No.028 2010年2月15日
イラン核疑惑:外交問題評議会理事長、リチャード・ハース、対イラン戦争を呼びかける チク、タクと音を立てて時を刻む戦争への足音


核兵器使用が予想される中東大戦争

 アメリカ・イスラエル連合軍によるイラン攻撃が始まるのではないか、とこのところ心配している。(一人でオロオロしている無力な自分が情けない。杞憂であれば本当にいいのだが・・・。)

 アメリカ・イスラエル連合軍によるイラン攻撃は、アメリカ西側連合軍によるイラク攻撃占領やアフガニスタン攻撃とは全くわけが違う。イランが現在「中東・西アジア地域」の地域大国であり、イスラム世界全体の盟主的存在になりつつあること、つまり全イスラム世界対アメリカ・イスラエル連合軍(当然フランスやイギリスなど好戦的な西側諸国も加わるだろうし、ドイツ、日本、イタリアといった第二次世界大戦の旧敗戦国もアメリカの圧力でひきずり込まれるだろう。)との戦いは「中東大戦争」の様相を帯びるだろう。特徴的には、ロシア、中国はこの戦いに参加しないとしても、想定されるイラン攻撃軍の主力はアメリカ、イスラエル、フランス、イギリスと云った核兵器保有国とこれに対抗する軍事的手段を全く持たないイランを中心とするイスラム諸国との戦いになるということだ。通常軍事力においても全く勝負にならない。イスラム諸国がこの侵略戦争に抵抗しようとすればするほど、一方的な殺戮戦争・大虐殺戦争になることは必至だ。

 心配はこの点に加えて、この核兵器国のうちイスラエルに核弾頭が少なくとも100以上200程度まで保有、そのうちいくつかは実戦配備しているだろうという点だ。

 イスラエル保有の核弾頭は、09年5月「アメリカの戦略」態勢議会委員会がアメリカ議会に対して提出した最終報告書の付属資料による。
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/USA_SP/strategic_
posture_6-02.htm>
 
 またつい先頃広島の平和記念資料館を訪れたパレスティナ自治政府のアッバス議長は、資料館が提示していたイスラエルの核兵器保有量80を「イスラエルは200持っている。」と訂正したと伝えられている。
<http://www.dailymotion.com/video/xc52cn_yyyyyyyyyyyyyyyyy
_news>


 アメリカやフランスが核兵器を使用することはまずありそうにない。しかし、別働隊のイスラエルに使わせる危険は大いにありうる。アメリカの支配層は、これをコントロールしうると考えていることは確実だ。しかし戦争が始まれば、誰も戦争自体をコントロールできない。戦争は自ら意志をもつ怪物の如く、破壊の道を突き進む。アメリカの支配層が核兵器を管理コントロールできると考えているのは思い上がりだろう。

 広島・長崎の惨劇をつぶさに知った、当時の陸軍長官ヘンリー・スティムソンが「原爆は人類が所有するには、余りにも革命的すぎ、危険すぎる。」と指摘し、「これを封印すべきだ。」とトルーマンに提言したが(「原爆管理のための行動提言」 スティムソンの大統領宛メモランダム 1945年9月11日<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/stim-memo/stim19450911.htm>、この指摘の方が、現実社会に責任を持つ現実的な政治家の認識だろう。

 仮に今核兵器がイスラエルによって使われたとすれば、その惨劇はヒロシマ・ナガサキの比ではない。当時の幼稚な技術と破壊力では、爆心地から5Kmも離れていれば、人間は生き残れた。イスラエルが保有する核兵器のうち、水爆系(熱核融合爆弾)をどの程度もっているのか私は知らない。ただ、もし水爆系があるとすれば(あると確信しているが)、その破壊力は最低でも1メガトン(100万TNTトン)である。2,3発も打ち込めば、イランは消えてなくなるだろう。ヒロシマ・ナガサキを念頭において、現在の核兵器戦争を想像してはならない。

 問題の核心は、いったん戦争が始まれば誰もコントロールできないという点だ。

 これがイスラエルにイランを絶対攻撃させてはならないすべての中心課題だ。この中心課題より重要な問題は何一つとしてない。


リチャード・ハースの論文

 そう考えている時に、2010年2月12日、外交問題評議会(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/CFR/01.htm>)理事長・リチャード・ハース(Richard Haass)タイムオンラインに「ただひとつの力だけがイランを止められる:イランの人民だ。」(Only one force can stop Iran now :its people<http://www.timesonl
ine.co.uk/tol/comment/columnists/guest_contributors/article7024065.ece>
)という、私にとっては衝撃的な論文が飛び込んできた。タイトルから推すと、「イラン人民の力で核開発を止めることに期待している。」と思うかも知れない。

 しかし前日(11日)外交問題評議会の中で発表した小論文「イランの政治を変えることが先決」(Putting Political Change in Iran First) <http://www.cfr.org/bios/3350/
richard_n_haass.html>
)と題する論文と合わせ読むと、ハースの主眼はそこにはない。

