(2009.9.3)
<参考資料> 産みの痛み(Birth Pains) エコノミスト誌掲載記事

追加註(2010年2月17日):  この記事をアップロードしたのは2009年の9月3日だったが、その後何度も自分で読み直してみて、おかしいと思うようになった。この記事は、オバマ政権の経済運営で取り得る道は、「秘かな踏み倒し」しかない、といっていることは間違いない。が、その方法は「インフレ」だけとは云っていない。その方法についてはこの記事は明確に述べていない。明示的ではなくて黙示的である。だからそれは何だろうと私は、真剣に多角的に考えなければならなかった。それを「インフレ」だけが唯一の方法と飛びついたのは、いかにも私の浅知恵である。

 その方法はインフレ以外に何だろうか?極めて多様な、言わば「合わせ技一本」という形をとるのではないか。たとえば、オバマ政権は今中国政権に、元のドルペッグをやめるように迫っている。中国がドルペッグをやめれば、元はドルに対して一挙に跳ね上がる。(どのくらい跳ね上がるか私にはわからない。)

 元のドルペッグ廃止は、全般的なドル下落を招く。これはドル資産減価を意味する。これも一つの方法だろう。(しかし、これは資金がアメリカから逃げて行くから劇薬でもある。)

 たとえば、アメリカ政府は莫大な「社会保障制度的税金」(たとえば老後国家年金的性格をもつソーシアル・セキュリティなど。)を集めている。2009会計年度ではアメリカ連邦政府の歳入約2兆1050億ドル(約190兆円)のうち、ほとんど個人所得税に匹敵する、42%の8910億ドル(80兆1900億円)に達する。(「<参考資料> アメリカ連邦予算の仕組みと連邦負債」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/11.htm>参照の事。)当然これは将来のアメリカ市民に対する給付金の財源となるべき金だ。この給付金を徐々に減額していけばいい。これも「秘かな踏み倒し」だ。

 もっとも肝心なポイントは、アメリカ政府はいかなる局面においても、「借り手」である、それも絶対的「借り手」であると言う点だ。恐らく「秘かな踏み倒し」の方法は、一つや二つではないだろう・・・。
イギリスの経済誌「エコノミスト」(The Economist)2009年5月14日掲載の論文である。歴史的大局観を良くつかんでおり、今世界にどんなことが生起しつつあるかを、極めて文学的に説明してくれている。黙示録的と言ってもいいかもしれない。数式と難解な専門用語だらけで、結局何も説明していない一部経済学者の各論文とは若干趣を異にする。
この記事では、結論として、インフレを進行させて「秘かなデフォルト」を達成する以外に、アメリカ連邦政府の負債を解消する道はない、と云っているように見える。オバマ政権は、連邦政府に大判振る舞いをさせて、つまり連邦政府を借金漬けにして、この経済苦境を乗り切ろうと考えている事は明白だ。(たとえば、「アメリカ連邦政府総負債の推移とGDP比率」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/07.htm>など参照の事。)この「インフレ=デフォルト論」も一つの見方であろう。オバマ政権とバーナンキが「秘かなデフォルト」に成功するかどうかだ。
文中(*青字)は私の註かコメントである。原文の記事中見出しは一箇所で黒字にしてある。その他に記事中見出しがあればそれは私の見出しである。青字にしてある。
なお、記事中にイラストが使ってあり、これはドル紙幣に毛沢東の肖像画をはめ込むという皮肉の効いた意匠となっている。S. Kambayshiというイラストレータが描いたもので、これはロンドン在住のアーティストSatoshi Kambayashi <http://www.theartbook.com/page.php?id=216>だと思う。
(原文:<http://www.economist.com/displaystory.cfm?story_id=13653915&
CFID=78000269&CFTOKEN=80326687>



【イラストはS. Kambayashiの描いた記事中挿絵】


(以下本文)



産みの痛み(Birth Pains)
2009.5.14

新たなグローバル・システムが生成中
(A new global system coming into existence)

ブレトンウッズ体制とは「ドル本位制度」

 すべての金融システムと経済システムは、インフレを好む「借り手」と、通貨の購買力を維持しようとする「貸し手」の間の葛藤だ。民主主義においては、これは極めて流動的な戦いだ。「貸し手」(the creditors)は金を持っている。従って政治的エリートたちの“耳”である。「借り手」(the borrowers)は投票権を持つ傾向にある。

