(2011.12.24)
No.034

カール・ジーグラー・モーガン
(Karl Ziegler Morgan)
について


その③ やはり内部被曝を完全に理解していたカール・モーガン



 誤解を招きやすいモーガンの発言


 中国新聞社刊「核時代 昨日・今日・明日」(1995年刊)の中の「カール・モーガン氏インタビュー」を使いながら、モーガンの屈折して複雑な変遷をたどっている。 

 さて、モーガンのインタビューを続けよう。


 『― 放射線許容基準を決めるためのデータはどのように集めたのですか。』

 2011年の今日、この文章を読んでみて、この質問自体も非常に奇妙な質問だといわざるを得ない。というのはこの質問の意図が、いかにしてICRPがその線量リスク体系を決定したか、その基本的データはなんだったかという質問なら、私たちは、それは広島・長崎の原爆被爆者のうち、1950年以降の生存者のデータ(Life Span Study-LSS)がその基礎だった、ということを知っているからだ。しかし、アメリカはそのデータ出現以前に広島・長崎の被爆者の遺伝的影響は科学的に立証されていない、と事実上否定してしまった。

 が、電離放射線の遺伝的影響は古くから知られていた事実だった。そこで他ならぬモーガンのいたオークリッジ国立研究所が動物実験をおこない、その遺伝的影響について動物実験データを使って立証した。今日でもICRPの公式見解は、「低線量電離放射線は人間に対してガンを発症させる可能性がある。しかし遺伝的影響があるかどうかは人では科学的証拠はないが、動物ではその証拠がある」というものだ。(動物で確認されたのなら、ヒトでも確認されるはずだが、そこがこのICRPの教義の摩訶不思議なところだ)

 だからこの質問自体の意図するところを理解するのに苦しむわけである。どんな答えをモーガンから引き出したかったのか。

 ともかくもモーガンの答えを聞いてみよう。

 『 データの多くは動物実験から得た。オークリッジ国立研究所だけでなく、各大学でも研究が進んでいたので、これらのデータを参考にした。

ほかにも、核兵器工場や原子力発電所などで放射線事故が起きると、被曝した人がどれだけの線量を浴びたかを調べた。また、彼らの尿や便を検査して放射性物質がどれだけ体外に排出されたかなども調査した。


―  研究者からすれば、被曝した人たちは重要な研究対象だったわけですね。
 
事故は大変不幸な出来事だが、結果的にそういう側面を持っていた。体内被曝の研究では、放射線を浴び、それが直接の死因かどうかは別に、亡くなった人たちの体内組織を全国から集めて分析した。


 恐らくモーガンは、体内被曝について間違いなくこうした研究をおこなったと私も思う。問題は、こうした研究結果が、全くICRPのリスクモデル体系に反映されず、総被曝線量だけが問題とされ、体内被曝か体外被曝かを区別せずにそのリスクが「ガンの発症」だけに限定して論じられているところにある。

 それにしても、この本の「―放射線許容基準を決めるためのデータはどのように集めたのですか。」という質問から始まるここまで見た一連の流れは、良く言って誤解を招きやすい。これでは、ICRPの「放射線許容基準」はまるで、動物実験や各種核事故被害者のデータがもとになって作られたかのようだ。事実はそうではないことは先にも見たとおりだ。

 『― (体内組織の分析は)どのような形でおこなわれたのですか。
 
スタッフが病院の病理学教室で解剖に立ち合い、腎臓や脳、甲状腺、肝臓などの組織サンプルをいただき、プラスティック袋に氷詰めにして送ってもらった。その組織を分析して、放射性物質がどのように臓器に分布し、どのくらいの期間で、どの程度体外に排出されるか調べた。

 こうした臓器サンプルでもっとも貴重なものの一つは、広島・長崎の原爆被爆者の死亡者のサンプルだったろう。こうしたサンプルはABCCが収集した。その集め方も相手の弱みにつけ込むような強引な方法もあったようだ。かつて広島の地元放送局中国放送の記者だった山本喜介は、記者時代の次のような取材エピソードを紹介している。

