(2011.1.24)
 【参考資料】イラン核疑惑 
<イラン核疑惑> スタックスネット:オバマ政権とイスラエルの執念
そのA 「イランは兵器級ウラン濃縮」―NYT紙の無理な前提

具体性に欠けるランガー氏の話
 唯一合理的な推測は、「スタックスネットの天才性」を大げさに言い立てるために、実際にあったことを最大限誇張した、ということだろう。

 私の推測が正しいものとして、ニューヨーク・タイムズの記事はなぜ「スタックスネットの天才性」を強烈に印象づけたかったのか、という大きな疑問が残る。

 さてニューヨーク・タイムズを続けよう。

 『ワーム(スタックスネット)そのものは2つの主要なコンポーネントを含んでいる。一つは、イランの遠心分離器の回転を大きく狂わせるよう設計されたコンポーネントである。もうひとつは、映画から抜け出してきたような話に見える。:スタックスネットは、核工場が正常に操業している状態を秘密に記録する。そしてまるで(ハリウッド映画の)銀行破りの際に正常な状態を再生する時のように、核工場の操業中に正常な(操業中の)読み取り記録を(制御用コンピューターの中で)再生する。そうすると遠心分離器が実際にはバラバラに動いているにも関わらずあたかも全てが正常に動作しているように見えるのだ。』

 実際にウラン濃縮やあるいは、重要な工業製品を精製する現場に従事している人がこの記述を読んでどう思われるだろうか?

 私にはバカバカしい記述だとしか思えない。遠心分離器でウラン濃縮する工程を、このニューヨーク・タイムズの記者は、制御室の中でディスプレイ画面とにらめっこしながら作業している工程として思い描いている。しかしウラン濃縮に限らず(私はウラン濃縮の現場をみたことはないが)、一般に重要な工業生産現場は、一つの工程が2重3重にチェックされて進んでいる。別な言い方で言うとコンピューター・プログラムは誤作動・暴走することがありうることを前提にしている。だから、2重3重のチェックの「系」には、人間が目視で確認したり、耳で聞いたりなどといったヒューマン・エレメントが組み込まれている。(JR東日本のコンピューター・システムは“コンピューター無謬信仰”で貫かれているという実例が最近あったので、イランのウラン濃縮工場も“コンピューター無謬信仰”で貫かれていない、と私には言い切れないのだが。)

 『(スタックスネットによる)攻撃は完全に成功とは行かなかった。ある国際的核査察官によると、イランの操業はある部分では停止に追い込まれた、ある部分は残存した。攻撃が終了したのかどうかも明確ではない。プログラムを検証したある専門家は、それは(プログラム、すなわちスタックスネットのこと)さらなる攻撃とさらなる上位プログラムのタネを含んでいると信じている。
  ドイツ・ハンブルグの独立系コンピューター・セキュリティ専門家、ラルフ・ランガー(Ralph Langner)は、スタックスネットを解析した最初の一人だが、「それはプレイブックのようなものだ。」という。』

 プレイブックには、舞台演出用の台本という意味とアメリカン・フットボールで使われるシグナル・プレイを解説したノートという意味があるが、この場合恐らく後者を指しているのだろう。

イランのウラン濃縮はトラぶっている
 『「誰でもスタックスネットを注意深く観察する人間ならそれに似たようなものを組み込むことができる。」とランガー氏はいう。氏はスタックスネットの攻撃は産業間戦争の新たな形が宣言されているという恐怖を指摘する専門家の一人でもある。またアメリカもそうした戦争に極めて脆弱だ、と指摘もしている。』

 『公式には、アメリカもイスラエルも、この悪意あるコンピューター・プログラム(に関わっていると)名乗りすらあげないだろう。またそれの設計に一定の役割を果たしているともいいそうにない。
 しかしイスラエルの高官たちは、その効果は?と尋ねられるとにやにや笑う。オバマ政権で大量破壊兵器と闘う戦略家のトップ、ゲイリー・セイモア(Gary Samor)はイランに関する最近の会議でスタックスネットに関する質問をはぐらかした上で、次のように笑いながらいう。「私はイランの遠心分離器がトラぶっていることを聞いて喜んでいる。アメリカとその同盟国はもっと込み入ったことの出来る限りのことをやっている。」』