 「貸し手」は、折に触れて「借り手」のロビー活動を粉砕するために、「金融的錨」を課す。これらの錨は、経済繁栄期にいろいろ考案されるのだが、不況期には、困難に陥る。金本位制は大恐慌(The Great Depression)で生き残るのに失敗した。金(gold)が不足していた国々においては、金(gold)を呼び戻すための行うべき“正しい”ことは、金利を上げる事だった。経済のその他の分野においては、この課せられるべき禁欲(*すなわち金利をあげること)は、政治的にみて受け入れがたかった。

 ブレトンウッズ時代は、金本位制を「ドル本位制」に取り替えた。(アメリカの通貨は理論的には金の延べ棒とリンクしていたにもかかわらずだ。)このシステムは20年以上にもわたって良く機能した。一つには戦後の経済ブーム、特にドイツと日本の、のおかげだった。このブームは為替レートが実勢価値以下の時代とともにもたらされた。

(* この論者は、ドルに対して円とマルクが異常に安かったので、ドイツと日本の経済ブームがもたらされた、と云っている。)

 それは(*ブレトンウッズ体制のこと)は、アメリカが、そのシステムの重みに堪えるだけのアメリカでの国内代価を支払うことを拒否したので、崩壊してしまった。

(* 原文は“It broke down because America refused to pay the domestic price for bearing the system's weight.”である。)

(* ブレトンウッズ体制の崩壊は、いつとするのが適切だろうか?この論者の云うように、この体制が固定相場制に基づく「ドル本位制」だったとすれば、1971年ニクソン政権が、ドルの金交換を停止した時という事になるだろう。

1944年7月、アメリカのニューハンプシャー州ブレトン・ウッズにおいて調印されたIMF協定によって次のことが決められた。
各国は金または「1ドル=35分の1トロイ・オンスの金」と等しい価値を有するドルで表示された平価に基づく固定為替相場制を採用し,為替相場の変動を平価の上下各1%以内に抑えること。
平価は基礎的不均衡がある場合にしか変更が認められないこと。
この体制は、IMFが加盟国に短期的国際収支赤字のファイナンス資金を貸し出すこと,米国がドルを公定価格でいつでも金と交換することを約束することによって支えられていた。 』
 <http://note.masm.jp/%A5%D6%A5%EC%A5%C8%A
5%F3%A5%A6%A5%C3%A5%BA%C2%CE%C0%A9/>
 
なおこの記述は日本語Wiki<http://ja.wikipedia.org/wiki/ブレトン・ウッズ協定>の記述より本質的でわかりやすい。)


ポスト・ブレトンウッズ体制

 ブレトンウッズ(*体制)が崩壊した時、なにがそれに取って替わるかは、すぐには明らかではなかった。特にヨーロッパ諸国は、固定相場制の維持を渇望した。しかし、事実上、変動相場制が現れた。特にドル通貨に対する主要な通貨、円とマルクはそうだった。

 「貸し手」にとっての問題は、変動相場制が法令通貨(すなわちペーパーマネー)にその基礎を置いている事だった。各政府のインフレへの本能を一体何がチェックし続けて呉れるだろうか?その答えを案出するのに20年間(と何回かの景気後退)がかかった。

 いったん市場が変動相場で調整できることが受け入れられると、資本管理への必要はなくなった。そして資本が自由に流動することができると、躾が悪く規律に欠ける各政府は、高利回りの国債という形で罰せられた。別途「先進国 10年もの国債利回り 2009年9月1日」参照のこと。従って政治家たちは、中央銀行により広汎な権力を与える事によって市場に対して再び保証を行おうとした。そうした中央銀行のいくつかは、明白なインフレターゲットを設定するものだ。

 ポスト・ブレトンウッズ・システムは良好に機能した。そして長い低インフレの期間と“大安定”(the Great Moderation)として知られる、安定成長の時代をもたらした。

(* the Great Moderationという言葉は、現在のアメリカ連邦準備制度議長、ベン・バーナンキが、まだ連邦準備制度の理事だった2004年2月20日、東部経済協会で行った講演で使った言葉で、バーナンキの命名ではないものの、一躍有名になったようだ。
<http://www.federalreserve.gov/BOARDDOCS/
SPEECHES/2004/20040220/default.htm>
 