 『  (取材相手の)父が死にました。どこから聞いたのかすぐに、ABCCの車がやってきました。原爆との関係を研究したいので、遺体を解剖させてもらいたい、というのです。生きている間はなにもしてくれなかったくせして、いまさら何を、とは思いましたが、“葬式の費用は出してやる”といわれれば、貧乏しとりましたから、泣く泣く遺体を預けました。帰ってきた遺体を見て、はらわたが煮えくりかえりました。解剖で遺体は切り刻んだようになっていただけでなく、すべての内臓は抜き取られて、そのかわりにノコクソ(おがくずみたいなもの)が詰められていた・・・。当時私らは、あいつらは、人間のキモを喰う“赤鬼・青鬼じゃ”と言うたもんです。』
(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/zatsukan/030/030.html>の「小さなデモだが大きな意義がある」の項参照の事)


 正確に「細胞標的論」に立つモーガン

 再びモーガンのインタビューに戻る。

 『― 核工場などで事故が起きると、あなたも現場へでかけたのですか。
 
私はどこでも放射線事故が起きると直ちに呼び出され、現場へ向かった。1958年にオークリッジのY-12核工場で濃縮ウラン235が漏れ出す事故が起きた。私の研究所は事故現場から8マイル(約13km)離れていた。この時も電話があり、放射線測定器を手に車に飛び乗り、現場へ急行した。

 ― どんな状況でしたか?
 
現場にはもうだれもいなかった。私と助手は測定器のスイッチを入れてビルに入った。とたんに測定器が激しく鳴った。でも中性子を測る測定器は大丈夫だった。
(これは核爆発事故ではない、と云う意味。当たり前である。)
このため致命的な線量を浴びずに放射線源まで近づけた。

(核崩壊は生じたのだから、相当の線量の放射線が出ていたはずだ。ここの記述は理解できない。)


事故当時現場で8人の作業員が働いていた。彼らは高い放射線を浴びた。その後、5人はがんでなくなり、生存者も心臓病やがんにかかっている。

 ― あなた自身も高い線量を浴びたのでは・・・。
 
それほど高くはなかった。しかし、これまでの人生で100レム(1シーベルト)以上の放射線を浴びている。

・・・われわれの体には何百万という細胞がある。
(今日では60兆個、という言い方がされる時がある)放射線を浴びると4つのことが起きる。

・・・問題は4つめだ。放射線によって放射線によって染色体の一つが破壊され、修復されないまま細胞が増殖する。この時、がんが誘発される。染色体が破壊されたまま細胞が増殖すると、傷ついた細胞がはじめは一つでも、一週間後に二つ、次は四つ、八つと増えていく。それが骨髄で起きると、やがて白血病になる。脳のがんだと、症状がでるまで30年近くかかる。

でも、まだ不思議とこうして生きている。私が生きているのは、親から強い免疫機能を与えられたからだろう。放射線を浴びても強い免疫機能を持っていれば、病気を誘発しにくい。人によっては親から譲り受けた免疫機能が弱い場合もある。こういう人は、放射線で免疫機能が破壊され、病気にかかりやすくなる。・・・。

しかし、強い免疫機能があれば、傷ついた細胞を識別し、それを取り除いてしまう。免疫機能が弱いとそれを判別できなかったり、取り除く力がなくなる。その結果が30年もたってからがんになって現れる。これがわれわれが理解している放射線被曝によるがん発生の仕組みだ。

 このインタビューを受けた時点のモーガンは、電離放射線の人体に対する影響をほぼ正確にいいあてている。ただ恐らくはこのインタビュー記事をまとめた筆者の側に低線量被曝によって生ずる健康欠損は「がん」だという刷り込みがあるため、論旨に首尾一貫しないと見える部分があるが、決してそうではない。前段で核事故生存者について「心臓病やがんにかかっている」と述べているとおり、彼が放射線による健康欠損を「がん」のみと考えてはいないことは明白だろう。

 ここでモーガンが述べていることは、要約すれば次のようになろう。

 (1)  電離放射線の標的は、臓器や組織でなく個々の細胞である。
 (2)  電離放射線による健康欠損は、ここの細胞に異常が生じ正常な免疫機能が働かなくなり、病気にかかりやすくなるために起こる。
 (3)  放射線の人体に対する影響は個体差が大きい。
 (4)  がんはそうした異常細胞が増殖するために起こる。

