記事一覧

1.14さよなら原発歌声パレード in おのみち 報告

ファイル 84-1.jpg

◆画像説明
海岸通りを歩くパレード
「原発の~てもえ~じゃないBINGO!」さんのサイト報告から拝借しました。
http://blog.livedoor.jp/sakatakouei/archives/51469642.html

1月14日に広島尾道で開催された「さよなら原発歌声パレード in おのみち」参加された広島県三原のユウさんから報告が届きました。

許可を得て転載いたします。

なお

共催の「原発の~てもええじゃないBINGO!」さんも報告をアップされていますので、ご紹介しておきます。
http://blog.livedoor.jp/sakatakouei/archives/51451259.html
http://blog.livedoor.jp/sakatakouei/archives/51469642.html
<動画報告はこちら>

http://blog.livedoor.jp/sakatakouei/archives/51469906.html

====

1.14さよなら原発歌声パレード in おのみち報告

14日、13時30分から尾道駅前芝生広場スタートの「さよなら原発歌声パレードINおのみち」を開催しました。以下、当日の簡単な報告です。

昨晩からの雨が朝起きても降り続いています。前夜、「結構、荒れる天気予報とのこと・・・。(中止も含めて検討することになりそうだけど)どうしましょう??」と、呼びかけ人のOさんからの電話も受けていましたが、なんとか昼前には雨も上がり、お日様の恵みを受けての集会・パレードとなりました(ほんとによかった・・・)

先にも報告しましたように今回の街頭パレードは、「守田敏也さん講演会」企画を通して繋がった尾道・福山・三原の実行委員会有志での忘年会で、『衆院選の結果を受けて“湿って”いてもしょうがない。(何がしかの)動きが必要だ!!ここは一発パレードじゃ!!』『(ええい!)ここ(忘年会)にいるメンバーが一人づつ参加者を募っても30人にはなる!やるべし!!』と、「勢い」だけで、準備も相談も不十分なまま呼びかけたものです。「(でも)なにかしなくては・・・」と云う「危機感」が、呼びかけを発したメンバーの中に大きかった・・・という側面も無きにしには非ず・・・ということで、『関係する人たちとの相談(会)もできない・・。チラシもまにあわないよ~(泣)』というなかでのドタバタ企画だったことで、関係者の方には様々なご心配を掛けた事に心からお詫びします。

私はスタッフ集合に少し送れて13時ごろ、岡田和樹くんと会場に到着。すでに尾道の人たちを中心に20名ぐらいがパレードグッズを並べて集会準備中。続々(?)というほどではありませんが集会開催の13時30分ごろには尾道・福山・三原の50名ぐらいが参集され、あちらに「防護服」、こちらに「着ぐるみ」そちらに「魔女の尖がり帽子」といった姿や、様々のプラカード、ブースを持った人たちで、とても和やかな雰囲気を醸しています。府中の石岡さんも沢山の大型「折り鶴」を持ってきてくださいました。感謝です。

集会は「原発のーてもえーじゃないBINGO!」の坂田光永さんの元気一杯の司会で始まりました。主催者挨拶は地元尾道の「フクシマから考える一歩の会」の宇佐さん。『恩師(原爆被曝者)の姿を通して、放射能の怖さを知った(知っていた)つもりだった。永くエピソードとして自分のなかにあったそのことが3.11以降、目の前に突きつけられた。様々なイベントをしてきたが、(改めて)みんなで考える時だと実感して本日のパレードを呼びかけた』と簡潔に趣旨説明。

尾道ではおなじみのミュージシャン「おとぎぞうし」の竹本さんが『衆院選挙を受けて、「いつか、来た道」が私たちの目の前に現れた。流れに「抗(あがらう)ことしかできない」のではなく、「意識的に抵抗する気概を持とう!そこから道を切り開こう!」と一曲。

3.11以降、東京から生まれ故郷の三次へ避難して「さよなら原発みよしの会」の中心として様々な取り組みをされている徳岡真紀さんからは『避難して以降、心から「楽しい」と思うことが出来なくなりました。事故をおこした福島原発で日々命を削って事故の拡大を防いでいてくださる労働者の皆さんや、日々10ミリシーベルト環境のなかで生活している福島の子供たちのことを思うとなんともいえないグズグズとした気持ちのなかですごしている毎日です。でも塞いでいても始まらないし、色々な道筋から“さよなら原発”を考え、行動することが重要だとも日々思っています。最近まで「歌」ということには(少し)訝しい?想いがあったことは事実ですが、斉藤和義さんのコンサートに行ってみて「歌の持つ力」を再認識しました。色んな人たちが繋がっていくことと行動することを通してしか、事態は変わりません。一緒に考え頑張りましょう!』とアピール。

再度登場いただいた「おとぎぞうし」の竹本さんのリードで「アメイジング・グレイス(一部替え歌)」をみんなで合唱したのちパレードに出発。

パレードは避難されてきた子供連れファミリィーと車椅子の方を先頭に80名で出発。出発時に尾道署から『申請は50名になっている!県公安条例に従って50名から先の参加者はデモとして認めない!』と、申請不慣れをいいことに不当な規制がかかりましたが、『じゃ、歩道を歩くのはokね?!』と4列の車道パレードに並んで、ゼッケンやブースを持った「歩道パレード隊?」とチラシ撒きの人たちを含めて30人ぐらいがパレードに併走して出発。“パッパカパパン~パッパカパパン~(かっとばせー00!の野球選手応援マーチとフレーズ)に乗せて“再稼動反対!原発止めろ(お~っ!)”“放射能危ない!子どもを守ろう!(お~!)と、海岸通から商店街を往復する1時間のパレードをコールあり、歌(替え歌)あり、パレード参加者の訴えありの楽しくも力強いパレードが続きました。商店街(アーケード街)ではお店から顔をのぞかせて手を振ってくださる方、声を掛けてくださる方、駆け寄って握手をしてくださる方が多数おられ、パレード参加者も元気を貰いながら歩きましたよ。

パレード終了地点(芝生広場)では参加者からのアナウンス・タイム。広島で3.11以降活動を始めた森本道人さん、関東からの避難者ママさん、京都から観光に来ていて飛び入り参加された女性のかた、三原の岡田和樹さんらの熱い「思い」を聴きながらコールを唱和して解散。(そうそう、解散直前に制服姿の男子高校生4~5人が熱心に耳を傾けていました。)

そのあと呼びか人や参加者20人でお茶タイムしながら「振り返り会」を近くの喫茶店で。準備不足(呼びかけ不足・関係者間での相談不足等)があったけれど、とても「和やかで力強いパレードだったのでは・・。」「今回は改めてのスタート、色々な道筋で頑張っている人たちとの連携を考えながら、次回はじっくりと準備を」「各地域で繋がりながら、こうした企画が(又)出来たらいいね・・」ということで散会しました。

官邸前では1月11日から毎週金曜日の行動が行われています。『安倍首相~!(再稼動しなくなるまで)つきあうぞ!!~』と「諦めない人々」の波は、広島県内でも広島市での2.3金曜日パレードや三次の2.4金曜日デモ、月1~2回の伊方原発再稼働反対デモ、内部被曝の危険性を訴える毎週金の広島2人デモ(5~10人で行われている)にも繋がっています。私たちも弛まず進みましょう。