 ハースのポイントは「究極的には2つの選択肢しかない。イランの核開発を受け容れるか、イランを攻撃するかだ。」と自ら述べているとおり、アメリカ・イスラエルがイランの核開発を受容するか、対イラン戦争を開始するかのどちらかだ。これは選択肢に見えてそうではない。アメリカ・イスラエルがイランの「核開発を受容する」ことなど、あり得ない。これは事実上「外交問題評議会」のイランへの宣戦布告である。

 これまでも、イランを攻撃しろ、というアメリカの有力者は多かった。代表的には、元アメリカ国連大使だったジョン・ボルトン、つい最近ではオバマに「イスラエルを支持してイランを攻撃すべき時がきた。」という書簡を送ったと伝えられる、2008年大統領選挙の時の共和党大統領候補サラ・ペイリンなどがいる。(イラン核疑惑:世界を駆けめぐる不気味な戦争待望論)<http://www.inaco.co.jp/isaac/back_na/back_no.htm>を参照の事。)

 しかし、こうした下っ端政治家や官僚が発言するのと、外交問題評議会・理事長、リチャード・ハースが云うのとでは、政治的インパクトがまるで違う。アメリカや世界の受け止め方は、ハースの発言をアメリカ支配層の意志と捉えるだろう。私もそう捉えている。

この際どちらでもいいが、リチャード・ハースを外交問題評議会の会長としている記述が日本では一般的だ。ハースは理事長-Presidentで、会長-chairmanではない。「外交問題評議会理事会」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/CFR/02.htm>を参照の事。つまり外交問題評議会を、今アメリカを支配する主要な中心軸である国際金融資本の最高政策決定機関兼シンクタンクだとして、これを企業に例えるなら、ハースは雇われ経営者に過ぎない。実質のオーナーはその背後にいて滅多に表に出てこない。)


 だから、私にはこのハースの論文が衝撃的なのだ。アメリカと西側社会はこのハースの発言に敏感に反応するだろう。政界や軍部も反応を見せるだろう。アメリカの体制と一体になっている大手メディアもこれを解禁宣言として、イラン攻撃の本格的地ならしに入るだろう。アメリカのメディアに右にならえの日本の大手メディアの報道と論調も、地ならしを始めるだろう。注意して見ていて欲しい。日本の大手メディアが流す報道と論調はひとつのネタをぐるぐる回していくものになるはずだ。戦争への地ならしと世論作りだ。


『同時に時を刻む3つの時計』

 もう十分前置きが長くなっている。しかし、ハースの簡単な履歴は見ておきたい。

アメリカ外交問題評議会・理事長、リチャード・ハース(Richard Haas)1951年ニューヨーク・ブルックリン生まれ。だから今年59才である。写真は外交問題評議会のリチャード・ハースの履歴ページからコピー・貼り付け。<http://www.cfr.org/bios/3350/richard_n_haass.html>

 リチャード・ハースは1951年ニューヨーク生まれ。オクスフォード大学で修士号(選考は哲学)を取得している。振り出しは国際戦略研究所(IISS-International Institute for Strategic Studies)だったようだ。ここで准研究員になっている。IISSはアメリカの戦略国際問題研究所(CSIS)のイギリス版である。いくつかの大学で教鞭を取りブルッキング研究所を経て、国防省へ入省。(1979年から80年)それから国務省に転ずる。(81年から85年)それからアメリカの政権最高意志決定機関、国家安全保障会議(NSC)入りして、89年から93年までH・W・ブッシュ政権で大統領特別補佐官を務める。どこかキッシンジャーを思わせるスピード出世だ。それから国務省に戻り、コーリン・パウエル国務長官のもっとも近しい顧問となった。(パウエルも外交問題評議会理事)2003年7月国務省を辞して、外交問題評議会の理事長になった。履歴からして共和党系と見なされてはいるが、共和党も民主党もさして大きな変わりはない。以上は外交問題評議会のハースの履歴ページ(<http://www.cfr.org/bios/3350/richard_n_haass.html>)と英語Wiki(<http://en.wikipedia.org/wiki/Richard_N._Haass>)の記述によった。私が時々利用させてもらっているアメリカの人物データベースに「NNDB」というサイトがある。このNNDBでは、ハースの信仰宗教については記述がない。(<http://www.nndb.com/people/908/000119551/>)しかしこのデータベースが作成しているユダヤ人子孫(Jewish Ancestry)という別なリストを見ると、リチャード・ハースの名前が載っている。(<http://www.nndb.com/lists/481/000045346/> 配列はラストネームABC順)だからハースは、ユダヤ人ではないものの、ユダヤ系と考えることができる。(本来人の宗教や出自を詮索するのはいけないことだが、今回は特別である。)

 さて前置きがながくなった。この論文でハースが何を言っているか、引用しつつ検討しよう。なおハースの引用は『青字』とした。

 論文の書き出しは次のようである。

 イランで時計がチックタックと時を刻んでいる。3つの時計が同時に時を刻んでいる。イランの「核研究所」と「交渉のテーブル」と「街頭」に置いてである。イランの将来はどの時計が一番早く進むかにかかっている。』