 放射線の人体に対する影響は個体差が大きい。

 つまり電離放射線の人体への影響は、個々の細胞が破壊されそのために起こる全般的な免疫機能の低下やストレス耐性の低下だといっていい。臓器や組織はそうした個々の細胞の集合体だから当然のこと臓器・組織の機能低下は発生する。一方発生した異常細胞が自己増殖すれば(つまりがん化した細胞が暴走すれば)、ここの臓器や組織にがんが発生する。


 ICRPと非ICRPの2分法

 ICRPは今現在も、電離放射線の標的は組織や臓器であり、その健康欠損はほぼ「がん死」だけだと主張している。(がん発症で死ななければ放射線の影響ではないが、死ねば放射線の影響の可能性がある、という理屈でもある。摩訶不思議な学説である。)

 今やICRP系の学者と非ICRP系の学者という二分法が許されると思うが(ただし日本では圧倒的にICRP系の学者が多いが)、この問題はICRP系主張と非ICRP系主張をくっきりと分ける対立点の一つとなっている。

 非ICRPの牙城(権威に対して公然と叛旗を翻すという意味では梁山泊といってもいいが)であるECRR(欧州放射線リスク委員会)の2010年勧告「第7章低線量における健康影響の確立:リスク」では次のように述べている。

 『 電離性放射線被ばくがもたらす健康上の結果は、体細胞や生殖細胞の損傷に伴うものである。したがって、ほとんど全ての疾病が含まれる。

ICRP は確定的影響と確率的影響との区別を論じているが、その確定的影響は低線量には存在せず、ガンや遺伝的影響以外の確率的影響はないことを仮定してのことである。』

 ICRPの教義においては、高線量被曝(例えば一時に500ミリシーベルト以上の被曝)では放射線障害の症状が発生するとする。(これは事実である)これがICRPのいう確定的影響である。従って確定的影響とは急性放射線障害と考えてもよい。これに対して中線量・低線量被曝では、こうした目に見える形での放射線障害がすぐには現れない。(これも事実である)

 しかし時間をかけて、場合によれば数十年というスパンで放射線の影響があらわれることがある。これがICRPのいう放射線の確率的影響である。福島原発事故発生時、当時官房長官だった枝野幸男がさかんに、「ただちに健康に影響がある放射線のレベルではない」と繰り返したが、ただちに影響が出れば「確定的影響」だ。ただちに影響はでないがずっと後になって影響が出れば確率的影響、ということになる。(枝野も無責任なことをいう男だ)

 従ってここでECRRが言っていることは、確率的影響では「がん」や遺伝的影響以外には現れない、とICRPは言っているがこれは仮定である、またICRPは低線量では確定的影響はあらわれない、と言っている、と指摘していることになる。 

 ECRR勧告を続ける。

 『  したがってICRP は、確率的影響の範囲においては、被ばくの主要な結果としてはガンにその関心を集中させている。そして、もっぱら高線量被ばくの疫学研究に基づいて、ガンに対する確率係数、すなわちリスク係数を確定してきている。低線量あるいは中線量領域においては、ICRP や他のリスク評価機関は、線量とガン発生率との間に直線的な応答を仮定している。(直線しきい値なし理論。これも仮説である)

 本委員会(ECRR)は、放射線被ばくの唯一の確率的影響がガンであると想定しているところについてはICRP に従わない。

 成人の心臓病、幼児死亡や胎児死亡を含む、非ガンの結果に及ぼす放射線の一般的な効果に、本委員会は関心を向ける。低線量被ばくに続く効果に関してのICRP による仮定と本委員会のそれとの比較を表7.4に示す。』

以下がその表7.4である。

表7.4    「ECRR とICRP 並びに他のリスク評価機関によって考慮されている低レベル放射線健康影響」 

 起こり得る健康影響  ICRP とリスク評価機関*     ECRR    
 致死ガン する する
 非致死ガン しない する
 良性腫瘍 しない する
 遺伝性傷害 する する
 幼児死亡 しない する
 出生率低下 しない する
 低体重出産 しない する
 IQ 低下 する する
 心臓病 しない する
 一般的健康障害と
非特定の寿命短縮
しない する
*UNSCEAR、BEIR、NCRP、NRPB 及びEU 加盟国の機関

