(原文:http://www.doug-long.com/stimson2.htm )
(スティムソン日記の註)

1945年5月8日
バーンズと最初の会談



ハリソンはジョージ・ハリソンでニューヨーク生命保険会社の社長。この時はスティムソンの顧問で陸軍省における片腕。バンディはハーベイ・バンディでスティムソンの補佐官。「S-1」はマンハッタン計画、または原爆のこと。「S-1」はマンハッタン計画の暗号名、または原爆のこと。

 「3時半頃、バーンズ判事が来た。(ジェームズ・バーンズは連邦最高裁判所判事だったことがあり、スティムソンはこう呼んだのだと思う。)私はそして2時間ほど、最初は2人だけで彼と話をした。それからグローブズ将軍、(ハーベイ・)バンディ、(ジョージ・)ハリソンを連れてきた。私は最初に、バーンズにS-1のことを説明した。(バーンズもこの時すでに原爆計画のことは知っていた。)それから、われわれは全員で提案されている暫定委員会の機能について議論した。この会談を通じて、バーンズが委員会のメンバーでいることがどれほど大きな助けになっているかを示す証拠が明らかになっていった。」