(2010.2.3)
アメリカの戦略態勢<America's Strategic Posture>


委員長緒言(Chairman's Preface)

 委員会委員長、ウイリアム・ペリーの緒言である。討論の過程をかいつまんで説明しながら、これからあるべき「アメリカの戦略態勢」を大筋よくまとめている。その意味では、この報告書全体を読まなくても、このペリーの緒言と次項目の「全体総括」を合わせて読めば、大筋オバマ政権・アメリカ議会が考え狙っていることは理解できる。

 特徴的なことは、やはりアメリカの戦略態勢は「核兵器中軸」であること、それからオバマのプラハ演説でも暗示されていたように、アメリカは核兵器廃絶を本音では、全く考えていないと云うこと、彼らの狙いが「核兵器」及び平和目的の核分裂物質、核技術まで含めた「核不拡散体制」の確立にあり、その中心にアメリカが座るという意志がはっきり示されていると云うことだろう。

 後に出てくる「宣言的政策論」のところで詳しく論じられるように、この報告書自体がアメリカの宣言的政策である。その性質からして、この緒言でも一貫して建前論が存在する。しかしそれに振り回されなければ、ペリーは結構本音で語っている。論理的矛盾や意図的なウソも混じってはいるが、それは第一に、アメリカが核兵器保有正当化の根拠を「核抑止論」に置いているためであり、第二に「核兵器の世界」を1945年8月6日以来、一貫してアメリカが主導して構築し、今なおアメリカがヘゲモニーを握っているにもかかわらず、そうではない、アメリカはやむを得ず核兵器を保有しているのだ、アメリカの核兵器保有は正義なのだ、と見せかけようとしているためである。

 従って、本来詭弁論法である核兵器抑止論に基礎をおいているための論理的矛盾であり、「アメリカの敵」を大きく見せかけようとするためのウソであるともいえる。原文には中見出しはない。私が自分のための検索用として青字の中見出しをつけた。


以下全文

委員会設立のいきさつと意図

 昨年(08年)議会はアメリカの戦略態勢の再検討を指揮し、いかに前進すべきかに関する提言を主唱する委員会の設定を承認した。それから議会はこの再検討を指揮するため12人からなる超党派(註1)グループを指名し、私が委員長に、ジム・シュレジンジャー(註2)が副委員長になるよう依頼した。委員会は過去11ヶ月間にわたって議論し、今ここに政権、議会、アメリカの人々に報告する準備が整った。われわれの見方、結論、提言をご覧いただきたい。この緒言では報告書の枠組みに関する私の個人的見解を示して、われわれの仕事を要約する一助としたい。アメリカ以外の国が核兵器を保有する限り、アメリカは、適切効果的な核抑止軍事力を維持することによって、アメリカの安全保障を守らなければならない、と言う点について委員会は賛同した。また同時にアメリカの安全保障の保障措置は、核兵器の拡散を防止し、世界中の核兵器の数量を削減し、残余の核軍事力及び核分裂物質により優れた保護措置を講ずる、という国際的な努力をアメリカが牽引し続けることを要求する。

 この基本的戦略はアメリカの政策の中にその深い基礎構造を持っている;いうまでもなく、それらを現実に遂行することは困難なことだとは承知している。われわれの安全保障を達成するこれら2つの異なった道の間のバランスを保ち、正しい政策にたどり着くためには、今日われわれが当面する新たな安全保障について熟考することを要求されるだろう。それは、国外においては、具体的事例を伴った形での指導力に重点を置いた、アメリカの指導力を要求することだろう。またそれは、国内においては、飛び抜けて重要な核問題に関する超党派的合意を要求することでもあろう。これまでも一貫してそうであったように、アメリカの核態勢は、この委員会の間でも極めて議論の多い課題で有り続けるだろう。いうまでもなく、この委員会は、アメリカの軍事戦略、不拡散に関する主導力、軍事能力などに関する決定的に重要なほとんどの諸課題に関して言葉の上の合意を達成した。

 委員会のメンバー(註3)は、アメリカの政界からの多彩な顔ぶれである。そして驚くにはあたらぬかも知れないが、合意に達しようと果敢なチャレンジを行ってきた。われわれの間にある違いにもかかわらず、一つの政策課題を除けば、すべての課題について合意に達することができた。われわれの希望としては、政権内部、議会もこうした超党派精神をもって、こうした重要な政治課題に臨んで欲しい。

註1  超党派:bipartisan。この報告書で耳にタコができるくらい頻繁に登場することばである。しかしアメリカの政治において超党派とは要するに、民主党と共和党の両党合意でという意味以上ではない。その民主党と共和党の違いはどこにあるかというと、政策達成手段の一定の幅をもった違いでしかない。国際政策においてはその手段の違いを見つけることすらむつかしい。云ってしまえば民主党と共和党は、「国際金融資本党」という一党独裁政党につけられた2枚看板に過ぎない。そして民主党も共和党も多層なアメリカ人民のすべての階層の政治的利益を代表した政党ということはできない。こうした意味では「超党派」とは「公明正大・厳正中立」を装う言葉として使われている。「ジョンソン辞典」流に云えば、『超党派=アメリカ政界用語。政治の世界でわずかな違いを決定的な違いと見せかける時に、あるいは政治的中立を装いたい時に濫用される。愚かな民衆を欺く時に特に有効。類義語:<挙国一致>(イギリス)、<国民的合意>(日本)』
註2及び註3  「アメリカの戦略態勢議会委員会 各委員の履歴」
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/
USA_SP/strategic_posture_6-08.htm>
)を参照の事。


差し迫った危険―核テロリズムと核抑止

 私は、今がチャンスの時だ、しかし緊急を要する、と信じる。そのチャンスはワシントンにおける新政権の登場という要素、また今開始されなければならないとする国家安全保障戦略及びアメリカの核兵器の目的の再評価、しかもトップ−ダウンで行う再評価という要素に由来する。またこのチャンスはロシア政府が戦略問題に関してアメリカとつっこんだ対話を企図していると読める徴候があるから、ということにもよる。緊急性は、もしわれわれが核拡散(註4)に関する「転換点」(註5)をやり過ごすならば、核テロリズムの差し迫った危険が存在するということに由来する。またわれわれの核態勢(註6)に影響を及ぼす累積する困難な決断があるから、という事にもよる。

