(2011.10.18)
訂正2011.11.25
No.031

「母乳から放射性物質検出」報道に見る
中国新聞の姿勢

厚労省、神谷研二、地元中国新聞の犯罪



 
<お詫びと訂正>
  2011年11月22日付けで、本記事に関し市民グループ「繋がろう広島」から抗議と訂正の申し入れを受けた。内容を検討した結果、私の誤りが存在しかつ「繋がろう広島」があらぬ誤解を受けそうな箇所もあり、ここにお詫びして訂正する。また本文記事に直接訂正しては、もとの記述がわからなくなるので、訂正は参照しやすいように本文を残して対照できるようにした。なお詳細な抗議を寄せていただき、私の誤りを指摘していただいた同グループに心から感謝する。

 訂正箇所は以下の通り。

 1.全体的にこの記事は厚生労働省、広島大学医学部原爆放射線医科学研究所、中国新聞に批判的に書かれているが、批判的なのは私(哲野イサク)であって、「繋がろう広島」ではない。「繋がろう広島」は、厚労省、広大原医研、中国新聞(及び引用該当記事)そのものには全く批判的ではない。「繋がろう広島」がこれらに批判的であると取れる箇所があれば、それは同団体の真意では全くない。

 2.「広大原医研を信頼しない市民グループ」の見出し記事部分

 『  次に湧く疑問は、「繋がろう広島」という市民団体は何故、放射線の専門家である広島大学医学部放射線医科学研究所(以下広大放医研)にではなく、広島大学工学部の静間という教授に「母乳検査」を依頼したのであろうかという点である。
 この問いに答えることもさして難しくはない。簡単に言えば、「繋がろう広島」が放射線問題の権威中の権威、広大放医研を信頼していなかったからだ。』 

 とあり、これは私の推測だったが、この推測は全くの誤りであり、同グループが静間教授に検査を依頼したのは、全く偶然の人的つながりからであり、広島大学原爆放射線医科学研究所を信頼していなかったからではない。この点私の推測は誤りであり、ここの箇所を全文削除した上、この記事をお読みになった人及び同グループにお詫びする。従ってこの箇所の「広大原医研を信頼しない市民グループ」の見出しも削除する。

 3.「無批判に読者に取り次ぐ中国新聞」の見出し記事部分

 『  原医研の神谷研二は代表的なICRP系の学者である。現在の状況下では、それとは違った見解を新聞が読者に提供するのはむしろ当然だといえよう。にも関わらず赤江・中国新聞は、いわばコテコテのICRP学者である神谷の見解しか掲載していない。
  最初から広大・原医研や神谷に信頼を置いていない「繋がろう広島」が神谷のコメント、「健康に影響はない程度。心配だろうが母乳を与えても問題ない」に納得するはずもない。』

 とある箇所で、前段3行は全く私の見解であり、「繋がろう広島」の見解ではない。また後段で、『最初から広大・原医研や神谷に信頼を置いていない「繋がろう広島」が神谷のコメント、「健康に影響はない程度。心配だろうが母乳を与えても問題ない」に納得するはずもない。』とあるが、1で述べたとおり、同グループが広大原爆放射線医科学研究所や神谷教授を信頼していなかった事実は全くなく、「・・・に納得するはずもない。」の記述は私の推測に基づく誤りである。ここにお詫びしてこの3行を削除する。

 なおこの見出し箇所記事全体について、同グループは次のようなコメントを寄せている。
 
 『  中国新聞 赤江記者の取材経緯については、 私どもとしましては、赤江記者は事前に十分なご調査をなされた上で記事を書かれていると考えておりますし、 神谷教授のコメントを掲載したことについても、 特別な意図があった上で恣意的に掲載したとは私どもは認識しておりません。』

 このコメントに示される見解は、私の認識と全く異なるものであることを明記しておく。

 4.また私が、「繋がろう広島」と個人的なつがりがあり、その個人的つながりから得た情報も合わせてにこの記事を作成したかのような印象を与えるとすれば、それは私の表現不足、力不足のせいである。事実は、私は「繋がろう広島」に一度も取材して記事を書いていない。第一、私の記事作成方針は、公開情報を元にして記事を書くところにある。誰でも知ることのできる情報を元に記事を書くのが私のスタイルである。私が個人的に取材して記事を書く場合でも、その取材情報をいったん公開情報にした上で(誰にでも知りうる形にした上で)、その範囲内で記事を作成する。従って「繋がろう広島」と個人的なつながりから得た情報をもとに記事を作成することはありえない。

