(2010.5.19)
<イラン核疑惑>関連資料

イラン、トルコ、ブラジル核燃料取り引きに合意
−テヘラン・タイムス

朝日新聞、テヘラン北川学の記事

 イランの医療用ウラン濃縮問題が一定の解決を見た。イラン、トルコ、ブラジルの三カ国の間で核燃料スワップ合意ができたからだ。この記事は、2010年5月18日付けテヘラン・タイムス(英語電子版)<http://www.tehrantimes.com/index.asp?newspaper_no=10873&B1=View+the+newspaper>を中心にそのいきさつを見ておく。

【写真左:イラン、トルコ、ブラジル三国の核燃料スワップ取り引き合意を一面で伝えるテヘラン・タイムス。
写真下:合意を喜び合う、ダ・シルバ・ブラジル大統領(前列左から2人目)、モッタキ・イラン外相(3人目)、アフマディネジャド・イラン大統領(中央)、エルドアン・トルコ首相。(いずれも前出テヘラン・タイムス電子版からコピー・貼り付け)】


 先に、同じ内容を朝日新聞が5月18日付けで伝えているのでそれを見ておこう。
<http://www.asahi.com/international/update/0517/TKY201005170227.html>


 短い記事なので、全文引用しておく。


『「イラン、低濃縮ウランの国外搬出で合意 相手国はトルコ」

【写真は前出朝日新聞のサイトからコピー・貼付】
 
<記事の写真説明は、テヘランで17日、ウランの国外搬出に合意し、ブラジルのルラ大統領(左)、トルコのエルドアン首相(右)と手を取り合うアフマディネジャド・イラン大統領=AP、というものだが、ブラジル大統領“ルラ”は彼の愛称。正式には「ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ」で、表示は「ダ・シルバ大統領」が一般的>

 【テヘラン=北川学】イランの核開発問題をめぐって国際社会が追加制裁に向けた論議を進める中、同国は17日、保有する低濃縮ウラン(濃縮度3.5%)を国外搬出することで仲介に当たってきたトルコ、ブラジルと合意した。これまで国外搬出を拒んできたが、相手国を隣国トルコとすることで、譲歩に転じた。

 ただ、イランの核問題への対応は二転三転しており、実現までには曲折も予想され、制裁回避につながるかどうかは不透明だ。

 イランは近く、国際原子力機関(IAEA)に合意内容を正式に通知する。アフマディネジャド大統領は同日、「我々の核計画をめぐって誠実で公正な協議を期待する」と、制裁へ向け議論を続ける国連安全保障理事会の理事国に対話を呼びかけた。

 協議のためイランを訪問していたブラジルのルラ大統領は「外交的勝利だ」と述べ、トルコのダウトオール外相も記者団に「これ以上、イランへの追加制裁は必要ない」と語った。

 イラン学生通信などによると、(1)イランは保有する1.2トンの低濃縮ウランをまずトルコに搬出し、IAEAの管理下に置く(2)フランス、ロシア、米国などが合意した場合、20%に濃縮・加工された核燃料棒120キロを受け取る――などが主な合意内容だという。

 イランが現在保有する低濃縮ウランは約2トン。現在も生産は続いており、国内に残る低濃縮ウランも今後、議論になりそうだ。

 イランは、放射線治療などに使うアイソトープを製造すると主張するテヘラン研究炉の核燃料が少なくなったとして昨年5月、IAEAに協力を要請。IAEAは10月、「将来の原子力発電用」としてイランが製造・蓄積してきた低濃縮ウランをロシアで20%に濃縮、フランスで核燃料棒に加工して再びイランに戻すことを提案した。イランもいったんは合意したが、翻意した経緯がある。

 そうした中、イランが2月、自前での20%濃縮に踏み切ったため、核兵器への転用を疑う米国は強く反発し、対イラン追加制裁をめぐる論議が高まった。イランはウラン濃縮施設10カ所の新設計画も公表しており、制裁をめぐる論議に拍車をかけていた。

 ともに安保理の非常任理事国で、追加制裁に否定的とされるトルコとブラジルが、米国などとの「仲介役」となり、15日にはルラ大統領、16日にはエルドアン・トルコ首相が相次いでテヘラン入りし、イラン側と協議を重ねていた。』

何故突然ブラジル、トルコが登場するのか?

 今までこの問題を朝日新聞で読んできた読者には、いきなり「放射線治療のアイソトープ」だの、「頑なに国際社会を拒否するイラン」がなぜブラジルとトルコと合意したのか、などわからないことだらけだと思う。

 もう一つこの記事がわからないのは、朝日新聞のテヘランに駐在する(のだと思う。なのに何故合意の肝心な部分をイラン学生通信の報道に頼らなければならないのか。外相のモッタキにインタビューでも申し込めば、日本のメディアであれば、モッタキは喜んで時間を作ってくれると思う。北川は本当にテヘランにいるのだろうか?)北川という記者が、2つのことを混同しているためだ。

