(2010.2.1)

<参考資料> オバマ、大幅な核兵器財源増額を追求

 2010年1月29日付けでマックラッチー新聞の電子版に「オバマ、大幅な核兵器財源増額を追求」(「Obama to seek major increase in nuclear weapons funding」
<http://news.yahoo.com/s/mcclatchy/20100130/wl_mcclatchy/
3413894>
)というタイトルの記事が掲載された。

 「プラハで核兵器廃絶を約束したオバマの裏切りか!」などと早トチリしてはいけない。第一、2009年の4月5日のプラハで、オバマは一言も「核兵器廃絶政策を採用する。」とは言っていない。単にいつの日か「核兵器廃絶はしなければならないでしょう。」といっただけだ。

 しかもその言葉を「錦の御旗」にして、単に核兵器や兵器級核分裂物質のみならず、すべての核分裂物資、原子力発電などの平和目的であれ、医療用目的であれ、工業用目的であれ、すべて国際一元管理に置き、その国際一元管理をアメリカがリードしますと宣言した。要するに「包括的核不拡散政策宣言」である。その一方で、直ちに核兵器廃絶に向かうことは出来ないので、アメリカは核兵器を保有します、チェコなどアメリカの友好国やその他の同盟国はアメリカの「核抑止力」で守ります、と述べた。取りようによっては、あからさまな「核エネルギー独占宣言」でもある。
(「オバマのプラハにおける演説」(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/obama_04.htm>参照の事。)

 その狙いは、これから急激に拡張する世界の「原子力発電市場」を、アメリカが中心となって独占的に支配していこうという点にあるのだが、その狙い(目的)では、アメリカの民主党と共和党はそれこそ「超党派」的に一致している。ただそれを達成する方法論でわずかな違いがある。そのわずかな違いを大げさにとり上げていがみ合って見せている、というのが基本構図だろう。

 こうした見方でこの記事を読んでみると、オバマ政権誕生以来、オバマ政権の「核兵器政策」は一貫していること、今「核兵器」をめぐってアメリカの支配階級内部で何が起こっているかなどをよく理解できる。


 この記事を掲載したマックラッチー新聞(McClatchy Newspapers)は、いくつかの新聞と新聞Webサイトを経営する多メディア型新聞社である。1857年、カリフォルニア州サクラメントで「デイリー・ビー」を発行したのがそのスタート。だから150年以上の歴史をもつ。今も本社をサクラメントに置いている。その後いくつかの新聞を傘下に収め、近年ではWeb型新聞を開設しその影響力を拡大している。従業員1万8000人、総収入18億ドル(1620億円。1ドル=90円。以下換算レートは同じ。)は、新聞社としてはアメリカ第3位の規模。ただ近年はご多聞に洩れず本業では赤字である。
<http://en.wikipedia.org/wiki/The_McClatchy_Company>
<http://www.mcclatchy.com/>


 この記事は「ジョナサン・ランディ」(Jonathan Landay)の署名入り。なおこの記事を理解するためには、若干の予備知識が必要である。それは注釈の形で補った。記事中に簡単に挿入できる場合は(青字)で入れ、説明が長くなる場合は
(註1)(註2)・・・の形で記事の外に出して提示した。
以下本文


 ワシントン発―オバマ政権は核兵器の拡散を止め、事実上世界からそれを排除する戦略の一環として、今後5年以上にわたって50億ドル(4500億円)以上の支出を、アメリカの「核兵器敞」に対して実施すべく議会に要請する計画である。

 同政権は、財源の大幅アップはアメリカの核弾頭を引き続き安定したものとし、「核兵器敞」縮小や地下核実験停止から18年間も経過するための経年劣化、またここ20年間大規模な核兵器生産を行っていないための陳腐化などにもかかわらずその設計上の性能を確保するために必要だと主張した。(註1)

 また財源増額は、核兵器関連施設の近代化にも必要とされる。ある施設は第二次世界大戦中のものが残存している。またアメリカの(核兵器)貯蔵能力の維持、専門家の維持でも必要だとされる。この件に関し、ジョー・バイデン副大統領は、金曜日(10年1月29日)付けのウォール・ストリート・ジャーナル紙の意見欄に寄稿し、次のように述べている。「こうした措置は、世界中にある(攻撃に対して)脆弱な核分裂物質の安全保障を実施しようという大統領の目標に合致するだろう。・・・またそれらを追跡し、密輸を妨害することを可能とし、核兵器の削減を検証することもできる。」
(バイデンの寄稿記事は次のサイトで読める。<http://online.wsj.com/article/SB10001
424052748704878904575031382215508268.html>