 核兵器は冷戦時代、数十年にもわたって、アメリカあるいはその同盟国に対する攻撃を抑止する、われわれの国家安全保障にとっての保護装置だった。(註7)これからも数年はわれわれはその抑止能力を維持する必要があるだろう。一方で、もし核兵器がテロ組織の手に渡ることになれば、核兵器はわれわれの安全保障にとって極めて重大な脅威として立ち現れてくるだろう。(註7)またそれは核抑止論が通用しない危険でもある。(註8)これは理論上の危険性ではない。たとえば、アル・カイダ(Al Qaeda)は、すでにそのメンバーに核兵器を入手することは「神聖なる義務」であると宣言している。(註9)幸いにしていかなるテロ・グループもゼロから核兵器を製造することは出来ない。(註10)しかし新しい国々が核兵器能力を達成しているので、そうした核保有国の一つが核分裂物質を販売したり、管理能力を失ったり、あるいはそれが核爆弾そのものだったりすらする蓋然性は高まっている。(註11)これもまた理論上の危険性なのではない。それはA.Q.カーンの核物質及び核技術の「闇市場」(註12)事件が示すとおりである。このように核テロリズムを防止することは、核兵器の拡散を防止することと密接に結びついている。核開発計画の偽装の下で、北朝鮮がここ数年の間に小さな核兵器庫を開発もしている。イランもそれに続く足音を響かせている。そしてその他の国々も。特に中東地域ではイランをモデルにして核兵器開発を開始している。(註13)このように核兵器と核分裂物質の拡散は危険と云いうるほどに「転換点」に近づいている。(註14)

註4  核拡散:nuclear Proliferation。ペリーは自ら作った論理矛盾に自ら陥らないように慎重に言葉や表現を選んで目的を達成しようとしている。たとえばこの箇所。これまで核兵器の話かと思うとここは「核拡散」という表現をつかっている。「核兵器拡散」も「核拡散」も同じことだ、という粗雑な感覚ではペリーの意図は読み取れない。ここは核兵器も「平和目的の核」も全く同じ「核」という範疇で扱って「核拡散」(nuclear Proliferation)といっている。そしてこの言葉はオバマ政権が真に達成すべく与えられた政策課題達成のキーフレーズの一つになっている。
註5 転換点:tipping point。この報告書のキーワードの一つ。「支援機構からのあいさつ」の註2参照の事。
註6 核態勢:nuclear posture。ここも「核拡散」の時と同様、核兵器も「平和目的の核」も全く同じ「核」という範疇で扱っている言葉。少なくともペリーにおいては「核兵器態勢」と「核態勢」は異なる概念を持つ言葉として使い分けられている。
註7  「われわれの国家安全保障にとっての保護装置だった。・・・もし核兵器がテロ組織の手に渡ることになれば、核兵器はわれわれの安全保障にとって極めて重大な脅威として立ち現れてくるだろう。」:いかにペリーが慎重に言葉を選んだとしても、核兵器保有正当化論が「核抑止論」を前提としているために露呈する論理矛盾の典型例であろう。

 もし核テロリズムがアメリカの安全保障を脅かす最大の危険というならば、論理矛盾なく、また実際的にこの危険を取り除く唯一の政策は、直ちに「核兵器廃絶政策」を取ることである。まずロシアを引き入れ、核兵器保有国の中で渋る国があれば、威しを使ってでも、ただちに核兵器廃絶の段階に入ることである。といってこの政策は私の発案ではない。1945年9月の、トルーマン政権の陸軍長官ヘンリー・スティムソン(核兵器の産みの親でもある。)の発案である。広島・長崎の惨劇を確認したスティムソンは、トルーマンに提言を提出する。この提言の中でスティムソンは次のように述べている。

・・・原爆を、従来の国際関係のパターンにはめて、さらに破壊力の大きい軍事兵器とのみ見なそうとすれば、ひとつだけ実施すれば事足ります。毒ガスの時にやったように、・・・国家主義的軍事力の優位性を誇示し、秘密の帳をおろすという古くさいやり方を取ればよいのです。・・・しかし原爆は人類が自然の力を制御するほんの第一段階に過ぎず、古くさい概念をもってしては、原爆は革命的に過ぎ、また危険すぎます。・・・現在われわれが保有する原爆を進んで封印し、ロシアとイギリスがわれわれと共に、3国間の同意がなければ、戦争の手段として原爆を使用しないという合意をすることになります。・・・軍事兵器としての核爆弾のこれ以上の改善、製造を中止することを意味し、同様な措置をロシア、イギリスにも求めて同意させる事を意味します。・・・この戦争の勝利国の間で合意が得られた後、フランスや中国をこの国際約款に引き入れるための十分な時間があります。最終的には国際連合の枠組みのなかで国際合意がなされるよう協調していくことになります。原爆の使用は、アメリカの主導権と製造能力によってのみ世界から受け容れられています。私は、この要素がわれわれの提案をソビエトに受け容れさせるもっとも力強い、操縦桿であろうと思います。・・・(核兵器廃絶は)世界の歴史の中で、極めて重要な一歩を達成する最も現実的な手段がこの方法だと、私は主張するものです。』
(「1945年9月11日付け陸軍長官ヘンリー・スティムソンの大統領トルーマンあてのメモランダム」
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/stim-memo/
stim19450911.htm>