 なかなかドスのきいた書き出しである。「核研究所」の時計とはいうまでもなく、イランが今回開始した、癌放射線治療用のアイソトープ製造を目的とした20%未満ウラン濃縮開始のことを指しているし、「交渉のテーブル」とは現在進行中のイランとアメリカ、ロシア、フランス三カ国連合との交渉を指している。「街頭」とは、テヘランでの「イラン・イスラム革命記念式典」での反政府デモのことを指している。

 前日(11日)、ハースが外交問題評議会内部用に書いた小論文の記述から察するに、この反政府デモにハースは相当期待を寄せていたようだ。イランのアフマディネジャド政権に対する反政府運動のことを欧米メディアは、「グリーン運動」(the Green Movement)と名付けて相当力を入れている。(たとえば英語Wiki<http://en.wikipedia.org/wiki/Green_Movement>

 ネーミングからすると、東ヨーロッパでおこなった一連の「オレンジ革命」だの「ベルベット(日本ではビロード革命)だのといったCIAが資金援助をした政権転覆活動を思わせる。このたび「オレンジ革命」のウクライナはCIA支持派があえなく大統領選挙に敗れ、ロシア寄り政権が成立した。

 ハースはこの「グリーン運動」が革命記念日で東ヨーロッパのように爆発し、アフマディネジャド政権を追い詰めることを期待したが、現実はさほど大きな拡がりを見せなかったことに失望したようだ。
私の推測だがいわゆる「イランの民主化」運動は、東ヨーロッパ同様、CIAの資金と人的援助が存在すると考えている。いろいろ根拠があるがここでは割愛)


20%未満のアイソトープ用ウラン濃縮

 また今回のイランのウラン濃縮が、「癌放射線治療用のアイソトープ製造を目的とした20%未満ウラン濃縮」であることを正確に伝えた西側メディア(日本のメディアを含めて)はほとんどない。

 また、「癌放射線治療用のアイソトープ製造を目的とした20%未満ウラン濃縮をイランが開始すると通告があった。IAEAは引き続き、24時間の監視体制を敷いて、立ち会い検査官の監督の下に、これが平和目的であることを保障する。」という2月8日(月)のIAEAの短い声明(<http://www.iaea.org/NewsCenter/Focus/IaeaIran/
iran_timeline7.shtml#february10>
)とそれに伴う記者会見を伝えたメディアもほとんどない。日本では「アカハタ」を含めて皆無である。

 西側メディアがことさらにこれを「20%ウラン濃縮」と書きたい理由は、20%以上の濃縮ウランが「高濃縮ウラン」(High Enriched Uranium―HEU)と分類されているからだ。これに対して20%未満は「低濃縮ウラン」(Low Enriched Uranium―LHU)と分類されている。

 つまり20%が高低の境目なのだ。なにも知らない一般大衆は、「高濃縮ウラン」と聞けばドキリとする。イラン側は、この非難を予め見越していたらしく、最初から今回の濃縮を20%未満(less than 20%)として、IAEAに通告し検査官の立ち会いを依頼した。これはイラン側からいえば、IAEAに証人になってくれ、ということだ。

 西側メディアはこれを強引に「20%濃縮」と書き立てた。アメリカ国務省も含め、日本の外務省も、西側外交当局もそうしたレクチャーをメディアにしたからだ。実際にハースもこの論文で「20%濃縮」とはっきり書いている。ただAPの記者などの中には勉強してわかっている人間もいたようで、先日のAPの記事などは、高濃縮ウラン「high Enriched Uranium」と書かないで、「より濃縮度の高いウラン」(highly enriched uranium)と書いた。要は今にも、イランが核兵器用のウラン濃縮を始めるかのような印象を大衆に与え、イランに対する軍事攻撃を正当化する世論作りがその狙いである。「大量破壊兵器が存在する。」と西側メディアに書かせて、世論操作をし、強引にイラク侵略をしたあの時の手口と同じである。(「世界を駆けめぐる不気味な戦争待望論」<http://www.inaco.co.jp/isaac/back/027/027.htm>参照の事。>)

 ただフセイン・イラクと違ってアフディネジャド・イランは賢く、したたかだ。それに何よりフセイン・イラクと違って後ろ暗い所がない。

 ハースの論文の書き出しから解説が長くなって恐縮だが、ここが理解できていないと、ハースに乗せられてしまうのでやむを得ない。


「5+1」の実態

 「交渉のテーブル」というのは、西側メディアの解説では、国連安全保障理事会常任理事国5カ国(アメリカ、ロシア、フランス、イギリス、中国)にドイツを加えた6カ国(5+1)ということになっているがこれも誤りである。もっと端的に言えば、意図的なウソである。実際ジュネーブで交渉の当事者になっているのは、イランとアメリカ、ロシア、フランスの3カ国である。それに重要なところでは、調停役としてIAEAが立ち会っている。メディアで「IAEA案」という言い方もあり、IAEAが調停した案という意味では間違っていないが、交渉の提案そのものはあくまで「イラン案」であり、「アメリカ・ロシア・フランス」の三カ国案である。IAEAは当事者ではない。(以上前出「世界を駆けめぐる不気味な戦争待望論」<http://www.inaco.co.jp/isaac/back/027/027.htm>参照の事。>を参照のこと。)

