(2010.4.25)
No.007

核兵器の拡散とは?アフマディネジャドとオバマの主張


 2010年4月17日と18日の両日、テヘランで「核軍縮及び核不拡散に関する国際会議」(the International Conference on Disarmament and Non-proliferation)が開催された。
(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/iran/03.htm>あるいは<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/iran/tehran_01.htm>などを参照の事。)

 またこの会議の冒頭、イランの大統領マフムード・アフマディネジャドは

(アメリカは)いわゆる「抑止政策」の一部分を構成する核兵器の開発を続けているが、これは近年の大量破壊兵器拡散の主要な理由となってきた。』

と述べた。(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/iran/tehran_03.htm>)

 アフマディネジャドによれば、「核兵器拡散の元凶」はアメリカである、という事になる。また、この会議は18日の閉幕時、12項目からなる声明を発表し、その中に、

ある種の核兵器保有国による二重基準の実施や差別的アプローチが「不拡散体制」を弱体化させていることへの深甚な憂慮の表明。特にある種の核兵器保有国のNPT非加盟国への協力関係やシオニスト体制の核兵器敞を問題にしないことなど、が「不拡散体制」を弱体化させている。』

 という項目もある。(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/iran/tehran_07.htm>)

 これは、明らかにアメリカやフランスを念頭に置いた声明だ。

 イスラエルは核兵器保有国であり、イスラエルの核兵器開発にはフランスとアメリカが関わっていることは、もう公然の秘密ですらなくなっている。

 しかもアメリカは長い間、イスラエルの原子力発電計画に技術協力を行ったり、消耗的部品の供給や開発技術の提供も行ってきた。またアメリカは、やはりNPT非加盟国であるインドと米印原子力協定を結び、公然とインドの原子力市場に進出をした。

 インドもイスラエルも核兵器保有国であり、NPTに加盟していない。そのインドに対して平和目的の原子力エネルギー開発・技術協力を行うということは、NPTに加盟して「核兵器保有をしない」と約束しようがしまいが、アメリカの基準で原子力協力をする国としない国に選別することになり、非核兵器保有国のNPT加盟意欲を著しく削ぐ結果となる。これがNPTの「核不拡散体制」を弱体化させている、という主張だ。

 またイスラエルが核兵器を保有していることを、少なくとも核兵器保有国は問題としていない。こうした、恣意的な、特にアメリカの対応が、「核不拡散体制」を弱体化させている、というのがこの項目の骨子である。

 私は、これは至極もっともな主張だと思う。

 ところが、オバマ政権の認識はもちろんそうではない。

 北朝鮮が核兵器を保有したり、イランが核兵器をもとうと開発したり、特に最近では、テロリストが核兵器を入手しようとしている。これが「核不拡散体制」を危うくし、冷戦後の最大の国際社会に対する脅威になっている。』(いちいち引用出典を明記しない。)

 というのが、オバマ政権なり、アメリカ大統領、バラク・フセイン・オバマの主張だ。

 非常に興味深いことに、アメリカもイランも、同じく大量破壊兵器や核兵器の、拡散あるいは不拡散、“proliferation”あるいは“non-proliferation”という言葉を使う。

 アメリカにおいては、「拡散」あるいは「不拡散」の対象に、核兵器不拡散条約の定める「核兵器保有国」は含まれていない。別な表現を使えば、5つの核兵器保有国以外の国あるいは地域、あるいはテロリスト、何でもいいが、核兵器が5つの核兵器保有国以外に広大することを「拡散」と呼び、5つの核兵器保有国に限定することを「不拡散」と呼んでいる。

 つまり「不拡散」とは5つの核兵器保有国の「独占」状態のことを指し、「拡散」とはその独占状態が壊れることを指している。

 しかしイランやこの会議に集まった諸国はそうではない。核兵器自体が地球規模で拡大することを拡散と呼んでいる。当然、「拡散」の対象にアメリカを始めとする5つの核兵器保有国は含まれている。

 イランやアフマディネジャドの「拡散概念」は「西側」の常識からすると、非常にいびつである。逆にアフマディネジャドらから見ると、オバマの「拡散概念」は狂っている。

 どちらの概念が正しいのだろうか?