 しかし、その明々白々たる成功の理由の一つは、インドと中国の経済成長にあり、大安定時代の消滅の最後の輝きだったのかも知れない。


“大安定”は生活水準向上のチャンスだった

 HSBCのエコノミスト、スティーブン・キング(Stephen King <http://www.hsbcnet.com/research/profiles>が指摘したように、それは西側諸国の生活水準を引き上げる恵み深いデフレーションを招来していたかも知れない。しかし、各中央銀行は、デフレ的結果を避けようと苦闘した。その結果は、資産バブルを喚起するような、だらしない金融政策だった。こうしたバブルは予想より長く続いた。それは(*銀行にとって)リスクゼロに抑えつけた金利の結果、市場に溢れた貯蓄のせいだった。

 いまや、インフレターゲットだけでは不十分であることが認識されたかに見える。銀行システムの背後で、明確な政府保証が与えられたため、各中央銀行は金融的安定と資産価格の両方を監視することが必要になる。それと同時に、中央銀行のいくつかは、財政的予算赤字という便利な副作用も持っている市場を上向きにするため、(量的緩和を通して)“通貨創造政策”(a policy of creating money)を採用しはじめた。

(*  こうした中央銀行がどこの国のものを指すのかは不明確にしろ、アメリカの連邦準備制度を含んでいることは間違いないだろう。「ドル本位制度」のもとで、「通貨創造」をもっとも効果的に実施できるのは、アメリカの連邦準備制度だけかも知れない。)
(* 2009年2月26日、ホワイトハウスのマネジメント及び予算局が公表した「Historical Table FY 2010」によれば、2009年連邦政府の総財政赤字は、1兆8412億ドルと推定されている。同様に10年は1兆2584億ドルと推定している。
<http://www.whitehouse.gov/omb/budget/fy2010/assets/hist.
pdf>

この総赤字はどうやってまかなうのか。米国債の発行によってまかなう他はない。問題はいつまで続けられるのか?「ドル本位制」が永遠に続けば、アメリカはこの手品を永遠に続けられるだろう。しかし「ドル本位制」が崩壊すれば、どうなるのか?)
(* このことこそがまさに、法令通貨(*すなわちペーパーマネー)の敵対者が、長期的に起こるのではないかと恐れていたことだった。

 古くてお馴染みのディレンマが事実上発生するだろう。銀行を救済するため一財産を使ったため、西側諸国の政府は、負債にかかる利子をまかなうため、より高い税金という代価を支払わなければならなくなるだろう。
(* この税金の名目はなんだって構わない。消費税であれ、費消税であれ、生活税であれ、空気税であれ、生存税であれ、人間税であれ・・・。入り口は別個のようにみえても、最終的には一つの財布に収まるのだから・・・。)


中国の同意なくしては何もできない

 財政赤字とともに貿易赤字を抱えている諸国(イギリスとかアメリカのように)のケースでは、このような高い税金は、外国の債権者の要求に応ずるために必要欠くべからざるものとなるだろう。このような「耐乏」(austerity)を政治的な意味で解釈すれば、誘惑は、秘かに(by stealth)デフォルトしてしまおう、通貨を切り下げてしまおう、という方向に向かうだろう。投資家は徐々にこの危険に気付きはじめている。アメリカ財務省の10年ものの国債の利回りは、年初(*2009年)から見ると優に1%は上がっている。

 債権者諸国はルールを設定する傾向にある。そしてあらたな「グローバル金融システム」は、中国の承認なしでは運営できないだろう。中国は資本管理と管理通貨をもつ債権国なのだ。中国は西側モデルの方向へ向かっていると見なされてきた。しかし、どうして回れ右をしないと言い切れるのか?イギリスが19世紀に自由貿易制度を採用したように、西側諸国は自由資本市場を採用した。それが合っていたからだ。中国は今牛耳る(call the shots)ことができるだろうか?西側には不愉快極まりないことかもしれないが、次の金融秩序はニューハンプシャー(*ブレトンウッズのある州)よりも、北京で作られるように見える。