 この一覧表をみておわかりのように、低線量被曝による健康影響(確率的影響のことだと考えてもよい)について、ICRPでは「致死性がん」、「遺伝的障害」、「IQ低下」(これは乳児期に発生することが確認されている)以外にはその影響を認めていないが、ECRRはこの表以外にも幅広い疾病、そのことによる「生活の質」の低下など幅広い健康欠損が低線量被曝によって発生する、と考えている。

 この点を認めるか認めないかが、ICRPと非ICRPを分ける大きな対立点になっている。


 電離放射線は確実に「がん化」への一要因

 もうしばらくECRR勧告を続ける。

 『 被ばくした個人における放射線被ばくの結果は、細胞に対する身体的損傷に続くものである。

そのひとつの結果であるガンの場合には、即発的効果と遅延効果との両方があると考えられている。時間変化に対するガンのリスクのこのようなパターンは、ガンの多段階的病因(multi-stage aetiology of cancer)がもたらす結果である(Busby 1995)。
ガンは今日においては、被ばくした細胞及びその末裔の細胞における遺伝的損傷の蓄積がもたらす結果であると考えられている。年齢の増加に対するガン発生率の特有なパターンは、損傷を受けた細胞の複製回数に対する幾何級数的増加(a geometric increase)が、その細胞の末裔のひとつが、その細胞(あるいは細胞のグループ)にガンを発現させるために必要な2つ目のあるいはさらに続く遺伝的変異を獲得するために十分に高い確率をもたらすものである、ということを仮定することによって最も容易に説明される。(個々の細胞に対する)ある被ばくの挿入は、損傷のなかった細胞の中に最初の遺伝的損傷をもたらすか、あるいは既に存在していた遺伝的損傷に新たな損傷を付け加えるということになる。

最初の一連の遺伝的損傷を既に獲得したそれらの細胞にとって、その被ばくはガンになるための最後の要請ということになるだろう。損傷を受けていない細胞にとっては、その挿入は初期損傷を提供することとなり、ガン化の過程が開始される。』
『』内引用は「2010年勧告 第7章」日本語テキストp67-p68

 何ともわかりにくい文章で恐縮だが要するにこういうことである。

(1) 被曝の身体的損傷はすべて細胞損傷に起因する。
(2) 「がん」はその損傷の一つに過ぎない。
(3) 「がん」の即発的効果と遅延効果の区別は本来存在しない。ひとつの「がん」の別々な段階に過ぎない。
(4) 「がん」は本来老化に伴う病気であるが、放射線によって受ける細胞損傷とその蓄積は、その老化を促進し、細胞を「がん」化させる。
(5) その意味では老化で傷ついた細胞にとって、放射線損傷は「がん」化に向かう最後の一突きとなるかもしれない。
(6) 同じ意味で全く損傷を受けていない若い細胞にとって、放射線損傷は「がん化」にむかう最初の一突きになるかもしれない。

 ICRPの教義がいうように、放射線で致死性がんはあるが、非致死性がんはない、という理屈ほど妙な屁理屈はない。すべての「がん」は本来的に個体の「死」に向かって行進しているのだ。医学・医療の発達によって個体の「死」が食い止められたら、それは放射線のせいではない、別な原因に違いない、という理屈になる。事実はECRRが言うように、放射線は確実に「がん化」への一つの大きな要因だ、それはすべてが放射線のせいではないにしろ、最初の一突きになったり最後の一突きになったりするのだ。

 1970年以降世界的に「がん」が激増している。放射線によって「致死性がん」は発生するかも知れないが、「非致死性がん」は発生しない、というICRPの妙な屁理屈は、こうした「がん」の世界的激増は、核兵器や原発が垂れ流す、それこそ低線量放射線被曝のせいではない、というための言い逃れとしか、少なくとも私には聞こえない。


 クロスロード作戦時のベータ線の影響

 さてカール・モーガンのインタビューに戻ろう。

 話は、1946年の「クロスロード」作戦のことになる。長崎原爆とほぼうり二つの原爆を2発爆発させた戦後初めての核実験だ。原爆の誇示の意味合いの強い実験だった。

 『― (クロスロード作戦は)大掛かりですね。
 
そう。私の所(オークリッジ国立研究所・保健物理部門)からは、私を含め7人が加わり、マンハッタン計画の医学分野で最高責任者だったスタッフォード・ウォーレン(前出:スタフォード・ウォレンのこと)の指揮下で働いた。彼は陸軍の将軍であり、放射線専門医でもあった。この時も人体の放射線の影響を調査する責任者だった。