 やっとゲイリー・セイモアの名前が出てきた。ニューヨーク・タイムズの記事はセイモアを「大量破壊兵器と闘う男」と紹介しているが正確ではない。彼は「大量破壊兵器、特に核兵器、の拡散と闘う男」だ。つまり「核兵器不拡散のツアーリ(帝政ロシアの皇帝に擬えている)」なのだ。言い換えればアメリカが大量破壊兵器を独占するぶんには全然構わない。(「オバマ政権の核不拡散チーム顔ぶれ揃い、活動を開始」(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/obama_15.htm>の「“不拡散のツアーリ”ゲイリー・セイモア」の項参照の事。)彼は外交問題評議会の副理事長でもある。(理事長はリチャード・ハース)私は外交問題評議会の指示を受けてオバマ政権下で「イラン核開発潰し」の総指揮を執っているのはこのゲイリー・セイモアだと考えている。

 『最近インタビューしたアメリカの高官は、匿名を条件に「イランの後退は過少評価されている。」と語る。このことは、先週のクリントン国務長官の中東訪問の間になした彼女の公式な(イラン情勢に対する)評価を説明するものかも知れない。』

 『多くのコンピューター科学者、ウラン濃縮専門家、また元政府高官などの話を総合すると、スタックスネットをつくり出すという秘密の競争は、アメリカとイスラエルの合作プロジェクトだった。そして知ってか知らずか、ドイツとイギリスからの一定の協力もあった。

 このプロジェクトの政治的な起源はブッシュ政権の最後の月に見いだせる。2009年1月、ニューヨーク・タイムズはブッシュ氏が、イランの主要な濃縮センターであるナタンツ周辺の電気系統やコンピューター・システムを弱体化させる秘密のプロジェクトを承認したと報道した。』

 オバマが宣誓して大統領に就任するのは2009年1月21日である。だから2009年1月はオバマ政権の最初の月であると同時にブッシュ政権の最後の月ということになる。ちなみに有名なプラハ演説(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/obama_03.htm>または<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/obama_04.htm>)はその3ヶ月後の2009年4月5日だった。2008年11月4日大統領選挙で当選したオバマは直ちに政権移行チームをつくり人事と政策の骨格がために入った。この時にはすでに「核不拡散」を柱にした、原子力エネルギーを石化燃料の代替エネルギーとし、世界的な核エネルギー供給独占体制構築政策はすでに出来ていたものと思われる。その政策は外交問題評議会の基本政策に合致し、「バブル金融成長モデル」が破綻して、巨大な資金供給先を求めるニューヨークの独占金融資本グループの利益ともぴったり一致していた。またこの「新エネルギー政策」は、「バルブ金融成長モデル」で疲弊したアメリカの実体経済立て直しには最適な政策としてオバマ政権でも採用された。そしてこの政策を世界的に進めるため、ブッシュ政権で傷ついたアメリカの威信とリーダーシップを回復する目的で打ち出した大芝居が「オバマのプラハ演説」だった。こうしたアメリカの政策にとって最大の「ガン」が、独自に原子力エネルギーを自ら供給する体制をつくり出そうとするアフマディネジャドのイランだった。そしてこの構図は今も変わらない。

イランへの軍事攻撃と同じこと
 『オバマ大統領は、加速させた政権移行前ですら、このプログラムに言及していた、とオバマ政権のイラン戦略に詳しい高官たちは(多分ゲイリー・セイモアも含んでいるだろう)いう。また他の高官たちはイスラエルも同じことだ、という。イスラエルは長い間イランの能力を、汚い仕事(the opprobrium)あるいは戦争の引き金を引かないで損なう道はないかと模索してきた。汚い仕事というのは、イスラエルが1981年にイラクに対して、また2007年にシリアに対して行った核施設への公然たる攻撃のようなものだろう。』

 特に2007年のシリアに対する攻撃はひどかった。イスラエルは核施設と信じて攻撃したのだろうが、実はセメント工場かなにかだった、という話だ。ここ10年のイスラエルはまるでアメリカに放し飼いにされた狂犬のようだ。ガザ地区に対する「空爆ホロコースト」をはじめ、他国の主権の尊重などというものはかけらもない。現在でも周辺諸国に対する領空侵犯は日常茶飯事である。イスラエルの行動が理解できるというのなら、オバマ政権は「人権尊重」「民主主義」の看板をおろしておいた方がいい。