 5.また同グループからは、神谷研二氏、中国新聞赤江裕紀氏について本文記事中敬称をつけていないなど、全体として強いトーン、強い言葉遣いについても批判をいただいた。敬称については、アメリカ大統領バラク・オバマ、京都大学助教小出裕章、元広島市長平岡敬、昭和天皇裕仁など敬称を一切つけないのが私のスタイルであることを説明した。また時によって出てくる私の強い言葉遣いも一種のスタイルであることを説明し、了解を求めた。

6.最後に本記事は、「繋がろう広島」の見解に関して私の推測が、事実に基づかない全くの誤りであり、従って同グループに関して誤った印象を読む人に与えた点を心からお詫びする。



 中国新聞の記事

 2011年10月12日付の中国新聞に「放射性物質 広島在住者の母乳検出」という記事が掲載された。さほど長くない記事なので全文引用しておこう。(インターネット版もあるのだが、本紙掲載記事とは違って簡略化されている。<http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201110120021.html>)

 
(クリックすると大きな画像でご覧いただけます)

 この記事はサブに『広島大 「授乳に問題なし」』の見出しを掲げ、次のようなリード文で始まっている。(以下リード)

 『  内部被曝防止に取り組む市民団体「繋がろう広島」は11日、広島県内在住の母親2人の母乳から微量の放射性物質が検出されたと発表した。東日本大震災後に東京から避難した一人と以前から県内に住む一人。測定に協力した広島大は「授乳には問題ない値」としている。(赤江裕紀)』

 リードを読むと、測定に広島大学が協力し、そしてその「授乳には問題ない値」と評価したように読める。しかし事実関係は相当異なる。それは本文を丁寧に読んでいくと明らかになる。

 以下が本文である。

 『  検査は10月上旬、震災後に関東地方から広島県内に避難してきた4人と、震災前から同県内に住む2人の計6人を対象に実施。それぞれ100ccの母乳を採り、同大学大学院工学研究院の静間清教授が検出器で調べた。

 その結果、いずれも30代の2人から微量の放射性セシウムを検出した。厚生労働省は、牛乳・乳製品の放射性セシウムの暫定規制値(1kgあたり200ベクレル)を母乳の指標とする。同団体は2人の意向で具体的数値を明らかにしていないが、厚労省の指標は大幅に下回っているという。
 
 静間教授は「以前から県内に住む一人は食材からの摂取の可能性がある」と見て継続検査する。同大原爆放射線医科学研究所の神谷研二所長は「健康に影響はない程度。心配だろうが母乳を与えても問題ない」と話す。
 
  同団体の三田拓代表は「行政には母乳や尿の検査態勢を整え食品の放射線量の測定場所を設けるように求めていく」としている。

  母乳中の放射性物質については厚労省の4月の調査で、福島県の一人から放射性ヨウ素1kgあたり3.5ベクレル、放射性セシウム同2.4ベクレルを検出。茨城、千葉県の計6人から放射性セシウムを同8.0~2.2ベクレル検出した。』


 広大原医研を信頼しない市民グループ

 少し注意深く日本の放射能汚染問題に注意を払っている人ならば、誰でも疑問に思うことは、母乳検査は広島大学の呼びかけで行われたのだろうか、それとも「繋がろう広島」(つながろうひろしま、と読む)の希望で行われたものだろうか、と言う点である。

 この記事では必ずしも明確ではないが、私は自分の情報でこれが広島大学の呼びかけで行われたものではないことを知っている。「フクシマ放射能危機」に、幼い子どもたちの将来に不安を抱く広島の若いお母さん方の希望でこの検査が行われたものであることを知っている。

 次に湧く疑問は、「繋がろう広島」という市民団体は何故、放射線の専門家である広島大学医学部放射線医科学研究所(以下広大放医研)にではなく、広島大学工学部の静間という教授に「母乳検査」を依頼したのであろうかという点である。

 この問いに答えることもさして難しくはない。簡単に言えば、「繋がろう広島」が放射線問題の権威中の権威、広大放医研を信頼していなかったからだ。

 福島原発事故以来、そこから発生する放射能の脅威に対して、政府や日本の放射線専門家たちは、一貫して「ただちに健康に害はない」、「事故収束にあたる作業員は別として、一般の人たちの受ける放射線被曝は低線量であり健康に対する影響はない」と言い続けてきた。また広大放医研や長崎大学放医研は、数多くの専門家たちと共にこうした論調を主導してきた。