―   ウォーレン博士は45年9月初め、アメリカ軍の合同調査委員会のメンバーとして広島の被爆者調査もしていますね。
(ウォレンが広島に来た時点ではまだマンハッタン計画は存続していた。マンハッタン計画がアメリカ原子力委員会に衣替えをするのは法的には46年の原子力法成立後である。だからウォレンはマンハッタン計画の医学部長として日本にやってきたのである。46年にNCRPが成立すると、ウォレンは軍籍を離脱してその執行委員会の委員になるのは前に見たとおりである。)

   指摘の通りだ。彼はオークリッジにもしばしば姿を見せた。ウォーレンとは身近な関係だったが、私はこの実験に批判的だった。彼らはガンマ線は測定したがベータ線を測っていなかった。
 (ここは興味深い話である。大量に浴びれば別として、ガンマ線で深刻な内部被曝による放射線障害を起こすと考えるものは少ないだろう。同様にベータ線で深刻な外部被曝による障害を起こすと考えるものもいないだろう。すなわちこの時ウォレンは内部被曝による放射線障害のことを無視していたことになる。モーガンが批判的だったのもこの理由による、と私は思う。)

  ・・・。(標的艦に実験後に乗船して)われわれはガンマ線とベータ線の両方を測定した。平均するとベータ線の線量はガンマ線に比べ3倍高かった。ウォーレンが公式に測らせた被曝線量(放射線量)の3倍だったわけだ。タールやさび、船の一部の物質からはベータ線がガンマ線の最高600倍という結果が出た。ガンマ線だけでは正しい線量が測れないのだ。

 (このモーガンの見解は、特にフクシマ放射能危機に直面する私たちにとってとりわけ耳をかたむけておかねばならない)

  実験に立ち会った若い兵士たちは、ひどく汚染された甲板で寝ていた。気温は夜でも38度から50度近くあり、猛烈に暑かった。われわれの高速船には空調装置がついていたが、標的艦に戻った兵士たちは、空調がないため甲板で寝ていた。このため非常に強い放射能を浴びてしまった。

 これは1946年7月、南太平洋マーシャル諸島での話である。こうした若い兵士たちは間違いなくベータ線核種を体内に摂取し(恐らく飲料水も汚染されていたろう)、中線量・低線量の内部被曝をしていたろう。このインタビューの初めの方でモーガンは、動物実験によるデータしかなかった、という意味合いのことをいい、そんな筈はないと私は注釈をつけておいたが、ここでの話とも矛盾している。


 外部と内部は全く異なる種類の被曝

 『― 高い放射線を浴びた兵士は、体の異常を訴えたのですか。

  多くの兵士は、皮膚に赤い斑点ができるなど急性放射線症状が現れ、体の不調を訴えた。だが将校は「太陽に肌を焼き過ぎたんだ」と答えていた。甲板には放射線を含んだタールやさびが積もるようにあった。彼らはガンマ線だけでなく、ベータ線を浴びていたのだ。

 このインタビューの書き手はしばしば「放射線を浴びる」という表現を使っている。「浴びる」というのは、「外部から浴びる」というニュアンスの強い日本語だ。もしもとの英語が「expose」ならば、ガンマ線を浴びるという言い方は適切だとしてもベータ線を浴びる、と言う言い方は適切ではない。放射性物質がベータ崩壊するときに放出する放射線の流れがベータ粒子であり、これがベータ線である。ベータ線は、励起エネルギーは大きいがその分飛程距離は短い。空中では精々数cmである。つまり放射線源から1mも離れていれば、さほど人体に大きな損傷はない。電離エネルギーそのものが人体に届かないのだから。

 しかし、このベータ崩壊をする粒子が体の中に入ってしまえば、話は全然別になる。飛程距離の数cmは恐らく体の中ではさらに短くなるだろう。人間の体の細胞はその約70%が水でできているから、ベータ粒子の飛程力は空中の時よりさらに大きな抵抗にあうだろう。が、数cmが数mm、あるいはその10分の1としても、細胞の大きさや細胞を構成している分子にとっては十分な飛程距離となる。細胞は精々数ミクロン(1ミクロンは100万分の1m)以下の大きさであり、個々の細胞がベータ線の電離エネルギーを受けてその分子結合やさらにその構成要素である原子に電離現象を起こさせるには十分だからだ。

