(2012.822)
No.048
広島2人デモ

その⑤ 大飯原発再稼働:批判と見せて再稼働を助ける
朝日新聞の手口

『原発を今すぐ封印しよう、それが最良の取引だ』

「政治判断」か「安全判断」か

 野田政権は、4月13日夜の閣僚会合で、保安院が用意した暫定基準をもとに「大飯原発の安全宣言」を行った。つまり、機能不全の原子力安全委員会や解体が決まっている原子力安全保安院のかわりに原子力規制行政をおこなったわけだ。「空白」の原子力規制行政を利用した政治的奇術だったわけだ。ある原発の再稼働が安全かどうかを判定する権能は内閣には与えられていない。野田内閣は厳密にいえば違法行為を犯したことになる。内閣は再稼働について政治判断を行うことはできる。しかしその場合、「大飯原発再稼働が安全かどうかの判断は内閣はできない。しかし様々な要素を勘案して大飯原発再稼働は妥当だと政治判断した」と言わなければならない。

 ところが今現在に至るまでも、「大飯原発再稼働」の野田政権の決定は、「政治判断」に基づくものなのか、「安全判断」に基づくものなのか曖昧なままである。国会や記者会見でそのことを衝くものはいない。

 野田政権が大飯原発再稼働の決定をするのは、いまこの記事で問題にしている4月中旬から後半からさらに2ヶ月以上たった6月29日(金曜日)のことである。この時、野田は夏の電力不足を理由に「国民生活を守るため」とした。これは「安全判断」ではなく「政治判断」である。ところが、7月5日午前の定例官房長官記者会見で、記者の1人が「政治判断で今回再稼働を決めたわけだが・・・」と質問しかけたのを遮って、藤村修は「再稼働は政治判断でおこなったのではない。あくまで再稼働は安全と判断したからだ」と律儀に原則論を述べている。(官房長官記者会見7月5日 2分55秒あたり)この時「それでは何を根拠に安全だと判断したか?そもそも内閣に原発再稼働が安全だと判断する権能はあるのか?」と質した記者はいなかった。

 4月以降の経緯を見る限り、野田内閣は「大飯原発再稼働は安全」と判断したのを根拠にして、再稼働を決定している。「夏の電力不足」はいわば後からのつけたりだ。もう一度恐らく3月末までに作られた「再稼働までのロードマップ」を見ておこう。


 ここでの⑧が6月29日の「野田政権再稼働決定」に当たる。このロードマップのどこにも、「夏の電力不足」では出てこない。それはそうだろう。「夏の電力不足」は⑦の「滋賀・大阪・京都に理解を求める」をクリアするためのツールに過ぎなかったのだから。

 7月5日の官房長官藤村の発言は、律儀者の藤村が原則論を繰り返したものに過ぎない。しかし、野田内閣の弱みは、原発再稼働に関して「安全判断」をしたという点そのものにある。だから「安全判断」のニュアンスをぼかして「政治判断」の印象を表に強く出すものとなったと考えられる。それが野田の「国民生活を守るため」発言になったのだと考えられる。大飯原発再稼働が「安全判断」(違法)に基づくものなのか、「政治判断」(合法)に基づくものなのか、これを出来だけ曖昧にしておきたいというのが野田政権の一貫した姿勢だ、という事が出来るだろう。

 批判と見せて「曖昧化」を助ける朝日


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   4月19日(木)朝日新聞(大阪本社版10版)には早くも、この曖昧化を助長する記事があらわれる。『再稼働閣僚会合を録音』『「妥当」判断 官房長官発言と矛盾』と見出しが打たれた4面の記事である。(関根慎一の署名)この記事自体は、「大飯原発再稼働は安全」とした13日の野田内閣の関係閣僚会合(正式な名称は「原子力発電所に関する四大臣会合」)で、それまで詳細記事録はない、としていたが実は事務方の経済産業省の役人が録音を取っており詳細議事録を出そうと思えば出せるはずだ、出席していた官房長官の藤村は17日の記者会見では、「政治家だけの議論は録音を止めていたようだ」と述べている、また産業経済相の枝野幸男は18日の衆議院予算委員会で「議事録要旨以上の議事録はとっていない」と答弁しているが、これらとも矛盾する、『政治判断の密室ぶりが浮き彫りになった。』、ケシカランという内容である。 

