(2010.3.12)
<イラン核疑惑>関連資料

「湾岸の今後」 対イラン戦争に身構える湾岸諸国

 2010年3月11日付け「クドゥス・アラビー」紙(Al-Quds Al-Arabi)電子版1面に掲載された論評記事である。書いたのは同紙の編集長、アブドゥルバーリー・アトワーン(Abd al-Bari Atwan)である。

 この記事を理解するには、若干「クドゥス・アラビー」紙とアトワーン編集長に関する知識が必要かも知れない。

 クドゥス・アラビー紙は、パレスティナ亡命者がイギリス・ロンドンで1989年に作った新聞である。アトワーン自身1950年パレスティナのガザ回廊(ガザ地区)出身である。だからといって反イスラエル的論調というわけでもなさそうだ。英語Wikipediaは「論調は反アラブ体制的。また意識的にアメリカやイスラエルに従順な論調のため、エジプト、サウジアラビア、シリアなどで検閲され、時には発禁処分にあっている。発行部数5万部。」(<http://en.wikipedia.org/wiki/Al-Quds_Al-Arabi>)と伝えている。またアトワーンは、エジプト・カイロで大学を出た後、幾つかのアラブ語新聞の特派員を経て、1978年にはロンドンに移り住んで、現在はイギリス国籍である。オサマ・ビン・ラディンのインタビューした人物としても知られている。西側社会ではアラブ問題の権威として有名なようで、BBCの「デイトライン・ロンドン」やワールド・スカイ・ニューズ、CNN、英語版「アル・ジャジーラ」(アル・ジャジーラは反イランの論調で知られる。)などのレギュラー・ゲストとしても知られているようだ。
(以上<http://en.wikipedia.org/wiki/Abd_al-Bari_Atwan>

 といってここで紹介する記事が特に政治的というわけではない。アラブ語圏出身のベテラン・ジャーナリストとして、冷静かつ的確な観察を行っている。しかも、その観察は「湾岸諸国」
(註1)の立場に立ってなされているのが特徴だ。彼の目から見ると、「対イラン戦争」は不可避のようだ。

 なおこの日本語記事は東京外語大学の「中東ニュース」に原文(http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/src/read.php?ID=18669)が掲載されている。日本語への翻訳者は十倉桐子である。また中に(註)を入れた。また検索のため私が中見出しを入れた。日本語原文にはない見出しや註は青字か赤字である。便宜のため行替えなども入れた。

湾岸の今後
    2010年03月11日付クドゥス・アラビー紙(イギリス)HP1面
【アブドゥルバーリー・アトワーン(本紙編集長)】

マブフーフ暗殺事件

 湾岸から戻ったところである。ある出版社からアブダビ博覧会へ招待されていた。著者たちが講演したり、本を買おうする人たちにサインをしたりする場である。

 湾岸の人々、国民と居住者たち(もちろんアラブ人の)の気持ちが二つのことに占められているらしいことに、私は興味を引かれた。

 ひとつは、この1月のドバイ首長国で、欧州並びにオーストラリアの偽造旅券を用いて入国したモサド要員がマブフーフを暗殺した犯罪(註2)のその後の展開。

 もう一つは、経済制裁あるいは直接の空爆によるイランとの対決とその湾岸諸国への影響である。

 第一の件については、ダーヒー・ハルファーン・タミーム中将(註3)の役割をめぐって人々の意見は分かれている。タミームは、優れた捜査能力をもって事件に関わったテロリストたちを追跡したのみならず、湾岸地域いやアラブ全体でも先例のないメディア的透明性をそれに伴わせた。

 湾岸首脳部の中では、ドバイ首長国によるイスラエル・モサドとの果敢な対決を「勇み足」として批判する声が高まっている。この人々は、ドバイの治安や安定に懸念を示す。それはイスラエルと対決するには小さすぎるとして、領土内でイマード・ムグニヤを暗殺(註4)されても黙っていたシリアのような大国に学ぶべきであったと主張する。

 一方、タミーム中将は国民的英雄となった。首長国連邦(アラブ首長国連邦のこと。湾岸地域7つの首長国で成立した連邦国家。首都はアブダビ。最大の都市がドバイである。予算の9割をアブダビ国が負担しドバイ国が1割を負担している。後の5カ国は負担なし。原油生産のなせるワザである。)でではなくアラブ全体でである。

 彼は、犯罪に関与した者たちが欧州の偽造旅券とアメリカのクレジットカードを用いていたことを明らかにし、ためらいなくモサドに嫌疑を向け、その作戦を承認し実行を支援したネタニヤフ首相が直接責任を負う事を要請した。これによって中将は、欧米の同盟者たちと結んだイスラエルの手による巨大な悪を追い詰めたのである。


イランに警戒の目を向ける湾岸首脳部

 最初の人々、湾岸首脳部は、あいまいにごまかすことに慣れた少数派である。あれこれと理由をつけ、治安や政治問題を絨毯の下に隠して、アラブの中心的懸案事項から遠ざかろうとする。湾岸諸国が和平と休戦を志向しているというのも、その理由の一つである。

