(2010.2.10)

<参考資料> アメリカ連邦予算の仕組みと連邦負債


 アメリカ連邦政府の予算や、赤字、負債についてのニュースが最近メディアを賑わせている。中には私が読んでクビを傾げたくなるような記事もある。推測値と実際値、あるいは別々の当局の予測や推測を混同していたり、あるいは要求予算と実際の連邦政府支出、義務的予算科目と裁量的予算科目、予算内勘定科目と予算外勘定科目などが混同されて報道されたり、解説記事が書かれたりする。私もしばしば混同し、混乱する。こうした記事や報道は、ほとんど英語の元の記事や報道を日本語に直したものが多いのだが、この過程で日本語記者が理解していない場合も多い。 しかし明らかにオリジナルの英語記者が理解不十分のために、誤った印象を与えるケースもある。これに全く異なる基準や、あるいは推測を交えた記述が加わり、混乱に拍車をかける。


 たとえば、「スティングリッツ(ノーベル賞経済学者のジョセフ・スティングリッツ)によると、イラク・アフガニスタン戦費は3兆ドルを越えた。」などとする記述が典型的だろう。よく読むと、スティングリッツはそんなことを云っていない。 「現在、イラク・アフガニスタン戦争で実際に出費された金に、予算配分された財源を加え、予算上はそうは分類されていないが、イラク・アフガン戦争における傷病兵への医療予算、遺族に対する見舞金、また退役した軍人や兵隊に対する手当て、あるいは募兵に関わる数々の奨励予算(たとえば、大学や大学院通学への支援金や補助金、奨学金)、さらに、戦費増大に関する負債の利払いなど諸々の諸費用を含めるとイラク・アフガニスタン戦争に関わる総費用は3兆ドルに達するだろう。」と云っているに過ぎない。この限りでは私もスティングリッツは正しいと思う。 しかしそのことと、実際に予算上でイラク・アフガニスタン戦争に3兆ドル出費された、ということとは別だ。また「イラク・アフガニスタン戦争で割り当てられた予算と、実際に出費された」現金はまた違う。基準が全然違うのである。異なる基準を混同したまま、情報だけが垂れ流しにされている状態は、われわれの理解を妨げる。


 またたとえば、「アメリカの国債の最大の保有者は中国で、日本は最近抜かれた。アメリカは中国と日本に国債を買ってもらわないと立ちゆかなくなっている。」などという話が、テレビでかなり有名な評論家や学者が述べているし、朝日新聞の社説でもそれに類した記事を読んだこともある。アメリカが中国や日本に国債を買って欲しいのは事実だろうし、その限りでは間違いとはいえないと思うが、アメリカ国債の最大の保有者が中国というのは全くの誤りである。アメリカの国債は、「連邦政府部内各基金と連邦準備制度」というカテゴリーが半分近く保有しており、次が「国外及び国際的保有者」というカテゴリーで約30%近く保有している。中国はこのカテゴリーで第1位、日本が第2位だ。それでも大きな金額にはなるが、中国が最大の保有者、というとこれは誤解になる。
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/05.htm>


 どうしてこんなことになるのかと考えてみた。日本の支配的マスコミの質的劣化の問題は今置くとして、基本的にはアメリカの連邦予算の仕組みを、私を含め多くの人たちが理解不足のままに話をしているのだ、この要因が大きい、と気がついた。

 インターネット上で、役立つ情報源を探してみたら(厖大な量である)、英語Wikipediaの記述の中で「アメリカ連邦予算」(United States federal budget)<http://en.wikipedia.org/wiki/United_States_federal_budget>が一番まとまって、われわれ一般素人向けに理解し易く書かれていることがわかった。(こんな複雑なことをよくこれほどわかりやすく書けるものだ、と思う。相当な書き手グループが記述しているに違いない。)

 この記事は、英語Wiki「アメリカ連邦予算」の記述を下敷きにしているが、完全な翻訳ではない。最近の数字や出来事、また足りない予備知識を補ったりする必要があるからだ。また細部の詳細な説明はかえって全体観理解を損なう結果にもなる。以下大きな理解に役立つと思う項目をたてて記述を進めることにする。また日本語への置換の問題があってこれが注釈風に登場するがこれは煩雑だが文中に(青字)の形で記述した。