 一つは原子力発電用ウラン濃縮問題。もう一つはガン患者治療用アイソトープ製造用のウラン金属棒入手問題。北川が「核燃料棒」と書いているのが、この「ウラン金属棒」のことだ。そして北川の記事で、「テヘラン研究炉の核燃料が少なくなった」と書いているのがこの問題だ。これは研究用原子炉というより(それ自体は間違いではない)、医療用原子炉だ。この医療用原子炉にウラン金属棒(一般にはペレットと呼ばれている。)を投入しなければ、アイソトープ治療用の医療用原料は生成されない。アイソトープ治療ではウラン濃縮度は約20%。それでは20%ウラン濃縮を行えば自動的にこの金属棒を入手できるのかというと、それは別問題だ。20%濃縮ウランから金属棒を製造するにはまた特別な先進技術が必要だ。この技術をもっているのは、フランス、アメリカなど一部「原子力エネルギー利用技術先進国」に限られる。

 イランはこのペレット(ウラン金属棒)を入手したかったのだ。

 この「ペレット入手問題」と原子力発電用のウラン濃縮問題を、北川は完全に一つの問題として混同している。

アメリカ国務省のシナリオに沿った報道

 しかしそれもやむを得ない。「イラン核疑惑」問題を朝日新聞は、アメリカ国務省(従って日本の外務省)のプロパガンダのブリーフィングの線に沿って報道してきた。アメリカ国務省のブリーフィングに従えば、原子力発電用のウラン濃縮問題とアイソトープ治療用のウラン金属棒(ペレット)入手問題は、一つの問題であり、それはイランが「核兵器を開発している」証拠だ、と説明してきているからだ。

 もちろん北川の今回記事も、アメリカ国務省のプロバガンダ・ブリーフィングの線に沿って構成している。それだけに、何故トルコやブラジルが突然出てきたのか、言い替えれば、この非同盟諸国の2つの大国が何故「イラン支援」に回ったのかが全く説明されない。

 北川は、『ともに安保理の非常任理事国で、追加制裁に否定的とされるトルコとブラジルが、米国などとの「仲介役」となり』として、トルコとブラジルの動きを説明した積もりだが、なぜ両国が「追加制裁」に否定的なのか、そして何故「仲介役」を買って出たのかもこの記事によっても説明されていない。

 実は、トルコやブラジルの動きは、IAEAの民主化の問題、さらには国連の民主化の問題と密接に絡んだ動きなのだが、アメリカ国務省のプロバガンダに完全に洗脳されてしまっている北川には、思いもよらない話になる。

イランの放射線治療ガン患者は85万人

 ここで昨年からのいきさつをざっと振り返っておこう。

 イランにはガン放射線治療を待っている患者が約85万人いる。多くはサダム・フセインと闘った「イラン・イラク戦争」の時、イラク側が使用した毒ガス兵器の影響と見られる。イラン国内からはその医療用アイソトープが急速に欠乏しつつある。

 ウラン濃縮度は、原子力発電用3.5%―5%、医療用20%程度、それから研究用、実験用と用途があるが、これらはほぼ濃縮度30%以内だ。アメリカ海軍の原子力潜水艦(他の国も同様だとは思うが)の原子力燃料は、濃縮度40%ウラン燃料である。兵器級となると、一挙に跳ね上がる。濃縮度90%以上である。

 イランが癌放射線治療用の濃縮ウラン、もう少しいえば、これを特殊金属棒にした治療用材料を必要とし、IAEAに入手を依頼したのだ。これがいつ頃なのか私には確認できていない。ともかく先の朝日新聞の記事では、「09年5月」としている。

 IAEAはこれを断る理由がない。というのはNPTでは、原子力エネルギーの平和利用は、これを積極的に奨励し、援助することになっているからだ。軍事開発で得られた技術でもこれが平和利用に転用できるなら、IAEAはこれを積極的に参加国が利用できるように取りはからわなくてはならない。もちろんIAEAの厳重な監視と立ち会いの下においての話だ。

米ロ仏が交渉相手

 この話に飛びついたのがアメリカ、ロシア、そしてフランスだ。まずアメリカ。イランが医療用放射線原料として、20%濃縮ウランを材料とした特殊金属棒を必要としているのは事実だが、この医療用原子炉はアメリカ製だ。

 次にロシア。ロシアはイランにウラン濃縮作業そのものをあきらめさせたい。はっきりいってウラン濃縮はすべてロシアが行って、イランに供給したい。これはアメリカも同様だ。

 フランスはこれまで長い歴史的な確執があって、イランへの「原子力エネルギー市場への進出は皆無」に等しい。今回の話をきっかけにイラン市場に参入したい。なにしろイランは近い将来、国の電力需要全体の15%までを原子力発電でまかなうことを政策化している国だ。

 アメリカ、フランス、ロシアはこの話に、イランが在庫している原子力発電用の低濃縮ウランを取り上げる話に結びつけた。

 少なくとも09年10月20日ごろまでに、フランス、ロシア、アメリカの三カ国は、放射線治療用濃縮ウラン特殊金属棒を必要とするイランに対して、「イランがこれまで在庫した一定量の低濃縮ウラン(濃縮度3.5%)を提供してくれれば、それを加工して放射線治療用のウラン金属棒を提供しよう。」という提案をした。