 『2年前、イスラエルが(イラン問題の)唯一の解決策は軍事行動だと考えてブッシュ氏に空爆で必要なバンカーバスター爆弾やその他の兵器を使うようにとアプローチしていたころ、イスラエルの高官はホワイトハウスに対してそのような攻撃はイランの計画を大ざっぱに言って3年ほどは押し戻せると言っていた。その要求は取り下げられた。』

 ニューヨーク・タイムズの記事はイスラエルがイランを攻撃したがっているのをアメリカが抑えた、というニュアンスだが、実際にはそうではないだろう。イスラエルがアメリカにイラン攻撃をさせたかったのは事実だが、ブッシュ政権はイスラエルに攻撃させたかった。お互いに相手にイラン攻撃をさせたかったのである。(その可能性は今も去ってはいない。)

 『今、デイガン氏の発言は、イスラエルはイランを攻撃しないで最低でも同等の効果を得た、ということになる。これはオバマ政権にとっても同様だ。』

 この記事のシナリオは、従ってリークの狙いは、「スタックスネットによる攻撃は、イランに対する軍事攻撃と同等の効果があった。」ということを論証することのようだ。そして後でも見るが、私にはもう一つの隠された狙いがあるように見えるし、実はこれが真の狙いだろう。ここまで読めば後は、この記事がどのような効果をもたらしたかを見るために次の話題に移ってもいいのだが、ともかくしばらく我慢してこのニューヨーク・タイムズのヘボ記事を続けよう。 

ジーメンスの協力は具体的
 『スタックスネットがイランを襲う前の数年間、ワシントンは、銀行間ネットワークから電力ネットワークまでアメリカにあるすべてを運営している何百万台ものコンピュータの脆弱性について憂慮していた。

 コントローラとして知られている種類のコンピューターはあらゆる種類の産業機械を動かしている。2008年の初頭までに、国土安全保障省はアイダホ国立研究所にチームを結成し、“P.C.S-7”として知られ、幅広く使われているジーメンスのコントローラを研究した。“P.C.S-7”は「Process Control System 7」の略号である。その複雑なソフトウエアは「ステップ7」(” Step 7 “)と呼ばれているが、すべての産業用機器、センサーや機械を(まるでオーケストラの指揮者のように)指揮・統括して運用することが出来る。

 サイバー攻撃に対するコントローラの脆弱性は、いわば公然の秘密であった。2008年の7月、シカゴの海軍埠頭、観光名所でもあるが、に集まってチームを組んだアイダホ研究所とジーメンスパワーポイント・プレゼンテーションでコントローラの脆弱性について会議を開いた。(ここだけ何か妙に具体的だな・・・)

 「目標は攻撃者の側の制御力を増すことだ。」と7月(会議の)の文書は、システムの穴をうまく利用できるあらゆる種類のやり方を述べるなかでそういっている。この文書は62頁の分量であり、アイダホで調べ試験したコントローラの写真も入っている。』

 なるほどこの文書が決定的証拠というわけか。この文書を入手できたので、記事公開に踏み切ったものと見える。これまでは散々インターネットで言われてきたうわさ話の域をでていない。(例えば次のようなサイトを参照の事。<http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/1007/29/news061.html>、<http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1009/28/news064.html>。他にこの種の記事は数多くある。)

 『金曜日(1月14日)に、アイダホ国立研究所は声明を出し、研究所とジーメンスがパートナーシップを結んだことは認めたが、それはサイバー脆弱性を特定する多くのメーカーとの協力関係の一つにしか過ぎない、と述べた。またその報告書は攻撃者が利用できる特定な流れを詳細化したものでもない、と主張した。しかし、同時に研究所の機密の使命についてはコメントできないとし、研究所がジーメンス・システムについてわかったことを政府の他の部分の諜報機構に情報として流したかどうかという質問に対しては答えずじまいだった。