1.連邦政府予算成立の流れ

 まず連邦政府予算(the Budget of the United States Government)は、アメリカ大統領が、議会に対して次の会計年度の財源レベルを提案することから始まる。会計年度は毎年10月1日から始まって、翌年の9月末に終了する。今現在(2010年2月)は、従って2010会計年度中ということになるし、2009年1月に成立したオバマ政権としては、最初の自前のアメリカ連邦予算ということになる。また通常こうして議会に送った予算提案のことを「大統領要求予算」と呼ばれることがある。この2月にオバマ政権は2011会計年度の「予算要求」を議会に対して実施したばかりである。

 アメリカ議会は、これまでのいろんな法律や規則に則って大統領提案予算を審議し決定する。そのアメリカ議会の予算委員会は上院・下院の各委員会とそれぞれの小委員会に対して支出の上限を決定する。(天井方式)そして各委員会は、その上限の範囲内でそれぞれ担当するアメリカ連邦政府の施策に対して財源を割り当て、それから個々の割り当て予算を承認する。
 連邦政府予算という時の「予算」は“Budget”だが、議会の委員会が割り当てる予算は“appropriations”である。これも単に「予算」とすると混乱が起きるので「割り当て予算」とか「議会の割り当て予算」と日本語では表記する。)


 議会の割り当て予算はそれぞれ法案化されて、大統領に送り返される。大統領がこれに署名すれば、その個々の法案は「法律」となって予算執行される。もし大統領がどうしても気に入らなければ、「拒否権」(veto)を発動できる。拒否権を発動された法案は議会に送り返される。議会が大統領の「拒否」にあった予算法案をそのまま復活したければ、上下両院でそれぞれ2/3以上の賛成を得なければならない。こうして議会から再度送り返された予算案に大統領は拒否権を発動できず署名しなければならない。大統領の署名をもってその法案は「法律」となり、予算執行される。

 議会の権限はこればかりではない。議会は必要とあれば、あれこれの予算項目を一つにまとめた総括的調停予算法案を作成することも出来る。そのあとの流れは、大統領予算案の時と同じだ。
 この総括的調停予算法案のもとの英語は、“omnibus reconciliation bill”である。オムニバスは「オムニバス映画」のオムニバスと同じ意味だ。もともとイタリア語で乗合馬車、今でいう乗合バスを意味した。その語源はラテン語だそうである。英語にコンプレックスのある日本人がやたらとカタカナ英語を振り回すように、ヨーロッパにコンプレックスのあるアメリカ人はやたらとヨーロッパ語起源の言葉を振り回す。いやこれは余計なことだった。)


 またここからがややこしいところだが、この予算(Budget)とは別に大統領は、補正予算法案(supplemental appropriation bill)や緊急補正予算法案(emergency supplemental appropriation bill)を議会に提出することも出来、また議会はこれを承認通過させることもできる。補正予算法案や緊急補正予算法案を提出・通過させることも出来ると書いたが、最近ではこれは当たり前のこととなっている。たとえば、ブッシュ政権では「イラク戦費」や「アフガニスタン戦費」はすべてこの「緊急予算法案」でまかなってきた。また時々、日本の新聞で、「大統領の議会要求予算」のことを、日本の予算の仕組みになぞらえて「当初予算」と表現することがあるが、これは誤解を招きやすい。大統領が連邦政府予算として、議会に要求するのは年に一度きりである。その他は、すべて「補正予算」や「緊急補正予算」として処理されており、後でも説明するが、当該年度連邦政府の決算に含まれないことがある。


2.輻輳する連邦政府内予算管理部局

 さらにわれわれにとって話をややこしくする要素は、アメリカ連邦政府部内アメリカ議会内に予算全体を管理予測する部局が複数あるということだ。それぞれ目的があって予算結果を発表したり、予測したりするわけだが、そうした事情を知らないわれわれは、発表のあるたびにそれに飛びつき、別な部局が発表した数字との整合性に悩むことになる。

 主な部局をあげると、政府会計監査局(Government Accountability Office -GAO)がある。これはアメリカ議会に直属する組織で、政府財政の監査、評価、あるいは不正があれば調査・捜査をする機関で、日本のマスコミでもよくお目にかかる。それから議会予算局( the Congressional Budget Office-CBO)。議会予算局(CBO)は、ちょうど政府会計監査局(GAO)と逆の連邦政府部内の部局で、財務省とかホワイトハウスとかに属さない完全独立の官庁である。目的は政府の立場から議会に対して予算立案上の様々な情報を提供するところにある。議会予算局は毎年1月に経済及び予算見通しを発表する。これは通常前年8月のデータを更新するケースが多い。