 議事録があるなら、また全発言を記録したメディアがあるなら是非とも公開して欲しいところだが、私が問題にしたいのはそこではない。この記事の書きぶりと言葉使いだ。

 この記事は、『関西電力大飯原発の再稼働を「妥当」と判断した13日の関係閣僚会合で』と書き出している。13日の関係閣僚会合は大飯原発再稼働を「妥当」と判断していない。大飯原発再稼働を「安全」と判断したのだ。

 (当時私はこの記事を読んで、はて?野田内閣は大飯原発再稼働を妥当としたのだったかな?再稼働しても安全、といったに過ぎないのではなかったか?「安全だ」といったことは「再稼働妥当」と同じことかな?と思ったのを記憶している。)


引用元:http://www.meti.go.jp/policy/safety_security/
120413_02.html

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 念のため、当日議事録概要を見ておこう。

 当日会合は午後6時30分から7時20分まで首相官邸4階大会議室で行われている。4人の閣僚とは「野田内閣総理大臣、藤村内閣官房長官、枝野経済産業大臣、細野内閣府特命担当大臣(原発担当)」のことだ。いつもの通り民主党政調会長代行の仙石由人と官房副長官の齋藤勁(さいとうつよし)が オブザーバー出席。原子力安全・保安院長の深野弘行、資源エネルギー庁次長の今井尚哉(たかや)が陪席者という資格でテーブルについている。
概要は次のように述べている。

専門家ではない四大臣だけで拙速に判断基準を取りまとめたとの批判があるが、東京電力福島第一原子力発電所事故の発生以降、政府は、従来の安全対策に加え、昨年3月の緊急安全対策、4月の外部電源対策、6月のシビアアクシデント対策など、事故の教訓を反映した具体的な安全対策を次々に指示・確認している。』

 「専門家でない4大臣だけで拙速に判断基準をとりまとめたとの批判があるが」と断ったうえで、以下縷々今回の判断が適切であるか、いかに大飯原発の対応・対策が適切であるか具体的な事例を列記してながながと述べている。判断基準が適切かどうか、対応・対策の一つ一つが正しいかどうかを評価・判断できるから専門家というのである。自ら専門家ではないと断りながら専門家しかできない判断評価をしたわけだから、いわゆる「語るに落ちる」である。何度も繰り返すが、日本の法体系はそんな判断権能を内閣に付与していない。

 再稼働安全確認をしただけの閣僚会合

 『・・・以上より、四大臣により、大飯発電所3・4号機は、「原子力発電所の再起動にあたっての安全性に関する判断基準」に適合し、安全性が十分に確保されていることが確認された。』と結んでいる。

 この部分が『野田内閣 大飯原発再稼働安全宣言』とされた部分だ。この日の会議はもうひとつ大きなテーマがあった。電力需給から見た時の大飯原発再稼働の「必要性」だ。

 この点については、この雑観全体で検証している怪しげな根拠を次々述べながら、次のように結論している。

以上より、四大臣として、大飯発電所3・4号機の再起動には、必要性が存在すると判断した。』

 そして、『四大臣としては、この判断について国民に対して責任を持ってご説明し、理解が得られるよう努めていくこと、何よりも、立地自治体のご理解が得られるよう全力を挙げていくこと、そして、こうした一定の理解が得られた場合には、最終的に再起動の是非について決断することを確認した。』と続く。

 大飯原発再稼働の「安全性」については安全であると「結論」し、再稼働の必要性については「確認」しているが、どこにも再稼働妥当とは言っていない。それどころか、最終的に再起動の是非について決断することを確認」と述べている。そもそも再稼働妥当の判断は、ロードマップの最終段階「再稼働決定」と同義である。この段階で出てきてはシナリオが狂う。

