第2回「赤旗」よ、お前もか・・・、スローガンとしての「核兵器廃絶」の終焉 その@
(2011.2.25)
「赤旗」11年2月16日付け一面トップ

 日本に帰ってきて、ほぼ20年以上、政治政党としては日本共産党に票を投じ続けてきたが、そろそろ私も年貢の納め時かも知れない。

 2011年2月16日付け「しんぶん赤旗」の『核兵器禁止の交渉を』と題する一面トップの記事のことである。『新「国際署名」を開始』、『国連事務総長も賛同』という副題がご丁寧にもついている。

 リードは、

「すべての国の政府に、すみやかに核兵器禁止条約の交渉を開始するよう求めます」という、「核兵器全面禁止のアピール」国際署名の発表集会が15日、被爆地の広島、長崎、東京の3都市で開かれました。新署名は原水爆禁止日本協議会(日本原水協)が呼びかけたもので、国連の潘基文(パンギムン)事務総長や広島、長崎両市長をはじめ、内外の幅広い人々が賛同を寄せています。国連事務総長が賛同した核兵器廃絶の国際署名運動は今回が初めてです。』

 なぜここに、ほぼアメリカ・オバマ政権の意向に沿った国連運営を行っている国連事務総長パン・ギムンが引き合いに出されるのか理解に苦しむところだが、ここでは核兵器廃絶問題では国際連合(United Nations)は100%正しい、というコンセプト(日本においては“ドグマ”といった方が適切かも知れない)が無批判に日本の市民の中にばらまかれている。よく知られているように国連事務総長の任命には、国連安全保障理事会の常任理事国5カ国の拒否権をクリアしなければならない。要するに米・英・露・中・仏の5カ国のうち1カ国でも拒否権を発動すればその事務総長候補は事務総長になることは出来ない。この常任理事国5カ国はまた核兵器不拡散条約の承認する核兵器保有国でもある。従って徹底的な核廃絶論者が国連事務総長になる道は塞がれている。国連社会を通じた核兵器廃絶は、また国際連合の「民主化」の問題でもある。

 この赤旗には国連が抱える基本的な問題に注がれる視点もない。そもそも国連は第二次世界大戦での戦勝国である連合国(the United Nations)が戦後世界を支配するために設立した国際機構だ。戦後国際社会の情勢の変化に対応して、国連がキチンとその役割を果たしているかというと、最近ではその構造的問題(要するに5常任理事国の談合で重要な問題が決まっていくというありかた)を指摘する批判も多く出されている。赤旗の書きぶりを見ていると「国連」は金甌無欠の国際組織のようだ。


パン・ギムンは恐らく最悪の事務総長

 もともと非民主的運営方法を構造的に抱えている国連の中で、歴代事務総長は全体的に云えば、よくやってきた、公平性を保とうと努力してきたと評価できるだろう。中ではパン・ギムンは歴代最悪の事務総長だろう。良く言われる縁故主義(あまりに縁故主義が目立つので国連職員組合から反発を受けている。日本語Wikipedia<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BD%98%E5%9F%BA%E6%96%87>や英語Wikipedia<http://en.wikipedia.org/wiki/Ban_Ki-moon>などを参照の事)の国連運営や姿勢に幅広い批判がでている。英語Googleでは「パン・ギムン批判」(“Ban Ki-moon criticism”)が検索キーワードになっているほどだ。

 私がこの人物に怒りをもったのは、2008年末から2009年はじめにかけて行われたイスラエルによるパレスティナ・ガザ地区空爆の時である。圧倒的な軍事力をもつイスラエルはこの時、ガザ地区を檻のようにして市民を閉じこめミサイル攻撃を行った。ガザ地区の市民に対するホロコーストである。当然無差別に多くの死者やけが人が出た。パンはこの時視察でガザ地区を訪れていた。文字通り彼の目の前で、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)やパレスチナ赤新月社の施設、病院三カ所が意図的に攻撃された。