 それから運営予算局(the Office of Management and Budget-OMB)。これは大統領府(ホワイトハウス)直属の組織で、大統領が予算立案をする際の実施部隊で、その立場から様々な発表や推測を行っている。それから財務省(Department of Treasury)。これは2月に主要なデータや見通しを発表する。財務省はあとでも触れるが、連邦政府の支出行為を行っているため、絶えず手持ち現金のポジションを把握しておかねばならない。足りないと見ると国債を起債しなければならない。財務省やその立場から様々な予測や財政の動態把握を行っている。主なものでも、この4部局ある。政府会計監査局(GAO)や財務省はそれぞれ9月に主要な発表をする。だからわれわれは、余計にこんがらかる。

 しかし、CBOだの、GAOだのといきなり云われて、われわれにピンと来るわけはない。だからその発表数字の意味をすぐさま把握できるわけはないし、また他部局との発表数字の整合性を理解できるわけもない。日本の新聞なんかでは、政府監査局(GAO)を連邦政府の組織と思いこんで書いている記事もあるし、唯一絶対の発表だと思いこんでいる場合もある。また会計年度中の発表ではこうした各部局がお互いにすりあわせて発表しているわけでもない。

 日本の専門家の中にはこうした発表数字や予測を的確に分析して、独自の的確な数字を出している機関や組織もあるに違いないが、そうした組織や機関はたいていの場合、黙っている。

 だから、自分に広汎な読み取り能力と分析能力のある場合は除いて、私などの場合は連邦政府の予算内容や、暦年的把握をするためには資料の狙いを絞って閲覧するようにしている。私の場合は、前出のホワイトハウス・運営予算局が毎年2月に発表する、「暦年予算表」(Historical Table)を使うようにしている。1940年代からの数字が出ていることと、なんといってもこの役所のデータをもとに予算が立案されているからだ。また発表時期からして、他の部局のデータを多く参照しているせいもある。といってもこの暦年予算表自体がA4判で370ページ近くある資料だ。一度もすべて目を通したことすらない。

 こうした資料の多くが指摘している連邦政府財政全体の短期的問題点は、次のようにまとめられる。

(1) 厳しい経済不況のため、相当程度税収が落ち込んでいること。
(2) 景気刺激策や業界救済(金融業界ばかりではない)や不規則戦争(これはイラク戦争、アフガニスタン戦争、テロとの闘いの3つ)のために、財政支出が劇的に膨らんでいること。

 長期的な問題点としては、むしろこちらの方が深刻なのだが、国家養老年金支出や政府管掌医療保険負担金の増大が、アメリカ社会の高齢化に伴って、経済全体の成長速度を上回って、急速に進んでいることが挙げられている。
養老年金の元の英語はSocial Securityである。社会保障としてもいいわけだが、中身としては、日本でいう厚生年金や国民年金である。実際的には、働いているときに政府に積み立てて、一定の年齢になると引退して、国から年金をもらって余生をおくるという仕組みなので、ここは国家養老年金とした。政府管掌医療保険負担金はメディケア-Medicareとメディケイド-Medicaidのための政府負担金である。医療業界に支払われている。今、このメディアケアやメディケイドの保険金すら払えず、まったく医療の外にいるアメリカ市民が増大していることが問題になっている。)


3.連邦政府予算は現金主義会計

 アメリカ憲法の第1条第9節第7項(http://www.usconstitution.net/const.html)では、『法律による場合を除いて、いかなる金も財務省から引き出してはならない。』としている。

 アメリカ大統領が、議会に対して予算要求をしてそのひとつひとつの法制化を求めるのは憲法のこの規定があるためである。また別な法律で、大統領は1月の最初の月曜日よりも早く次年度予算の要求をしてはならず、また2月の最初の月曜日の後に予算要求をしてはならないと規定している。従って通常大統領は2月の最初の月曜日に予算要求をする。しかし、異なる政党の大統領が就任した最初の年の予算要求は、2月の最初の月曜日よりも遅れていいことになっている。ちょうど2009年のオバマ政権の2010年度予算要求がこのケースにあたっていた。ちなみに2010年は、1月の最初の月曜日は1月4日、2月の最初の月曜日は2月1日だった。

 連邦政府の予算は、ほとんどの場合が現金ベースで計算される。実際その行為が行われて、現金で収入があった時、あるいは現金で支出された時に歳入となり、また歳出となることを意味する。だから超長期的な義務的支払いコスト、たとえば、メディケア・コスト、国家的養老年金のコスト、メディケイドの政府負担分コストは、当該予算年度に反映しない。徹底した現金主義会計である。従って当該年度にコストとして発生していても、現金で支出されていないのだから、当該年度の歳出部分に組み込まれないのだ。このことが、連邦政府の予算の中身、特に赤字がいくら発生したかを把握するのをややこしくしている点だ。