 どちらの概念が正しいのかは、何を「基準」にするかによって決まる。

 5核兵器保有国体制を正常、とは云えないまでも「やむを得ない」状態とし、それ以外の国や地域やグループが核兵器を持つことを「地球に対する脅威」と見なす「基準」からは、当然オバマの「拡散概念」を正しいものとなる。

 どこの国、地域、グループであれ、核兵器を保有するものが現れ、5核兵器保有国体制をやむをえないものとしてではなく、異常な、狂った状態として捉え、一刻も早く廃絶してしまうことが地球を安全にし、核兵器の存在そのものが「地球に対する脅威」と見なす「基準」からは、アフマディネジャドの「拡散概念」は正しいものなる。

 歴史的に見れば、アフマディネジャドの概念が正しいものと思われる。

 1945年「マンハッタン計画」当時、トルーマン政権の「原爆開発」に直接責任を持つ政治家、官僚、科学者の最大の関心の一つは、「核兵器の拡散」だった。

 原爆の取り扱いに関する事実上の最高意志決定機関だった「暫定委員会」は45年6月1日の会議で、「競争力の懸隔」というテーマを設けて、「拡散問題」を論じ、

 同氏(マンハッタン計画の請負企業の一つ、デュポン社長カーペンターのこと。この委員会に産業人招聘者として参加していた。)の推測では、もし仮にロシアが基礎計画を持っていたとしても、同様な工場を建設するのに最低でも4年から5年程度かかることだろう。ロシアが抱える最大の困難は必要な技術者の確保と適切な生産設備の確保にある。もしロシアが大量のドイツの科学者の確保とI.G.ファーベンインダストリーエまたはジーメンスの協力を得るなら、もっと短期間に完成するであろう。』
(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Interim%20Committee1945_6_1.htm>)


 と述べている。

 また、ロシアが原爆をもつのにどのくらいの時間がかかるだろうか、と問われたオッペンハイマーは、1945年から数えて、最短で4年、最長で20年と答えている。

 この6月1日の委員会の翌月、1945年7月に提出された「フランク・レポート」は、「いったん原爆の存在が世の中に知られれば、その翌日の朝から核軍拡競争が始まるだろう。」
(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/flanc_report.htm>)と述べている。

 実際、ポツダム会談でトルーマンから「新型兵器の開発に成功した。」と告げられたスターリンは直ちにそれが「原爆の完成」のことだと悟り、その日から戦後復興を後回しにしてでも「原爆開発」に狂奔した。(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Robert-5.htm>)

 そして、実際にアメリカが、威しでなく広島と長崎に核兵器を実戦使用したのを見て、恐怖に髪を逆立てて、「原爆開発」に拍車をかけ、実際にオッペンハイマーの予測の最短、4年間後の1949年、原爆を完成した。

 そして、その後、第二次世界大戦の戦勝国であったイギリス、フランス、中国が、次々と核兵器国となった。

 これが世界の「核兵器拡散」の歴史である。

 核兵器拡散の原点がアメリカであり、「ヒロシマ」「ナガサキ」が、「核拡散」のビッグバン的役割を果たしたことは明らかであろう。

 核兵器を世界に拡散させた責任はアメリカにある。というのは、ヒロシマ、ナガサキの後、トルーマン政権中枢内部で、核兵器を拡散させまいと云う動きがあったからである。その提唱者は、他ならぬ核兵器の産みの親、陸軍長官のヘンリー・スティムソンである。