 「繋がろう広島」がこうした論調をもし信じ込んでいたならば、もともと母乳検査をしてみようなどとは言い出さなかったに違いない。彼らが「母乳検査」をしてみようと思い立ったのは、根底に政府・専門の放射線学者の論調に不信をもったからだ。これが広大放医研に検査を依頼せずに、別な専門家、すなわち広島大学工学部の核物理の専門家・静間清(現在の研究課題:原爆中性子線量の評価)に検査を依頼した理由だ。静間が独自に放射線影響を調査・研究し、政府や主流の専門家とは異なる見解を持っているからだ。

 つまり、「繋がろう広島」は広大原医研は信頼しなかったが、研究者・静間清は信頼したわけだ。


 ニュアンスを変える中国新聞の記事

 しかし、この中国新聞の記事では「繋がろう広島」が「原医研」は信頼しなかったが、研究者・静間清は信頼したと言う点が不明確である。いや読み方によっては、原医研も静間清も両方信頼したかのように読める記述になっている。

 それはリードで『測定に協力した広島大は「授乳には問題ない値」としている』と書いて、あたかも広島大学全体でこの検査を実施し、原医研所長の神谷研二の『健康に影響はない程度。心配だろうが母乳を与えても問題ない』という評価コメントと、検査した静間清の『以前から県内に住む一人は食材からの摂取の可能性がある』の検査コメントを並列にして並べているからだ。

 つまり中国新聞の記事は、「フクシマ放射能危機」に不安を抱く広島市内の若い母親が広島大学に検査を依頼し、広島大学がこれに協力して工学部で検査をしたが、専門家の原医研はこの検査結果について、「心配ない」という評価を下したと述べ、一件落着して検査を依頼した市民団体が安心したかのような印象を与えるストーリーに作り替えている。

 そしてその上で、母乳から出た放射線物質のリスクを、牛乳・乳製品の放射性セシウムのリスクの問題にすり替える厚生労働省の言い分を無批判に掲載し、暫定規制値(1kgあたり200ベクレル)をはるかに下回る、として安心感を植えつけようとしている。

 (母乳から放射性物質が検出されることと乳製品が放射能に汚染されていることとは全く違う意味をもつ。厚労省は母乳を乳製品と同様とみなしている。母乳から放射性物質が出ると言うことは母体が放射能汚染にさらされている、ということを意味している。)

 そして福島県で厚労省が4月に実施した母乳検査で、1人の母乳からヨウ素131が3.5ベクレル、セシウム137が2.4ベクレルを検出、また茨城、千葉県の計6人から放射性セシウムを同8.0~2.2ベクレルを検出した、ことを引用し、広島で出た母乳検査もこの程度の値であることを匂わせ、全く心配することのない値であることを印象づけている。

 ところでこの記事を読むと厚労省は福島県やその他の関東地方各県で系統的な母乳検査を行ってきたかのようにも読める。この記事を書いた赤江裕紀はこの厚労省調査をどうやって知ったかというと、これは私の推測であり、また賭けてもいいが、原医研の神谷研二から教えてもらったか、あるいは、資料をもらったかのどちらかである。恐らくは資料をもらったのではなく口頭で教えてもらったのだろうと私は思う。

 というのは、その後厚労省は5月にも母乳検査を行っているがこのデータは一切引用されていないし、また各県が独自に行っている母乳検査にも全く触れていないからだ。つまり赤江自身が自分で全国の母乳検査の事例を調べた形跡が全くないからだ。また資料を引用すれば絶対に犯す筈のない誤りを赤江という記者は犯している。


 杜撰な厚労省の母乳検査


(クリックでPDFが開きます)
 この4月の厚労省の母乳検査で、福島県をのぞく他の各県から検出された放射線物質はすべてヨウ素131であって、中国新聞の赤江の記事にあるようにセシウムではない。セシウムが検出されたのは、福島県内の1事例のみである。「母乳の放射性物質濃度等に関する調査結果」を参照のこと。)恐らくは神谷が説明する内容を赤江という記者が聞き間違えたものだと考えられる。(あるいは考えにくいが神谷が間違えたのかも知れない。)

   大体この調査結果なるものは、極秘資料でもなんでもない。厚労省のWebサイトにずっと掲載されているシロモノである。(<http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/
2r9852000001azxj.html
>。ただし調査データを全公開しているのはこの4月調査1回切りである。)

 次にこの調査自体が極めていかがわしい内容をもつ。まず調査期間は4月24日~28日である。しかも福島県(4事例)、茨城県(9事例)、千葉県(2事例)、埼玉県(1事例)、東京都(7事例)の5都県・23事例に過ぎない。