 一般企業会計や他の国の国家予算は、発生主義会計だ。一般企業で云えば、売り上げは、その売り上げが発生した時に、多くは納品したときに、売り上げが発生したと見なして計上する。多くは入金したときに売り上げが発生したとしない。また支出もそのコストが発生した時が支出発生と見なす。これに例えて云えば、アメリカ連邦政府は、実際に入金したときが売り上げ発生であり、実際に支払ったときがコスト発生である。イラク・アフガニスタン戦費の場合でも、予算割り当てがあった時や作戦が行われた時ではなくて、それに対して支払い行為が行われた時が、“戦費”発生である。だから発表数字と予算上の数字がある期日で切ってみたとき大きく異なるのはむしろ当然である。

 以上のような規定からして、もしその予算が、割り当てられたとしても、議会が承認し大統領が署名して法律化されない限り、政府部内各部局は実際に遣えないことになる。財務省が支出できないのだ。典型的には同じ予算法案に対して、上下両院の予算委員会が異なる決定を下した時などにこうしたことは発生する。上下両院が承認して大統領が署名しなければ法案は法律にならない。だから、近年では、議員同士が駆け引きをして、異なる法案を1本の総括的調停法案、すなわちオムニバス形式にして、法案を通過しやすくしている。


4.補正予算と緊急補正予算

 前述のように議会は、「特別予算」や「緊急予算」を通過させることができる。「緊急」と見なされる場合は、一般的な議会予算執行規定の適用を免除されるのだ。災害救助のための財源はしばしばこうした緊急な「補正予算」から支出される。最近では「ハリケーン・カトリーナ」の場合がそれにあたる。ただブッシュ政権下で行われたこの予算支出には、多くの疑問がだされた。この「災害復旧緊急」予算の名目で全く関係のない支出が行われたと指摘されている。また別なケースでは、2000年に行われた「人口・住宅センサス」は、明らかに緊急事態とはいえないにもかかわらず、「緊急補正予算」の名目を使って財源確保し実施された。「特別予算」も補正予算の一種であるが、これは戦争経費や占領経費の場合に使われる。2009年度予算までは、イラク戦争、アフガニスタン戦争にかかる戦費及び占領経費はこの予算を使って行われたため、大統領要求予算の中の国防予算の中には含まれていなかった。2010年度予算からは、「イラク・アフガン戦争経費」は、大統領の年度当初の要求予算の中に「緊急事態対応予算」として含まれるようになったが、アフガニスタン3万人追加派兵経費は、特別予算として要求される見込みだ。

 大統領予算に関する議会議決や予算割り当て法案に関する議会決議は、当然のことながら、議会の予算優先順位を反映している。だから大統領が考える予算優先順位と異なることがあるのもまた当然のことだ。しかし、大統領は「拒否権」を持っているため、予算成立のプロセスで強い影響力を持っている。また議会多数派工作を通じても影響力を行使できる。オバマ政権の与党民主党は、上院・下院で多数派を握っているため、大統領の予算は比較的通し易いと考えられていたが、先の「国民皆健康保険制度」法案の時には、上院と下院が議決した法案の内容が大きく違っており、この件に関しては必ずしも民主党は一枚岩ではないし、マサチューセッツ州上院補欠選挙では、共和党の候補が当選し、必ずしも上院が絶対安定多数とは云えなくなった。


5.主要な歳入項目

 2009会計年度(2008年10月1日から2009年9月末)の歳入合計は、2兆1050億ドルだった。(約190兆円。1ドル=90円。以下同じ)
  
グラフは2009年度の連邦政府歳入である。単位は10億ドルで、総歳入は2兆1050億ドル(約190兆円)だった。主な項目は、大きい順から、個人所得税、養老年金・社会保険税、法人所得税、その他、物品税(内国消費税)である。前出英語Wikiからコピー貼り付け。なおこのデータの出典はホワイトハウス運営予算局のFY2011暦年表報告書からである。】

主な歳入項目は個人所得税が43%で9150億ドル(82兆3500億円)、養老年金・社会保険税が42%で8910億ドル(80兆1900億円)、法人所得税が7%で1380億ドル(12兆4200億円)、贈与税・不動産税などその他が5%で990億ドル(8兆9100億円)、国内売上税など物品税が3%で620億ドル(5兆5800億円)となっている。一別してわかるようにアメリカ連邦政府の歳入構造は、一般市民個人や中小零細企業からの税収で成り立っていることがわかる。ここで養老年金・社会保険税というのは、大ざっぱに言って半分が雇用主、半分は雇用者が負担する。雇用主は中小零細企業が圧倒的に多い。こうした費用を負担できない雇用主や雇用者も多い。そうした雇用者はアメリカの社会保障制度の外に立たざるを得ない。