 シカゴ会議におけるプレゼンテーションは、最近ジーメンスのウエブサイトから消えており、(ジーメンスの)機械が一体どこで使用されたのかその場所について議論することもなくなった。

 しかしワシントンは知っていた。コントローラはナタンツ、不規則に広がる砂漠の中のウラン濃縮サイト、の操業においては決定的要素だ。ある元アメリカ政府の高官は語る。「システムの脆弱なリンクを探せば、これ(コントローラ)がすぐ目につく」

 (イランに対する)経済制裁は、(イランで)運営されるコントローラと電気調整器に規制の焦点が当てられている。

 ウィキリークスで明らかにされた国務省の電信の一つによれば、2009年4月ジーメンスのコントローラの出荷、その時はアラブ首長国連邦のドバイからのものだったが、111箱の出荷を止めさせるのが緊急事項だったという。その荷はイラン向けのものだった、と電信の一つはいう。それらは、ウラン濃縮のカスケード、すなわち回転する遠心分離器のグループ、を制御するコントローラのことを意味した。それに続く電信はアラブ首長国連邦がホルムズ海峡を横切って、イランの主要な港湾であるバンダル・アッバス行きの出荷を止めたことを示している。』

 いかにももっともらしいな。経済制裁の中をかいくぐって、ウラン濃縮用遠心分離器を制御するコントローラをジーメンスが、もちろんそれと知らずに出荷して、ドバイまでやってきた。それをアメリカが気がついてドバイで出荷停止にした、というシナリオだ。実際には、ヨーロッパ製品はドイツ経由でいくらでもイランに入ってきている。2010年の半ばまでイランの最大の輸入相手国はドイツだった。(現在は中国が第1位)

 この記事が入念に仕組まれたシナリオだ、という根拠は私にはないが、私とすればにわかに信じがたい。

イランだけを攻撃する天才的?なソフト
 『ものの2−3ヶ月の後の2009年6月、スタックスネットはこの世界に突如登場した。シマンテック・コーポレーション(Symantec Corporation)、シリコン・バレーに本拠を置くコンピューター・セキュリティの会社だが、は世界的マルウエアの中にスタックスネットを入れた。』

 マルウエア(malware)はコンピューター業界の術語みたいなもので、「不正かつ有害な動作を行う意図で作成された悪意のあるソフトウェアや悪質なコードの総称」(たとえば<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A2>)

 『スタックスネットは基本的にはイラン国内を襲撃した、とシマンテックは報告した。しかしその間インドやインドネシア、その他の国にも登場したのである。

しかしほとんどのマルウエアとは違って、スタックスネットの被害はほとんどなかった。コンピューター・ネットワークをダウンさせなかったし、一般的な猛威を古湧かなかったのである。これは謎を深める。』

 実際にそうなのである。日本国内でもスタックスネットの感染例が報告されているが、騒がれている割には被害報告がない。

 それではニューヨーク・タイムズの記事は、スタックスネットが全く損害を与えないといっているのかというとそうではない。ここでまた前出のドイツのコンピューター専門家ランガーを登場させて、ランガーとそのスタッフの解析結果を記述している。つまりスタックスネットは、攻撃者が攻撃したいコントローラにのみ攻撃できるように外部制御されている、そのように設計されている、というのだ。

 『ランガー氏は「これは名狙撃手による仕事だ。」と語る。たとえば、コード(コンピューター・プログラムの中に記述されているコードのことだろう。)の一つのセクションは、一緒にリンクしている984台の機械(これは遠心分離器を連結した984台で出来ているカスケードのことを指していると考えられる。)に命令が送られるように設計されて登場する。奇妙なことに、2009年後半、国際査察官たちがナタンツを訪問した際、前年の夏には操業していたきっかり984台の機械(遠心分離器のことだと思われる)をイラン側が操業を停止していたことを発見したのである。』

 もうバカバカしくて続けていられない。要するにこのニューヨーク・タイムズの記事は、アメリカとイスラエルが合作して「天才的」なコンピューター・ワームを作って世界中にばらまいた。しかしこれは、標的としたいコンピューターにのみ攻撃できるように設計されていて、それが標的としたのはイランのナタンツのウラン濃縮工場の遠心分離器のカスケードだ。だから、イランのウラン濃縮工場以外には実際の損害がでていない、ということを言いたいらしい。