 同政権は2011年度要求予算として、600万ドル(5億4000万円)増額した予算を月曜日(10年2月1日)に、議会に送付することにしている。この計画の予算は10%アップとなり、年間支出はほぼ70億ドル(6300億円)に達することになろう。(70億ドルが具体的にどんな項目を含んでいるのかはこの記事からは不明。)

 この支出計画の是非をめぐって早くも議論の火花が散っている。ある通常はオバマ政権を支持している軍備管理主唱者は、この予算増額は不必要な新施設の建設を可能とするものであり、(オバマ政権後の)将来政権が新しい核弾頭を設計建設する道を開くものだ、これはバラク・オバマ大統領が断じてやめるといった言葉に反するものだと、反論している。たとえば、「憂慮する科学者連合」(the Union of Concerned Scientist。サイトは次<ttp://www.ucsusa.org/>のスティーブン・ヤングは次のように云う。

基本的には、新しい施設というものは、もしその気になれば、新しい核弾頭の生産を増加させるものだ。オバマ政権はそうしないだろうが、しかし次の政権はそうし得る。全体的な核不拡散のゴールからみると、リスクがある。」(註2)

 保守派は、ロシアとの新しい平和協定が、実戦配備核弾頭1675発以下になるだろう状況を踏まえて、アメリカの安全保障は、核実験凍結の解除と新しい近代的な核弾頭を設計し配備することにかかっている、と反論する。たとえば、ブッシュ政権の核兵器管理の最高責任者で、アメリカ国連大使だったジョン・ボルトン(註3)は、次のようにいう。「核実験に代替するものがありうるなどというのは冗談だろう。」

 共和党上院議員40名全員とコネチカット州選出の独立系上院議員ジョセフ・リーバーマン(註4)(Joseph Lieberman)らは先月(09年12月)オバマ大統領に書簡を送り、もし「近代的」核弾頭に財源をつけないならば、またニューメキシコ州ロス・アラモス国立研究所、テネシー州オークリッジのサイトY−12工場(註5)の新設備に新たな財源をつけないならば、彼らはロシアとの新しい(核兵器削減)協定の議会における批准に賛成しない、と述べた。アリゾナ州選出の共和党上院議員ジョン・カイルを筆頭とするこの上院議員連名の手紙に中では「われわれは、アメリカの核抑止を“近代化”する有意味な計画が存在しない限りは、これ以上の核削減は、アメリカの国家安全保障にとって利益にならないものと信ずる。」と述べている。

 専門家の中には、オバマ政権は明白に新たな核兵器に対する支出を増大させようという計画が、ロシアとの新核削減交渉や包括的核兵器禁止条約(CTBT)の議会批准で、共和党を民主党側に取り込むべく説得するのに十分だと期待している(註6)、と指摘するものもいる。

 しかしながら、大幅な核兵器へ向けた予算増額計画は、アメリカの核兵器保有の削減を誓ったオバマ政権の政策と矛盾するとイランや北朝鮮は主張しうる。また、イランや北朝鮮の核開発計画を停止させるためのアメリカ主導の取り組み、「核兵器のない世界」キャンペーンとも矛盾すると主張し得る。(註7)
 またその他の諸国も、核兵器に対して大幅な予算増額をするオバマは、09年ノーベル平和賞を受賞した理由から見ると大きな後退をした、と見るかも知れない。

 プローシェアーズ基金(註8)のジェセフ・シリンシオン(Joseph Cirincione。音表記については全く自信がない。)は次のように云う。

アメリカの核兵器を安全で安定して有効に維持するよと、みんなに確約するための十分な予算を確保することは、(オバマ)大統領は綱渡りしなければならない、ということだ。しかし、私には新しい核兵器を作ろうという風には余り見えない。」

 オバマはチェコ共和国の首都プラハでの「4月5日演説」で、「核兵器のない世界へ向けて確かな一歩を踏み出します。」と大見得をきった。そしてイランやテロリスト・グループのような危険な勢力は力をつけており、彼らが核兵器を入手することで、「われわれの生存」が危険にさらされていると警告した。