 パン・ギムンは唇を震わせ怒りを表明したものの、実質的には国連としてイスラエルに対して有効な制裁や懲罰を行わなかった。いやアメリカに逆らってまでそこまで踏み込むことを彼は避けた。パン・ギムンはガザ地区の市民はおろか、命をかけて現地で働いている志の高い国連職員やボランティア、医療関係者を守る事すら出来なかった、いや守ろうとしなかったのである。正式な謝罪さえイスラエルにさせることも出来なかった。私が最低最悪の事務総長だと思ったのはこの時である。

 (勘違いしないで欲しいのは、イスラエルの行為をユダヤ人一般の行為と思わないで欲しいということだ。イスラエル軍国主義はユダヤ人の伝統文化からも大きく逸脱している。世界の心ある多くのユダヤ人は本当に憂慮している。)

 国連事務総長としてのパン・ギムン批判はここでの本題ではない。


「核兵器廃絶問題」の急所

 問題は「赤旗」の次のような記述である。

新署名は、ヒロシマ・ナガサキをくり返させないもっとも確かな保証は核兵器を全面的に禁止し、廃絶することだと指摘。昨年5月の核不拡散条約(NPT)再検討会議で決めた「核兵器のない世界の平和と安全を達成する」ことを実行に移すよう求めています。署名は毎年秋の国連総会に提出します。』

 「ヒロシマ・ナガサキをくり返させないもっとも確かな保証は核兵器を全面的に禁止し、廃絶すること」自体に21世紀の今日、いかなる主権国家と雖も表面だって反対する国はあるまい。それは2000年のNPT再検討会議最終合意文書以前に戻ることを意味する。だからこれは現在国際合意である。

 21世紀の問題は、「核兵器廃絶」という「国際合意」がなぜ着実に一歩一歩実現できないかにある。それは簡単なことだろう。「核兵器保有国」が核兵器を手放さないからである。

 私は「核兵器廃絶」は例外なしの国際合意であると書いた。その国際合意には、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の核兵器不拡散条約加盟の5核兵器保有国はもちろん、非加盟のインド、パキスタン、いや北朝鮮やイスラエルですらこれには賛同する。なのに何故、この国際合意が実行されないか?

 単純である。主要な核兵器保有国が「スローガンとしての核兵器廃絶」と「鋭い政治課題としての核兵器廃絶」を使い分けているからである。「赤旗」の記事は故意にかどうかは知らないが、そのことに目をつぶっている。


オバマに見る「スローガンとしての核兵器廃絶」

 空疎な「スローガンとしての核兵器廃絶」の典型的な例は、アメリカ大統領バラク・オバマの2009年4月5日のプラハ演説に見ることができる。

 オバマはいう。

1発の核兵器が1つの都市で爆発するーそれがニューヨークであれ、モスクワ、イスラマバードであれ、ムンバイ、東京、テル・アビブ、パリ、プラハであれー数十万人の人々が殺されうるのです。そしてそれがどこで起ころうとも、地球的な安全、安定、社会、経済そして究極的なわれわれの生存にとって終わりのない結果をもたらすことになるでしょう。』

ある人たちはこれら兵器(核兵器)の拡散はチェックし得ないといいます、そして、さらに多くの国々が、さらに多くの人々が、この最終破壊兵器を所有する世界で生きていくことを運命づけられている、といいます。

 この運命論は不倶戴天の敵です。(a deadly adversary)というのはもし、核兵器の拡散が不可避的だ、とわれわれが信じ込んでしまえば、次には、われわれが自身で核兵器の使用は不可避的だと信じることになるからです。』
(「オバマのプラハ演説」の「核兵器拡散の原理の否定」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/obama_04.htm>の項参照の事)

 前段の情勢認識の正しさに比べて、後段の「核兵器拡散不可避論」批判の中に、オバマは彼一流の論理のトリックを忍ばせている。そしてこの論理のトリックが後に述べる、オバマの「核兵器保有肯定論」の伏線となっている。

 「核兵器拡散不可避論」はごく早い時期、最初の人類最初の核兵器がアラモゴートで炸裂する前にすでに現れていた。


「フランク・レポート」の核拡散不可避論

 1945年6月11日、兵器級ウラン濃縮の問題も爆縮構造の開発もほぼ終了し、原爆が完成する目前となって、自らも開発に深く関わったシカゴ大学冶金工学研究所の科学者たちは、核兵器が人類の運命に与える影響について深く考え、愕然となった。そして「政治ならびに社会問題」というタイトルの報告書にまとめ、当時陸軍長官だったヘンリー・スティムソンあてに提出する。いわゆるフランク・レポートである。