 2009年の特徴は、経済不況の影響で大幅に税収が落ち込んだことだ。対前年比歳入全体は4000億ドル(36兆円)、16%の落ち込みである。特に主力の個人所得税は20%の落ち込み、法人所得税に至っては50%の落ち込みである。対GDP比率では15%となり、過去50年間では最低のレベルである。一部金融大企業が超低金利政策のおかげで大きな利益をあげ、経営幹部にボーナス・報酬の大判振る舞いをして大問題になったが、これに対するアメリカ国民の怒りも理解できよう。またオバマ政権はこうした金融幹部に懲罰的な個人所得税の徴収やブッシュ政権時代の高額所得者に対する減税措置を取り消したが、そうでもしなければ、アメリカ市民の怒りに油を注ぐというものだ。


6.主な歳出項目

グラフは2009年度の連邦政府歳入である。単位は10億ドルで、総歳出は3兆5180億ドル(約317兆円)だった。主な項目は、大きい順から、防衛予算、国家養老年金支払い、政府管掌医療保険負担金支払い、その他法律で定められた支払い、その他裁量的経費支払い、負債利子支払い、不良資産救済計画(TARP)。前出英語Wikiからコピー貼り付け。なおこのデータの出典はホワイトハウス運営予算局のFY2011暦年表報告書である。】

 2009年度、連邦政府は約3兆5200億ドル(約317兆円)の歳出を行った。確認するようだが現金主義会計である。コスト発生主義ではない。2008年度が2兆9700億ドル(267兆円)だったから18%の伸びである。主な歳出項目は国防予算(国防省予算と国土安全保障省の軍事的予算の合計)が23%で7820億ドル(70兆3800億円)、国家養老年金支払いが20%で6780億ドル(61兆円)、政府管掌医療保険負担金支払い(メディアケアとメディケイドの負担分)が19%で6760億ドル(60.8兆円)、その他法律によって支払いが定められている支出(mandatory)が17%で6070億ドル(54.6兆円)、裁量的予算支出が12%で4370億ドル(39.3兆円)、負債利子の支払いが5%で1870億ドル(16.8兆円)、不良資産救済計画支払い(TARP)が4%で1510億ドル(13.5兆円)となっている。

 過去40年間、養老年金支払いや政府管掌医療保険金支払いなど、法律で定められて支払いが義務づけられた歳出(英語のもとの言葉はmandatory。支払いを受ける側にはそれぞれ法律で確認された受給権がある。)は、歳出の中の比率を大きくしている。逆に防衛予算やその他の裁量経費的支払いは、その比率を下げている。
裁量的に相当する元の英語はdiscretionaryである。たとえばdiscretionary appropriationなどと使う。たとえば、大統領要求予算の中で支払期限が明確でない予算はほとんど裁量的予算と考えてよい。)


 国家的養老年金(Social Security)やメディケアなどの経費は、永久割り当て予算(permanent appropriations)によって財源基金が設立されている。だからこれは、支払いがそれぞれ法律によって義務づけられている経費である。だから国家養老年金やメディケアなどは「エンタイトルメント」(entitlements。“受給権”という意味である。)と呼ばれている。法律で定められた適格者は誰でも、給付を受ける権利を法律が認めている。その他にもたとえば「低所得者向け食料援助計画」(Food Stamps)はエンタイトルメントである。こうした法律で支払いを義務づけられた予算はその支出から見ると、2008年GDPの11.2%にものぼっている。総負債に対する利払いは1847年以来、自動的に支払いが割り当てられている。

 こうした支払いを義務づけられた予算に伴う歳出は、2008年会計年度で連邦予算歳出の53%を占めるまでになっている。これに負債の利払い8.5%を加えると合計は62%を越えることは確実だ。2009会計年度は負債利払いは比率として、5%に落ちている。これは主として低金利が好影響を与えている。しかし2009会計年度は分析し切れていないが、この2つの合計は、負債利払いの比率が下がっているとしても、さらに大きな比率となっていることは確実だ。

 一方裁量的予算による歳出は、その会計年度の財源割り当て次第と云うことになるが、2008会計年度では、38%だった。過去40年間を見てみると、義務的予算(mandatory)による歳出は、平均すると着実にその比率を上げている。アメリカの連邦予算を見ると、この義務的予算による支出の着実な増加の方が、防衛予算の着実な伸びよりもむしろ恐ろしい。連邦予算から柔軟性を奪っており、一般企業会計で云えば固定的経費がどんどん増加しているからだ。