 1945年9月に提出されたスティムソンの政策提言が2010年のオバマ政権で実施されたとしても決して遅すぎはしないだろう。今地球規模の「核兵器廃絶」を決定し実施に移したとしても、ソ連解体後、旧ソ連諸国に散らばった核兵器・兵器級核分裂物質の処理に10年以上の歳月がかかったことを考えてみても、恐らくは20年以上の歳月がかかることだろう。しかしそれでも遅すぎることはない。今から20年、私は危ないものだが、オバマは生きているだろうなぁ。
註8  「(核テロリズムは)またそれは核抑止論が通用しない危険でもある。」:核抑止論は相互確証破壊という理論を前提にしている。わかりやすくいえば、仮想敵がお互いに確認した上で、お互いに相手の報復攻撃を恐れて核兵器を使用できない「すくみ」の状況が生まれる。これが核兵器による抑止だ。ところが核テロリズムはこの相互確証ができない。正体を秘匿するからテロリズムなのだ。第一テロリズムは、本来絶対弱者による絶対強者に対する自暴自棄の暴力的反抗である。報復など恐れてはいない。つまりテロリズムに対しては詭弁論法としても核抑止論は全く成り立たない。この箇所はそのことを指している。
註9 私はアルカイダなるテロ組織の実在自体を疑っている。その理由説明は今省略するが、従ってアルカイダの「声明」やアルカイダの「犯行」なるものは頭から疑ってかかっている。私が正しいかどうかは別として、アメリカの権威が述べていることだからまず間違いはないだろうという盲信は特にアルカイダ関係の情報については危険な態度である。世論操作に乗せられる可能性がある。ベトナム戦争の時の「トンキン湾事件」、近くは「大量破壊兵器を持っている」とするイラク戦争開戦事由など例は枚挙にいとまがない。
註10  「幸いにしていかなるテロ・グループもゼロから核兵器を製造することは出来ない。」:核兵器の製造は、一般的科学知識としては秘密情報は何もない。だから本当の難しさはその製造過程にある。製造技術の難しさとはとりもなおさず莫大な資金と大勢の科学者・技術者が必要であること、その各工程製造過程を建設運営する難しさのことだ。要するに「核兵器製造」は莫大な資金と技術陣を必要とする国家プロジェクトであり、それを支える工業的インフラやまたそれを支援する裾野の広いヒンターランドが必要である。そうした核兵器製造を支える諸条件を一切持たないテロリストが核兵器を製造することは出来ない、という意味である。
註11  「しかし新しい国々が核兵器能力を達成しているので、そうした核保有国の一つが核分裂物質を販売したり、管理能力を失ったり、あるいはそれが核爆弾そのものだったりすらする蓋然性は高まっている。」:ペリーは自縄自縛にならないよう、言葉を慎重に選んでこの箇所を表現している。分析してみよう。まずテロリスト・グループが、既存の核兵器保有国から核兵器や兵器級核分裂物質を、盗むか、購入する可能性は常につきまとう。アメリカの核兵器専門家フランク・フォン・ヒッペルは、2004年10月4日、日本原子力委員会内部で講演し、次のように指摘している。

アメリカにおきまして何度か演習が行われており、アメリカの核物質施設においても例えばそこに重装備の人間が攻撃をしかけるといった練習を行いますと、大体半分ぐらいは、核物質あるいは兵器に使えるような量の核物質を、そういった施設から運び出すことができるということがわかっております。特に、処理施設におきましては、内部の者の盗みといったことが起きております。貯蔵しているところから取り出したり、あるいは、また統計的な不確実性を利用して、処理工程から取り出したりということがあるわけで、こういった盗みが起きますと、その結果として、これはもう世界、場所を問わず、どこでも非常に大きな惨劇が起こる可能性があるわけです。』
(「原子力委員会 長計についてご意見を聴く会<第16回>議事録」
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/16_gijiroku.pdf>

 インド、パキスタンなどの核兵器保管状況を精査してみたらもっと惨憺たる状況が明るみに出るだろう。しかし、ヒッペルの話から、「だから核兵器や兵器級核分裂物質の製造・保管そのものが危険だ。」という結論を引き出すことは出来ても、「だからテロリスト・グループは危険だ。」という結論は引き出せない。ペリーとすればやぶ蛇になる恐れがある。だからこの文章の主体から自分たちは慎重に取り除いて、「新しい国々」としている。それでは、この新しい国々とはどこか。核兵器保有国の中で「新しい国々」といえるのは北朝鮮だけである。だから警戒すべきなのは「北朝鮮」だけと云うことになる。

 しかしそれはペリーの指摘したいことではない。ペリーが指摘したいのはイランである。しかしイランは、兵器級核分裂物質や核兵器そのものを保有していない。だから「核兵器能力を達成している国々」とせざるを得ない。イランは「核兵器能力を達成している国」ではないが、少なくともその疑いはかけられる。しかし、ここで新たな問題が発生してくる。いかなるテロ・グループも「核兵器能力を達成している国」からは何も盗めない。

 たとえば、日本は間違いなく「核兵器能力を達成している国」だが、日本からは核兵器も兵器級核分裂物質も盗めない。日本は持っていないのだから。もし日本から盗むとすればどっかの米軍基地に押し入って、爆撃機に格納されている核弾頭ミサイルでも盗むしかない。盗むためにはそこに盗むモノが必要である。

 ここでペリーが仄めかしたいのは、「兵器級核分裂物質」でなくても「核分裂物質」を盗み出す危険がある、ということだろう。たとえばイランから原子力発電用の濃縮ウランを盗み出したり燃料廃棄物であるプルトニウムを盗んだり、あるいはそれをイランがこっそり転売したりする可能性のことだ。

 仮にそれを盗んだところで濃縮度4%程度のウラン燃料を、濃縮度90%以上の兵器級濃縮ウランに加工するのは、それだけで国家的プロジェクトだ。廃棄物からプルトニウムを取り出しこれを純度93%以上の兵器級プルトニウムに加工するのは、兵器級濃縮ウランほどではないにしろ、これも国家的プロジェクトだ。

 ところがテロリスト・グループは核兵器をゼロから製造するどころか、兵器級核分裂物質に生成加工することすらできない。

 ペリーのこの文章は従ってあり得ないことを書いている。

 本当に危険なのはテロリスト・グループではなく、核兵器や兵器級核分裂物質を製造・保有している核兵器保有国だ、という事実は動かすことが出来ない。それでは、ペリーは自分もよく理解しているこのナンセンスをなぜ報告書の中に書くのか?それはイメージや印象だけを植えつけたいからだ、という他はない。事実に基づかないイメージや印象のことをデマという。つまりペリーはここで自縄自縛にならないようにデマを書いていることになる。
註12  A.Q.カーンの核物質及び核技術の「闇市場」:パキスタン原爆の父と呼ばれる、アブディル・カディール・カーンが、70年代以降、核物質や核技術の「闇市場」を形成し、それの中心人物だったとされる事件。