 この報告書の中で彼ら科学者は自らを「市民」と規定する。ただし単なる市民ではなく、

・・・従って、原子工学の戦後における機構についてなにか意見を述べること自体、不可避的に政治問題に論究することとなる。この大規模計画に関与する科学者は、国内政策であれ国際政策であれ、問題に関して発言してはならないものと措定されている。(機密保持契約があった。違反すると刑事罰が待っている。)しかしながらわれわれは同時に、過去5年間この国の安全にとってまた世界の全ての国々の将来にとって、容易ならざる危険が存在することを知りうるひとつの小さな市民グループでもあった。しかもわれわれを除くその他の人類はこの危険を知らないのだ。それ故に、ことの重大さに鑑み、原子力に関して熟知している立場から想起せらるる政治的諸課題に注意を喚起し、なさるべき決定のための準備や研究へ向けてそのステップを示すことはむしろわれわれの義務であると感ずるに至った。』
(「フランク・レポート」の「発言するのは科学者の義務」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/flanc_report.htm>の項参照の事)

つまり彼らは自らを「人類の危険を知りうる小さな市民グループ」と規定したのである。


「不可避論者」の結論は「核兵器廃絶」

そして「核兵器拡散不可避」について次のように述べる。

過去に置いて、科学はしばしば攻撃者の手の中にある新兵器に対して、適切な保護装置をも提供することができた。しかし、原子力の壊滅的な使用に対しては、そのような有効な保護装置を提供できると約束することはできない。世界の政治的機構だけが、このような保護装置を招来することができる。』
同「適切な政治機構が唯一の保護装置」の項参照の事

とした上で、

もし効果的な国際合意に達しないとすれば、核兵器の存在を最初に誇示した翌日の朝から、最も早ければ核装備競争が始まることだろう。そして3年から4年のうちにはわれわれが現在スタートしている位置に追いつき、その後10年以内には、もしわれわれが核分野でかなり重点をおいた開発を続けるものとして、彼らとわれわれは対等の力関係になるだろう。』
(同「先制奇襲攻撃には無力」の項参照の事)

 つまり核兵器の存在が明らかになった瞬間から、国際的核軍拡競争が始まるだろう、と彼らは予測した。そしてこのことは「不可避」だと予測した。また彼らの予測は正確でもあった。
 
 核兵器拡散は必然の原理なのである。まずこの必然の原理をオバマは「運命論」だとして退ける。つまり「核兵器不拡散」は実現可能だと主張する。そして「核兵器拡散不可避論」を「運命論者」だとして「不倶戴天の敵」と呼ぶ。

 「核兵器拡散不可避論」の立場に立つか、「核兵器不拡散論」の立場に立つかは、運命的な選択である。

 「核兵器拡散不可避論」の立場から導かれる結論は、「直ちに廃絶しよう」と云うものだ。「核兵器拡散不可避論者」は決してオバマの言うように、「運命論者」でも「核兵器拡散容認論者」でもない。そんな立場は存在しない。「核兵器拡散必然論者」は、フランク・レポートの科学者のように直ちに「核兵器廃絶論者」になる以外に道はない。

 一方でオバマの主張する「核兵器不拡散論」の立場から導かれる結論は「一部の信頼できる核兵器保有国だけが保有し、それ以外は保有しないようにしよう。」というものだ。「核兵器不拡散論」は形を変えた「核兵器独占論」であり、「核兵器不拡散論者」は形を変えた「核兵器保有正当論者」になる以外にはない。

 この言葉のトリックをオバマはプラハ演説で巧妙に使い、もともと「核兵器保有正当論者」の自分の立場を「核兵器廃絶論者」のように見せかけている。しかしその後のいきさつを見てわかるように、メッキは1年も経たないうちに剥がれてしまった。