 オバマは、モスクワと新たな(核削減)協定に署名し、アメリカの防衛戦略において核兵器の役割を小さくし、また地下核実験禁止条約(包括的核実験禁止条約のことだが、地下核実験禁止条約という言い方の方が正確だろう。)に参加し、核兵器の拡散を止めることを主眼とした国際的な仕組み、不拡散条約を強化することなどに深く関わることになった。(註9)

 しかしながら、オバマは上記を約束する条件として、「これら核兵器が存在する限り、アメリカとその同盟国が攻撃されることを抑止するため、アメリカは安全で安定しかつ有効な核兵器保有を維持する。」と規定もしている。

 1990年代の半ば頃から、アメリカはその保有する核兵器の安全性、安定性、有効性を確保する政策として「核貯蔵管理計画」(註10)を実施してきた。その計画の中で、コンピュータ・シミュレーション、先進技術を使った実験(要するに臨界前核実験である)、検査、監視、オーバーホールなどを行ってきた。現在推定2200発の戦略核弾頭が実戦配備され2500発の戦略核弾頭が準備保存されていると見られる。(註11)

 一連の政府や独立研究グループの調査でアメリカの核兵器敞は信頼性があると認証されている。JASONs(註12)―独立系の諮問グループ―が提出した9月(09年)の報告によると、「現在の核弾頭の寿命は、自信をもって予測される損失なしに、あと20年は延長されうる。」とのことだ。

 しかしながら、JASONsの報告では、核兵器に関する専門知識や技術、経験などが失われること、「核貯蔵管理計画」への不適切な支援などが懸念されるとし、カリフォルニアのローレンス・リバモア研究所(註13)をはじめとする、核兵器を在庫、オーバーホール、監視、保守管理しているその他の5つの施設、すなわち「核複合体」の近代化の必要性を指摘している。

 国家核安全保障局(註14)―アメリカの核兵器敞を統括する非軍事行政担当局―は、古くて安全確保ができない、今使われていない施設を廃棄し、近代的で高度に安全性が確保された建物にその機能を統合することによって、「核複合体」の改造に着手しており、数十億ドルの計画を模索中である。


註1  アメリカはここ20年間、有意味な核兵器製造を行っていない。要するに作りすぎたのである。09年5月「アメリカの戦略態勢」議会委員会が提出した最終報告の補足資料「推定 世界の核弾頭保有量」(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/
USA_SP/strategic_posture_6-02.htm>
)によると、アメリカの核弾頭保有は1967年がピークで、この年約3万2000発だった。1発の破壊力を広島型の15倍程度と見れば、48万の広島市を破壊できる核兵器を貯蔵していたことになる。実際に使用する軍事兵器としてみても無意味な数量であり、この年を境にアメリカは保有核兵器を減らしていく。またこれを見てロシア(旧ソ連)も保有核兵器を減らしていく。


註2  「憂慮する科学者連合」(the Union of Concerned Scientists)マサチューセッツ工科大学に本部を置くNPOシンクタンクだが、その性格はもうひとつ読み取れない。このヤングのコメントも核兵器廃絶を念頭においたものではなく、「核不拡散」を念頭に置いたものであり、オバマの「包括的核不拡散政策」を支援する別働隊という感じがする。

註3  ジョン・ボルトン(John Bolton)(<http://en.wikipedia.org/wiki/John_R._Bolton>)は、折り紙付きのネオコンで、定期的にアメリカはイラン侵攻を断行すべきというコメントをウォール・ストリート・ジャーナルなど超保守ジャーナリズムに発表する人物でもある。このコメントもあからさまなCTBT批准反対論だ。しかし、彼は最右翼ネオコンの役割を演じているだけではないか、という気がする。彼のような存在がいて、政権の政策の幅の「右側」が決定され、誰かが「左側」を演じて、「超党派」的にその中間を政権が選択するという仕組みだ。「9/11」後のアメリカで、「超党派的」にアフガニスタン侵攻、イラク侵攻が政治決断され、それが中庸的な政策だったという印象を与えることになったのと同じメカニズムではないかという感じがしている。