 2000年代に入ってIAEAがその事実をつかんで問題とし、04年カーンはテレビを通じてその事実を認め、パキスタン国民に謝罪した。その後、カーンはパキスタン政府に自宅軟禁状態に置かれ外部との接触を断たれた。09年カーンは恩赦で自宅軟禁状態を解かれた。しかし「闇市場」の実態については未だに口を閉ざしている。だから「闇市場」の実態については未だに公表されていない。

 私はパキスタンの核兵器開発にカーンを通じてアメリカとフランスが深く関わっているのではないか、と疑っている。だからカーンに何も喋らせないのではないかと考えている。秘密指定解除されたキッシンジャーのメモとイスラエルの核技術者の内部告発で、イスラエルの核兵器開発にフランスとアメリカが深く関わっていたことは今日明らかになっているが、パキスタンもそのケースではないかと思う。もし私の想像が当たっていたなら、ここのペリーの言い方は随分白々しい言い方になる。もしそうなら、カーンの「闇市場」にアメリカが関与していないはずがないからだ。
註13  「イランもそれに続く足音を響かせている。そしてその他の国々も。特に中東地域ではイランをモデルにして核兵器開発を開始している。」:今更イランは核兵器を開発しているとはペリーも云いにくい。だからこうした文学的表現になったものだろう。イランをモデルにして核兵器開発をしている中東の国々、とは具体的にどこを指すのか全くわからない。イスラエルは、シリアが核兵器開発をしているとして、「核施設」を空爆したが、これは全くのデマに基づく誤爆だったことが明らかになっている。

 折角のペリーの努力だが、私にとっては、デマに基づく情報でシリアの主権を平気で犯して(イスラエルは自衛行為だと主張した)他国領土を空爆したり、ガザ地区の市民を壁で囲んでおいて無差別爆撃を加える(これもイスラエルはテロとの戦いだと主張した。)、中東唯一の核兵器保有国イスラエルの存在の方がよほど怖い。アメリカに対する脅威ではないかも知れないが、間違いなく地球市民に対する脅威である。
註14  「転換点」:ここも原文は“tipping point”。


国際的な協力関係が必要

 核抑止軍事力を維持するという計画は主としてわれわれの国内問題である。ところが拡散を防止し、核兵器や核分裂物質から防護するという計画は主として国際問題だ。実際のところ、相当な国際的協力なしには、核拡散の脅威を削減するというゴールが達成できないのは明らかだ。たとえば、イランや北朝鮮に対する経済的圧力をグローバルに効力を持たせることなどがそうだ。しかし、他の諸国の協力は、ますますいかにわれわれがこれら諸国に、アメリカとロシアが自らの核兵器保有力を際だって削減する方向へ向かって真剣に動いているかを認識させることに大きく依存するようになっているし、継続してかなりの削減を続けることを認識させることにも依存するようになっている。このことは、新たな核計画やロシアとの修辞法、あるいはアメリカの戦術核兵器(たとえば核バンカーバスターなど)として使われる核兵器やあるいは公式の軍備管理条約で縮少した核兵器の役割についての議論に関する問題を提起することになる。われわれは、このようなアメリカの核軍事力を、必要な抑止力利益をもって、態勢を整えねばならない。(註15)しかしまた同時に防止や拡散を食い止めるにあたって必要な国際的な協力を促進する態勢も整えねばならない。

 複数の目標や政策が絡んだ複雑な戦略においては、相互補完的効果をあげるような「バランス」をとることにこそ努力を費やすべきである。しかし時として(これら複数の目標や政策が)お互いに取引勘定(trade-off)であったり、これらが互いに正面からぶつかったりするものだ。それぞれ異なる国家安全保障上の要求を達成するための異なる政策がお互いに葛藤するということはありうることだ。(註16)実際のところ、われわれ委員会の意見の不一致は、ある委員がある安全保障上の問題で、ある点に優先順位を高くつけるのに対して別な委員が別な問題に優先順位を高くする、という形で発生している。しかしわれわれの委員会全体を通して云えば、委員全員が、こうした安全保障上の必要性を合理的なレベルでバランスをとろうと追求した。大きく云えばわれわれは、目標に対応することが出来たのである。

註15  ここの表現は随分回りくどい言い方をしているが、要するに、アメリカの戦略目標を達成するには国際的協力が不可欠だ、しかし諸国から国際的協力を引き出すには、アメリカがロシアと核兵器削減に努力している姿を見せなければ説得力を持たない、しかしそうして削減してしまえば、アメリカの核抑止力は減少する、減少する削減力に見合った態勢を構えておかねばならない、というのが大筋の意味だ。
註16  ここも随分回りくどい。が一例をあげれば、09年1月のアメリカによるNPTの追加議定書批准発効のケースだろう。アメリカはNPTの認める5つの核兵器保有国の中で唯一、予告なしの査察を受け入れる追加議定書を批准してこなかった。

 08年オバマが大統領に選出されると、アメリカ議会は大急ぎで、この追加議定書を批准したのである。それは、すべての核を実質上、アメリカが主導する国際機関の元で一元管理におく(包括的核不拡散体制)という戦略目標のためには、追加議定書未批准はまずい。アメリカの説得力が失われるからだ。しかしかといって、予告なしのIAEA査察を受け入れるのもまずい。アメリカの国家安全保障上の秘密がIAEAに握られるからだ。たとえば、アメリカが兵器級核分裂物質をどの程度持っているかはまだ秘密のままである。このケースなどは複数の国家安全保障上の戦略目標が正面から葛藤した例であろう。

 アメリカの追加議定書は08年議会批准を終えた後、12月30日に署名され、09年1月6日オバマ政権発足直前に発効した。NPT追加議定書締結国となったのである。しかし先ほどの政策的葛藤はどう解決したか?NPTに譲歩させたのである。アメリカの追加議定書は、「国家安全保障除外」(National Security Exclusion)と「管理されたアクセス」(managed access)の適用についての米国の権利が明文化されており、他の核兵器国の追加議定書には見られない特徴がある。

