(2010.8.5)
No.013

原子力産業は、基礎的研究の前段階の成果を
もぎ取り続けたのではないか?



 私は、「トルーマン政権、日本への原爆使用に関する一考察」というシリーズものの、一文を書き続けている。
(  「1.原爆投下不必要論」以降参照のこと。
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/hiroshima_nagasaki/
why_atomic_bomb_was_used_against_japan/01.htm
>)

 その関係で、1945年5月以降、トルーマン政権内部に存在した「暫定委員会」という名称の秘密委員会についてもう一度調べ直さなくてはならなくなった。

 アメリカの国家政策としての「原子力エネルギー開発政策」は、戦時中と云うこともあり、まず軍事目的利用からスタートした。ごく早い段階では科学研究開発局(the Office of Scientific Research and Development−OSRD)という連邦政府内組織が担当したが、1942年に陸軍の管轄下に移される。それが「マンハッタン計画」である。

 原爆開発もおおよそ目処がついた1945年4月、大統領のルーズベルトが急死する。トルーマン大統領が誕生するわけだが、トルーマンではこの「原子力の軍事利用目的問題」、すなわち原爆の問題、は扱いきれないと判断した陸軍長官のスティムソンは、大統領トルーマンに敬意を払いつつも、この問題に関して政策勧告を行う秘密委員会を設置する。それが暫定委員会である。
詳細は「暫定員会について」
http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Interim%20Committee.htm>を参照の事。) 

 その暫定委員会は45年5月31日と6月1日に一つの山場を迎えるわけだが、5月31日の議事録を今読み直している。

 議事録といっても英語の元の言葉は“Note”だから、詳細議事録ではない。議論の経過や決定の要点を簡潔にまとめた記録である。もちろん、当時は機密文書である。

 この記事で扱いたい部分は、5月31日の暫定員会の4番目の議題、「基礎的研究」と題する議論である。議事録の中では比較的短く扱われている。
(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Interim%20Committee1945_531.htm>参照の事。)

 「マンハッタン計画」における基礎研究の在り方について、ロスアラモス研究所所長のロバート・オッペンハイマーは大いに不満だったようで、戦時下における研究開発だからやむを得ない部分はあると認めつつも次のように云う。

 『 この分野(原子力エネルギー開発のこと)における潜在性をもっと完全に取り出すためには、もっとゆったりとした、もっと通常の研究環境を設立することが必要だ。』 

 そして、現在の研究の在り方については、戦時下ということで、研究が熟さないうちに、その前段階の成果をもぎ取っているに過ぎない、と述べ次のように続ける。

 『 現在のスタッフは、相当数が大学に戻って、もっとこの分野で枝分かれした研究に携わるべきである、ある目的にだけ的を絞った現在の研究の仕方は、あまり多くを生み出さない。』

 科学研究開発局長のバニーバー・ブッシュもこの意見に賛成で、戦時下であるからやむを得ないが、「平和時の研究の在り方としては完全に誤っている。」と同調した。

 シカゴ大学冶金工学研究所の所長のアーサー・コンプトン、コロンビア大学やプリンストン大学を基盤としていたエンリコ・フェルミも「完全な基礎的研究をなすまでは、この分野での大きな可能性を保証することはできない。」と強く主張した。

 ある意味、「マンハッタン計画」軍部側責任者のレスリー・グローブズ批判と受け止められないこともないが、グローブズの目的は「原爆の完成」にあって、「原子力エネルギー開発事業」にはない。これら科学者の目的と問題意識とは微妙にずれている。

 私は、この部分を今読んでみて、オッペンハイマーやバニーバー・ブッシュ、A・コンプトンやエンリコ・フェルミの指摘は極めて示唆的だと思う。

 戦時下における「原子力エネルギーの開発研究」は戦時下であるゆえに、短絡的に結果を求めた。オッペンハイマーの表現を借りれば、「前段階の成果をもぎ取った。」

 その意味でグローブズは全く正しいのである。しかし、基本的にはこの研究体制は、「完全に誤っている。」(バニーバー・ブッシュ)のも事実である。

 だから「完全な基礎的研究をなすまでは、この分野(すなわち原子力エネルギー分野)での大きな可能性を保証することは出来ない。」と、A・コンプトンとエンリコ・フェルミは警告するのである。

 問題は、戦争が終わって「平和時」となって、こうした完全に誤った研究体制が改まったのかどうか、ということだ。ここから先は、全く私の想像だが、「短絡的に結果を求める」研究体制は、戦後も改まらず、基本的には「マンハッタン計画」時代のままだったのではないだろうか?

 アメリカが原子力エネルギーの軍事目的利用のみの段階から、平和目的利用の段階へとステップアップするのは、これから約10年後のアイゼンハワー政権になってからであるが、基本的に、オッペンハイマーのいう「基礎的研究の前段階の成果をもぎとる」研究体制・研究体質は変わっていなかったのではないか?
 ( これをテーマに私が調査研究した訳ではない。直観からする単なる私の想像だ。) 

 というのは、極めて危険な「放射性廃棄物」の処理の完璧な方法一つ、「完全な基礎的研究」を完了しないままに、世界は原子力発電の商業運転に突入していった。これは今日、あるいは将来、大きな問題へと発展する。

 また原子力発電の操業についても、「完全な基礎研究」の土台の上に立っているとは言い難い。

 65年間、「基礎的な原子力エネルギー開発研究」の「前段階の成果をもぎとり」続けたのではないか、と想像する。

 さらにこの分野が「軍事目的利用」でスタートしたという事実が現在に至るまで致命的欠陥になって現在に尾を引いている。
これはもう想像以上である。) 

 すなわち「原子力エネルギー産業界」の「機密体質」「隠蔽体質」だ。民主主義的な手続きや市民社会での討論を欠いている。あるのは「大量に情報を抱えたまま」の世論誘導だけである。それを大手のジャーナリズムやシンクタンクが側面援助する。

 「マンハッタン計画」時の体質そのままである。

 これは日本だけの現象ではない。アメリカでも、イギリスでも、フランスでも、ロシアでも同じことがいえる。

 この「機密体質」「隠蔽体質」が、先の「基礎研究の前段階の研究成果をもぎとり」続けたことと相まって、「原子力エネルギー産業」全体を地球・人類にとって極めて危険な存在に育ててきたのではないか、と想像する。

 09年4月、アメリカ大統領バラク・オバマのプラハ演説をきっかけにして、世界の原子力産業業界は一斉に、反転攻勢に出始めている。「反転攻勢」というのは、自らの体質で招いた一連の「深刻な原子力事故」で、長い間、ナリを潜めていたからだ。

 もし私の想像通り、この業界が「基礎的研究の前段階の成果をもぎ取り」(オッペンハイマー)続け、「完全に誤った研究体制」(バニーバー・ブッシュ)で、「機密体質」「隠蔽体質」を抱えたまま世界に原子力発電を拡大していくなら、「この分野での大きな可能性を保証することは出来ない。」(A・コンプトン、フェルミ)だけでなく、原子力発電産業自体が、人類・地球に対する大きな危険となるだろうと思う。