註4  独立系上院議員ジョセフ・リーバーマン:Joseph Isadore "Joe" Lieberman。1942年生まれ。コネティカット選出の独立系上院議員。独立系というのは、民主党にも共和党にも属していないという意味だが、もともとは民主党議員。現在も上院内では民主党と統一会派を結成している。いったん落選したが2006年に返り咲いた。この時イラク戦争熱烈支持派のリーバーマンは、その是非をめぐって民主党と決裂、単独で立候補した。地元共和党の支持を受けて、民主党候補と一騎打ちになり、これを破って当選した。(<http://en.wikipedia.org/wiki/Joe_Lieberman>)NNDBというデータベースを見ると宗教はユダヤ教なので、リーバーマンはユダヤ人である。(<http://www.nndb.com/people/307/000024235/>

註5  アメリカの核兵器政策を執行する官庁は、国防省(DoD)ではなく、エネルギー省(DoE)である。従って「マンハッタン計画」で原爆の研究開発製造の重要拠点だったロス・アラモス研究所もテネシー州オークリッジにあるサイトY―12も今はエネルギー省の管轄下にある。ロス・アラモス研究所は、現在スタッフ・従業員約1万2500名で年間予算は22億ドル(1980億円)である。実際の運営はカリフォルニア大学やベクテル・コーポレーションなど、有名大学の軍事研究部門と軍事企業などの連合体にエネルギー省から委託されている。サイトY−12はマンハッタン計画の重要な部分、電磁分解法によるウラン濃縮を行った、「オークリッジ工場」当時のコードネームそのままに今も「Y−12」国立安全保障複合施設と呼ばれている。年間予算は不明だが、多くの核兵器をここで製造してきた。現在運営はバブコック・アンド・ウィルコックス社やベクテル・コーポレーションなどの企業連合体が委託を受けて行っている。
<http://en.wikipedia.org/wiki/Y-12_National_Security_Complex>
<http://en.wikipedia.org/wiki/Los_Alamos_National_Laboratory>その他)


註6  オバマはプラハ演説で、包括的核実験禁止条約(CTBT)をアメリカ議会に批准させる、と約束した。ここは保守派議員が、「CTBT批准はアメリカの国家安全保障にとって障害になる。それを云うなら、核兵器施設近代化に予算をつけろ」とごねて見せ、結局やむなくオバマ政権は、それと引き替えに「核兵器施設近代化」計画に大幅な予算をつける、という筋書きだ。ところが、CTBTは「包括的」というキャッチが泣くのではないかと思うほど「包括的」ではない。臨界前核実験やコンピュータ・シミレーションはその外にある。単に地下核実験を禁止しているだけだ。アメリカはもう20年近く、地下核実験を行っていない。それに代替する「実験」を行えるからだ。批准したとしても何ら差し支えはない。(ボルトンはそうはいっていないが・・・。)しかもこの条約の発効条件には北朝鮮、イラン、イスラエル、インド、パキスタンなどの批准が必要で、アメリカが批准したとしても、当面発効する気遣いはない。こんなものをオバマは「アメリカが核兵器廃絶に向かって前進する確かな段階」の一つだというのである。アメリカ議会はCTBTを批准するだろうが、当面なんの実害もないCTBT批准を随分高い値段(核兵器予算増額)で世界に売りつけるものだ。こうなると詐欺師である。

註7  北朝鮮はともかくイランがこんな非難をアメリカにぶつける心配はない。もうオバマの「包括的核不拡散政策」の足下は見透かされている。だからこそ、原子力発電用や医療用のウラン濃縮をイラン国外で行って、完成品をイランに売りましょう、というEU諸国の提案をイランは蹴り続けている。足下を見透かしているという点では、ラテン・アメリカ諸国も同様だ。前国連総会議長、ニカラグアのミゲル・デスコト・ブロックマンは09年長崎で次のように云っている。

今日のジョージ・オーウェル的な世界においては、核攻撃による瞬間的な壊滅の脅威は「抑止」と呼ばれ、お互いに対する恐怖は「安定」と呼ばれています。「軍縮」は通常であれば削減を意味しますが、核戦力の廃絶というより近代化を意味するものでもあります。我々は、この不誠実で偽善的な詭弁をやめなければなりません。次に取り組むべき優先課題は、全ての核兵器の完全で最終的な廃絶に向けて宣言し、断固たる行動を取ることです。これを信頼できるものとするためには、廃絶を確実に実現する野心的かつ現実的な期日を設定する必要があります。』
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/hiroshima_
nagasaki/2009_05.htm>