「安全判断」を「政治判断」とする狙い

 そうするとこの朝日新聞の記事や見出しに使ってある「妥当と判断した」という話はいったいどこからでたのか?唯一可能な答えは、野田内閣が「大飯原発再稼働安全と判断した」したことを捉えて「再稼働を妥当と判断」した、ということであろう。ところがこの言葉は「曖昧化」の切り札である。というのは、「妥当と判断した」といういい方は、この判断が「政治判断」なのか、内閣が本来持ってはならない権能にもとづく「原発再稼働の安全性に関する判断」(安全判断)なのかを一挙に曖昧にするからだ。

 果たしてこの文章にあとに「妥当との判断は事実上、政治家だけで話し合った場で決めており、藤村修官房長官は録音の存在を否定。政治判断の密室ぶりが浮き彫りになった。」と書いている。この記事を書いた関根慎一はあきらかに政治判断だと述べているのである。

 しかし、実際には13日の閣僚会合ではいかなる政治判断も行われなかった。閣僚会合は科学的・専門的に大飯原発再稼働を「安全」と判断し、そう宣言したのだ。

 私は関根が「政治判断」と「安全判断」を曖昧化する意図をもってこの記事を書いたのだとは思わない。おそらく、閣僚会合に出た人間の誰か、あるいはその近辺の誰かに「アレは政治判断だよ。政治判断で再稼働を妥当としたんだ。」とブリーフィングを受けていたのだと思う。(あるいはそれが朝日新聞全体の認識なのかも知れない)

 その刷り込みがついこの記事に出たのだと考える。従って関根にブリーフィングした人物こそ「政治判断」と「安全判断」の曖昧化を意図していた、と想像している。(あるいは朝日新聞の編集幹部かもしれない)私の想像がどうあれ、この記事は肝心な部分、すなわち野田内閣の違法行為を曖昧化するのに十分に役立っている。

 生産設備過剰体制の体質

 4月19日朝日新聞(大阪本社版10版)の17面(科学面)には、『電力融通「隠れた電源」』と題する記事が掲載されている。これは「創エネ・省エネ」と題する連載企画の第45回目の記事として掲載されている。(署名は安田朋起)

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 リード記事から引用しておこう。
電力の余力が乏しい電力会社に、余力のある電力会社が供給区域を越えて電力を分ける―。原発停止が長引く今の日本で、この「融通」が電力の安定供給に大きく貢献している。しかし、地域独占体制の維持にこだわる電力会社は積極的にアピールしようとしていない。実態には不透明な部分が多い。』

 のっけから「電力不足」を下敷きに書いた記事だ。「電力の余力」が乏しいどころか、日本の電力事業は慢性の生産過剰体制にある。「3.11」の発生する前、2010年度、関西電力の電力販売状況は以下のようだった。 


 大ざっぱに言って1510億kWhの販売のうち自社生産分が1315億kWhで比率87%、他社購入分が195億kWhで約13%。他社購入分はもう他電力会社からの購入分、いわゆる融通電力は少なく、関電管内の独立系電気事業者からの購入が多かった。

 一方販売のうちの自社生産分の比率を見ると、水力が11.5%、火力が37.5%、原子力が51%。すなわち自社生産分の半分を原子力発電で占めていた。

 一方生産体制はどうかというと下の表がそうである。要するに関電は水力819.5万kW、火力1690万kW、原子力977万kW、新エネルギー6000kW、合計約3500万kWの電気生産設備を持っていた。生産体制と生産実績を表にすると以下のようになる。


    すなわち、生産設備から見ると、生産実績比率は全く逆転し、水力23.5%、火力48.5%、原子力28.0%となる。つまり、原子力発電による生産を上げるために、水力と火力による生産を抑制していることになる。

