(2011.7.6)


2011年7月3日 小出裕章広島講演スライド
「福島原発震災から原子力の終焉に向けて」


 京都大学・原子炉実験所、助教・小出裕章が、2011年7月3日(日)広島市内、中国新聞社ホールで、「福島原発震災から原子力の終焉に向けて」と題して講演を行った。

 「原発はごめんだヒロシマ市民の会」と「カトリック正義と平和広島協議会」の共催。同ホールは500人が定員だが、約560人が参加し、立って講演を聞く人もいた。

 講演を聞く限り小出には「ヒロシマ」に対して特別の思い入れがあるようだ。

(広島で講演する小出裕章氏)

(photo by sarah amino, taken on 7.5, 2011)

 話は1945年3月の東京大空襲から始まる。TNT火薬換算で1685トンの爆弾が投下されたこの大空襲はわずか一晩(3月10日)で、下町を中心にして東京を焼け野が原にした。焼夷弾を中心にしたこの空襲で死んだ人約10万人、家を失い焼け出された人約100万人。小出の生まれ故郷の東京・御徒町も焼け野が原になった。(小出は1949年生まれ。)

 
(写真はスライド2枚目「東京大空襲」)

 続いて広島原爆の惨状が写真で提示される。黒こげになった死体が東京大空襲の惨状とダブる。長崎の惨状。

 東京大空襲と「ヒロシマ」「ナガサキ」との違いは大きいように見えて、「不条理」と言う点では同じだ、と小出は云いたいようだ。

 一連の東京大空襲では、「国際人道法違反」を懸念したトルーマン政権の陸軍長官、ヘンリー・スティムソンは、ヒロシマではもうその懸念を表明しなかった。
 (「ヘンリー・スティムソン日記・1945年6月1日付け」参照の事。<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/stim-diary/stim-diary19450601.htm>)

 ここで小出は、原子力の核分裂反応を簡単に説明する。そして「核分裂反応は本質的に爆弾(兵器)向け」と結論する。(当日プレゼンテーションスライド21枚目「核分裂の秘密」参照の事)

(21枚目のスライド、「核分裂の秘密」説明時の様子)

 しかしその本質的には兵器に向いた技術を使った原子力発電を、「平和利用」「夢の技術」ともてはやした。原爆投下後、このプロパガンダキャンペーンはアメリカに始まり、世界中にマスコミを使って喧伝された。

 『  さて原子力を潜在電力として考えると、まったくとてつもないものである。しかも石炭などの資源が今後、地球上から次第に少なくなっていくことを思えば、このエネルギーのもつ威力は人類生存に不可欠なものといってよいだろう。

(中略)電気料は二千分の一になる。
   
(中略)原子力発電には火力発電のように大工場を必要としない、大煙突も貯炭場もいらない。また毎日石炭を運びこみ、たきがらを捨てるための鉄道もトラックもいらない。密閉式のガスタービンが利用できれば、ボイラーの水すらいらないのである。もちろん山間へき地を選ぶこともない。ビルディングの地下室が発電所ということになる。(1955年12月31日、東京新聞)』
(スライド22枚目参照の事)

 そして話はチェルノブイリ事故へ。原子力発電が危険なものであることは、原発推進派学者・研究者が一番よく知っていた。だから原発を、人口密集地・都会には作らないことにした。
(スライド37枚目「原子炉立地審査指針」を参照の事)


 (スライド31枚目、チェルノブイリの説明時)

 だから東京都知事の石原、大阪府知事の橋下がなんといおうが、金輪際原発は東京湾や大阪湾には出来ないのである。(二人ともこの指針のことはよく知っているから、原発支持のダボラを安心して吹きまくれたのである。)

 そして福島原発事故の惨状。

チェルノブイリ事故の避難基準を適用すれば、琵琶湖の2倍、日本の法令を厳密に適用すれば、福島県全域に匹敵する地域を放棄しなければならない。』
(スライド52枚目参照のこと)

 失うものの余りの大きさにひたすら茫然とするばかりである。

失われる土地、強いられる被曝、崩壊する一次産業、崩壊する生活』
(スライド54枚目参照のこと)

 そして話は中国電力が今計画中の山口県・上関原発に及ぶ。「電気の需要が供給に追いつかない。だから原発を」という詐欺師まがいの中国電力の言い分のウソが簡単に暴かれる。(スライド57枚目参照のこと)

 電気が足りないのではない。原発を作りたいためにこれまでの水力発電設備や火力発電設備を休止させているだけだ。(これは東京電力、関西電力も同様だ。)

 もし上関発電所が事故を起こせば、「被爆地広島」はどうなるか?(スライド58枚目参照のこと)

 いや事故を起こさなくても、原発は“基準値内”で放射能を垂れ流し続けているのだ。

 “核兵器”(Nuclear Weapon)と“原子力発電”(Nuclear Power Plant)は同じ“核”なのだ。

 「核発電」を「原子力発電」と言い換え、軍事利用と平和利用とは別物だ、と強弁してきたその厚かましさ。そしてその宣伝に簡単に参ってしまう私たちの愚かさ。

 核の軍事利用(核兵器)と核の産業利用(原発)はもともと同じ母親から生まれた「双子の兄弟」なのだ。醜いところまでもうり二つだ。秘密とウソと腐臭ふんぷんたる金の匂いまでうり二つなのだ。

 そして小出の矛先は、「核兵器廃絶」を訴え続ける「ヒロシマ」に向かう。双子の兄弟の兄を廃絶の対象とするくせして、弟は見逃すのか。弟は人類を滅ぼさぬとでもいうのか。
そして小出は広島の慰霊碑に刻まれた言葉を最後に持ち出す。

安らかに眠ってください。あやまちは繰り返しませぬから。』
(スライド63枚目参照のこと)

 いったい誰に向かっていっているのか? 自分たちの眼前に原子力発電所が出現しようとしているのに、誰に安らかに眠れ、と云っているのか?

 島根県・鹿島の原子力発電所に対しても、「ヒロシマ」は沈黙を守り続けてきた。今上関からも目をそらし続けている。

photo by sarah amino
 小出はこの講演を次のように結んでいる。

被爆地・広島が核兵器廃絶のため、活動していることをありがたく思う。
しかし、核と原子力は同じものです。
原子力発電廃絶のために使う力はないということであれば、理解できる。
しかし、原子力の平和利用ならいいということであれば間違いだと私は思う。』
(スライド64枚目参照のこと)

 これ以上中国電力・上関原発に沈黙を続け、目をそらし続けるなら、それは「偽善のヒロシマだ」と小出は云っているように、私には思えた。

跳べ!ここがロードスだ!』


2011年7月3日 小出裕章広島講演
「福島原発震災から原子力の終焉に向けて」

 
(質疑応答時の様子。15分の休憩を挟んで始まったが、ほとんど帰る人はいなかった。)