 すなわちアメリカが「国家安全保障上の問題がある」といえばIAEAの査察を拒否できるのだ。すなわち特権の上に成立する「追加議定書締結」という形で解決したのである。このいきさつは核不拡散科学技術センターの『核不拡散ニュース No.0116』<http://www.jaea.go.jp/04/np/nnp_news/0116.html>に詳しい。ただ『核不拡散ニュース』はオバマ政権の本当の狙いがもう一つ読めていないようだ。


『主導する、しかし防護する』(lead but hedge)

 そのようなバランスをとる必要性が出てきたのは少なくとも冷戦の終了後である。クリントン政権(1993年1月20日―2001年1月20日)の核態勢といえば、「主導する、しかし防護する」(“lead but hedge”)の必要性を語ったことだった。(この政権の下でペリーは1994年―97年国防長官だった。)その政策は、核軍事力削減と核兵器の拡散を防止する計画において、アメリカに世界を主導することを要求した。その一方で、全く同時に、地政学上の敵対勢力の伸張に対して防護を目的とした核抑止軍事力を維持することも要求した。

 この政策における主導性の側面は、超党派「ナン―ルーガー計画」(註17)の下で、ロシアとの協力関係が確立され、もっとも遺憾なく発揮された。この計画では4000発以上の核兵器が廃棄され、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンの3カ国を支援してその保有核兵器をすべて除去したのである。アメリカの主導性はまた、包括的核実験禁止条約(CTBT)(註18)にアメリカが署名することやロシアとの新しい軍事管理交渉でも発揮された。しかしいずれもアメリカ上院が批准しなかった。

 ブッシュ政権は当初全体的には、異なる見地から戦略優先順位をつけていた。しかし昨年ゲイツ長官(註19)は、「主導する、しかし防護する」政策に基づくアメリカの核態勢を明確に再確認したのである。

 オバマ大統領は、核兵器をグローバルに廃絶するという目標に向かってアメリカは取り組むべきだと声明した。しかし大統領はまた、その目標に達するまで、アメリカは安全で安定しかつ信頼性のある核抑止力を維持するべく専心するとも述べている。これはある意味で、「主導する、しかし防護する」政策のもっとも新しい公式といえよう。われわれ委員会のメンバー全員は、グローバルな核廃絶という目標に達するには、地政学上の根本的変化が必要だと信ずるものである。けだし、もし核兵器廃絶の理想が「山の頂上」だとするなら、今現在その頂上は見えていないのは明白である。しかし私は(註20)、われわれが今居るところより安全な、山の「ベース・キャンプ」へ向かって前進すべきだと信じている。

 また私は、同時に、もしアメリカが核兵器の究極的な廃絶に向けて取り組んでいる姿を見せるならば、この「ベース・キャンプ」に前進するに際して必要な国際的支持は大きく獲得できるとも信じている。(註21)

 その「ベース・キャンプ」に置いては、われわれは安全で安定した核軍事力を保有するだろうし、またはっきり目に見える形で抑止力及び拡張抑止力(註22)の必要性に、信頼性をもって応えることができるだろう。また、核兵器廃絶へ向けて前進するだろう。また、われわれの核軍事力は不動のものとなるだろう。これを要するに一言で云えば、地政学上の状況が通常の変動を例え見せたとしても(註23)、われわれの核軍事力は持続可能なものとすべきだということだ。

註17  「ナン―ルーガー計画」:1992年アメリカ議会で「共同脅威削減計画」(The Cooperative Threat Reduction <CTR> Program )が承認された。この計画は民主党の重鎮上院議員で上院軍事委員会の“ドン”たるサムエル(サム)・ナン(Sam Nunn)と上院共和党の最長老議員リチャード・ルーガー(Richard Lugar)の共同提案議案だったので「ナン・ルーガー計画」と呼ばれる。

 当時ソ連が崩壊、旧ソ連が保有していた核兵器、兵器級核分裂物質、ミサイルやミサイルサイロなどが、ロシアを別にしても、ウクライナ、グルジア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、ウズベキスタン、カザフタンといった新たに独立した諸国に分散放置された。このため、一時的ではあるが、ウクライナは世界第三位の核兵器保有国になった。核兵器の拡散といって、これほどの「拡散」もない。またこうした新たに独立した諸国にもこんな危険なシロモノを管理する能力もないし、大体長い間旧ソ連の核実験場だったカザフスタンやその隣国のアベルバイジャン、ウズベキスタンといった国々は、こうした核兵器や兵器級核分裂物質など持ちたくもなかった。といって旧ソ連を国家法人として継承したロシアにもこうした危険な兵器を管理する能力も財政力もなかった。

 「ナン・ルーガー計画」はロシアと共同して散らばった核兵器などを処理・管理しようという計画だった。この計画で、処理または廃棄された「核兵器関連機器や物質」は以下の通りである。

6312発の核弾頭/5371基のICBM/459カ所のICBMミサイルサイロ/11台の移動型ICBM発射台/128機の核兵器搭載型爆撃機/708基の空対地核ミサイル/408基の潜水艦ミサイル発射装置/496基の潜水艦用発射ミサイル/27隻の核兵器搭載潜水艦/194箇所の核実験トンネル
安全確保された260トンの核分裂物質。(たとえば、核弾頭を処理しても危険な兵器級核分裂物質が残存する。ウラン濃縮度でいえば90%以上である。これを平和利用目的の核分裂物質、たとえば原子力発電用のウランは濃縮度3−5%である、に処理する事などは安全確保された核分裂物質といえるだろう。上げるのは大変だが下げるのは比較的容易である。
安全確保された60箇所の核弾頭貯蔵庫/208トンの高濃縮ウランから低濃縮ウランへの転換(高濃縮ウランは濃縮度20%以上。原子力潜水艦の燃料や研究実験用に使われる。20%未満を低濃縮ウランと呼んでいる。)
( 以上の記述は英語wiki「Nunn-Lugar Cooperative Threat Reduction 」
<http://en.wikipedia.org/wiki/Nunn-Lugar_Cooperative_Threat_Reduction>などによった。)


