などから成り立っている。

 ここで「査読」(ピアレビュー)という言葉が出てくるが、これは論文公表前に匿名の審査機関が事前に論文チェックをすることである。科学的に見て公平な審査であれば問題はないのだが、往々にしてこの「査読」は事前検閲に使われる。編集者や審査機関の意向に沿わない論文は書き直しを求められ、それに応じない場合は査読に通らなかったとして掲載されない仕組みになっている。

 従ってICRPが利用しようと思えば可能なチェルノブイリ事故の放射線影響に関する多くの参考文献やECRRの科学者によって提供された多くの文献はICRP2007には全く反映されなかった。

 ICRPは2007年勧告を作成するに当たって、インターネット協議を行ったが、ECRRの科学者はこのインターネット協議に参加した。そこでのやりとりはWeb上で公開された形で行われた。

 『 しかしながら、これらの提案や引用は(ICRP2007の)最終版には入れられなかった。
2005年ICRP草稿の中には次のような一文があり、それはインターネット上で公表されていた。

「(50) 臓器器官や組織内に存在する放射性核種から放出された放射線、いわゆる体内放出体について、その器官における吸収線量の分布は放射線の透過力と飛程や臓器・組織内での放射能分布の均質性に依拠する。アルファ粒子や低エネルギーベータ粒子、低エネルギー光子、オージェ電子を放出する放射性核種について、吸収線量の分布は極めて不均一となる。この不均一性は、飛程の短い放射線を放出する放射性核種が臓器・組織の特定の部位に位置した場合、例えば、プルトニウムが骨の表面に沈着したり、ラドン娘核種が気管支の粘膜や皮膜組織についた場合に、特に重要である。そのような場合、臓器で平均化された吸収線量は確率的な損傷を計算するためのよい線量とはならない。それゆえ、平均臓器線量と実効線量の概念を適用することは、そのような場合には批判的に検討される必要があり、時には、実証的で実用的な方法が採用されなければならない。

 しかし、ICRP はそのような被ばくを引き起こす同位体の線量係数をまったく変えなかったし、そのような実証的で実用的な方法もまったく採用しなかった。そして上記のやっかいな段落は最終的なICRP2007 報告からこっそりと削除された。』

 要するにICRPは自らの主張に不都合な研究や事実・報告は無視してきたのである。だから仮説としての「線形しきい値なし」理論はいつまでも仮説であり、検証されないままの前提なのである。

 ECRR2010年勧告の第3章「科学的諸原理」は、ICRPの科学的方法論の誤りを指摘し、その誤りは確信犯的であるだけに悪質であり、その誤りを科学的外観を装いながら維持する手口も説明している。その手口の中には、ICRPに反対する研究者は何故か研究資金を失い、時には職も失うケースも含まれる。

 こうした「似非科学的」なリスクモデルを基にして、「フクシマによる放射線の影響」を考えること自体が、私たち日本人の自殺行為だと言うことは何度でも繰り返して述べておかなければならない。