 これが日本の新聞紙上でいわれる「5+1」提案だ。

フランス排除の合意草案

 09年10月21日、この「5+1」提案でイランが合意する提案の草案が、エルバラダイIAEA事務局長(=当時)立ち会いの下、ウィーンでまとまった。

 イランがフランスをウィーンでの協議から排除したとの情報を国内の複数のニュースサイトが報じたのは、ウィーンで開かれた協議初日が終わったときのことだった。その翌日、イランのマヌーチェフル・モッタキー外相は、イランは自らが必要としている燃料をアメリカ及びロシアから確保する意向であることを、正式に表明した。』

 とイラン国営通信が伝えたのはこの時である。

エルバラダイIAEA事務局長は記者団を前に、ウィーン協議はテヘランの研究炉で必要とされる燃料供給の方式を確立するためのものだったとし、「この原子炉は、医療用アイソトープの製造という人道主義的な分野で利用されるものだ」と述べた。』
と伝えられたのもこの時のことである。

 ところがその後、本案が示されると、イラン側は驚いた。草案ではあくまで契約当事者はロシアである。だからイラン側は了承した。ロシアが自国で20%ウラン濃縮をして、肝心の金属棒(ペレット)製造をどこの国に下請けに出そうが、ロシアの自由である。ロシアが契約当事者として、ペレットの供給に責任をもってくれればそれでいい。だから草案を飲んだ。ところが本案では、フランスがペレット製造供給責任者として名前を連ねている。

 これはイラン側は飲めない。というのはフランスはこれまでただの一度も、イランとの2国間合意を守ったことがない。おまけにフランス大統領サルコジはこれまで、アメリカとともにイラン制裁の先頭に立ってきた。

フランスを全く信用しないイラン

 イランはフランスを全く信用のできない国として排除し、ロシアとアメリカだけなら合意する、といったん表明していたわけだ。だからフランスが金属棒に加工するのは、構わない。それは、米ロ仏3カ国内部の問題だ。あくまでロシアが責任を持つならそれでもいい、と考えていた。

 イランがフランスに不信感を持つ最大の理由は、世界最大のウラン濃縮工場ユーロディフに対するイラン側の出資10%と貸付金を、たびたびの約束にもかかわらず、未だにイラン側に返済していないことが挙げられる。

 アメリカ、フランス、ロシア三カ国にとって案の定というか、意外にもというか、イランはこの本案を蹴った。日本のメディアが、「イランはいったん受け容れたIAEA案を蹴った。交渉の引き延ばしがその狙いと見られる。」とアメリカの国務省、日本の外務省のブリーフィング通りの報道をしたのは、この時のことだ。

 それでも医療用濃縮ウラン特殊金属棒を供給してくれるなら、それでもイランは構わない。しかし、その当の相手国がフランスであって見れば、まずフランスが約束通り、この金属棒を供給してくれる保証はまったくない。またフランス、アメリカ、ロシアの結束は固く、草案時に示した「ロシアが責任当時国」とする提案に戻すことは一切拒否している。イランはまたもフランスに嵌められたというべきだろう。こうして、事態は膠着状態に入った。

 そして、イランの大統領アフマニネジャドは2009年2月8日、医療用ウランの濃縮を20%未満で実施することをIAEAに通告し、2月9日その実施を命令したのである。しかし、これはイランにとっても本意ではない。たとえ20%の濃縮ウランを入手できたとしても、必要なのはそこから製造する医療用特殊金属棒(ペレット)だ。それを製造する技術もスタッフも施設もイランにはない。
以上「世界を駆けめぐる不気味な戦争待望論」<http://www.inaco.co.jp/isaac/back/027/027.htm>の「医療用濃縮ウラン」「イランに必要な放射線癌治療濃縮ウラン」「米ロ仏の提案」「イランが仏を排除したい理由」「合法的な協定を破ってきたフランス」「契約の本案で復活したフランス」の項を参照の事。)

イランの信頼できる第三国探し

 だからその後もイランは、信頼できる第三国が契約当事者なら、当初構想通り、「原子力発電用の濃縮ウラン」を引き渡して、その後金属棒(ペレット)を受け取る案は生き続けている、と言明してきた。今年初めイランの高官が日本を訪問したが、これも日本に「信頼できる第三国」になって欲しいという要請が主目的だったと思われる。(もちろん対米従属下の日本がこれを受け入れるはずがない。)

 『これまで国外搬出を拒んできたが、相手国を隣国トルコとすることで、譲歩に転じた。』と朝日新聞の北川はテヘランから記事を送ってきているが、「譲歩に転じた。」わけでもなんでもなく、イランは最初から云っていることを、トルコ、ブラジルの助けを得て実行に移しただけだ。

 今考えてみて、フランス、ロシア、アメリカの三カ国が、エルバラダイ調停を覆して、4カ国個別契約を本案で示して、イランがこれを蹴れば、国連安全保障理事会で「追加制裁」に持ち込めると考えていたのではないか。拒否権をもつ中国は、賛成しないまでも「棄権」して呉れればいい。ところが、「経済制裁」は、これまでもさほど効果がなかった。これは、外交問題評議会・理事長、リチャード・ハースも認める通りである。
「外交問題評議会・理事長リチャード・ハース、対イラン戦争を呼びかける」
http://www.inaco.co.jp/isaac/back/028/028.htm>の「狡猾的核不拡散体制」の項参照のこと。)