スティムソンの「原爆封印論」

 1945年8月の2個の日本への「原爆の使用」を経て、マンハッタン計画の最高責任者であり、核エネルギー開発計画全体の責任者であった陸軍長官ヘンリー・スティムソンは内面の葛藤を経ながら、自分が「核兵器拡散不可避論」者であることを明確にし、必要であればソ連を脅迫してでも仲間に引きずり込み、「原爆を封印」してしまおうとする提言をまとめて大統領トルーマンに提出する。
 
 中でスティムソンは次のように述べている。

・・そのような状態は、ソビエト政府を原爆開発しようとする異常に熱を帯びた行動に駆り立て、より破滅的な性格を持った、密かな軍備拡張競争に突入することは、ほとんど間違いないところであります。』
ロシアが核兵器生産に関する秘密を完全に手中に収めるには最短4年、最長でも20年かかるであろうという事は、世界や文明にとって重要ですらありません。世界や文明にとって重要なことは、ソ連がわれわれの申し出を受け容れ、世界の和平希求国家の間でソ連が進んで協力関係を構築して、平和を確かなものにすることです。』
そのようなアプローチは、もっと具体的にいえば、軍事兵器としての核爆弾のこれ以上の改善、製造を中止することを意味し、同様な措置をロシア、イギリスにも求めて同意させる事を意味します。』
 また現在われわれが保有する原爆を進んで封印し、ロシアとイギリスがわれわれと共に、3国間の同意がなければ、戦争の手段として原爆を使用しないという合意をすることになります。』
(ヘンリー・スティムソン「原爆管理のための行動提言 1945年9月11日」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/stim-memo/stim19450911.htm>)

 当時スティムソンの主張は、原爆をソ連の鼻面を引きずり回す道具としか見ていなかった大統領トルーマンとすでに政権の実権を握っていた国務長官のジェームズ・バーンズらによって「老いぼれのたわごと」として一笑に付された。
 
 「核兵器拡散不可避論」の立場に立つ時、導かれる結論はただ一つしかない。45年6月の「フランク・レポート」や、45年9月のヘンリー・スティムソンのように政治・社会問題としての「核兵器廃絶」であり「原爆の封印」である。


トルーマンの継承者としてのオバマ

 09年4月のプラハにおけるオバマのような結論は出てこないのだ。この時オバマは次のように述べた。

私は、核兵器のない世界に関する安全保障と平和の追求に関し、アメリカのコミットメントを、確信を持って明確に述べようと思います。この目標への到達は容易ではありません。おそらく私が生きている間ではないでしょう。それは忍耐と継続が伴います。しかし、いまやわれわれもまた、世界は変えられないとわれわれに告げる声を無視しなければなりません。』
(前掲「プラハ演説」の「生きている間はない」の項参照の事
これら兵器が存続する限り、われわれは、安全と保障を維持しますし、どんな敵であろうと彼らを抑止する(to deter)効果的な兵器庫を維持します。そしてすべての同盟国を、チェコ共和国も含んで、防衛することを保証します。』
(前掲「プラハ演説」の「オバマの核抑止論」の項参照の事)

 オバマにおいては「核兵器のない世界」を主唱することと、自ら最後に残った唯一の核兵器保有国たらんとすることの間には全く矛盾も齟齬もない。彼が「核兵器不拡散論」の立場に立ち、アメリカの核兵器の保有と使用は正義であるという信念に基づく限りは。

 従ってオバマにおいては「核兵器廃絶」は、スティムソンや「フランク・レポート」が主張するように「政治課題」なのではなく、空疎な「スローガン」なのだ。スローガンとしての「核兵器廃絶」なのだ。

 しかも、スローガンとしての「核兵器廃絶」は、現実には「核兵器保有正当論」を覆い隠すマントとして機能している。オバマはこの点で、「フランク・レポート」の科学者や「原爆の封印」を提唱したスティムソンの継承者ではなく、スティムソンを冷笑したトルーマンやバーンズの継承者なのだ。

 今われわれが当面する問題は、オバマの言う核兵器で守る「すべての同盟国」のなかに当然日本が含まれているということだ。このことは私たち日本の市民に鋭い政治問題を突きつけている。