 この交渉のいきさつについてざっとおさらいをしておこう。

 異常に癌患者の多いイランでは現在放射線治療を待つ患者が85万人いる。(イラン政府公表数字)(私は、イラン・イラク戦争の時、フセイン・イラクが使用した大量の毒ガス兵器のためではないかと考えている。)しかし、イラン国内では、この治療用アイソトープ(内容はウラン同位体である)が底をついた。そこでIAEAに入手方を依頼した。IAEAは原子力の平和利用については、NPT参加各国に対して積極的に普及させ援助することを義務づけている。いわばIAEAの本業のひとつだ。

 この話にすぐ飛びついたのが、アメリカ、フランス、ロシアだ。アメリカは、今回問題になっている医療用原子炉をイランに売っている。フランスはこれまでの歴史的経緯から、厖大な原子力平和利用マーケットであるイランに全く入り込めていない。世界最大の濃縮ウラン製造国フランスとしては、イラン市場に参入したい。しかも今回イランが必要として20%レベル濃縮ウランを材料として製造する特殊金属棒加工技術はアメリカとともにフランスがトップ技術国だ。これを機会にイラン市場に入り込みたい。ロシアは、イランに原子力発電用のウラン濃縮などして欲しくない。自国の濃縮ウランを買って欲しい。イランにウラン濃縮をして欲しくないのは、濃縮ウラン最大製造国フランスも、これから、原子力産業に大規模投資をして、アメリカ産業経済回復の大きなてことしたいアメリカも全く思惑は一致する。

 こうして、IAEAの仲介のもとに交渉に入った。三カ国提案の骨子は、イランが国内在庫している3.5%濃縮ウランを三カ国側に提供する。(イランには1.8トンの3.5%濃縮ウラン在庫がある。)その濃縮ウランをロシアが20%レベル濃縮ウランにする。(このレベルでないと癌治療用のアイソトープができない。)そしてロシアはそれをフランスに送ってフランスが、直接医療用原子炉に格納できる燃料の形、すなわち医療用濃縮ウラン特殊金属棒に加工して、イランに提供する、という提案をした。

 イランは基本線は同意したが、交渉の相手国にロシア1国を指名した。これまで約束や協定違反を散々繰り返したフランスを全く信用できなかった。
どなたかフランスはそうではない、という人があれば是非反論して欲しい。弁解ではなくて正面から事実をもって反論して欲しい。これまでの経過から見るとフランスは詐欺師である。ネ、サルコジさん。)


 そのフランスから、肝心の最終製品である特殊金属棒を受け取ることなどはイランとしては全く信用できない。だからロシア1カ国を当事者として、ロシアが責任を持ってくれるなら、この交渉に応じようと考えた。ロシアがどこに発注しようがそれはロシアの問題だ。こうしてロシア1国をイランの交渉当事者として指名する草案が、当時のIAEA事務局長、モハメド・エルバラダイ立ち会いのもとでまとまった。これが2009年10月21日のことである。昨年秋、イランと「5+1」の交渉がまとまった、とメディアが報じたのはこの時のことである。「5+1」アメリカ・ロシア・フランスが国連の総意という体裁を作るためのダミーで実際は、三カ国とイランが交渉の当事者だった。


豹変したのはイランではなく3カ国

 このまま正式契約文書ができていれば、交渉は今回すんなりまとまった。イランもその後の当てもない20%未満ウラン濃縮をする必要もない。というのは、イランが必要なのが20%未満に濃縮されたウランではない。それを加工して製造される特殊金属棒なのだ。しかし、20%レベルウラン濃縮をしても、それを肝心の特殊金属棒に加工する技術も、施設も、人材もイランにはない。国内の癌患者を救うためには、多少の譲歩もやむを得ない。

 もともとこの癌患者も、イラクが毒ガス兵器をばらまいたためだ。イラクは独自にこれを開発したのではない。フランス、ドイツ、アメリカ、イギリス、デンマークなどの化学兵器企業の協力があってはじめて、毒ガス兵器を作れたのではないか。イラン・イスラム共和国を潰すために、フセイン・イラクに戦争をけしかけ、援助したのは西側諸国ではないか。)


 その後できあがった正式案が出てきて、イランは驚いた。10月21日合意した草案とは違って、ちゃんとアメリカとフランスが当事者として復活しているではないか。しかも肝心の特殊加工金属棒の供給当事国としてフランスが明記されている。イランは蹴った。フランスが約束通り実行しないことは目に見えている。

 これが、日本のメディアが「いったん受け容れた案をイランは蹴った。交渉引き延ばしがその狙いと見られる。」とアメリカ国務省、日本外務省のレクチャー通りの報道をした時の出来事だ。

 その後三カ国は、「ロシア1国ではなく、三カ国が当事者」という立場を崩していない。これが厭なら追加経済措置を、国連安保理事会で決めてしまうぞ、と威嚇した。こうして膠着状態に入って年があけた。イランにとって不幸は、比較的公明正大だったエルバラダイに替わって日本の天野之弥(日本の外務省出身)が事務局長に就任していたことだった。