註18  包括的核実験禁止条約(CTBT):Comprehensive Nuclear-Test-Ban Treaty。包括的核実験禁止条約の発効要件は、1996年6月時点で、ジュネーヴ軍縮会議の構成国であり、かつ国際原子力機関の『世界の動力用原子炉』および『世界の研究用原子炉』に掲載されている44ヶ国すべての批准が必要である<第14条>。 現在、44カ国中批准していない国は、アメリカ、中国、インドネシア、エジプト、イラン、イスラエル、インド、パキスタン、コロンビア、北朝鮮の10カ国。(<http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/ctbt/>)特にインド、パキスタン、北朝鮮は批准どころか署名もしていない。だからアメリカ議会が、これを批准したところで、即座に発効するわけではない。

 さらにこの条約では、臨界前核実験的研究やコンピュータ上の爆発シミュレーションは禁止していない。「地下核実験禁止条約」という人もいるが、それが実態に近い。
註19  ゲイツ長官:現オバマ政権の国防長官、ロバート・ゲイツ(Robert Michael Gates)のこと。2006年12月、ブッシュ政権の時にそれまでのロナルド・ラムズフェルドに替わって第22代国防長官に就任。2009年1月オバマ政権が発足したとき、そのまま国防長官に任命された。 当初、イラク撤退に道筋をつければ、次の国防長官に替わるだろうと云われた。まだ国防長官で居ると云うことはイラク撤退に道筋がついていないのか、それとも替わりの適任者が居ないのか。(<http://en.wikipedia.org/wiki/Robert_Gates>)ここのペリーの書き方からすると、ラムズフェルドを交代させたのは、ペリーやキッシンジャーなどもっと上部の支配層だったという感じがしてくる。
註20  私は:それまでの「私たちは」(we)という言い方から、ここで「私は」(I)という言い方に変化している。「究極の核兵器廃絶」について委員会のメンバー間に意見の不一致があったことを窺わせる。しかしそれは、実は大して大きな違いではない。今見えている将来においてどちらも核廃絶を望んではいないのだから。
註21  国際的支持が得られる:「核兵器廃絶」はどう考えても見せかけのポーズだろう。そのことが露見したら果たして国際的支持が得られるかどうか?しかし日本では盲目的にオバマを支持しようという世論操作がある。それがとても気になる。たとえば、朝日新聞の外交問題評議会ベッタリの論調、我が広島の市長秋葉忠利クンの「オバマジョリティ」、中国新聞の一連のキャンペーンなど。
註22  拡張抑止力:extended deterrence。この報告書の中でしばしば登場する用語。具体的な内容がまだつかめない。
註23  「地政学上の状況が通常の変動」:ここはロシアと中国を念頭に置いている。この報告書の中でしばしばロシアの政策の変化について言及しているし、中国については経済と政治についてはっきり立て分けて考えている。経済的には密接不可分の関係としながらも、政治的関係は時に敵対意識丸出しの部分がある。最近オバマ政権が台湾に対して武器売却を決めたが、こうした見方からするとさほど驚くにあたらないのかも知れない。


第一の径(みち)と第二の径(みち)

 この「ベース・キャンプ」コンセプトは、アメリカの戦略態勢に関する私自身の考え方を原理原則として秩序立てるに際して大いに役立つ。というのは、このコンセプトはアメリカに「主導する、そして防護する」(lead and hedge)ことを許容するからだ。

 グローバルな(核兵器)廃絶の実現可能性、いやそもそもそのことが望ましいかどうかについてすら、委員会メンバーの中には受け入れない人もいる。しかし、「主導する」と「防護する」の両方に向けて動く計画については委員全員が支持した。「主導する」と「防護する」は2つの平行な(交わることのない?)(paths)だが、ひとつはわれわれの核抑止力を維持することによって、核の危険を削減する径である。もうひとつは、軍備管理や核拡散防止の国際的計画を通して核の危険を削減する径である。(註24)

 第一の径―核抑止力を使って核の危険を削減する―はわれわれの宣言的政策(declaratory policy)を明確にすること含んでいる。その宣言的政策では、アメリカの核軍事力はアメリカあるいはその同盟国に対する攻撃を抑止することを意図しており(註25)、防衛的最終手段としてのみ使われ得ることをはっきりと述べる。(註26)この政策は、アメリカの核軍事力が安全で安定しかつ信頼性(註27)に富むことを確証する計画、及び核抑止の任務を達成する十分な数量(の核兵器)によって裏付けされる。この報告書では、必要とされる限り、保有する核兵器が有効であるように維持する必要な段階を一つ一つ記述している。なかんずく、核兵器研究所における技術的計画の頼もしい支援が提供されている。すなわち、コンピュータ技術やシミュレーションによって限界のフロンティアを押し広げており、研究所における実験能力を強化していることが挙げられる。(註28)

 核兵器研究所は「貯蔵管理計画」(註29)や「寿命延長計画」(註30)などで素晴らしい成果をあげてきた。しかしこれから更に事態はむつかしくなろう。核兵器がどんどん経年劣化するからだ。

 それに加えて、これまでは成功してきたが、これからは人材や資金の削減という危険にさらされることになる。われわれは、核兵器研究所の技術スタッフはユニークな国家的資産だと信じている。こうした研究所に基礎研究やエネルギー技術や知的支援を含めた、もっと拡張した国家安全保障上の役割を与えることが認識されるべきだと信じている。研究所の拡張した役割を可能とする方法を勧告する。こうした核兵器複合施設の知的インフラに対応すること以外に、経年劣化した物理的インフラをいかに持続可能なものとするかについても勧告するつもりだ。

 第二の径―軍備管理と核拡散防止によって核の危険を削減する―はロシアとアメリカの間でのかなりの削減を実現する軍縮交渉を含む。今年(09年)の末に期限切れとなる「戦略核兵器削減条約」(START)に替わるべき後継条約交渉が手始めとなろう。(註31)