 それでは、厚労省はどうやってこの事例を選んだのであろうか。先ほどの厚労省のサイトによれば、

1. 福島県・関東地方の乳児を持つ授乳婦で、以下の条件に合致した方に産婦人科医等を通じて協力依頼。

 つまり厚労省が調査チームを構成し、系統的かつ疫学的に事例を選んだのではなく、産婦人科医の情報に頼ったのである。「以下の条件」というのは、

2. 避難指示等地域、出荷制限等が行われた飲食物の産地、水道の飲用を控えるよう依頼が行われた地域に居住または居住していた人。

3. 避難指示や摂取制限等の行動に関する指示を守っている人。

 つまり福島の避難指示地域、飲料水摂取制限のあった地域に住んでいるか住んでいた人で、国の指示通り行動した人が調査対象になっているのである。国の指示に従わなかった人は排除している。


 まちまちな検出下限値

 それでもなおかつ事例はわずか23例である。上記の条件に合致したケースはたった23事例しかなかったのか?そんなはずはあるまい。事例の少なさといい、その基準の恣意的なことといい、とてもじゃないが、こんなものは科学的疫学調査とはいえない。つまりこの結果がどうあれ、なんらか有意味な医科学的結論を出すことはできない。

 しかも、この調査は検出下限値がまちまちである。ヨウ素131について言えば福島市の事例では下限値が1.7ベクレル、千葉市の一つの事例では3.6ベクレルが下限値だ。もう一つの千葉市の事例では2.3ベクレルが検出されたとして報告されているのにである。

 東京都中野区の事例では検出下限値がなんと6.5ベクレルである。

 セシウム134の検出でも同様である。東京都では文京区事例(検出下限値:3.7ベクレル、以下同じ)、中野区事例(7.2ベクレル)、世田谷区事例(3.9ベクレル)、千葉市事例(4.6ベクレル)、茨城県那珂市事例(3.1ベクレル)、水戸市(3.0ベクレル)、日立大宮市(4.2ベクレル)、福島県相馬郡(3.2ベクレル)などでいずれも「不検出」とされている。

 セシウム137についても同様である。文京区事例(3.0ベクレル)、中野区事例(7.0ベクレル)、千葉市事例(3.4ベクレル)、那珂市事例(3.0ベクレル)、水戸市(3.0ベクレル)、日立大宮市(3.1ベクレル)でいずれも不検出とされている。

 要するにまともな調査の名に値しない恣意的なシロモノなのだ。(厚労省はこの調査結果をまともな医科学会で研究発表してみるがよかろう。参加者の医科学専門家から袋だたきにあうこと必定だ。袋だたきにあわないのは、唯一放射線学会だけであろう。)

 厚労省は、そのサイトによれば、この「調査結果」から以下のような結論を導き出している。

今回の調査で、23名(福島県4名、茨城県9名、千葉県2名、埼玉県1名、東京都7名)の母乳中の放射性物質濃度は不検出(検出下限以下)又は微量(※)の検出であった。』

 ここで「微量」といっているのは、乳製品の暫定基準値ヨウ素100ベクレル(1リットル中)、セシウム200ベクレル(1リットル中)に対してであることは言うまでもない。ついでに言っておくが、この暫定基準値は成人(20歳以上)を対象にしたもので、乳児に対する基準ではない。つまり成人の乳製品に対する基準値と乳児が摂取する母乳を比べて「微量」と結論しているのだ。

 しかも、その多くは検出限界値を上げることによって「不検出」としているのである。

(それでも23事例中7事例で放射性物質が検出された。)


 無批判に読者に取り次ぐ中国新聞

 冒頭に引用した中国新聞の記事の最後に付け加えられた「厚労省の母乳調査」なるものの実態は以上のように犯罪的なまでに杜撰なしろものである。

 赤江はこの調査に対して批判的な目を向けることもせず、また自ら調べてみようともせず、厚労省の言い分を垂れ流しにして、読者にとりついでいる。醜悪の極みと言うべきであろう。

 ところで、この記事を書いた中国新聞の赤江裕紀は、なぜ原医研の所長神谷研二の評価コメントを求めたのだろうか?

 いや、これは愚の骨頂の疑問である。神谷は放射線影響の専門家中の専門家とされているのだから、赤江が神谷のコメントを求めるのは当然のことだろう。だから上記の質問は、なぜ神谷だけのコメントを掲載したのだろうか、という質問に置き換えなければならない。言い換えれば、なぜ赤江は別な見解を持つ学者の意見を併記しようとしなかったのであろうか?