「赤旗」のトリック

ここで「赤旗」の記事に戻る。赤旗は言う。

ヒロシマ・ナガサキをくり返させないもっとも確かな保証は核兵器を全面的に禁止し、廃絶することだ』

 本当にそうか?このもっともらしい言い方の中にも、オバマのプラハ演説同様、言葉のトリックが忍び込ませてある。核兵器を全面的に廃絶・廃棄し、この地上からなくしてしまうことが、「ヒロシマ・ナガサキ」を二度と繰り返させない唯一の保証であることはまことにその通りである。
 

 しかし「核兵器全面禁止」はこの記事の言うように運動の「目的」とはならない。それは核兵器廃絶運動の「結果」なのだ。つまりこの記事のトリックは、一つの「結果」を「目的」にすり替えるところにある。
 
 現実問題として、国連社会は主権国家の共同体だ。それ自体主権を持った連邦体ではない。だから主権国家一つ一つが核兵器廃絶を基本政策とし、それが国連全体の合意となって核兵器禁止がはじめて実現できる。しかもNPTの交渉の過去の例では、この合意は全会一致でなければならない。だから核兵器禁止はそれぞれの主権国家の一致した意志が前提になる。
 
 だから、「核兵器全面禁止」は直接の目的とはならず、こうした主権国家の、ひとつひとつの形成と主権国家同士の一致した合意の結果なのである。この記事は結果を直接の目的と錯覚させるところにその狙いがある。

 「政治課題としての核兵器廃絶」と「スローガンとしての核兵器廃絶」をたくみに使い分け、永遠に核保有をあきらめようとしない核兵器保有国が存在する国連社会においては、「核兵器廃絶」「核兵器全面禁止」をいきなり目的とすることはできない。これは自明の理である。

 だから、「核兵器廃絶」をいきなり目的とするような主張はまず「スローガンとしての核兵器廃絶」の主張とみなすことが出来る。

 上記赤旗の主張を正しく書き換えたならばどうなるか?

ヒロシマ・ナガサキをくり返させないもっとも確かな保証は、核兵器廃絶をその政策として掲げる主権国家の政府が、核兵器保有国の政府を包囲し、彼らの核軍事力と核脅迫を骨抜きにして、核兵器保有は得策ではないと悟らせ放棄に追い込むことだ。その結果としてこの地球から核兵器は廃絶される。』

 問題をこのように立て直すと、「赤旗」の呼びかけのように、「核兵器禁止の交渉をはじめるよう署名を集めましょう」とは絶対にならない。


何が現実的な政策か

 まず核兵器廃絶を政策として掲げる主権日本に「核兵器廃絶政府」を作ることが先決問題となる。今の日本の政治情勢でそれは不可能だと云う人があれば、私は現在の核兵器保有国に「核兵器禁止条約」を結ばせて核兵器廃絶を求めるより、はるかに現実的だと答えよう。

 「核兵器廃絶をその政策として掲げる主権国家の政府が、核兵器保有国を包囲し」と私は書いたが、それは直ちに次の問題を提出する。

 それは、日本にとって「核兵器廃絶政策」とは一体どんな具体的内容をもつのか、という問題である。日本は核兵器を保有していない。従って日本はすでに「核兵器廃絶政策」を完成しているというものがあれば、そうではないと答えよう。

 日本はアメリカの核の傘に存在することによって「準核兵器保有国」である。核兵器廃絶政策とは、単に核兵器を保有しない、ことではない。すべての核兵器による脅迫行為と絶縁し核兵器保有国に対する協力を断ち切ることなのだ。1980年代のニュージーランドのデビッド・ロンギ政権のように「核兵器などという恐ろしいものでわれわれを守って欲しくない」ということなのだ。すべての核兵器と絶縁することなのだ。日本全体を国際社会の検証を伴う「非核兵器地帯」とすることなのだ。
(国連社会では1国で「地帯」“Zone”と呼ぶ用例はない。1国の場合は「地位」“Status”と呼んでいるようだ。現在では「モンゴル非核兵器地位」の例が出ている。「世界の非核兵器地帯成立の流れ」を参照の事<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Nuclear_Weapon_Free_Zone/nagare.htm>)