 われわれは、更に深化した削減を必然的に伴うこの後継条約は、「戦術核兵器」、「準備保存核兵器」やその他の核兵器(註32)などの課題を含むため、極めてむつかしい問題に対応する道の模索を要求するであろうことを指摘しておきたい。われわれはまた、核兵器条約以外に幅広い戦略的対話をロシアと行うことも勧告する。この中には、民間利用の核エネルギー問題(註33)、弾道ミサイル防衛問題、宇宙空間システム、警戒システム改善方法、「決断時間」増大問題(註34)などを含んでいる。

 核問題分野でロシアとの対話が最も重要であることは論をまたないが、われわれはまた、戦略的安定に利害関係をもつ幅広い一連の諸国との戦略的対話を新たにすることを勧告する。ロシアやNATO同盟国ばかりでなく、中国及びアジアにおけるアメリカの同盟国並びに友好国を含んでいる。イランによる核拡散防止(註35)や北朝鮮による拡散を逆転させるための外交的努力に対しては新たなエネルギーを注がねばならない。委員会は、民間用原子力のグローバルな拡大が予想される中で、その他の潜在的な核拡散に対応する「グローバルな協力体制」についても勧告する。(註36)われわれ委員は、国際的な「核分裂物質カットオフ条約」を追求することに合意している。そして2010年NPT再検討会議に向けて注意深く準備することにも合意している。(註37)

 しかしながら、われわれは、CTBTの批准については合意に達することが出来なかった。私の個人的見解ではCTBTの批准はアメリカの国家安全保障を相当程度強化するし、核拡散問題においてアメリカを指導的立場に据えることになると考えている。しかしながら委員会の見解はこの問題に関しては割れた。委員のある部分は、(CTBTの)批准は、国家安全を危険に曝しうると信じている。この報告書の中では、この対立する2つの見解の背景にあるそれぞれの理由を述べている。一方で批准の再検討についていくつかの勧告をしている。


核不拡散体制の崩壊を望まない

 委員会の委員は、この世界がどの方向に向かっていくのが望ましいかわかっている。われわれは、これから10年あるいは20年の間、核不拡散体制の崩壊や新たな国々へ向けての核拡散、それに関与する核テロリズムの危険性の劇的な台頭、主要な核兵器大国間で行われる新たな核競争などが発生することを拒否する。現実的な専門家として、われわれは異なる見解を受け容れる。われわれは、ほんの偶発的な不拡散の失敗が、拡散に対する巻き返しや数多くの継続した規制努力を台無しにしてしまう世界がわかっている。核テロリズムの危険性は、彼らが核物質や核技術や核専門性に届かないよう管理するより強力な協力的手段を通して、着実に減じていく、そうした世界がわかっている。(註38)われわれは、戦略的安定と秩序を保証する主要国間の協力体制による世界、そして世界平和を保持する核兵器に対する依存を着実に減じそしてやがて消え去る世界がわかっている。

 ここで勧告する戦略の実施が、この世界をあるべき姿に戻していくグローバルな取り組みにおいて、アメリカをリーダーとするのに大いに役立つものと信ずる。

註24  「核抑止力整備・維持」と「核軍備管理」「国際的な核不拡散努力」がそれぞれ異なる2つの径といっている。これを同時に進めて行くには、NPT追加議定書批准の時にやったように、アメリカを特権的地位に置くしかない。言い替えればアメリカの二重、三重基準を世界に認めさせる以外にはない。今のアメリカにそれが出来るかどうかは、結局「オバマ・ブランド」をいかに上手に使うかにかかっている。
註25  第一の径は対テロリズムには全く無力だ。テロリズムに「抑止力」は効かない。「問うに落ちず、語るに落ちる。」結局、ペリーの念頭にテロリズムはない。テロリズムは「包括的核不拡散政策」を実施するための口実にすぎない。私は最近「9/11」を含め、「対テロ戦争」は壮大なフィクションではないかと疑い始めている。
註26  ここは核兵器を使用する場合がありうることを言明した言葉として記憶しておかねばならない。
註27  「安全で安定しかつ信頼性に富んだ」は“safe, secure and reliable”が元の言葉で、この報告書全体でよく使われる決まり文句になっている。
註28  「すなわち、コンピュータ技術やシミュレーションによって限界のフロンティアを押し広げており、研究所における実験能力を強化していることが挙げられる。」アメリカは1990年代の半ば頃から物理的な核実験によらない実験、すなわち臨界前核実験やコンピュータ・シュミレーションを開発してきた。
註29・註30  「貯蔵管理計画」は「the Stockpile Stewardship Program−SSP」、「寿命延長計画」は「Life Extension Program-LEP」。1996年、クリントン政権が包括的核実験禁止条約に署名した直後から開始されたプログラム。「核実験」を行わずに、保有核兵器の信頼性を維持していこうという計画。アメリカは1992年以来、新たな核兵器の実戦配備を行っていない。しかももっとも古い核兵器は17年以上も経っていることから、保有核兵器の信頼性が疑われることになった。そこでこの計画で、点検し、実験してもしその信頼性に疑問があれば、オーバーホールするなり廃棄処分にするなりの作業が開始された。ほとんどの作業は、エネルギー省傘下の、研究所や施設で行われた。ロス・アラモス国立研究所、サンディア国立研究所、ローレンス・リバモア国立研究所、ネバダ核実験場、エネルギー省直下の核兵器製造工場などである。ブッシュ政権になってこの計画は「信頼できる核弾頭代替計画」( Reliable Replacement Warhead-RRW)に引き継がれ、拡張された。2009年オバマ政権はこの計画を中止している。SSPは毎年40億ドルを投じられたといわれる。この1月末に「オバマ、大幅な核兵器財源増額を追求」というニュースが報じられたが(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/obama_20.htm>)これは、明らかに、ブッシュ政権のRRWに代替する政策だろう。またこの報告書の勧告の方向ともよく一致する。
註31  STARTに替わる交渉は10年1月末現在結論に至っていない。その難しさはここの記述に書いてある通りなのだろう。
註32  その他の核兵器とはなんだろう。戦略核兵器でも戦術核兵器でもないということか、それとも核機雷とか核魚雷とかバンカー・バスターなどをさしているのだろうか?
註33  「民間利用の核エネルギー問題」とは興味深い記述である。オバマ政権の「核不拡散政策」とは、一言で云えば、「核兵器のみならず、平和利用の核製造技術、核管理運営能力、核物質をアメリカの主導の下に国際一元管理に置く。」というものだった。これから見込まれる莫大な原子力発電市場を念頭におけば、ごく一部の「核供給国」と単に金を出してあとはすべてお任せする「核消費国」に2分する、「核独占市場」を構築していこうということになる。この体制作りにロシア、中国の協力は欠かせない。
註34  「決断時間」増大問題とは、核攻撃を行うに際して検討開始から攻撃決断までの時間のことを指す。報復攻撃の時は全く問題にならないが、先制攻撃の際、警戒情報入手から「攻撃決断」までの時間が現在数十分から数時間と余りにも短すぎる。もっと検討する時間が欲しいと云うことで数日から1週間に時間を延ばすことが検討課題になっている。あまりにもばかばかしい話だが、彼らはそれを真剣な課題として検討している。しかし先制攻撃も報復攻撃もあってはならないのだ。ついでに云えば核テロリズムには全く通用しない話だ。
註35  「イランによる核拡散防止」は「to prevent nuclear proliferation by Iran」が元の表現である。「nuclear」は「核兵器」のことではないだろう。あとでも出てくる「核物質、核技術、核専門性」のことだろう。イランが核兵器を持っていないし、これからも持つ意志はないことは明白だ。にも関わらずイランの「核関連技術取得」は拡散と見なさなければならない、ということだ。これはイスラエルと対立する中東情勢も大きく絡んでいる。これに関連してノーム・チョムスキーは面白いことをいっている。