 私がこの疑問を持つのは当然である。フクシマ放射能危機以降、日本がその放射線防護基準としているICRP(国際放射線防護委員会)の妥当性について各方面から疑義が出されている。特に今年5月ICRPを正面から批判するECRR(欧州放射線防護委員会)の2010年勧告の日本語訳が発行されて以来、多くの市民がICRPのカラクリとその欺瞞性について科学的な知識をもつに至った。そればかりでなく、非ICRP系の学者からの政府批判、ICRP批判もようやく出てくるようになった。つまりICRPの学問体系全体に対して根本的な疑義が出されるようになってきているのである。

 原医研の神谷研二は代表的なICRP系の学者である。現在の状況下では、それとは違った見解を新聞が読者に提供するのはむしろ当然だといえよう。にも関わらず赤江・中国新聞は、いわばコテコテのICRP学者である神谷の見解しか掲載していない。

 最初から広大・原医研や神谷に信頼を置いていない「繋がろう広島」が神谷のコメント、『健康に影響はない程度。心配だろうが母乳を与えても問題ない』に納得するはずもない。

 第一この程度のコメントなら、なにも神谷が言わなくても、先ほどの厚労省のサイトにちゃんと明記してある。このサイトは母乳検査の結果について次のように言っている。

【評価】 
   ●  調査数や地域が限られているものの、今回の調査では、母乳から放射性物質は不検出又は微量の検出であった。
   ●  放射性物質については、必要な場合には、避難指示や飲食物の摂取制限等の対応が行われており、空気や水、食物から母乳に放射性物質が移行したとしても、乳児への健康影響はないと考えられる。
   ●  母乳には栄養面等で様々な利点があることから、授乳中の方についても、過度な心配はせず、引き続き、普段どおりの生活を行っていただいて問題ない。』

 調査が杜撰であればその結果も科学的信頼のおけるものになるはずもない。調査や結果が杜撰で、その評価だけが正しいということもまずありえない。

 逆にいえば、この評価を先に定めておいて、それに合致するデータだけを恣意的に集めたという感じもする。


 「問題ない」とする科学的根拠

 ここでの大きな疑問は、厚労省や神谷は何を根拠に放射性物質が、この場合はヨウ素131、セシウム134、セシウム137の3核種であるが、またこの核種は明らかにフクシマ放射能由来の放射性物質であり、自然界には絶対存在しない核種であるが、母乳から検出されたことに対して「問題ない」と結論するかという点である。

 おさらいになるが、彼らが「問題ない」とする根拠は、唯一この検出値(1リットル当たり数ベクレル、精々10ベクレル以下)を微量だから、というに過ぎない。この微量は、乳製品の成人に対する基準値(ヨウ素100ベクレル、セシウム200ベクレル)に比較して、という意味である。これ以上の根拠は見いだせない。

 ズブの素人の私が考えてみても、これが根拠を持つためには以下のことを証明しなければならない。(これが専門家の評価だというのだから驚く他はない。)

 「1.この成人の基準値は絶対安全値であること。」

 暫定基準値が安全値ではないことを私たちは知っている。むしろこれは危険値であることを知っている。基準値を超えると危険だ、と彼ら自身が事実上述べている。だから基準値内であっても安全ではない。

 「2.成人と乳児は放射性物質に対して同じ感受性を持っていること。」

 これも私たちは、成人と乳児が放射性物質に対して同じ感受性をもっているわけではないことを知っている。ICRP自体が乳児は一般に放射性物質に対して高い感受性をもっていることを認めている。

 ECRRは、一般に乳児は成人に対して数十倍から数百倍の高い感受性を持っていると指摘している。これが正しいリスク係数かどうかは別として、成人の基準を乳児に当てはめて考えるということ自体、厚労省や神谷は気でも違ったのではないかと思う。


 フードウォッチ報告


(クリックでPDFが開きます)
 またECRRのリスク係数を採用してはいないが、年間被曝線量0.3ミリシーベルトという基準値をもつドイツ国内法に基づいて食品安全基準を算定した報告書、「フードウォッチ・レポート」(2011年9月ベルリン)は、こども全体に対してセシウム134が4ベクレル以下、セシウム137も同じく4ベクレル以下を提案している、

 この報告書では「子ども」を12歳以下と定義しているが、乳児(生後12ヶ月以内)に対しては、子どものおよそ半分と見ているので乳児の場合はこのさらに半分2ベクレル以下ということになる。