 議会予算局(CBO)の予測によれば、2050年までに国家養老年金の支払いは、GDPの6.1%、メディケアとメディケイドの支払いは、GDPの12.5%に達するとのことだ。合計するとGDPの18.5%になる。2007年度の連邦予算の歳出全体は、GDPの20%を占めた。また2008年度の歳出全体はGDPの18.8%だった。言い替えれば、2050年までに、国家養老年金、メディケア、メディケイドの3科目だけで、2000年代終わりの連邦予算全体と同等の比率をGDPの中に占めることになる。その時、連邦予算支出全体はGDPの何%を占めることになるのか?

 2010年2月、オバマ政権は2011会計年度要求を議会に送ると同時に、防衛予算以外の国家予算の歳出を削減すると発表した。しかし、負債の利払いは削減できないし、また裁量的予算による支出はそのほとんどが、防衛予算以外で、他省庁に割り当てられた行政執行予算だ。しかも他省庁に割り当てられた予算のうち、たとえばエネルギー省に割り当てられた核兵器維持予算、いろんな省庁に割り振られた「テロリズム予算」(テロとの戦い予算)は削減どころか、増加させる方針だ。(「<参考資料>アメリカ国家核安全保障局について」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/obama_21.htm>や「アメリカの軍事予算【2010】」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/10.htm>などを参照の事。)

 そうなると、のこる削減対象は、国家養老年金や政府管掌医療保険負担金支払いしかない、ということになる。

 アメリカの国家財政をについて論じた昨年のロンドン・エコノミスト誌は、アメリカの国家予算を救済する道はとどのつまり「借金の踏み倒し」だと断じ、これを急速にやると世界経済を大混乱に陥れるから、「秘かな踏み倒し」(default by stealth)を実施することになるだろう、と述べた。その意味では「秘かな踏み倒し」のひとつが始まったのかも知れない。


7.「赤字」(deficits)と「負債」(debt)の違い

 アメリカの連邦予算の場合、現金主義会計を採用している以上、実際の年次予算赤字(deficit)とは要するに、その年度における現実の現金収入と現金支出の差にほかならない。たとえば、2009会計年度で、歳入が2.1兆ドルで歳出が3.5兆ドルだったということは、09年9月末時点で差し引き1.4兆ドル現金が足りませんでしたよ、という意味以上ではない。これは、国債を起債して現金を入金して埋め合わせるしかないから、09年9月末時点の連邦負債の残高に1.4兆ドル加えることになる。

 1970年度以来、1998年から2001会計年度の4年度を除いて、ずっと連邦予算は年次赤字だった。そうして、2008年9月末9兆9858億ドル、2009年1月末10兆6000億ドル、2009年9月末11兆8760億ドル、そして最近発表された2010年1月18日12兆3000億ドルと積み上がった。

 ここでいう連邦負債とは、連邦政府がその時点で、公共部門(元の英語はthe public。政府部外はすべて公共部門。)に対して負っている負債と政府部内負債(元の英語はintra-governmental debt)の両方の合算である。(「<参考資料>財務省証券(アメリカ国債)の保有者」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/05.htm>)及び「アメリカ財務省証券の国外保有―2009年1月現在」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/06.htm>を参照の事。)

 それでは、年次赤字にそれまでの負債を加えれば、その時点の総負債になるのかというと、そうは行かない。ここがややこしいところだ。年次赤字と年次負債増分は、かならずしも同じとはならない。

 国家養老年金(social security)税の年次収入と国家養老年金の総支払いの差で、国家養老年金基金はその年だけ取ってみれば赤字になる。これは、連邦予算の赤字には繰り入れない。同様にイラクやアフガニスタン戦費を「補正予算」や「特別予算」で出費したが、これも当該年次連邦政府予算の赤字に繰り入れない。同様に緊急予算や補正予算で出費したその他の支出も当該年次連邦政府予算の赤字に繰り入れない。コスト上の赤字と現金ベースの赤字は別なことなのだ。