 大体、もしこれまでの経済制裁が効果をもっていたとしたら、世界経済が恐慌化し、経済規模が縮小した2009年、イランが4.1%の経済成長を遂げられたはずがない。
「国際通貨基金(IMF)推測による世界各国GDPの推移−2007年-2013年」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/world_data/GDP_IMF.htm>の「経済成長を遂げた諸国」の表を参照の事。)

 従ってアメリカ・フランスが、狙った「経済制裁」は、イラン経済を締め付けるというよりも、「イランの国際的」孤立化のイメージ作りが主眼だったのだろう。

 しかし案に相違して、アメリカ、フランスはイランの孤立化イメージを狙った「追加制裁」にも失敗する。(今のところ)

 それどころか、アラブ諸国やラテン・アメリカ諸国は、陰に陽に「イラン支持」に回った。とにかく朝日新聞の記事だけを読んでいると、イランをめぐる情勢はさっぱりわからない。

戦前の大本営発表に似てきた

 私は、「イランをめぐる国際情勢」をめぐる日本の主要メディアの報道を見ていると、戦前「日中戦争」の時の日本の主要メディアの報道を思い出す。

 たとえば、第二次国共合作の直接のきっかけとなった「西安事件」の報道だ。1936年(昭和11年)12月、西安で「内戦停止派」の張学良が蒋介石を監禁し、8項目の要求を突きつけた。結局、蒋介石は張学良の要求を飲んで、抗日に転ずる。実際この時の張学良の蒋介石に対する要求は次の8項目だった。「@南京政府の改組、諸党派共同の救国、A国共内戦の停止、B抗日7君子の釈放、C政治犯の釈放、D民衆愛国運動の解禁、E人民の政治的自由の保証、F孫文遺嘱の遵守、G救国会議の即時開催」

 一言で云えば、蒋介石に共産軍を主要敵とせずに、軍国日本の中国侵略に対して中国人民とともに闘え、という要求だった。ところが、当時スターリン支配のソ連のメディアは「親日分子の陰謀」「反日勢力の団結を破壊する動き」と報じた。日本のメディアは朝日新聞、毎日新聞をはじめ、軍部のブリーフィング通り「張学良独立政府とソ連が協定を結んだ」とソ連陰謀説を一斉に報じた。これは「抗日民族統一戦線結成の動きである」と鋭く予見したのは、朝日新聞の尾崎秀実ただ1人であった。
「中国近現代史年表<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/china/nenpyo.htm>)

 イランをめぐる情勢も、今や戦前の中国をめぐる情勢同様、日本の既成メディアは「大本営発表」になっているようだ。
ただ今の大本営は、「アメリカ国務省」とその下請け機関、日本の外務省に変わっているだけだ。)

テヘランに集結したトルコ首相、ブラジル大統領

 さて前置きが長くなった。朝日新聞の記事も含めて以上の情報を念頭に置いて、2010年5月18日付テヘラン・タイムス「イラン、トルコ、ブラジル核燃料取り引きに合意」と題する記事を見ていこう。

 テヘラン発―イラン、ブラジル、トルコは月曜日(5月17日)テヘランにある研究用原子炉に燃料を供給するための核燃料スワップ協定に署名した。

 この燃料交換はIAEAとイランの監督の下にトルコにおいて行われることになる。

 この取り引きはイランに対して、その1200キロ(1.2トン)の低濃縮ウラン(濃縮率3.5%)とテヘランにある研究用原子炉燃料となる濃縮度20%の核燃料120キロとの交換を要求している。この研究炉はガン治療のための放射性同位体(radioisotopes−以下「アイソトープ」と略。本来アイソトープは同位体を意味するだけで、放射性同位体そのものではない。しかし日本では、「日本アイソトープ協会」<http://www.jrias.or.jp/index.cfm/1,html>自体が、ラジオアイソトープとせずに単に「アイソトープ」としているのでやむを得ない。)を製造するためのものである。』

この協定によれば、イランはこの取り引きについて、書面で5月24日までにIAEAに通告しなければならない。』

 ここまででおわかりのように、今回取り引きは、イラン、トルコ、ブラジルの3カ国間の取り引きであるが、あくまで核兵器不拡散条約の規定に基づいて、IAEAの監督と承認のもとに行おうとしていることがわかる。

 ここで冒頭に紹介した朝日新聞の北川の記述を思い出して欲しい。北川は次のように書いている。 

 イラン学生通信などによると、(1)イランは保有する1.2トンの低濃縮ウランをまずトルコに搬出し、IAEAの管理下に置く(2)フランス、ロシア、米国などが合意した場合、20%に濃縮・加工された核燃料棒120キロを受け取る――などが主な合意内容だという。』

 私はイラン学生通信が上記のような不正確な報道をしていると確認できていないが、「フランス、ロシア、米国」が合意した場合にのみこの協定が有効だ、トルコの低濃縮ウランはIAEAの管理下に置く、と云う書き方になっている。