 実は「赤ん坊をおそう放射能」の著者、アーネスト・スターングラスの詳細な報告によると、「乳児」とひとくくりにすることは間違いで、生後3ヶ月までの乳児は、特に感受性が高いという。
(「原発安全神話」と「放射能安全神話」スターングラスが「赤ん坊をおそう放射能」で指摘したこと
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/zatsukan/029/029.html>


 厚労省や神谷はこうした非ICRP系の研究者の報告に一つ一つ丁寧に反論して、それら報告が間違いであり、神谷・厚労省の主張が科学的に正しいことを論証してから、「問題ない。飲ませて大丈夫」というべきなのだ。

 もしも彼らが唯一絶対権威をカサに着て、そして唯一絶対権威のみを根拠にして、「問題ない。飲ませて大丈夫」というのなら、それは犯罪である。

 「放射線被曝に安全値はない」というのが、神谷、厚労省を含めICRPの全ての学者の共通見解である。ましてや相手は乳児なのである。現在の根拠は到底承服し難い。


 「衝撃」と感じない厚労省

 次の問題として、母乳から人工放射性物質が検出されたという事実に対して、厚労省や神谷は衝撃をうけないのか、という素朴な驚きが私にはある。

 ヨウ素131にしてもセシウム134、137といった同位体は自然には存在しないものだ。別な言い方をすると、地球40億年の歴史の中で、こうした生物に対して脅威となる放射性同位体は駆逐されてきた。そして地球上の生物はその存在を脅かす放射線同位体が、その暮らす環境にないことを前提にして進化を遂げてきた。ヒトにしたって、地球40億年の進化の歴史の産物なのだから例外であるはずがない。

 生物の存在に対して大きな脅威となる放射線同位体が、乳児に対して与えられるべき母乳から出てきた、これが私たちが突きつけられている現実なのだ。確かに人体にはカリウム40など放射性物質をもっている。それは体の中で必要な要素だからだ。それが証拠にカリウム40が自然の状態で母乳から検出はされない。

 人工放射性物質が母乳から出てきたことは、母体が放射能に汚染されていることを意味している。母体は福島原発から放出された放射性物質を、呼吸か飲料・食料の摂取、あるいはその両方で体の中に取り込んだ。恐らくそれぞれはごく微量だったに違いない。しかしそうした放射性物質は母体の中で濃縮された。そして濃縮されて濃度の高くなった放射性物質が母乳の中に混じって出てきた。これが実際にこの日本で起こっていることなのだ。

 (私は「濃縮」という言葉を使ったが、この言葉は放射線医学で実際に使われている言葉なのである。「ウラン濃縮」という言葉がある。これは自然の状態でウラン鉱石中に約0.7%含まれているウランの同位体、ウラン235の含有率を高める、という意味で使われている。たとえば原子力発電では、濃縮率約4%前後のウラン燃料が使われている。原子力潜水艦のエンジンでは濃縮率約40%のウラン燃料が使われている。核兵器では濃縮率90%以上、今日では事実上99%の濃縮率をもつウラン燃料が使われている。人体における放射性物質の濃縮も全く同じ意味で使うことができる。)

  放射性物質に対する感受性がもっとも高いのは胎児・乳児である。これには誰も異論はないだろう。言い換えれば胎児・乳児が一番の放射能弱者である。また胎児・乳児には全く選択権がない。言い換えれ母体や大人の保護なしには一瞬とも生命を維持できない存在である。

 また放射性物質の摂取はできるだけすべきではない、しない方が望ましい、とはICRP系の学者を含めて全ての科学者が同意している。これは外部被曝・内部被曝を問わず放射線被曝には安全値がない、ということを意味している。

 一方「安全防護の基準」は、一致して「安全が確認できるまでは、販売や製造や操業や稼働を許してはならない。」というものである。食品安全基準や防災基準、環境衛生基準などおおむねこの原則が貫かれている。
 なのに何故「乳児に対する母乳」の基準にはこの原則が貫かれないのか。なぜ微量(1リットル当たり数ベクレル)だから乳児に与えても問題ない、という話になるのか?

 私には「乳児の健康」以外の判断要素が働いていると思える。


 数ベクレルは本当に微量なのか?