 こうして、確実に特殊金属棒がイランに渡る逆提案を3カ国に対してしつつ、2010年2月9日、アフマディネジャドはその後のあてのないまま、20%未満のウラン濃縮を命じ、濃縮作業をスタートした。(以上前出「世界を駆けめぐる不気味な戦争待望論」<http://www.inaco.co.jp/isaac/back/027/027.htm>参照の事。>を参照のこと。)

 ハースのドスのきいたたった三行の書き出しを理解するにも、大ざっぱに以上の予備知識が必要だということだ。それはとりもなおさず「日本語の壁」を盾にいかにわれわれが情報鎖国状態に置かれているかということでもある。私にしたところで、もしインターネットがなかったら、日本の大手メディアのデマ情報と世論操作に完全に乗っていただろう。


イラン民主化運動に寄せるハースの期待

 さて、ハースを続けよう。

 昨日(2月11日木曜日)(テヘランの)街中をデモ隊が埋めた。政治的崩壊を叫ぶ明白な声と共に、体制擁護派とそれに反体制派が正面から対峙した。しかし、怒号に包まれながら両陣営は、リング上のボクサーのようだった。しかしそれは決定的瞬間ではなかった。政治的時計は依然として時を刻んでいたのである。』
  
 革命記念日当日両陣営が互角だった、とハースは云いたいらしいが、当日反体制派は多く見ても数千人だったと伝えられる。少なくとも昨年の大統領選挙の時のような、盛り上がりは見せていなかった。西側の報道も当てが外れたらしく、昨年ほどは大きくとり上げられなくて、専らアフマディネジャドの発言の都合のいい部分を切り貼りして伝えていた。

 核の前線では、事態はもっと早く進行していた。イランは今や数千の遠心分離器を有し1週7日間、1日24時間ウラン濃縮を行っている。電力を作るウランは確かに集積するため(およそ4%)、濃縮されなければならない。しかし昨日マフムッド・アフマディネジャド大統領は、20%濃縮ウランの製造を命じた、と主張した。その野望を表明したほんの数日後である。これは単なる空威張りか?われわれにははっきりしない。われわれにわかっていることは、そこから核兵器製造に必要な90%の濃縮ウランを獲得するまで、ほんの少しだけということだ。

 イランは大量のウランを濃縮する問題に立ち向かわねばならない。しかしそれでも、早ければここ三年以内に有意味な兵器級燃料を生産しうる。』


 先ほども見たように、イランが開始したウラン濃縮は20%未満である。しかもそれは医療用アイソトープ製造のためである。そのことを外交問題評議会理事長であるハースが知らないはずがない。ましてや20%の濃縮からほんの少しで90%濃縮の兵器級核燃料が得られるというのは全くのデマである。ハース自身がよくしっていることだ。

 3000台の遠心分離器が毎日稼働したとして、1年間で得られる濃縮ウランは、3.5%級でわずか1トンである。90%の濃縮ウランの有意味な製造をするためには、一体何台の遠心分離器をどのくらいの期間稼働させればいいのか・・・。どちらにしても私はどうしても確認できていないが、兵器級濃縮ウランを製造するのに、まだるっこしい遠心分離法など採用していまい。このこともハースがよく知っているはずだ。ただこんなことを大まじめに云う外交問題評議会理事長リチャード・ハースが馬鹿に見えることだけは確かだ。

 ついでにロシアの新聞プラウダに掲載されている「Duma」(国会)と名乗るある投稿をご紹介しておこう。(<http://engforum.pravda.ru/showthread.php?p=3058073>

 20% U 235 is not weapon's grade Uranium, Uranium 235 has to be at least 90% 235 to 99.9% to be useful as a weapon Material..Idiots write Newspaper Stories..here check even this sloppy Wikipedia data to get some truth in your empty heads..(http://en.wikipedia.org/wiki/Enriched_uranium)20 % enriched Uranium is good for reactors only...and even that maybe too low for them to work well..

 20%のU235は兵器級ウランではない。U235は90%から99.9%でなければ、兵器級物質として使えない。愚か者が新聞記事をかいている。ここの英語Wikipediaの「濃縮ウラン」に関する粗雑な記事でもクリックして読んでみるがいい。その空っぽな頭に少しは真実が入るだろう。20%濃縮のウランというのは・・・用の原子炉では使える。それでもまだ低すぎて十分稼働しないかも知れない。・・・。』


 Duma氏は、どうも専門家らしい。日本の専門家もちゃんと声を上げなくてはいけない。アメリカを恐れ、日本政府に気兼ねし、自己保身に汲々としている間に、デマや「馬鹿」が大手をふって罷り通ってしまう。斜めはすかいに構えている場合か。


イランを先制攻撃するのは「防御的攻撃」

 さてハースを続けよう。

 現在の情勢はまだ流動的だ。イランがイスラエルやアメリカを怒らせ、物事がはっきりする前に、イスラエルやアメリカが、イランの各施設を防御的攻撃に出る事態はありうる。確かなことは、イランが直ちに、その地域中で報復に出るだろうことだ。脆弱な世界経済がまだ恢復から立ち直らないまさにその時に、石油の供給は、十二分に壊滅状態となるであろう。イランの核兵器が、イランのいくつかの隣国に自分自身でも核兵器を持ちたい、あるいは開発したいという動きをリードすることはほとんど確実だ。中東の安定は去り、核の危険な崖っぷちに立つことになる。グローバルな危険性という意味では、イランは今舞台の中央にいる。』