 テヘラン・タイムスの記述からすると、不正確というか、ウソに近い内容になっている。

 IAEAの本来精神、核兵器不拡散条約の条文上の解釈からは、「フランス、ロシア、アメリカ」はすでに局外者だ。その局外者が、事実上NPTやIAEAの支配者のような振る舞いを見せているのが、現在の大問題だ、ということを頭に入れておいて欲しい。

イランと5常任理事国との対立の仲介

 この取り引きは、ブラジル大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ、トルコ首相レジェップ・タイイップ・エルドアン、イラン大統領マフムード・アフマディネジャドがテヘランで会談を行った後に発表された。

 トルコとブラジルは共に国連安全保障理事会の非常任理事国(non-permanent members of the UN Security Council)であるが、イランと5+1グループ(国連安全保障理事会の5常任理事国とドイツ)との間の、核燃料スワップに関する従来の提案について、仲介を提案していたもの。』

 イラン、トルコ、ブラジルの三カ国首脳会談は、イランがホスト国となって開かれたG15サミットに付随したもので、「固く締められたドア」の背後で行われた。』

「G15サミット」の併設会談

 ここで、私たちはこの会談が、「G15サミット」という本筋会談のサイドで行われたことを知る。「G15」(グループ15)は、発展途上国15カ国で結成した国際グループで結成当時からは若干増加して現在は17カ国で構成されている。発展途上国とはいうものの、それぞれ経済地域大国に成長した国が多い。参加国は以下の通りである。
【】内はIMFが推測する世界の2009年GDP順位である。<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/world_data/GDP_IMF.htm>)

 アルジェリア【46位】、アルゼンチン【23位】、ブラジル【9位】、チリ【45位】、エジプト【26位】、インド【4位】、インドネシア【15位】、ジャマイカ【117位】、ケニア【81位】、ナイジェリア【34位】、マレーシア【30位】、メキシコ【11位】、ペルー【41位】、セネガル【111位】、スリランカ【67位】、ベネゼエラ【31位】、ジンバブエ【資料なし】の17カ国である。

 イラン【17位】はまだG15の正式メンバーではないようだが、ともかくテヘランで今回G15の会合が開かれた。日本のメディアはこのG15についてほとんど報じていないが、「アメリカの超大国時代」が終えんした現在、これから徐々に影響力を発揮する国が多い。またこれら途上国グループが「イラン支持」に回っていることも容易に見て取れる。

 トルコ【16位】の首相の月曜日の早くにテヘランを突然訪れた。それは日曜日のイラン、トルコ、ブラジルの外相会談で核燃料スワップが成功裏に進められることを証明した後のことだった。』

 イランの交渉役は、大統領アフマディネジャド、外相マヌシェール・モッタキ、国家安全保障会議最高長官サイード・ジャヒーリーだった。』

 この協定はイラン外相モッタキ、トルコ外相アフメット・ダウトオール、ブラジル外相セルソ・アモリム三者の間で署名された。ダ・シルバ、アフマディネジャド、エルドアンの3人はこの署名式典に立ち会ったのである。』

 この協定は次のように述べている。「イラン・イスラム共和国は1200キロの低濃縮ウランをトルコに預託する。・・・この低濃縮ウランは、イランが、テヘランの研究用原子炉で使う核燃料棒(ペレット)を受け取るまでイランの財産である。もし主要国が、この新たな取り引きに賛成するなら、イランは1ヶ月以内にその燃料をトルコに引き渡すであろう。」』

 ブラジルとトルコの外相は、この取り引きを「いかなる国や機関もイランに圧力を加える口実(pretext)を排除する建設的な動き」と呼んだ。』

 ブラジルの外相アモリムは記者団に対して「われわれの見解では、この協定はイランに対する制裁のいかなる根拠をも排除する。」と語った。またトルコの外相ダウトオールは「外交が依然として機能していることを証明する偉大な成功」がこの協定だ、と述べた。』

 『  またトルコの外相は、この新たな取り引きはイランが建設的な道にオープンであることを示すものだ、とも述べた。またトルコのNTVネットワークに依れば、トルコ外相はイランで、「これ以上の圧力や制裁が残る余地はない。」と述べたという。』

「5+1」グループが約束を破れば、イランに返還

この合意では、もし「5+1」グループが約束を破れば(renege on)、イランの低濃縮ウランはイランに返還されなければならない、としている。またこの声明のある部分は「この声明の条項が尊重されない場合は、イランの要請に基づいて、トルコは速やかにかつ無条件でイランの低濃縮ウランをイランに返還する」と述べている。』

 以上の記事では必ずしも明示的ではないが、総合すると、20%のウラン濃縮をするのは、やはりロシアのようだ。そしてそれをロシアはフランスか、アメリカに引き渡す。そしてフランスかアメリカが、医療用原子炉に必要なペレットに製造する。それをやはりロシア経由で(あるいはトルコに直接かも知れない。)、トルコに引き渡す。最終的にはトルコがそれをイランが寄託した低濃縮ウランに交換して、ペレットはイランに、低濃縮ウランはロシアに引き渡す、ということになるのだろう。

 従って先の文章で「5+1」が約束を破った場合、というのは、中国、ロシア、ドイツが約束を破るはずはないし、イギリスはほとんど局外者に近いから、フランスとアメリカが約束を破った場合、という意味合いを強く意識していることになる。