註8  プローシェアーズ基金はPloughshares Fund。個人の篤志家がはじめた基金で、核兵器や大量破壊兵器に特化してその「不拡散」計画を支援することを目的にしているらしい。直接「核兵器廃絶」を目指すのかどうかよくわからない。
<http://en.wikipedia.org/wiki/Ploughshares_Fund>

<http://www.ploughshares.org/about-us>を参照の事。


註9  この記事を書いた記者の言葉遣いと理解がずっと気になっていたが、ここはちょっと見過ごせない部分。包括的核実験禁止条約(CTBT)を地下核実験禁止条約と理解している部分は賛同できる。しかし、「核兵器の拡散を止めることを主眼とした国際的な仕組み、不拡散条約」としている点はどうだろうか?

 核兵器不拡散条約(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons: NPT)は単に核兵器の拡散を止める条約ではない。NPTの認める核兵器保有国に将来の完全廃棄を目的に誠実な核兵器削減を義務づけることが第一、非核兵器保有国は核兵器の保有はもちろん、その開発研究を放棄することを約束することが第二、原子力エネルギーの平和利用は積極的に押し進め、この利用する権利は「加盟各国」から奪い得ない権利とした点が第三、と3つの骨子から成り立っている。

 ところがアメリカのメディアでこの条約を「Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons」(核兵器不拡散条約)と正しく呼んでいるケースはまずお目にかからない。ほとんど「Nuclear Non-Proliferation Treaty」(核不拡散条約)だ。単に呼び方の違いにとどまらない。この記事の書き手のように、「核の不拡散」を主眼とした条約と理解し、第一の廃絶を目指した核削減義務や第三の平和目的核エネルギーの利用の権利、を完全に無視した理解になっている。

 オバマ政権になってから、私は公式文書を比較的よく目を通している方だが、オバマ政権やアメリカ議会がこの条約をTreaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons」と正しく呼称したケースは一度もない。意図的な世論誘導とすら思える。この点は日本も同じで、すべての主要メディアは「核不拡散条約」と呼称をと統一している。実際に「原子力エネルギーの平和利用は積極的に押し進め、この利用する権利は加盟各国から奪い得ない権利」とした点は多くの日本人が知らないのではないか?

 そのほかにも、日本語Wikipediaは「核拡散防止条約」と呼び、「アメリカ合衆国、ロシア、イギリス、フランス、中華人民共和国の5カ国以外の核兵器の保有を禁止する条約である。」とまとめている。(<http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B8%E6
%8B%A1%E6%95%A3%E9%98%B2%E6%AD%
A2%E6%9D%A1%E7%B4%84>


また長崎市のサイトですら、「核不拡散条約(NPT)は、核兵器保有国が増える(拡散する)ことを防ぐ目的でつくられた条約で、1970年(昭和45年)に発効されました。」と何の注釈もなくいきなりはじめている。(<http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/peace/
japanese/appeal/terms/npt.html>


 さすがに外務省だけは正確に「核兵器不拡散条約」と正しく呼称している。(<http://www.mofa.go.jp/Mofaj/gaiko/kaku/npt/gaiyo.html>

 通常は原点が英語文献だと外務省の解釈や言葉遣いに右にならえするのに、この点だけは頑固に誤った印象を与える言葉遣いをするのはなぜだろうか?言葉遣いの違いは理解の違いである。理解の違いは判断の違いに発展する。アメリカでも日本でも世論誘導の力が働いていなければ幸いである。)


註10  「核貯蔵管理計画」:the Stockpile Stewardship Program-SSP。1996年、クリントン政権が包括的核実験禁止条約に署名した直後から開始されたプログラム。なおアメリカ議会はこの条約批准していないので、アメリカは正式参加国ではない。「核実験」を行わずに、保有核兵器の信頼性を維持していこうという計画。アメリカは1992年以来、新たな核兵器の実戦配備を行っていない。しかももっとも古い核兵器は17年以上も経っていることから、保有核兵器の信頼性が疑われることになった。そこでこの計画で、点検し、実験してもしその信頼性に疑問があれば、オーバーホールするなり廃棄処分にするなりの作業が開始された。ほとんどの作業は、エネルギー省傘下の、研究所や施設で行われた。ロス・アラモス国立研究所、サンディア国立研究所、ローレンス・リバモア国立研究所、ネバダ核実験場、エネルギー省直下の核兵器製造工場などである。ブッシュ政権になってこの計画は「信頼できる核弾頭代替計画」( Reliable Replacement Warhead)に引き継がれ、拡張された。2009年オバマ政権はこの計画を中止している。SSPは毎年40億ドルを投じられたといわれる。