 ここは、いままで仮定の話だったイランの核兵器保有をいつの間にか規定の事実のように仕立て、このまま進めば、中東で核兵器を持ちたい国が次から次へと拡がり・・・とハースの妄想は際限なく広がる。そしてその妄想の上で、イスラエルやアメリカが、イランの核施設を攻撃するのは、防御的攻撃だというのである。その場合、中東は大混乱に陥り、石油の供給は途絶える、ただでさえ恢復ままならない世界経済は大打撃を受ける、それでもいいのか、と今度は世界の国々に凄んでみせる。

 「オレの云うことを聞かなければ、あんたの家が目茶苦茶になる。いやそればかりじゃねぇ。ご近所さんにも大変な迷惑がかかるってもんだ。そうなってもいいのかい。オレはしらねぇぜ。」・・・まるでヤクザの親玉のような品のないセリフだ。今の問題はこのセリフを吐くのが何とか組の親分ではなくて、アメリカでもっとも影響力のあるグループのひとつである外交問題評議会の理事長、リチャード・ハース、ということだ。この“親分”が一言言えば、指先をちょっと動かせば、その意向を汲んで奔走する政治家や軍人や官僚やビジネスマンやマスコミが大勢いる、それほど影響力のある存在だということだ。

 グローバルな危険という意味では、危険の舞台中央にスポットライトを浴びて立っているのはイランではなくて、核兵器の力を背景に、威嚇とデマ、ウソで塗り固めて、他国を攻撃しこれを侵略するアメリカとイスラエルなのだ。

 交渉のテーブルでの時計はもっとゆっくり、チックタックと時を刻んでいる。イランと国連安全保障理事会永久常任理事国、すなわちアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、そして中国の5カ国とドイツを加えた諸国(5+1)の交渉は合意を産出することに失敗した。イランの(原子力発電用の)停止要求を取り下げようと云っているにもかかわらずだ。

 彼らが望んでいるのは、イランが独自に進めようとしている濃縮計画を停止してくれと云うことなのだ。そしてイランが持っている関連技術、施設そしてすべての濃縮活動を国際監視のもとに置いてくれと云うことなのだ。そのかわりに、イランは現在存在する経済制裁から解放され、原子力エネルギーのアクセスでき、その他数え切れないほどの政治的、戦略的利益を期待しうるのだ。』


 ここでハースは現在進んでいる交渉を、あくまで「5+1」の交渉だと取り繕い、そう言い張っている。実際には先ほども見たとおり、アメリカ、フランス、ロシアの三カ国とイランとの交渉なのだ。ハースのこの「取り繕い」は、この後でも見るように直ぐ綻びるのだが、実はまだ交渉は終わっていない。イランは、医療用特殊金属棒の供給さえ、それが第三カ国経由であろうが、なんであろうが、供給を確実に保証してくれるなら交渉の余地はある、といっている。


ハースの要求は唯一つ、「独占」

 後段はハースの記述は極めてわかりやすい直截な記述だ。核兵器国のイランに対する要求はこのハースの1点につきる。すなわち、原子力開発などを自力で推進するのはやめろ、すでに核兵器保有国を中心に、原子力エネルギー関連施設、技術、原材料など取りそろえている。これを買ってくればいいじゃないか。その代わり、イランは原子力エネルギーで産出された成果、たとえば電力、今回の医療用応用製品などを利用することができる。それですべて問題解決だ、なにを頑張るのか、というのがここでハースの云いたい点だ。

 言い替えれば、原子力エネルギーもちろん平和利用の話であるが、金さえ出せば買ってこれる、そうしてくれと云うことだ。もちろん目の玉の飛び出るような価格でだ。

 イランはそうではなくて自力でやりたい、それがイラン国民の冨をイラン国民のために使う道だ、しかもそのことは核兵器不拡散条約で認められた参加国の「奪い得ぬ権利」ではないか。

 要するに「原子力エネルギー開発利用先進国」にとって、世界の主要エネルギー源が、これまでの化石燃料から原子力エネルギーに転換しつつある時に、この原子力エネルギー産業をその市場と共に独占できるかどうかの試金石が、「イラン核疑惑」問題なのである。そのために、長い時間と精力を費やして、「地球温暖化」キャンペーンも遣ってきた、温暖化データの捏造など危ない橋も渡ってきた、これからという時に、イランだけが頑張っているのである。ここでイランに「ウラン濃縮」認めてしまえば、後の諸国も雪崩を打ってイランに追随するであろう・・・。イランの「ウラン濃縮」は何が何でも押しつぶさなければならない。

 アメリカにとっては、特に経済的回復を目指すオバマ政権にとっては、大問題だ。「原子力エネルギー産業」はアメリカ経済回復の基幹産業の一つだ。しかしそれは「独占」を前提にした極大利益を保証するものでなくてはならない。