 次に1リットル当たり数ベクレル、という値が本当に微量なのかどうかを検討してみよう。

 先にECRRの見解では、成人に対して乳児の放射線リスクは数十倍から場合によれば数百倍の幅で高いと指摘している、と述べた。これは、例えば50倍のリスクと仮定してみれば、乳児における数ベクレル、たとえば3ベクレルとしよう、これは成人においては150ベクレルに相当することを意味する。乳児にとって3ベクレルは決して微量ではない。

 また先ほどフードウォッチの報告を引用して、放射性セシウム(134及び137)は子どもに対しては食品1kgあたり4ベクレルに制限すべき、従って乳児のリスクを子どもの2倍と見れば、乳児に対しては食品1kgあたり2ベクレルとなる、と述べた。

 フードウォッチの報告書は、ECRRのリスク係数から上記数値になったのではない。あくまでドイツの国内法、「ドイツ放射線防護令」(2001年)の諸規定から演繹して算出したものだ。

 同報告書の「4.既存の食品制限値による健康への危険」という章のなかに、「4.3 日本」という項目があるのでそこから引用する。(前出テキストの23p)

現在まだ日本の食品に関する測定結果が少なく、そこからたくさんの人間集団に関して結論を出すことはできない。本項では参考になるように、セシウム137汚染がわずか100 Bq/kgの食品を1年間摂取した場合、年齢層に応じて実効線量がどの程度になるか示してみることにする。その他の核種による汚染については、それが長期に渡った場合どの程度の放射線線量になるか、すぐに換算することもできる。』

 この認識は極めて重要で、フクシマ放射能危機のケースはまだ収束しておらず、福島第一原子力発電所からは引き続き放射性物質が放出され続けていること、さらに日本では食品検査が意図的に行われておらず、もっぱら暫定基準値より上回ったか、下回ったかが問題とされる。大手マスコミの報道の仕方もこの傾向に大いに拍車をかけている。そのためなかなか科学的な議論が行われにくい環境にある。


 注意すべき4つの核種

長期的には、残存性の長い以下の放射性核種に特に注意しなければならない。
   半減期が2.06年のセシウム134
   半減期が30.02年のセシウム137
   半減期が28.8年のストロンチウム90
   半減期が2万4,110年のプルトニウム239』

 これには理由がある。原子力発電所事故の場合、上記4つの核種は必ず発生する半減期の長い核種だからだ。次のようにフードウォッチは説明している。

(原子炉内の)燃料棒が2年間燃焼すると、燃料棒内に残る残存性の長い放射性核種の割合は以下のようになる。

セシウム137 : セシウム134 : ストロンチウム90 : プルトニウム239 = 100:25:75:0.5

チェルノブイリの降下物の場合は、セシウム137とセシウム134の割合は2:1だった。
これまで日本で公表された測定結果によると、日本の降下物ではセシウム137とセシウム134がほぼ同じ割合になっている。
  
ストロンチウム90とプルトニウム239の含有量についてははっきりしておらず、十分な測定結果はすぐには入手できないと見られる。
  
福島第一原発で使用されていた混合酸化物(MOX)燃料集合体には他の核燃料よりも多くのプルトニウムが含まれているが、すべてがすべて放出されているわけではない。

 (福島第一発電所の3号機が上記指摘にあたる。これはプルサーマル炉で、燃料はプルトニウムの成分が多いMOXだった。)
  
ストロンチウムは過去の原発事故では、事故施設近くに飛散しているだけで、事故原発から遠くはなれた地点では多くの場合わずかな濃度でしか飛散していない。そのため以下では、日本では全体として放射性核種の割合が以下のようになっているものとして計算する。
  
セシウム137 : セシウム134 : ストロンチウム90 : プルトニウム239=100:100:50:0.5』


 乳児には全然微量ではない

 ここでフードウォッチ・レポートは、ドイツ国内法に基づく平均摂取率を使って4つの核種で汚染された食品を1kgの食品を摂取した場合の実効線量を次のように算出している。なおこの計算の場合、1kgの食品の汚染はセシウムで100ベクレルと仮定している。従って、

セシウム134 100ベクレル/kg 
セシウム137 100ベクレル/kg
ストロンチウム90 50ベクレル/kg
プルトニウム239 0.5ベクレル/kg

となる。

 この場合フードウォッチの計算する実効線量は次のような数字になる。なお実効線量算出にあたって使用する荷重係数は、ICRPの勧告に基づく係数ではなく、ドイツ国内法に基づく係数であるようだ。