 彼らは対決を避ける。一方で、イランの脅威をイスラエルのそれより優先して対処すべきものとしている。イランの核への野心とその近隣諸国への危険性に比重をおくのである。 

 それ以外の人々の方が多数派である。政治的軍事的優先順位はアラブ・イスラームの側に置き、穏健派諸国がアメリカとイスラエルの指針に従っているのを見て、彼らが地域の現状をもたらしたと考える人々だ。アラブ復興の動きは消え、戦争が次々と起きる。戦略的バランスは、イラン、イスラエルなど非アラブ諸国に傾いている現状である。

 戦争の可能性はほとんどの会合、外交関係の集まりで主要トピックとなっている。

 繰り返し話題にのぼるのは、軍事対決が起きるか否かではなく、その時期と参戦国である。

 湾岸海上(これはホルムズ海峡の西側ペルシャ湾のことだろう。アラブ圏の人はペルシャ湾をアラビア湾と呼んでいる。横須賀の空母ジョージ・ワシントンも行っていないかどうか是非とも知りたいところだ。)は米戦艦で混み合っている。

 イスラエルの原子力潜水艦がいるという人もいる。米要人、軍人政治家らが次々訪れる。モーリン米軍合同参謀議長(これは米韓合同軍のマイケル・モーリン米軍合同参謀議長のことだろう。)とアフガニスタンのマクリスタル司令官(スタンリー・マクリスタル・アフガン駐留国際治安支援部隊<ISAF>司令官<米陸軍大将>)が湾岸歴訪を行った後、昨日はゲイツ国防長官がリヤドに到着した。一方バイデン米副大統領はテルアビブを訪れイランに核兵器は持たせないと誓約する。

 イランの核問題をめぐっては、湾岸情勢にかんがみ、三つのシナリオが予測される。


イラン戦争三つのシナリオ

 第一としては、イスラエルが域内のイランの軍事的「手先」、つまり南レバノンのヒズブッラーとガザのハマースに奇襲をかける。そしてその二つの「国」を終わらせ、彼らの軍事力を無効とし、救援にかけつけるイラン、シリアを地域戦争に引きずり込むことをもくろむ。戦争の規模は大きくなることが予想される。

 二番目は、イスラエルがイランの核施設に限定的な素早い空爆を行う。この場合、イランはこの攻撃を黙殺するかもしれない。そうでなければ、彼らはイスラエルにより攻撃された国として世界の前に出ていき、イスラエルが地域の治安と安定を脅かすと訴えなくてはならない。

 三つめとしては、イスラエルと合衆国がイランに全面戦争を仕掛けることが考えられる。まずインフラ破壊のため数週間もしくは数カ月にわたる空爆が行われる。この場合、イランはイスラエルと湾岸の米軍基地に向けロケット弾で反撃するだろう。ダマスカス、レバノン、ガザの同盟者たちも同じ行動にでる。西側の報告は既にダマスカスの「戦時委員会」について述べている。イランならびにシリアの大統領、ヒズブッラー書記長による三者会合である。彼らはあらゆる可能性、シナリオを検討しその対処法を決め、統一戦略に合意したであろう。来る戦争が、「多数の戦争の母」となることを見越して。

 湾岸首脳らは、三つのシナリオ全てを欲していない。そして、最近は可能性が後退した第四のシナリオも恐れている。それは、合衆国とイランが湾岸を犠牲にして合意に至るというものである。つまり、湾岸首脳部は、冷たい戦争(経済制裁)であれ熱い戦争(軍事対決)であれ、勃発すれば自分たちが第一の犠牲者となると考えている。この恐怖ゆえに米軍のプレゼンスを強化し、最新ミサイルシステムを備え付ける(昨年サウジは33億ドルの防衛ミサイルシステムを購入した)。

 このような懸念は、一見して非現実的であるかのようにみえる。建設ラッシュ、天空高くそびえるタワー、豪奢と贅沢を競い合うさま、ドバイやアブダビを訪れる者の目に入るのはそういうものである。一触即発の危機は別世界の出来事のようだ。しかし輝かしいイメージは偽りである。我々はひとつの統合された湾岸を語ることはできない。深刻化していく見解の相違がある。それは国ごとの違いによるものであったり、嫉妬や競争心から生まれたものであったりする。しかし、皆が一致する大きなポイントがある。アイデンティティや共有している特質ではない。

 それは、アメリカの庇護に頼ろうという一点である。ワシントンが湾岸地域で建てる計画すべてに身をゆだねるのだ。



註1  湾岸諸国。ペルシャ湾(アラビア湾)に面した諸国という意味であろうが、湾岸協力会議(Cooperation Council for the Arab States of the Gulf)に参加しているアラブ首長国連邦、クエート、バーレン、サウジ・アラビア、オーマン、カタールを指していると考えられる。特徴とすれば、この記事の締めで使われている認識を援用して、「莫大な石油収入を唯一の頼りに、前近代的な絶対王政を今なお維持している諸国で、一方国内での民主主義革命の動きにビクついている諸国。彼らが唯一の頼りにしているのはアメリカの軍事力だ。」ということになろうか。同じく中東ニュースの次の、10年2月1日付「クドゥス・アラビー紙」の「湾岸諸国の対イラン武装」と題する記事は参考になろう。イランに代表される「イスラム民主主義」の影響を恐れる湾岸諸国の実情をかいま見せてくれる。