 いわば、トルコとブラジルが公平な立会人になって、トルコで今回取り引きを完了させようということだが、これまで約束を破ってきたフランスとアメリカに対して保険を2重にかけた内容になっている。

 前述の朝日新聞の記事とは全然ニュアンスが違っている。

「米仏は口実を探すだろう」

イラン原子力公社長官、アリ・アクバル・サレーヒーは、この協定は西側大国の、単なる口実を排除したものである、と述べた。「彼らの主張してきたことのポイントは、核燃料スワップはイランの領土外で行わなければならないということだった。われわれはこれを受け入れた。そしてこのようにして、われわれは彼らの口実を排除したのである。」』

 サレーヒーはまた、この協定はイランの善意を示すものである、とも述べた。「われわれは善意、理解そして協力の精神を再び示して、核燃料スワップの提案を受けいれたのである。』

 NPTの精神やIAEAの運用の精神からすると、イランが必要とするガン治療用アイソトープのためのペレット入手については、IAEAが全面的に協力しなければならないものだ。この問題と、イランの原子力発電用濃縮ウランの交換は、アメリカとフランスが考え出したものだ。イランが在庫する原子力発電用濃縮ウランを取り上げようという意図からだ。イランの側からすると本来応ずる必要のない、「核燃料交換」に応じている、というのがサレーヒーの言い分である。

 しかしこのテヘラン・タイムスの記事は次のように続く。

 しかしサレーヒーは西側大国は別な口実を、まちがいなく探し出そうとするだろう、と予測している。しかし世界とイランの国民はイランがIAEAと国際社会に協力してきたこと、そしてその核活動の透明性を維持しようとしてきたことを知っている、とサレーヒーは述べる。』

 イラン外相のスポークスマン、ラミン・メフマンパラストはこの取り引きについて次のようにいう。「この取り引きは国際社会に対して、われわれが核取引の障害とならず建設的な雰囲気を作っていこうとすることを示すものだ。』

 ロシアの大統領メドベージェフはこの協定に賛意を表明している。従って後はアメリカのオバマ政権とフランスのサルコジ政権の出方しだいとなる。

 私もサレーヒーと同様、この2つの政権は、別な口実を見つけてくるだろうと思う。そしてそれをごり押ししてくるのだろうと思う。

 ただ、21世紀はその手法がどこまで通用するのか疑問である。アメリカはもう唯一の超大国ではないし、2009年の恐慌を通して、アメリカや西側先進国は相対的に力を落とした。逆に非同盟諸国は相対的に力をつけてきた。

 アメリカの戦後一貫して続けてきた「力の政策」はかなり陰りが見えているのではないか・・・。

共同通信、テヘラン桜山崇の記事

 最後に5月18日付け中国新聞に掲載された、共同通信の記事を紹介しておこう。この記事は「イラン、国外輸送同意」「トルコ・ブラジル仲介」という見出しを掲げながら、トルコ外相ダウトオール、トルコ外相アモリム、イラン外相モッタキが3人で合意文書に調印している写真をロイターから購入して掲載している。

 「はて、仲介者と合意文書に調印なの?」と訝しく思うが、肝心の合意相手は誰なの、と読んでみてもなにも書いてない。

イランが核兵器転用のために低濃縮ウランを国外に運び出す国際原子力機関(IAEA)の草案について、ウランをトルコに輸送することに同意したと述べた。』

 と書いてあるのみである。一体イランは誰と合意したのか?上記文章を読むとIAEAと合意したかのように見える。

 ところが続いて、
1週間以内にIAEAに書簡を出し、正式に表明する。』
 と書いてあるので、IAEAが合意相手でないことがわかる。

 さらに続けて、
ブラジルを含む3カ国外相が合意文書に署名した。』

 と書いている。ブラジルを含む3カ国とは一体どこなのか?また、掲載写真にはしっかり写っている、ブラジル大統領、トルコ首相、イラン大統領がこの署名に立ち会っていることにも一切触れていない。

桜山の「解説」

 それより悪質なのは、「解説」と称した、テヘラン共同=桜山崇の記事だ。ちょっと丁寧に見ておこう。

イランは17日低濃縮ウラン1.2トンをトルコに運ぶ核兵器転用防止策に同意した。』
 とこの解説記事は書き出している。

 これまで見たように、イラン大統領、トルコ大統領、ブラジル大統領3者立ち会いのもとでの3国外相が合意したのは、低濃縮ウラン1.2トンとガン治療アイソトープを製造する医療用原子炉(研究用原子炉でもいいが)の燃料となる金属棒120キロの交換(スワップ)である。スワップの場所としてトルコ国内を指定したのも合意の一部だ。

 トルコに運ぶのは合意の一部にしか過ぎない。また「核兵器転用防止策」とは、アメリカ国務省の言い分で、IAEAを含め誰もそんな認識は持っていない。

 一つの事実を、片々だけ切り取って歪んで描写する見本みたいな文章だ。次にいってみよう。

国連安全保障理事会の新たな制裁決議が現実味を帯びる中で柔軟姿勢をアピールした格好だが』

は桜山の見解だから構わないが、
ウラン濃縮をめぐるこれまでの対応は二転三転しており、実現までには曲折が予想される。』

 は事実関係に関するところだ。この記述は間違っている。記述の曖昧さを加味して見るなら、明らかにデマだ。これまで見たように、イランの対応は一貫している。医療用原子炉の燃料となる金属棒(ペレット)は欲しいが、フランスが契約当事国になるのは困る、この立場でイランは一貫している。逆に二転、三転したのは、アメリカとフランス、それにロシアだ。これもこれまで見てきたとおり。