 税収に関わって、連邦政府が当該年度に一体実際にいくら使ったかを決定するのは実に困難だ。その金額を決定するのは、逆に連邦政府のある時点から、ある時点の総負債を割り出して、その当該年度の連邦予算赤字から、また差し引くのがもっとも確実なやり方となる。頭が混乱して来そうだが、たとえば、2009会計年度(08年10月1日から09年9月末)までの間に連邦総負債は、9兆9858億ドルから11兆8760億ドルへ増えた。指し引き1.9兆ドルの増加である。この間連邦予算の赤字は1.4兆ドルだった。だから差し引き5000億ドルが連邦予算以外で発生した赤字という事になる。これは現金支出入ベースの赤字という事になる。ただしこれだけでは5000億ドルの赤字の内訳はわからない。もっと詳細な分析が必要だし、私にその能力はない。

 ものごとをややこしくしている要因は、連邦予算内勘定科目(英語の元の言葉はon-budget。)と連邦予算外勘定科目(英語の元の言葉はoff-budget)が混在していることも挙げられる。

 たとえば、国家養老年金の税収や受給金支払いやアメリカ郵政局のバランス勘定などは、連邦予算外勘定科目(off-budget)なのに対して、国家養老年金局(the Social Security Administration)の運営経費は連邦予算内勘定科目(on-budget)に分類されている。その意味では、総連邦予算赤字とは、総連邦予算外勘定科目の赤字(または黒字)と総連邦予算内勘定科目の赤字(または黒字)の合算だともいえる。さきに示した、2009年度の連邦予算歳入と予算歳出のグラフはこうした考え方で作られ、発表されている。しかしそれでも、すべての連邦予算外勘定科目を反映表示されているわけではない。先にも見たように差し引き5000億ドル分が表示されていない。だから当該年度のすべての赤字を総額で把握したければ、当該年度期初の連邦政府総負債と、当該年度期末の連邦総負債の差を求めるのが一番手っ取り早いという事になる。(またこれは連邦政府が政治的意図で発表数字を操作することにも使えると思う。「アメリカ連邦政府総負債の推移とGDP比率−2010年2月」参照の事。)


8.赤字の変動原因

 アメリカの連邦予算は2001年以来、質的に相当に劣化してきた。2001年、議会予算局(CBO)は、2009年から2012年の間は年間平均8500億ドル(76.5兆円)の黒字を出すだろうと予測していた。現在の2009年から2012年の予測は、毎年平均1兆2150億ドル(109兆円)の赤字を予測している。また2010年2月に発表されたホワイトハウスの運営予算局の予測では、2010年度から2015年度の間の6年間で、連邦政府の総負債は5.9兆ドル増加すると予測している。毎年にすると、約1兆ドルの増加となる。しかもこの間のGDP成長率を年平均3.73%と前提した上での話だ。

 先ほどの議会予算局の予測をもとにしてみると、毎年の予測のブレは上下2兆ドルに達する。ニューヨーク・タイムスは、このブレの原因について4つの主要な要因に分けて、分析している。それによれば、

経済サイクルによる原因―37%
ブッシュ政権による政策要因―33%
ブッシュ政権とそれを補充する形での政策要因―20%
オバマ政権による政策要因―10%

 という事らしい。


9.軍事予算について

 予算割り当て上の軍事予算と、実際の支出ベースの軍事予算とでは、また大きく違う。現時点で支出が確認できているのは09会計年度だから、その数字を使うと国防省と国土安全保障省の軍事的経費の総額は、7820億ドル(70兆3800億円)だった。残念ながら以下の項目はこの数字には含まれないし、私に確認するすべもない。

 エネルギー省国防関連(対テロ対策予算及び核兵器維持更新予算)、FBI対テロ対策予算、国務省(対テロ対策予算及び海外武器売却関連予算)、NASA軍事関連予算、復員退役省予算、退役軍事省予算、議会承認特別予算のうち軍事関連予算、他省庁部局に分散された対テロ対策予算など。これに総負債のうちの軍事費関連負債利子、軍人医療費やもろもろの経費。

 これらをすべて含めると一体どのくらいの軍事予算、関連予算が支出された確認できないが、09年7820億ドルをはるかに上回る金額であろうことは間違いない。

 しかも、オバマ政権によれば、2011年度以降も“国防予算”は削減しないと明言しているし、実際エネルギー省の2011年度「核兵器関連」予算要求は、前年度割り当て予算に対して13%以上の突出した伸びを見せている。(以上「<参考資料>アメリカ国家核安全保障局について」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/obama_21.htm>及び「アメリカの軍事予算【2010年】」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/10.htm>を参照のこと。)