 このところアラブ地域におけるアメリカの動きが活発である。それは第一にイスラエル、次に湾岸諸国に集中している。アラブ・イスラエル闘争調停とは副次的にしか関わっていないこの動きの主眼は、イランの核への野望に対する措置である。アメリカの平和的提案を受諾するか否かのデッドラインは昨年12月の終わりに過ぎている。

アメリカの活動は二つに大別される。ひとつは米治安機関幹部らによるイスラエル非公式訪問である。先週はバネッタCIA長官が訪れネタニヤフ、バラク、及びダガン・モサド長官らとイラン核問題を協議した。1月初めには米国家保安局顧問ジョーンズ将軍もイスラエルを訪問した。

もうひとつとして、湾岸四カ国、特にサウジとアラブ首長国連邦への米兵器輸出が加速化している。これらは石油施設をはじめとするインフラ周辺の上空を防衛するために用いられるが、中にパトリオット・ミサイルの砲台も含まれている。イランが行い得るいかなる軍事攻撃も阻止しようとの狙いである。

多くの人が、このアメリカによる湾岸地域への軍事的関心を来るべきイランとの対決への備えとみなす。その時期は、イランに経済制裁を課す過程において、もしくはイラン核施設への空爆実施によって、あるいは、その双方によって到来する。特に首長国連邦とサウジを武装させる動きは、過去2年間であからさまになってきている。米公式報告によればその2国はこの2年間で250億ドルの米製兵器を購入した。

この武装の目的は、もちろんイランであってイスラエルではない。湾岸諸国とイスラエルは反イランで利害の一致を見た。したがってイランの軍事的能力、特に核兵器を破壊しようとするというのが大多数の観測者の見方である。イスラエルは事あるごとに湾岸諸国を煽り、イランを軍事的に叩かせようとする。サウジを名指して、イランを共通の敵とする軍事同盟の形成も要請した。イランがこの展開を座視するはずもなく、先週マヌーチェフル・モッタキ[イラン外相]は、イラン攻撃のため合衆国にその領土利用を許可した湾岸諸国に警告を発している。

米政権の親友たるブレア前英首相は、先週金曜、対イラク戦争調査委員会に召喚された際、イランに対する苛烈な扇動を試みた。今日のイランは7年前のサッダームのイラクよりもずっと危険であると彼は主張し、イランの核への野心に対しては、サッダームに対して行った以上の厳しい対処を欧米に要請した。そのブレアが、先週はサウジを訪問しアブドッラー皇太子他と会談した。イランの脅威についての見解を述べ、近い将来、核兵器所有に成功したイランとの対決が困難となる前に、力でもって対応するよう急きたてたに違いない。

嫌々ながらなのか、進んでなのか、湾岸諸国は火遊びをしている。おそらく、彼らがイランとイスラエル・合衆国の対立における最大の敗者となるだろう。米イラク戦争では例外的な擦り傷(イラクのロケット弾数発がサウジの標的に命中した)だけで済んだが、今回は事情が異なるようだ。』
(日本語訳は十倉桐子)

註2  パレスチナのイスラム原理主義組織ハマス(Hamas)幹部がアラブ首長国連邦のドバイ(Dubai)で暗殺された事件。殺害されたのはハマス軍事部門のマフムード・マブフーフ(Mahmud al-Mabhuh)司令官。弛緩剤で鎮静状態に陥った後に窒息死させられた。ドバイ警察の発表によると、マブフーフ司令官は窒息させられる前に、自然死に見えるよう、スクシニルコリンという弛緩剤で沈静状態にされていたとみられる。スクシニルコリンは即効性が高いことで麻酔医や救急医などが好んで使う筋弛緩剤。現場に同司令官が抵抗した形跡はなかった。ハマスの軍事部門の創設者の1人であるマブフーフ司令官は1月20日、ドバイのホテルで遺体で発見された。事件の背後にはイスラエルの対外特務機関モサド(Mossad)の関与が指摘されている。
<http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/
2703671/5408995>

日本ではモサド犯行説が出ているものの、「謎に包まれる」という言い方が一般的だ。現地では「モサド犯行」で決定のようだ。

註3  ダーヒー・ハルファーン・タミーム中将についてはよくわからない。この事件の捜査責任者に任命されてドバイ警察を指揮し真相究明した人物らしい。

註4  2008年2月 レバノンの武装民族主義グループ・ヒズボッラー(シーア派)の軍事作戦顧問で数々のテロ事件を立案・指揮したとされるイマード・ムグニヤが、シリアの首都ダマスカスでモサドによって自動車に仕掛けられた爆弾の爆発により死亡した。暗殺現場は、ダマスカスのカファル・ソウサア地区で、周辺にはイラン人学校とシリア情報機関本部がある。シリアはイスラエルに対して具体的な措置をとらなかった。