 ここで問題なのはイランが相当な資源を有する世界主要エネルギー体系の一部であるというだけではなくて、米国を無視したということなのです。米国は、ご存じのとおり、イランの議会政治を転覆させ、残酷な専制君主を擁立し、その原子力開発を手助けしました。いま脅威だと考えられているのとまさに同じ開発計画が、実際、1970年代に、米国政府によって、つまりチェイニー、ウォルフォヴィッツ、キッシンジャー、その他によって資金提供されてきたのです。』
<http://www1.gifu-u.ac.jp/~terasima/Chomsky
Interview20070216public071127.pdf>


<『テヘラン・タイムズ』紙によるインタビュー 2009年4月15日『テヘラン・タイムズ』紙>


 質問:  チョムスキー教授はこれまで数回にわたって述べられていますね。非同盟諸国NAMを含めて、世界中のほとんどの国が、イランが民間による原子力計画を開発することに支持表明しているが、米国の中には依然としてタカ派的意見を表明する人たちがいると。なぜでしょうか。

<註:非同盟運動(:冷戦期に東西いずれの陣営にも与しなかった立場、2007年段階で118ヶ国が参加―これは訳者の岐阜大学・寺島隆吉の註である。)>


答え:  非同盟諸国だけでなく米国人の大多数も、イランが原子力開発をする権利があると考えています。しかし米国内ではほとんど誰もこのことに気づいていません。世論調査を受けた人たちを含めてすべてです。おそらくこんな考えをもっているのは自分だけだろうと、みな考えているのです。これは一度も公表されたことがないのです。メディアで絶えず流れているのは、「イランはウラン濃縮を止めろと<国際社会>が要求している」ということばかりです。<国際社会>という用語がワシントンを指すことばとして慣習的に使われていることは、ほとんどどこにも暴露されていませんし、それに同調する人も誰もいないでしょう。この問題に関してだけでなく、一般論に関してもです。

質問:  米政府は明らかに二枚舌外交を実行しています。イスラエルによる核兵器所有権を支持しておきながら、イランには民間による原子力開発計画を停止するよう執拗に圧力をかけています。これについての見解をお聞かせください。IAEA国際原子力機関がイスラエルの核兵器計画を査察する権限はあるでしょうか?

答え:  基本的な点はヘンリー・キッシンジャーが率直に説明しています。彼は“ワシントンポスト”紙に質問されました。「1970年代には、イランには原子力が必要だ、だから米国は国王シャーに原子力開発手段を提供しなければならない、あなたはそう激しく主張していたにもかかわらず、なぜ今、イランには原子力が必要ない、だから爆弾を作り続けているに違いないと、主張するのですか」と。

 彼の答はまさにキッシンジャーぶり発揮したものです。「“かつては同盟国だった”、だから原子力が必要だったのだ。今は同盟国ではない。だから原子力は必要ない。イスラエルは同盟国だ。もっと正確に言えば米国の従属国だ。だから主人である米国から好きなようにする権利を継承するのだ。」

 IAEAには権限がありますが、米国はその権限を行使させないでしょう。米新政権も何ら変化の兆しすらありません。』

註36・註37  「民間用原子力のグローバルな拡大が予想される中で、その他の潜在的な核拡散に対応する『グローバルな協力体制』についても勧告する。」私はここの部分が、現在アメリカの支配層が企図しているポイントなのだと考えている。

 アメリカの支配層は、「民間用原子力」、もっといえば原子力発電産業を21世紀の基幹産業の一つにしようとしている。そのためには、核兵器のみならず「民間原子力用」の核分裂物質・核技術・核に関する専門性や経験を国際的一元管理の下において、アメリカの主導する「包括的核不拡散体制」を構築しようと考えている。しかしこの目的のためには現在のNPT体制のうち、「原子力エネルギーの利用はNPT参加各国の奪い得ない権利」とするNPTの3本柱のひとつが大きな障害になる。これが2010年NPT再検討会議におけるアメリカの重要命題になる。恐らくは核テロリズムに対する脅威・危険性を口実に、参加各国が「核分裂物質・核技術・核に関する専門性や経験」を独自に有することをやめさせようとするだろう。そして途上国、新興国と激しい対立を演じるだろう。

 「ノーベル平和賞受賞者」オバマの役割は、こうした対立の調停役として登場して、アメリカ主導の「新NPT」体制を構築することだろうが、果たしてうまくいくかどうか。オバマ菓子のシュガー・コーティングも大分剥がれてきた・・・。


註38 註36・37で述べた私の推測を裏付ける言葉で、ペリーはこの「緒言」を締めくくっている。