 それを示すのが、推定設備利用率だ。原子力の推定設備利用率(定期点検などでの停止期間を含む)は78.2%とほぼ8割なのに対して火力は33.3%とちょうど1/3、水力にいたっては21%と1/5だ。つまりは原子力発電を8割の稼働率にするため、水力と火力は1年間の期間のうち2/3から4/5まで遊ばせているというのが現状だ。特に2010年度は、原発の設備利用率が8割だったにも関わらず、原発とセットのはずの揚水発電(奥多々良木、大河内、奥吉野の3つの大型発電所)は1wも生産していない。原発を稼働させるため電気をむだに捨てていたことを意味している。(ついでに強調しておきたいのはこの2010年の供給実績をもとにして政府、関電、関西広域連合の2012年供給予測が立てられている。デタラメ、という他形容のしようがない) 

 同じような分析数字を中国電力と四国電力に関して持っているが、煩雑なのでここでは示さない。

 中国電力と四国電力の販売・生産構造は関西電力と同じではない。ただ、生産過剰体制であることは共通している。特に四国電力は、もともと管内電力需要の乏しい市場で伊方原子力発電所をもったために、恒常的に他電力会社に電気を買ってもらわなければならない体質になっている。

 この朝日新聞の記事で「電力の余力」が乏しい電力会社、といういい方がいかに一定意図をもったウソの誘導記事であるかがわかるであろう。


 関電の本当の「隠れた電源」

 関電に関してはそればかりではない。自社生産に加えて管内他社生産電力を購入して管内に供給する体制ができあがっている。下表は2012年8月2日から8月16日までの「関電ピーク時電力供給量と内訳」である。

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 注目していただきたいのは、この表の「他社受電」である。他社受電は関電用語であるが要するに関電から見て他社購入電力のことだ。この2週間で平均約630万kWもある。それではこれが融通電力なのかというとそうではない。中部電力・中国電力・北陸電力からの購入、すなわち融通電力は平均126万kWでしかない。それでは、これらの電力会社の融通能力がないのかというとそうとはいえない。というのは、融通電力は土・日になると極端に増加する。8月4日の土曜日は250万kW、8月5日の日曜日は203万kWである。土日になると中部電力・中国電力・北陸電力管内の電気はじゃぶじゃぶに余る。おそらくはそれを関電が引き取る契約になっているのだと思われる。関電はそうして引き取った分を火力発電量を抑えて調整していることが表から読み取れる。おもしろいのは、8月12日から15日の間、融通電力が極端に少なくなる。これは関電管内が夏休みモードに入って電力需要が極端に落ちるため、あらかじめこの4日間は「引き取れませんよ」という契約になっているのだと思われる。この表には現れていないが、8月16日からは通常モードに戻り、融通電力がもとの水準に戻っている。

 それより融通電力によらない他社受電はどこからくるのかというと、その④でも触れたとおり、関電管内の独立系電気事業者や電源開発など卸売り専業の電力会社、大規模事業所の自社発電設備からの余剰電力購入などで成り立っている。これらは、表を見ておわかりの通り、最低限でも500万kWの供給能力を持っている。

 朝日新聞の見出しで使った「隠れた電源」というのは、他社からの融通電力ではなく、こうした独立系電気事業者の「発電能力・供給能力」を指す言葉にふさわしい。

「融通電力」に頼らざるを得ない、という刷り込み

 この記事の内容自体は、

1. 昨年8月の東北電力は融通電力のおかげで節電要請や計画停電の恐れから免れた。(例によって数字抜きであるから、判断不可能)
2. 資源エネルギー庁は研究会で「機動的な融通が重要」と述べた。
3. 日本の電力体制は地域独占体制だが、電力会社間を繋ぐ送電網は50年代から構築されてきた。
4. 東日本大震災で状況は一変、電力融通の重みを増した。
5. それが実証されたのは2月3日の九州電力火力発電事故である。210万kWの融通電力が九電に送られ停電は回避された。
6. 電力融通は電力不足を回避する切り札。しかし各電力会社は地域独占を崩したくないのでこれに消極的。(融通電力と地域独占崩壊とは何の関係もない。地域に電力を供給するのはあくまでその地域担当の電力会社なのだから)
7. 関電大飯原発再稼働にあたっても「関電管内の電力不足」ばかりを強調、融通電力には及び腰。(実際は先ほども見た通り、関電はもともと生産過剰体制。他社受電も融通は20%以下で、関電管内の独立電気事業者からの供給の方が圧倒的に大きい。)
8. 融通は「隠された電源」として後出ししている。市場を介さない取り引きなので実態が見えにくい。自由競争や新規参入が進まない。(自由競争や新規参入が進まないのは電力会社の独占体制にある。「発送電分離」というがこれでは不十分。実際に必要なのは、発電、送電、給電の分離、すなわち発送給電分離である。うちカギを握るのは送電。送電網は公有化ないし国有化しておく必要がある。)
9. 広域運用を進めるには、透明性や公平性を高めることが欠かせない。