 そのような目で、世界を見渡すとすでに地球の南半球はあらゆる核兵器と絶縁した主権国家で埋め尽くされている。前掲「世界の非核兵器地帯成立の流れ」を参照の事
 むろん中には南太平洋非核地帯に参加しているオーストラリアのようにやや怪しい国もいる。オーストラリアは、南太平洋非核地帯条約に参加する際、核兵器搭載艦船が港に停泊している場合は例外とするという抜け穴を作った上で参加した。もちろん港に停泊する核兵器搭載艦船はアメリカの軍艦である。


「核兵器廃絶運動」としての「非核兵器地帯」

 日本の外務省のお役人は、「あなた、勘違いしている。非核兵器地帯は核不拡散政策の補完機構なんですよ。非核兵器地帯が核兵器保有国以外の世界に出来たところで核兵器廃絶は実現しませんよ。」というかも知れない。そう嘯いているがいい。世界中が非核兵器地帯だらけになれば、アメリカはやがて自国内にしか核兵器の実戦配備が出来なくなる。核兵器のもつ脅迫力(オバマとアメリカ国務省の用語で言えば「抑止力」)は著しく減殺されるだろう。

 現実に1997年3月に発効した東南アジア非核兵器地帯では、条約対象地域を各国の大陸棚あるいは排他的経済水域(200海里)にまで拡大している。参加国であるベトナムとフィリピンの間の海域や空域では核兵器搭載艦船や軍用機は一切通過できない。もしアメリカがこれを遵守すれば、中東地域に核兵器を運搬するにあたり、東南アジアの海域や空域を大きく迂回しなければならない。

 従っていまだに5つの核兵器保有国は、東南アジア非核兵器地帯に批准はおろか署名もしていない。署名しようがしまいが現実には核兵器保有国はこの条約を尊重せざるを得ない。現在の国際社会でASEAN10カ国の主権国家の固い決意を無視することは出来なくなっている。

 「スローガンとしての核兵器廃絶」でなく「政治課題としての核兵器廃絶」に私たち日本の市民が真っ向から向き合えば、「国連に署名を届けましょう」「国連事務総長も賛同」などとユルいことは言っていられなくなる。私たちが日本という主権国家の領域でやるべきことは山積している。

 またこのことは、主権国家として日本という領域に預かる私たち日本市民の、世界の人々に対する責任でもある。


加速化する「核兵器廃絶」政治課題化

 特に21世紀に入って「政治課題としての核兵器廃絶」への流れは加速している。

 一つにはアメリカ経済が著しく衰え、それを「金融経済成長モデル」と称する「バブル経済成長モデル」が08年に「リーマン・ショック」をきっかけに破綻し、アメリカ支配体制のグローバル覇権主義の支えの一つが大きく揺らいでいることが一つの要因だと私は分析している。
 
 もう一つの要因は、21世紀に入って大きな経済成長をし始めた非同盟運動諸国(NAM諸国)が、結束して核兵器保有国(その中核はアメリカだが)に対決しはじめたことだ。さらに言えば、核兵器保有国としては、他の4カ国と明確に一線を画してきた中国が圧倒的に力を伸ばしはじめたこととアメリカを支えて来た西側ヨーロッパ諸国が相対的に力を落としてきたことが副次的要因としてあげられよう。

 こうした「政治課題としての核兵器廃絶」の流れを誰の目にも明らかにしたのが、2010年NPT再検討会議の結果だといえよう。

 NAM諸国は一致結束して、核兵器保有国に対して「核兵器廃絶の期限」を迫った。期限を切ること、そして核兵器廃絶へ向けて具体的な行動計画を作り、それを一歩一歩着実に実施することが、「政治課題としての核兵器廃絶」の道筋である。この1点で「スローガンとしての核兵器廃絶」と決定的に異なる。「スローガンとしての核兵器廃絶」はいつまでも的にとどかない「ヘラクレスの矢」なのだ。また「スローガンとしての核兵器廃絶」は、自ら足下の「核兵器廃絶問題」から、目をそらしていることも特徴としてあげられる。

それを次に見てみよう・・・。  


(以下第3回そのAへ)