 こうした軍事関連予算が、アメリカ連邦政府予算の質の劣化に拍車をかけていることは間違いないし、議会内でもこうした事態を憂慮する声もある。

 民主党の下院議員、バーニー・フランク(Barney Frank。マサチューセッツ州選出)は、2009年2月、国防予算の大幅な削減を要求して次のように述べた。

マサチューセッツ州選出の民主党下院議員、バーニー・フランク。有名議員なので、テレビなどでよく顔を見かける。英語Wiki「Barney Frank」
<http://en.wikipedia.org/wiki/Barney
_Frank>
からコピー貼り付け。】

できるだけ早い機会に、軍事予算をおよそ25%削減しなければ、混乱は不可避となろう。たとえ、ブッシュ政権時代に実施した富裕層への減税措置を廃止したとしても、適切なレベルで内政に回す財源を引き続き確保していくことは不可能だ。私はアメリカの安全保障レベルを下げないで、軍事予算を根本的に削減できるような方法を提示する色々な思慮深い分析に今取り組んでいる。・・・メディケア、国家養老年金、その他の重要な国内政策にかかる費用を削減するような提案は、われわれの兵器体系を取り消すような提案に較べて、われわれの直面するいかなる脅威をも正当化できないほど、アメリカの存在をはるかに危険な淵に追いやってしまうだろう。』


 これに対して共和党系の歴史学者、ロバート・ケイガン(Robert Kagan)は、次のように反論した。

 2009年は、国防予算をカットすべき年ではない。これはわれわれの同盟国のための支援や雇用に関係している。2009年の国防予算削減は、アメリカの同盟国を不安にさせ、さらに幅広い協力獲得の取り組み意欲を削ぐことになる。アメリカの地盤沈下という認識はすでに世界中でなされている。海外に関与していくことから一歩引き下がることは、アメリカが経済危機の原因となると多くの国々が恐れるだろう。アメリカが国防予算をカットすることは、アメリカの退却が始まった証拠として、世界が受け止めるだろう。』

 折角のケイガンの熱弁だが、少なくとも、日本にだけは当てはまらない。アメリカの防衛予算が減ったところで、日本の経済は変化しないし、日本の雇用が減るわけでもない。何しろ駐留経費を丸抱えしているばかりか、アメリカ軍再編経費もほとんど負担するわけだから。

 また、オバマ政権の現国防長官、ロバート・ゲイツ(Robert Gates)は、2009年1月、フォーリン・アフェアーズの1/2月号に、「バランスの取れた戦略」(A Balanced Strategy)という論文を寄稿し、次のように述べた。

現国防長官ロバート・ゲイツ(Robert Gates)<http://en.wikipedia.org/wiki/Robert_Gates>から貼り付け】

アメリカは世界に存在する脅威の性質を変化させることに力点をおいて、国防予算支出と優先順位を調節すべきだ。テロリスト分子から力を持ちつつあるならず者国家まで、これらすべての潜在的敵は、通常兵器で直接アメリカに立ち向かうことは、決して賢いことではないと学んだことでは共通している。アメリカの軍事的支配力を恒常化するためには、アメリカの軍事計画、枠組み、人員などに投資を行わないならば、その支配力を持ち続けることはできない。しかしある種の見方を持ち続けることも重要だ。たとえば、アメリカの海軍力は冷戦終了後、総トン数でも軍艦数でも縮小し続けている。しかしそれでもアメリカ海軍は、アメリカの次位13カ国の海軍力全部を併せてもまだ大きい。しかもその13カ国のうち、11カ国までは同盟国かパートナーなのだ。』
<http://www.foreignaffairs.com/articles/63717/
robert-m-gates/a-balanced-strategy>

 ゲイツが日本海軍(海上自衛隊)をパートナーと考えているのか、同盟国と考えているのかは不明だ。しかしゲイツがどの分野に軍事投資をしようとしているのかは、よくわかる。

 オバマ政権が発足してから、約1年、この間アメリカ市民の大統領オバマに対する支持の有り様は激変した。支持率から見ると、1年前の面影はない。共和党支持者層、無党派層はオバマから離れ始めている。日本の有力マスコミは、小さな政府を志向する共和党支持者層が、大きな政府を志向するオバマ政権から離れ始めた、と説明している。

 しかし私はそうは考えていない。一般アメリカ市民は、小さな政府だろうが大きな政府だろうが、どちらでも構わない。ブッシュ時代と違って、一般市民を大切にする政治をオバマに期待したのだ。そして、オバマが叫んだ「チェンジ!」に望みを託し、支持したのだ。しかし、オバマもまたブッシュと大して変わらないと知った幻滅で、オバマから離れ始めたのだ。今はまだ民主党層の支持率は高い。特に黒人層では依然として90%近い支持を集めている。しかし後1年もしたらどうか?私は彼らもまた離れていく、と予測している。