 とまるで訳のわからない朝日の決まり文句「透明性や公平性が欠かせない」でこの記事を結んでいる。

 この記事全体は、「日本は電力不足」という前提で組み立てられている。そして融通電力がそれを救うカギだ、とし問題を全く筋違いの方向に誘導する狙いを持っている。融通電力が「隠れた電源」といいたい狙いは明らかだろう。関電が「15%電力不足」を解消するには他電力会社の「融通電力」に依存せざるを得ず、それには他電力会社管内での節電が不可欠だ、という結論にならざるを得ないからだ。これは野田政権が描いている「原発なしでは電力不足。他電力会社管内での節電計画は不可欠」というでっち上げのストーリーと全く同じことになる。

 世論誘導に使われやすいマスコミの体質

 4月中旬、特に13日夜、野田政権が大飯原発再稼働の安全宣言をして以来、朝日の再稼働関連記事はめっきり減っていく。そのかわり徐々に増えていくのは、電力需給関係に関する記事だ。すでに政府・関電は、次のターゲット、「原発なしでは電力不足。料金値上げは必至」のデマキャンペーンを国民全体に刷り込んでいく方向に向かっていた。大手マスコミの報道内容は、そうした政府・関電の狙いと同調している。

 日本の大手マスコミは、それでなくても政府や権力機関の「広報宣伝」「世論操作」「世論誘導」の道具に使われやすい体質をもっている。それは「発表報道」の体質だ。相手の発表した内容をそのまま無批判・検討抜きに報道する体質、といってもいい。私から見ると民主党政権成立の最大の功績は、政府資料を公開するようにしてきた、と言う点である。非常にわかりにくい、不十分で不親切な資料であるが、自民党政権時代に比べると圧倒的に公開量が増えている。日本のマスコミはそれらをまず読まない。依然として報道を「発表」に大きく依存している。つまり政府や権力機関の「世論操作」の道具に使われやすい体質を持っているということである。

 その体質がもろに出て、報道機関として機能不全におちいったのが2011年福島第一原子力発電所事故報道、「3.11」報道だろう。マスコミは政府(特に内閣のスポークスマンである官房長官)の発表、東電の発表、原子力安全・保安院の発表に依存して報道し、国民から全く信頼されなくなった。それでは政府が情報を隠していたのかというと決してそんなことはない。

 たとえば、事故直後政府は首相官邸に「原子力災害対策本部」を設けて随時報告書をそのWebサイトで公表していた。(ダウンロードし、私どものサイトに転載している)たとえば、最初に発表された報告書は事故当日3月11日22時35分現在の報告書である。「原子力発電所事故の状況」を見てみると、「1.事故の発生進展経緯」の中に時系列で、「原子炉に注水できなくなった」と報告している。注水できなくなってその後具体的にいかなる経過で進展するのか素養のない私にはわからない。しかし原子炉に水が送り込めない状況がどんな状況かはわかる。テレビのニュース専門チャンネルで、官房長官記者会見、原子力安全・保安院、東電の記者会見を次々に見ていったが、原子炉に注水できなくなったこと、そのことの意味を問う記者は1人もいない。誰1人としてこの報告書を読んでいないのだ。