 これが「イラン核疑惑」の本質だ。その本質をハースはストレートに指摘している。だから、正当性や正義や権利などはどちらでもいい。イランの「ウラン濃縮事業」を押しつぶせばそれでいい。だから、ハースはイスラエルが核兵器を持っていることも、日本がウラン濃縮事業を行っていることも、ブラジルがウラン濃縮事業を開発推進していることも、NPTの外の核兵器保有国インドに対して、技術援助や開発援助をしていることも一言も触れない。それはアメリカの手の内のことなのだから。しかしイランは潰さなければならない。理屈ではない。要は力と世論誘導である。

 われわれは目の前に起こっている政治問題が、実はその下部構造では100%経済問題だということを完全に見落としている。


「狡猾的核不拡散体制」

 ハースは「イランが持っている関連技術、施設そしてすべての濃縮活動を国際監視のもとに置け。」といっている。言い替えれば、アメリカの主導する「核エネルギー国際管理機構」の下に置けといっている。ここをIAEAの監視下におけ、といわないところがハースの狡猾なところだ。何故ならば、IAEAの監視下という意味なら、今もイランは完全に、24時間、その監視下にあるからだ。しかしそれではハースにとって意味がない。アメリカの監視下でなくては意味がない。政治的に表現すれば、これがオバマ政権の目指す「包括的核不拡散体制」だ。そしてこれは「狡猾的核不拡散体制」でもある。

 あともう少しだ。ハースの言葉を聞いてみよう。

 ロシアと中国は、力ずく過ぎて、イラン政府を遠ざけるのではないかという危惧を持っているように見える。われわれは(イランの)体制の安定、あるいはその意志決定にどれほど効果のある制裁を科すことができるのか、はっきりさせることができないでいる。この最後のポイントは声を大にして語らねばならない。これまでの経済制裁を歴史的に見れば、それぞれの国の国益が絡み合っていて、各国政府の判断するその(経済制裁の)分野では、(イラン政府に)有意味な政策変更を(政策変更が迅速でなかったことだけは確かだ。)もたらしてこなかったことを示している。』


 ハースはこれまでの経済制裁について論じている。これまでの経済制裁は効果をあげなかった。西ヨーロッパ諸国、特にドイツはイランの最大の貿易相手国として活発に取り引きしているし、経済制裁効果措置の中でもっとも期待されたのはガソリン禁輸だが、これも原油不足に悩む中国が、イランから原油を購入し、替わりにガソリンを一手に輸出している。(つい最近の報道では、中国がドイツを抜いてイランにとって最大の貿易相手国になったそうだ。)中国のガソリン精製能力にも限界があるから早晩限界がくるだろうが、今のところ全く効果がない。フランスなど他の西側諸国の対イラン取り引きも、実はドイツをトンネルに使っているのではないかと私は疑っている。貿易統計を丁寧におっかけていけば、状況証拠くらいは出てくるのではないかと思うが、いまその余裕はない。ただ漠然と疑っているだけだ。アメリカだって大きなことはいえない。昨年夏にはテヘラン証券取引所参入を目指した金融使節団がテヘランを訪れているし、輸出先に悩む石油業界の突き上げにあってこれも昨年議会に対イラン輸出禁輸措置を特例解除させた。

 イランが経済制裁で本当に困っているのは、地下に眠る莫大なエネルギー資源の開発に必要な長期的な投資と技術を外国から呼び込めないことだ。しかしこれも昨年当初からのイランの報道(プレスTVや東京外語大学の中東ニュース、田中宇のレポートに掲載される英語新聞・雑誌報道など。)などに目を通していると、印象として中国が相当な長期投資を大幅に開始している。徐々に改善されそうに見える。

 結局、この経済制裁を忠実に守っているのは、今やアメリカの顔色を窺ってばかりいる日本だけといっていい。(これは言い過ぎだろうか?反論があれば是非聞きたい。)

 これは、先ほど国連永久常任理事国5カ国とドイツ(5+1)の一致結束した諸国とイランとの交渉だ、ハースは大見得をきったが、実はもう綻びており、そのほころびをハースも認めざるを得ない。要するに経済制裁ははっきり言って効果がない。

 だから、とハースはいう。

 このことは(経済制裁に効果がないこと)われわれに政策体制の変更をもたらす。聖職者による支配(これはイランがイスラム聖職者を最高意志決定機関にしていることを指す)に対する抵抗はこれまで長い間、存在し続けている。6月12日(09年6月12日)の詐欺的な選挙(イラン大統領選挙)の破壊的な混乱の後、この抵抗は劇的なまでの高まりを見せた。「グリーン運動」が最高潮に達し、彼らの勢力がますます伸張すればするほど、抗議に対する抑圧も激しさを加えていった。「グリーン運動」こそは政府に対する深刻な挑戦なのだ。

 昨日
(2月11日。すなわちイラン・イスラム革命記念式典当日)、イラン政府はその優勢さを維持しようとする決意のさらなる証拠を示した。イランの支配者たちは、威しを突きつけ、反対者を逮捕し、インターネットのアクセスを遮断し、警棒をふるう暴漢どもを配置したのである。』
  