 そもそもこの記事の胡散臭さは、その出発点の前提にある。つまりナタンツでは「兵器級のウラン濃縮を行っている」という前提だ。これが不可能なことは明白だ。イランは抜き打ち査察を承認する核兵器不拡散条約の追加議定書を批准していない。しかしそれでもIAEAの国際査察官は常駐している。もしイランが兵器級のウラン濃縮を行っているのなら、これら査察官が気がつかないはずがない。イランが核兵器不拡散条約に加盟している間は、IAEAに気づかれず、兵器級ウラン濃縮を行うことなどは不可能だ。この不可能なことを前提としてこの記事が組み立てられているので、その後の記述が胡散臭く見えてくる。もうひとつこの記事が胡散臭いのは肝心な証言がほとんど匿名であることだ。いわば怪情報でこの記事が組み立てられている。「ナタンツを訪問した国際的査察官たち」というのはIAEAの職員なのか?(それ以外にはありえないのだが。)何人訪問したのか?国籍はどこで(というのはイランはアメリカ出身やフランスなど西側出身の査察官を忌諱するケースが多い。要するに信用していない。)、名前はなにか・・・。

 そして実名で登場するのはハンブルグのコンピューター専門家、「ランガー氏」でその「ランガー氏」が、「天才的な」スタックスネットを簡単に解析して、スタックスネットの「天才性」を解説してみせる、という筋立てになっている。もう少し我慢してニューヨーク・タイムズを続けよう。

 ランガーによればスタックスネットは「両弾頭」(“dual warhead”)だという。一つのプログラムは、長く潜伏しそれから遠心分離器の回転を狂わせやがて破壊させるプログラム。も一つは、あたかも正常に動作しているように見せかけるプログラム。

 またスタックスネットはメッセージを送ったり、誤作動させる概念を供給するタイプではなく、軍事スタイルで標的を破壊するタイプ、だともいう。

 『これはハッカーの仕業ではない、とランガー氏は即決した。これはジーメンスのコントローラの特徴に詳しくかつイランの濃縮工場の操業状態をはっきり理解しているものの仕業だ。事実、アメリカもイスラエルも、この2つに精通している。』

パキスタンのA・Qカーンも登場
 ニューヨーク・タイムズの記事は、この辺からパキスタンのカーン博士なども登場してきて俄然スパイ小説もどきになっていく。

 『恐らくは、スタックスネットに関する話の中でもっとも秘密の部分は、サイバー破壊の定式をいかに試験するかに関する部分だろう。悪意あるソフトウエア(スタックスネットのこと)が、本来の仕事を確実に遂行することを確認するには濃縮用機械(遠心分離器のこと)で実際に試験する必要がある。

 話はオランダからスタートする。1970年代、オランダは背が高くて薄型のウラン濃縮用機器を設計した。パキスタンのよく知られたA・Q・カーンは、パキスタンの冶金工学者としてオランダで働いていた。彼はその設計を盗み、1976年パキスタンに逃げ帰った。その結果できた機械が、P-1として知られるパキスタンの第1世代の遠心分離器だった。その遠心分離器はパキスタンが核爆弾を獲得するのを大いに助けた。その後カーンが“核の闇市場”創設した時、カーンは不法にもP-1をイラン、リビア、そして北朝鮮に売った。』

 これはよく繰り返される話だ。ここら当たりからこの記事の本当の狙いが、チラチラ見えてくる。オランダでカーンが働いていたというのは、ヨーロッパの核燃料工場URENCOのオランダ・アルメロ工場のことだろう。アルメロ工場は年間2900トンSWUの原子力発電用濃縮ウラン製造能力を備えている。ここから遠心分離器の設計図を盗んでパキスタンに持ち帰り、これがパキスタン最初のウラン濃縮用遠心分離器P-1に化けた、というのは事実だが、このことがパキスタンの核兵器保有を大いに助けた、となると話はおかしくなる。

 第1にP-1では兵器用濃縮ウランは製造できない。それは原子力発電用濃縮ウラン(濃縮度約4%)だからだ。それでは兵器用濃縮ウランはどうやって製造するのかというと前述のごとく私はその知識がない。ただ、遠心分離法で製造するには普通の遠心分離器では無理で、100万g/s2以上の遠心加速度をもった、いわゆる「超遠心分離器」を使用しなければならない、ぐらいは知っている。