 同日23時30分現在の報告書が出た。最初の報告から約1時間後だ。この報告書は、前の報告書に継ぎ足す形式であるため、なにが追加されたかかえって読みやすい。「2.各省庁の体制」という項目が追加されており、「原子力安全・保安院」の動向が記されている。その22時30分の項に「原子炉シミュレーションの結果が出たため総理に報告」とある。

 これこそ一番私が(私だけではないが)一番知りたい内容である。しかしその報告書にはシミュレーションの結果は書いていなかった。

 日が変わって3月12日午前0時30分現在の報告書が出た。前の報告書からこれも約1時間後である。「原子力安全・保安院」の項を見てみると、「22:00」に次のように書いてある。

22:00 福島第一2号機の今後のプラント状況の評価結果(放出される放射性物質の量は解析中)
(実績)14:47 原子炉スクラム(RCIC起動)
(実績)20:30 RCIC停止(原子炉への注水機能喪失)
(実績)21:50 水位計復活(L2:燃料上部より約3mの水位)
(予測)22:50 炉心露出
(予測)23:50 燃料費覆管破損
(予測)24:50 燃料溶融
(予測)27:20 原子炉格納容器設計最高圧(527.6KPa)到達
          原子炉格納容器ベントにより放射性物質の放出』

 つまり、第2号報告と合わせ読むと原子力・保安院は、原子炉に水が注入できなくなると、次に何が起こるかの解析作業をしていた。事故の起こった11日の午後10時にその一応の解析結果がでた。それをもって10時30分に首相官邸で当時首相の菅直人に予測を報告した、という経過であろう。報告を聞いた菅は腰を抜かしたに違いない。

 3月12日未明には炉心溶融の予測が公表されていた

 もう一度、この時のシミュレーション結果をおさらいしておこう。これは2号機に関する記述である。2号機を選んだのは水位計が復活したからである。

(後でわかるのだがこの水位計は壊れていた。この時2号機には水があった。時間的に遅れがあったものの、ほぼこの通りに進行していくのは3号機だった。この時点で3号機にどれくらい水が残っているのか全くわからなかったので、ここは2号機に例を取っているが、1-3号機がこの通りに進展していく可能性があることを保安院は菅に説明したに違いない。つまりここは2号機に例を取っているが全く注水できない1-3号機すべてに当てはまるシミュレーションでもある)

 注水できないのだから、核崩壊熱で水はどんどん蒸発していく。水が燃料上部から3mの水位ということは、核燃料は4mの長さ(高さ)だから、後1mの深さの水しか残っていない。どんどん蒸発すれば、1時間後すなわち22時50分には炉心は完全にむき出しになる。燃料被覆管はジルコニウム合金でできているが、ジルコニウム溶融温度の1700℃以上に達するのは目に見えている。そして、そのまた1時間後の23時50分には被覆管も溶ける、と予測する。この時大量の水素が発生することも保安院は菅に説明したことだろう。

 さらに、このまま推移すれば原子炉内の温度はさらに上昇する、核燃料を焼結したペレットが溶融する2700℃に達するのは時間の問題だ。それがそのまた1時間後の24時50分だというのだ。核燃料が溶融すれば、メルトダウンが起きる。一挙にメルトダウンすれば圧力容器内のそこに溜まっている水と反応して水蒸気爆発を起こす。超巨大なテンプラ火災みたいなものだ。圧力容器そしてその外を覆う格納容器ごと全てが吹き飛ぶだろう。核燃料は爆発と共に全て飛散するだろう。これは状況としてはチェルノブイリ4号機と全く同じ状況だ。しかしなぜか保安院はこの水蒸気爆発の予測はここに記述していない。もっともこの予測は予測になっていない。最悪の事態だからだ。もう手の打ちようがない。これは後に菅が口走るように東京を含んで日本から東半分がなくなる状態だ。
「小出裕章インタビュー」①を参照のこと)

 だからこのシミュレーションでは、発生する水蒸気や水素の圧力で格納容器が破裂する状態を想定している。それが27時20分の「原子炉格納容器設計最高圧到達」である。この時までにベントして中の圧力を下げてやらねばならない。また圧力を下げてやらねば、生命線の水も注入できない。