乳児(1歳以下)の場合 年間実効線量 6ミリシーベルト
幼児(1歳超から2歳以下)の場合 年間実効線量 2.8ミリシーベルト
こども(2歳超から7歳以下)の場合 年間実効線量 2.6ミリシーベルト
こども(7歳超から12歳以下)の場合 年間実効線量 3.6ミリシーベルト
青少年(12歳超から17歳以下)の場合 年間実効線量 5.3ミリシーベルト
大人(17歳超)の場合 年間実効線量 3.9ミリシーベルト

 同じベクレル値の放射能汚染食品を摂取しても、年齢層によって実効線量が違うのは年齢によって放射線リスク係数が違うためだ。

 前述のように、ドイツは公衆被曝線量の上限を年間0.3ミリシーベルトと定めているので、1kgあたり100ベクレルの上限値では規制を守れないことがわかる。

 (ただし、ドイツ国内法では食品の安全基準は、日本より低いが上記条件を満たすほど低いわけではない。言い換えれば、現在のドイツ国内の放射線食品安全基準では、法律の定める年間0.3ミリシーベルトの上限値を厳守できないという、ドイツはドイツなりの矛盾を抱えている。)

 ここで確認しておきたいことは、乳児にとって1kgあたり100ベクレルという食品安全基準は、ほとんど何が起こるかわからないほど危険な値ということになる点だ。ドイツ国内法を厳密に適用すれば、そうなる。

 ドイツを例に取れば、乳児の場合年間被曝線量を最大0.3ミリシーベルトに抑えようとすれば、100ベクレルの20分の1(6ミリシーベルト÷0.3ミリシーベルト)の5ベクレルが、汚染の上限値ということになる。これは環境の汚染が全くないと前提しての話である。

 ドイツの乳児よりも日本の乳児が特別に放射性物質に対して耐性があるというのなら話は別だが、そうでにならば、母乳1リットルあたり数ベクレルの放射能汚染は、乳児にとって決して微量とは言えない、深刻な値だと見るべきだろう。


 権威機関の犯罪

 私は母乳に放射能汚染があってはならず、もしそれが出ているなら母乳を乳児に与えるべきでないと考えている。また厚労省や神谷のように、薄弱な根拠に基づいて、「それを乳児に与えても問題ない」と発言したり、中国新聞のようにそうした見解を無批判に世に広めることは、彼らがもつ権威や影響力を考慮するならば、犯罪行為であると考える。

 最後にこの問題の深刻さについて触れておきたい。

 『繋がろう広島』が、広島大学の静間清に依頼して実施した母乳検査では、2人に放射性物質が出た。うち1人は広島県在住の母親で、一貫して福島原発から遠く離れている広島にいた。

 従って呼吸で被曝したものとは考えられず、また飲み水で被曝したものとも考えられない。すなわち食品摂取で被曝したものだと考えられる。もし被曝源の食品が東京電力福島第一原発由来のものだとすれば、(これはまだ仮定問題である。というのは、広島の北には中国電力の鹿島に原子力発電所があり、南には瀬戸内海を挟んで四国電力の伊方原子力発電所がある。原子力発電所は、事故を起こさなくても通常運転で大量の放射性物質を普段い放出している。この母親の被曝がいずれかの原子力発電所由来の食品放射能汚染によるものという可能性が否定されているわけではない。)早急に汚染経路を特定しなければならない。

 またこのことは福島原発から遠く離れていても、日本中どこにいても乳児をもつ若い母親が知らないうちに、母乳に放射性物質が検出されるほど、食品で放射能に汚染される可能性があることを示している。(それは汚染した食材を使った工業製品であるかも知れないし、山の幸や海の幸であるかも知れない。)

 先の中国新聞の記事中、「繋がろう広島」の代表、三田拓が『行政には母乳や尿の検査態勢を整え食品の放射線量の測定場所を設けるように求めていく』と述べているが、当然過ぎるほど当然のことだろう。

 調査や検査、測定なしには何事も明らかにならない。逆に言えば、調査や検査、測定やそれらの正当な評価さえしなければ、事実関係は曖昧になり、何事もなかったことになる。

 政府や東電がまともな健康調査や検査を行おうとしないのは、実態が明らかになるのが不都合だからである。チェルノブイリ事故で旧ソ連政府をはじめ各国政府がとった対応そのものである。

 政府やその影響下にある行政がまともな検査や調査をしないならば、(その蓋然性はこれまでの手口から見て非常に大きい)、私たち市民のイニシアティブで実施しなければならない。「繋がろう広島」のように。それは権威機関の犯罪に立ち向かう、そして唯一自分の手で我が子や孫を権威機関の犯罪から守る方法なのだ。