イランには多くの途上国の支持がある

 次、行って見よう。桜山は次のように続けている。

「これでイランに圧力をかける口実がなくなった」。とサレヒ副大統領兼原子力庁長官は地元メディアにこう語った。』

 これも人の言葉を、都合のいいところだけを切り出したコメントだ。これまで見たようにサレーヒーは、「彼らの主張してきたことのポイントは、核燃料スワップはイランの領土外で行わなければならないということだった。われわれはこれを受け入れた。そしてこのようにして、われわれは彼らの口実を排除したのである。」と云ったのだ。

 制裁を目指す欧米をけん制すると同時に、制裁同調の動きを見せ始めた友好国のロシアと中国をイラン側に引き戻し、制裁協議を攪乱する意図が見え隠れする。』

 と桜山は書いている。事実関係からいうと、今回問題ではイランは、ロシアについては最初から「どっちつかずの風見鶏」と見ており、最初からあてにしていない。それに前にも見たように、経済制裁をイランはさほど恐れていない。もちろんない方がいいが、あってもさほど大きな影響はない。09年のGDPの伸び率などを先にも見たとおりだ。

 桜山や日本の外務省、アメリカの国務省のシナリオでは「イランは経済制裁を恐れている。これを回避するために躍起になっている。」ということだが、現実はさほどの影響はない。それにイランがあてにしている、あるいはイランを支持しているのは、先ほどG15会議のところでも紹介したように、テヘランに集まった非同盟諸国なのだ。今回問題では、中国、ロシアも5常任理事国で、イランにとっては「5+1」グループという言い方にも良く現れているように、一応敵対相手だ。少なくとも利害関係は対立している。桜山のいうように、今回問題では「友好国」とは決していえない。

 次に行ってみよう。

事実経過を派手にねじ曲げ

イランがウランの国外輸送に「同意する」と表明したのは初めてではない。昨年10月に提案の際にも「原則的に同意する」として持ち帰ったが、輸送量や輸送方法で条件をつけ2ヶ月後に拒否。』

 一体桜山は何を根拠にここの部分を書いたのだろうか?

 昨年10月の合意とは、イランとロシアの2国間契約でイランの低濃縮ウランをロシアが20%濃縮化して、ロシアが責任をもって、金属棒(ペレット)をイランに引き渡すという内容で、エルバラダイ立ち会いの下で合意した。これが草案段階だった。ところがぐずぐずと本案が出ないうちにフランスがひっくり返し、本案ではなんとフランスがイランにペレットを引き渡すことになっていた。イランは話が違う、としてこれを蹴った。このいきさつは前述の通りである。

 桜山は輸送量や輸送方法で条件をつけた、というがどこからこの話をひっぱってきたのか?
賭けてもいいが、私は日本の外務省のテヘラン現地か、東京のブリーフィングだと思う。日本の外務省は「国際問題の唯一の権威」を笠に着てこれまで平気でウソをついてきた。また桜山もテヘランにいるなら、イラン政府に直接取材に行って、自分の見解のウラを取ってくればいいのに。桜山の記事は「イランのメディアによると」の一点張りだ。本当にテヘランに駐在しているのか?)

 次に行って見よう。

2つの異なった動きを混同

逆に10箇所のウラン濃縮施設の新設計画を公表、生産するウランの濃縮度を約20%に高めるなど、濃縮活動を拡大した。』

 私は桜山が意図的に、原子力発電用の低濃縮ウラン事業と医療用アイソトープための20%未満ウラン濃縮事業を混同しているのだと思わない。彼の書きぶりからしてそこまでものがわかっているとは思えないからだ。

 しかし意図的であろうがなかろうが、彼は2つの問題を混同している。既存の原子力発電用ウラン濃縮と医療用アイソトープのための20%未満ウラン濃縮事業は全く別ものだ。しかし、桜山は原子力発電用ウラン濃縮がそのまま20%濃縮に移行していくと信じている。
この話は、APやロスアンジェルス・タイムスなどアメリカのメディアが盛んに書き飛ばした。しかし彼らは桜山と違ってわかって書いている。つまり意図的だ。)
<http://www.inaco.co.jp/isaac/back/028/028.htm>
<http://www.inaco.co.jp/isaac/back/027/027.htm>などを参照の事。)

さらに、昨年10月の提案時には核兵器1個分に相当する1.5トン低濃縮ウラン保有量は7ヶ月で約2トンに増加。』

 私が、桜山はものがわかっていないと感じるのは、例えばここの記述だ。イランの3.5%ウラン濃縮は遠心分離法で行われている。現在稼働しているのは3000基の連結だと思うが、3000基程度だと年間の濃縮ウラン量は1トン程度にしかならない。半年で約0.5トンである。イランはこの低濃縮ウラン事業を継続しているのでここに書かれているように、1.5トンの在庫量が7ヶ月で2トンに増加するのは何の不思議もない。しかしこれではパイロットプラント程度の生産量だ。