註11  ここで示されているアメリカの核弾頭保有数量は何を根拠にしているのだろうか?先にも引用した「アメリカの戦略態勢」議会委員会が提出した最終報告の補足資料「推定 世界の核弾頭保有量」(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/
USA_SP/strategic_posture_6-02.htm>
)は、アメリカが現在保有する核弾頭を、戦略兵器稼働中9400、非戦略兵器稼働中4700、準備または廃棄待ち4200の合計1万8300発としている。


註12  JASONsを独立系の諮問研究グループとしている点はどうだろうか?JASONs: JASON Defense Advisory Group。JASONsは科学者のアメリカ連邦政府に対する研究・諮問グループの総称。主として夏の機関に集まり討論する。1960年に作られ、スポンサーになっているのは、費用は主として、国防省やエネルギー省、アメリカの情報諜報統合機関である事が多い。ほとんどの報告は非公開であるという。また現在メンバーは30人から60人というが、指名されるのは、科学者の重鎮クラスではなくその次世代の若手中堅科学者が中心。
<http://en.wikipedia.org/wiki/JASON_Defense_Advisory_Group>


註13  ローレンス・リバモア研究所。ローレンス・リバモア国立研究所は1952年、カリフォルニア大学が設立した科学研究機関。州立大学が設立した機関に「国立」の名前が冠せられる理由は、エネルギー省の資金で運営されているからである。もう少し正確に言えば、エネルギー省が金を出し、「ローレンス・リバモア国立安全保障有限責任会社」(Lawrence Livermore National Security, LLC -LLNS)が経営・運営する「国立研究所」である。

 年間予算は16億ドル=1520億円。研究所の目的は「国家安全保障に関わる科学技術の基礎研究を行う。」ところにある。この研究所の淵源は「マンハッタン計画」にさかのぼる。

 マンハッタン計画の中心開発研究所の一つにニューメキシコ州のロス・アラモス研究所があった。オッペンハイマーが所長を務めたところだ。そのロス・アラモス研究所に対抗する形で新たな核兵器開発の拠点としてリバモア放射線研究所が作られる。当初「水爆の父」と云われたエドワード・テラーやオッペンハイマーの同僚で、暫定委員会の4人の科学顧問団の一人だったアーネスト・ローレンスが中心だった。科学技術上の流れで云えば、ロス・アラモス研究所が「核分裂」を研究するのに対して、リバモア放射線研究所は「核融合」を研究する、ということになる。
(https://www.llnl.gov/)


註14  国家核安全保障局。NNSA―National Nuclear Security Administrationでエネルギー省の一部門。2000年ブッシュ政権の時に新設された。

 英語Wiki(<http://en.wikipedia.org/wiki/National_Nuclear_
Security_Administration>
)の書き出しは、「核エネルギーの軍事的応用(要するに核兵器のことである)を通じてアメリカの国家安全保障状況を改善する。またNNSAはアメリカの核兵器貯蔵の安全性、信頼性、働きを維持向上することもその機能である。こうした活動には、国家安全保証の要求を満たすための(核兵器の)設計、製造、実験能力維持向上させる事も含まれる。」である。そしてアメリカの国家安全保障に関する4つの使命を次のように記している。

『・ アメリカ海軍に安全で、軍事効率に優れた推進力工場を提供し、それらの工場の安全で信頼  性の高い運営を保証する事。
国際的に核の安全と不拡散を推進する事。
大量破壊兵器による地球規模の危険を削減する事。
科学技術の分野におけるアメリカのリーダーシップを支援する事。』
となっている。

 現在職員数は少なくとも1500名、年間予算規模は91億ドル(いずれも2006年)。なお「マンハッタン計画」の時に電磁分解法でウラン濃縮を行ったテネシー州オークリッジ工場はサイトY−12として現在も同局の傘下にある。