 スティムソンはトルーマンに云う。

この兵器の到来は地球のありとあらゆる部分における政治的考慮に対して、深刻な影響を与えつつあります。』

 この兵器の開発にとって、イギリスは実際上もすでにわれわれのパートナーの位置にありました。従って、協力と信頼を基礎に置いたパートーナーシップの関係に、われわれが自発的にソビエト政府を誘わないとすれば、核保有の分野で、ソ連に対抗して「アングロ・サクソン・ブロック」を維持し続けることになります。そのような状態は、ソビエト政府を原爆開発しようとする異常に熱を帯びた行動に駆り立て、より破滅的な性格を持った、密かな軍備拡張競争に突入することは、ほとんど間違いないところであります。実際にそのような活動がすでに開始されていることを示す証拠が存在します。』
 『  この新しい力を管理する問題で、いつの日かわれわれが満足のいく国際的調整に到達しなければならないと、われわれが感じているなら−私はそうしなければならないと思っていますが、その時疑問は、喫緊の和平を希求するという意味において、どれくらい間、現在の一時的な優位性を享受できるだろうかということです。
 ロシアが核兵器生産に関する秘密を完全に手中に収めるには最短4年、最長でも20年かかるであろうという事は、世界や文明にとって重要ですらありません。』
 世界や文明にとって重要なことは、ソ連がわれわれの申し出を受け容れ、世界の和平希求国家の間でソ連が進んで協力関係を構築して、平和を確かなものにすることです。』
 われわれの目的は国際社会にとって最良の取引をすることでなければなりません。危険性は他の方法より大きいと私は信じます。しかしその方法は4年から精々20年(ソ連が原爆開発に要する時間)の間、文明社会を救うのではなく、永久に文明社会を救うことになるのです。
 長い人生の中で、私が学んだ最も大きな教訓は、相手を信頼するにたる存在にする唯一の方法は、まず相手を信頼することだと言うことです。相手を不信に満ちた存在にする最も確かな方法は、相手を信頼せず、また自分の不信感を露骨に示すことです。
 もし原爆を、従来の国際関係のパターンにはめて、さらに破壊力の大きい軍事兵器とのみ見なそうとすれば、ひとつだけ実施すれば事足ります。毒ガスの時にやったように、核兵器の将来的使用を警告する国際的慣習に依拠して、国家主義的軍事力の優位性を誇示し、秘密の帳をおろすという古くさいやり方を取ればよいのです。
 しかし私は、そうではなく、原爆は人類が自然の力を制御するほんの第一段階に過ぎず、古くさい概念をもってしては、原爆は革命的に過ぎ、また危険すぎます。』
 『 そのようなアプローチは、もっと具体的にいえば、軍事兵器としての核爆弾のこれ以上の改善、製造を中止することを意味し、同様な措置をロシア、イギリスにも求めて同意させる事を意味します。
 また現在われわれが保有する原爆を進んで封印し、ロシアとイギリスがわれわれと共に、3国間の同意がなければ、戦争の手段として原爆を使用しないという合意をすることになります。またわれわれは同時に、商業的あるいは人道的目的のための相互に満足のいく形での原子力エネルギー開発を提案する国際合意を含む契約をイギリスとロシアとの間に締結することを、考慮しなければなりません。』
(「1945年9月11日付け陸軍長官ヘンリー・スティムソンの大統領トルーマンあてのメモランダム 議題:原爆管理のための行動提言」(<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/stim-memo/stim19450911.htm>)


 しかし、トルーマンはスティムソンの「文明史的尺度」をついに理解しなかった。トルーマンは、「核兵器」を、単に巨大な破壊力をもった新型兵器としてしか理解できず、「スターリンの鼻面をひきずり回す決定的な道具」として利用しようと決めていた。

 実際、スティムソンの提案は、「老いぼれのたわごと」以上の扱いを受けなかった。しかし、この時から少なくともソ連が1949年、「ナガサキ型」のコピーの原爆の開発に成功するまで、「核拡散」を防ぐチャンスはあった。

 アメリカ・トルーマン政権は、このチャンスもみすみす逃した。だから、アメリカは核拡散については、二重の責任がある。

 アメリカの歴代政権は、現オバマ政権を含め、この時の分析と自己批判を一度もしていない。従って「核拡散」の責任が、他ならぬアメリカにあることを全く理解していない。

 アフマディネジャドは、「スティムソンの提言」を知っているのかどうか私にはわからない。しかし、「スティムソンの提言」を知らないとしても、彼の目からは、「核拡散の責任」がアメリカにあることが明々白々なのだろう。