 つまり外部被曝と内部被曝は全く異なる「被曝」として扱われなければならない。しかしこのインタビューの書き手にはその意識は希薄である。モーガンは明らかに内部被曝と外部被曝を全く別な「被曝」として区別して話をしている。次のモーガンの話もそのような理解で読んで欲しい。


 完全に理解していたモーガン
 
 『― どの程度の数値を示していたのでしょうか。
 
一番高いところで1時間あたり1レム(10ミリシーベルト)の放射線値を示した。特にタールはベータ線だけを発する放射性燐32が強かった。兵士に何が起きているか私にははっきりわかった。

 「放射性燐32」は、リンの同位体32pのことである。リンは自然には同位体31pの形でしか存在しない。32pは核爆発から生成された人工放射線核種である。ベータ崩壊してベータ線を放出するが、その電離エネルギーは1.71MeV(171万電子ボルト。おおむね10電子ボルトで1個の電子を原子から電離させる)と比較的大きなエネルギーを持っている。

 『 高エネルギーのβ線が皮膚や角膜を透過し、また摂取、吸入、吸収された32Pは骨や核酸に取り込まれるため、欧州労働安全衛生機構は、実験で 32P を取り扱う際には白衣、使い捨て手袋、ゴーグルを着用するように求めている。さらにβ線のエネルギーが高いため、鉛等の密度の高い物質で遮蔽しようとすると、制動放射という現象によって二次X線が放出される。そのため、アクリル樹脂、プラスチック、木、水等の密度の低い物質によって遮蔽が行われる』
(以上日本語ウィキペディア「リンの同位体」による)

 外部からは簡単に遮蔽できるが、体の中に入ってしまえば防ぎようがない。

 『― それだけ高い放射線を浴びると、体にはどんな変化がおきるのですか。』

 ここで問題とされている「1時間あたり1レム」は線量率のことである。しかも文脈からすると空間線量率のことだと思われる。従って吸収線量が1レム(10ミリシーベルト)ということではない。一番高い空間線量率が10ミリシーベルトだった、と言っているのである。無茶苦茶である。

 『 皮膚の潰瘍が起こりやすくなる。そして長い間には、後遺症が手足や目などに現れ、やがて治療不可能な悪性の腫瘍を誘発する。被曝兵士には、手足を失うなどの障害が目立っている。

 『― 現場に立ち会った科学者として、危険を兵士らに伝えることはできなかったのですか。
 
私は核実験のやり方にクレームをつけたが、秘密保持のため兵士に語ることは許されなかった。集めたデータも提出したが、それは「機密」扱いで外部に出せなかった。私はいまだに、あの時のデータを見たことがない。

私はその時、中性子の線量を測る実験的測定もやった。そのデータも一度も見ていない。当時はシークレットだったが、今はもちろん公開されるべきだ。

私は数年後、もう一度島に行って放射線を測った。マーシャル諸島の島民は、アメリカ政府が発表しているよりはるかに高い残留放射能を浴びている。

 つまりモーガンは内部被曝で何が起きるかを、完全に理解していたということだ。

 この記述から、アメリカの核実験が、自国兵士といわずマーシャル島の住民といわず、電離放射線の危険を隠すため、真実を伝えず、放射線が体の中で荒れ狂うに任せたその非人間性を導き出し、それを非難するのは比較的簡単だろう。しかし、考えても見て欲しい。

 「フクシマ放射能危機」で、その放射線被曝の危険(特にその内部被曝)を知りながら、電離放射線の危険を一般に知られたくないため、「ただちに健康に影響はない」とか、「がんにはならない」とか、放射能汚染の食品を「基準値以内だから食べても大丈夫」だとかいう、日本政府の高官たちや一流大学の学者たち、世論をその方向にひっぱって行こうとするNHKをはじめとする既成大手マスコミたち・・・、彼らとこのクロスロード作戦の時のアメリカ政府やアメリカ原子力委員会と基本的にいったいどこが違うというのであろうか。


(以下その④へ)