世界の主要濃縮ウラン工場の年間生産量

 たとえば、アメリカはパデューカで原子力発電用のウラン濃縮を行っているが(ガス拡散法)年間生産量は1万1300トン、フランスのユーロディフも1万800トン、イギリスのカーペンハーストは3400トン、オランダのアルメロは2900トン、ドイツのグロナウは1800トン、ロシアは4箇所合わせて1万5000トン、中国は2箇所合わせて1000トン、日本の六ヶ所村でも1050トンだ。
<http://www.jnfl.co.jp/business-cycle/1_nousyuku/
nousyuku_03/nousyuku_04/nousyuku_04_03.html>

 年間1トンや2トンではまるきりお話にならない。

 それより私が桜山はものがわかっていないと感じるのは、「核兵器1個分に相当する1.5トン低濃濃縮ウラン」と本気で書いている点だ。1.5トンの3.5%濃縮ウランに含まれるウラン同位体U−235の量は計算上、52.5Kgになる。現在99.9%の濃縮度のウラン同位体U−235が40Kgあれば、広島型原爆が1個作れるという計算になる。だから「核兵器1個分に相当する1.5トン低濃縮ウラン」という言い方は文脈によっては誤りではない。しかし3.5%の濃縮ウランを何万トン集めてみたところで、核兵器は1個も作れない。兵器級のウラン濃縮度は90%以上、しかも連鎖反応を保障するためには99.9%という純度であることが望ましい。つまり、原子力発電用のウラン濃縮と兵器級ウラン濃縮は全く別物なのだ。製造工程も全く違う。
といって私に兵器級ウラン濃縮の製造工程が知識としてもわかっているわけでないが。)

 アメリカの大手メディアの記者(たとえばAPやニューヨーク・タイムズ)も同じような言い方をする。しかし彼らはものがわかっているので、「核兵器1個分に相当する1.5トン低濃縮ウラン」とは決して書かない。あとでつっこまれるのを避けて、「理論上は」とか「計算上は」とか必ず但し書きをつける。

 私は桜山は、「1.5トン低濃縮ウラン」があればイランは核兵器を1個製造できると本気で信じているのだと思う。
だから無知は意図的デマより、ある意味タチが悪い。)

 それを感じさせる箇所がもう1箇所ある。上記に続く文章である。

ペレット加工は欧米の戦略?!

保有する大半の低濃縮ウランを国外に搬出し、兵器転用の難しい核燃料棒に加工する欧米が冷ややかな反応を示せば』

 としている箇所がそれだ。イランがペレットが必要なのは、ガン治療用アイソトープを製造したいためである。なにも欧米が狙って「兵器転用の難しい核燃料棒」に製造しようと提案したわけではない。

 ところがアメリカ国務省の記者ブリーフィング(ほとんど毎日開かれている)を読んでいると、時々一般論として、「こうしてイランの低濃縮ウランを、ペレットに変えていけば、そのうちイランからは濃縮ウランはなくなる。」と説明することがある。この話が全く架空の話で、単に理屈上の話として聞いている記者もいれば、本気で信じている記者もいよう。

 桜山はなおタチが悪い。今回のイランのペレット入手を、「兵器転用の難しい核燃料棒に加工する」ための欧米の戦略だ、と本気で信じている点だ。

 これまで見てきたように、ペレット入手はイランが希望したもので、欧米が押しつけたものではない。桜山の無知は哀れを催す、という他はない。次は、桜山の「解説」の最後の文章である。先ほどの文章に続けて、次のように書いている。

イラン国内で反発が広がり、政府が再び同意を覆す可能性がある。』

 どうにも意味がわからない。まず「欧米」と書くが、欧米とは具体的にどの国を指すのか?明らかにフランスとアメリカだろう。この2カ国が、桜山の云う「欧米」だ。

 「欧米が冷ややかな態度を見せる」とは同意しない、ということだろう。イスラムの地域大国「トルコ」の首相と南米の地域大国「ブラジル」の大統領が、テヘラン現地に乗り込んで、斡旋し、「もし5+1が約束を破れば、トルコは預かっている低濃縮ウランを直ちに無条件で、イランの要請に基づいてイランに返還しなければならない。」と謳っている協定に、アメリカとフランスが「冷ややかな態度」が取れるか?

 その時、アメリカ・オバマ政権やフランス・サルコジ政権に対する反発はイラン国内だけではなく、すべての非同盟諸国の間に拡がっていくだろう。「トルコ、イラン、ブラジル」三カ国の首脳のコメントからは、「やれるものなら、やってみろ」という気概が窺える。

 桜山は、「イラン核疑惑」問題をめぐる国際情勢をまったく、読み違えている。オバマ政権は「2010年NPT再検討会議では、合意文書に至らなくても、イランを孤立化させられば成功だ。」と云ったが、事態は逆の方向に向かっている。アメリカを始めとする核兵器保有国が逆に孤立化し始めた。

 外務省のブリーフィングを垂れ流しにするのは、そろそろやめにした方がいい。