 第2にパキスタンが保有する核兵器はすべてプルトニウム爆弾だ。ウラン型の核兵器ではない。パキスタンのプルトニウム爆弾はその爆縮コアの燃料に235Uを使用しているようなので、確かに一定程度の濃縮ウランが必要だ。しかしP-1を何台も繋いだところで、兵器級核燃料が製造出来るわけがない。(<http://en.wikipedia.org/wiki/Pakistan_and_weapons_of_mass_destruction>などを参照の事。)兵器級ウラン燃料を製造するには莫大な投資と技術的困難が待ち受けている。それはマンハッタン計画時代と大きくは変わらない。(ヒロシマ型原爆はウラン爆弾だった。)それに比べて、兵器級プルトニウム爆弾は核燃料が製造しやすい。マンハッタン計画時代には、極めてむつかしかった爆縮型爆弾も今は比較的容易に作れるようになっている。(ナガサキ型原爆はプルトニウム爆弾だった。)だから1949年のソ連の最初の核実験以来、北朝鮮まで例外なしに核兵器保有国はプルトニウム型爆弾からスタートしている。またパキスタンのようにプルトニウム型爆弾しか保有していない国の方が多い。

 第3にパキスタンが最初の核実験に成功するのは、1998年である。もちろんそれまでに製造に成功していた可能性はある。

核兵器製造の決定的要因は“意志”
 第4にパキスタンのカーンが「核の闇市場」を創設し、イランやリビアや北朝鮮の核兵器保有を助けた、というのはアメリカが一貫して流している“ストーリー”だが、プルトニウム爆弾なら、現在核兵器保有に何も大きな障害はない。「保有する意志」と一定の国家投資(それなりに莫大だがそれでも日本円で数千億円の規模である。)その意味では「保有する意志」が決定的要因だ。

 ニューヨーク・タイムズの与太記事を続けよう。

 『P-1は6フィート(約1.8m)以上の高さがある。アルミ製の回転器(ローター)が目も眩むような早さでウラン・ガスを回転させ、ゆっくりと中心部分に、原子炉や爆弾の燃料となるウランのナマの部分を集めていく。』

 専門家がこの記述を読んだらなんというだろうか?間違いではないが、いいかえれば間違いとは言えないほど幼稚な記述だ。ひとつあきらかなことがある。この記事の書き手は、全く同じ遠心分離器で、原子力発電用の核燃料(濃縮度約4%)も兵器級燃料(濃縮度最低でも90%以上。99.9%が望ましい)が製造できると思いこんでいることだ。

 繰り返しなるが、ウラン濃縮のためには核分裂しやすい同位体235U(天然ウランには約0.7%含まれている。)と核分裂しない同位体239Uを分離しなければならない。遠心分離法では回転させて分離するわけだが、それには固体や液体では分離できない。ウラン・ガスにする必要がある。しかしウランは摂氏約3800度以上でやっと気体になる。非常に扱いにくいガスだ。そのためウランとフッ素を化合させて6フッ化ガスを製造する。6フッ化ガスは摂氏60−70度でガス化し扱いやすいガスとなる。これを遠心分離器にかけて高速回転させ分離するわけだが、235Uと239Uは中性子3個分、239Uが重い。(中性子3個分の重さは私には想像がつかない。)重量の違う同位体を高速回転させると、重い成分は周辺へ軽い成分は中心部分へ集まる。中心部分に集まった成分を連結させた次の遠心分離器へ送ると徐々に235Uの含有率が上がっていく。理論的には約3.5%から5%に235Uの含有率(濃縮率)上がったところで取り出せば、原子力発電用燃料になるし、20%程度で取り出せば、ガン治療などで使う医療用アイソトープの原料になり、40%程度で取り出せば原子力潜水艦の原子炉燃料になる。兵器級にするためには99.9%、すなわち限りなく純粋な235Uに純度をあげなければならない。いうまでもなく兵器級のウラン燃料はそれ自体が非常に危険な「核兵器」である。    

(そのBへ続く)