期待はずれに終わった「グリーン運動」

 何をかいわんやで、コメントはない。ただ指摘できることはハースが昨年来の「グリーン」運動にいかに期待をかけ、今回の革命記念日で、昨年の大統領選挙を上回る反政府デモが発生することに期待をかけていたかがわかる。そしてその結果が期待に全く反して、しぼんでしまったことにいかに落胆したかがわかる。それともう一つ、昨年来、疑いを抱いていたことが、ここのくだりを読んでほとんど確信に変わったことである。

 話はそれるかも知れないが、昨年のイラン大統領選挙のことである。私は非常な興味をもってこの選挙を見ていた。6月12日大統領選挙の投票が終わるか終わらないうちに、ABCニュースが、「現職アフマディネジャドとイラン民主化の旗頭ムサビ候補、大接戦」と報じたのである。当時私は「さすがABCニュースだ。イランのことをしっかり把握する情報源があるのだ。(私はCIAが情報源なのだろう、と想像していた。)」と感心した。そして開票結果を待った。日本語の新聞は、「不正があった。」と報道するばかりで、肝心の具体的得票内容はさっぱり報じない。候補の総得票数をみても判断材料にならないのだ。東京外語大学の中東ニュースが、やっと私の知りたい情報を配信してくれた。それは6月14日付けのイラン紙が報道した大選挙区別の主要候補の得票率と得票数のリストだった。イランだからこれでも大急ぎで選挙管理委員会が集計して不完全ながら発表したものだと思う。そのリストを見て、これはミスはあったにせよ、不正の余地はない、と思った。(この時の得票率と得票数のリストは次「<参考資料>イラン大統領選挙の結果」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/obama_12.htm>を参照のこと。)全国22の大選挙区(しかもそれぞれ独立した選挙管理委員会がある)のうち、ムサビ候補が勝利したのはわずかひとつの選挙区。残りはほぼアフマディネジャドが70%の得票率を占めて圧勝である。

 これは不正の余地はない、イラン国民は圧倒的にアフマディネジャドを支持している、と思った。

 とすると、ABCニュースが間髪入れず、「両候補接戦」を報じたのは何だったんだ?、と思わざるを得なかった。考えられる答えはそう多くないだろう。「もしかすると、ムサビ陣営はアメリカ情報当局とつながっていて、すでに選挙中に、ムサビ善戦のニュースを流していたのではないか?そしてその情報当局はその情報を信じてABCにリークしたのではないか?ABCはそれを信じて、両候補接戦、と報じたのではないか?」という疑いである。

 私の疑いは、ハースのここの記述を読んで確信に変わった。もちろん、直接証拠は何もない。


時を刻む戦争開始の時計

 さてハースに戻ろう。

  核(イランの核兵器)、外交(進行中の交渉)、政治的動き(イラン国内の反政府運動)の3つの時間軸が、ある意味、世界の利益のために働いているという事ぐらい明白なことはない。イランの核への取り組みが交渉より早く進展するかも知れない、というのはおおいにありうることだ。(仮定を重ねて断定する、アメリカの支配層の常套手段の言い方だ。交渉より先にイランが核兵器を持つなどというのはおよそ馬鹿げている。)

 ・・・実際の所、イランの政策は、その科学者が技術的問題を克服するまで時間稼ぎをしているのかも知れない。同様に、もっと厳しい経済制裁に対する国際社会の支持が集まるまで数ヶ月要するかも知れない。それが効果を現すまで数年かかるかも知れない。再び云うが研究所の取り組みは外交的進展よりももっと速いペースで進んでいるのだ。』

 だから西側は、もうこれ以上サイドラインにとどまることはできない。われわれの指導者達は、「チェンジ」を追求するイランの人々に向かって語りかけなければならない。政治的時間軸を加速させてゴールを達成しなければならない。』

 もし、われわれがイランの(核)研究所の問題に取り組まないとすれば、それは、結局ヨーロッパにも、アメリカにも、イスラエルにも、明確に異なる2つの、あまり取りたくない選択を強いることになる。すなわちイランの核を受け容れるか、あるいは、イランを攻撃するかだ。』


 これがハースの論文の結びだ。イランの核は受け容れないだろうから、結局ハースは、西側(日本を含んでいる)とアメリカとイスラエルに、防御的戦争を呼びかけていることになる。この人物のお粗末さは、ウソとデマと威しで人を屈服させられると信じている点だ。

 各界指導的人間の劣化現象は、なにも日本だけのことではない。先進資本主義国に共通した現象だ。

 しかしこのお粗末な人物は、外交問題評議会の理事長なのだ。ペイリンやボルトンとはわけが違う。

 われわれ一般市民は、地球が、今、チック、タックと時を刻みながら、「戦争」に向かって歩みを進めている、という警戒感と恐れを持たねばならない。そしてその戦争は、自分たちのつまらない利益のために、地球を道連れにする「戦争」でもある。

 なかんずく、今回の動きで一番恐ろしいのは、アメリカの支配層が、「核兵器」を自分たちで完全にコントロールできると信じて疑っていない点だ。

 戦争が始まれば、戦争は自分で勝手に進んでいく。その時、核兵器は、スティムソンが1945年に指摘したように、「あまりに革命的すぎ、あまりに危険すぎる。」のだ。

 もし中東大戦争が、核兵器戦争となるものならば、われわれは、誰であろうとイランを攻撃させてはならない。