 こうした出来事は少なくとも3月12日には政府公表の資料で十分予測できていた。しかしその後の記者会見で見てみてもこうした質問をする記者は1人もいなかった。また各紙の紙面ももちろん朝日新聞もNHKをはじめとするテレビも全く誰も報じなかった。政府の記者会見での「牧歌的」な見通しや現状報告をただ発表されるままに唯々諾々として書くだけだった。原子力安全・保安院の予測通り事態が進行し、3号機建て屋に溜まった水素が爆発を起こすのは13日の午後だが、少なくともこの危険は12日には予測できた。外れるかも知れないが十分予測できた。もし予測すれば、もっと多くの人が放射能の危険から逃げられたかも知れない。しかし日本のマスコミは唯々諾々と政府の発表を報道するだけだった。(これはもう報道機関の名に値しない、精々良く言って広報宣伝機関、もう少し正直にいえばプロバガンダ機関であろう。戦前「大本営発表」に徹した報道機関と質的には変わらない。)

 強烈に打ち出される朝日の「橋下礼賛」

 その体質は、大飯原発再稼働に関する報道についても同じことがいえる。政府・関電・関西広域連合が予測した「原発なしでは15%の電力不足」を検証なしに無批判に報道してきた。日本の報道機関はこうして政府関電の「ウソ」と「脅迫」を日本中に拡大再生産することによって、大飯原発再稼働に手を貸してきたのだった。

 明らかな、意図的な政府権力協力報道は別としても、こうした発表報道依存体質が改まらない限り(それは構造的な問題であり、現場の記者の質レベルの問題ではないので絶対に改まらないが)、報道言論機関ではなく世論誘導機関としての本質に変化はないだろう。


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   さて4月20日の朝日新聞33面(大阪本社版10版)には、明らかに意図的で悪質な記事が掲載される。『橋下流』とコラム名までが作られ、『再稼働批判 熱する論議』『エネ戦略会議 向かう先は』と大きな見出しが打たれた「橋下徹」礼賛記事である。 

 この記事を引用して検証するのは気が重い作業だが、今後のことを考えればやっておかなくてならない。(なおこの記事は、桜井林太郎・富田洋広の連名記事と桜井林太郎の単独署名記事が合わさっている。)

 リード記事から引用しておこう。
「民主党政権を倒すしかない」。関西電力大飯原発再稼働をめぐり、野田政権に真っ向から異を唱える橋下徹大阪市長。その知恵袋が大阪府市が作った「エネルギー戦略会議」だ。専門分野も経歴も様々な10人が公開の場で口角泡を飛ばし考えをぶつけ合う、彼らはなぜ集い、何を目指そうとしているのか―。』

 このシリーズの①の記事『政府・関電、そして関西広域連合の詐術』でも見たように、このチームのメンバーも深く関わっている「関西広域連合エネルギー・電力需給等検討プロジェクトチーム 」が、この記事のほぼ1ヶ月後の5月19日付で発表した『関西電力管内における今夏の電力需給見通し等の検証結果』の内容を知っている私としては、このリード記事が橋下徹や「エネルギー戦略会議」やたらと持ち上げるのを読んで、鼻白む思いだ。

 関西広域連合の電力需給等検討プロジェクトチームは結局関電の提出した資料を下敷きにして、政府や関電の「電力は15%不足する」という結論を追認した。これが真実に近い検証結果ならともかく、需要の基準年度を2010年において、需要を300万kWほど過大に見積もり、一方供給を前年供給実績に基づいて500万kWほど過小に見積もった。その検証過程を見てみても杜撰極まるものだった。橋下徹や関西広域連合が政府や関電より輪をかけて悪質な点は、徹底的に政府を批判し対決姿勢をとっていたところにある。それだけ、このプロジェクトチームの検証結果は説得力を持ったのである。

 橋下は「原子力問題を変える唯一の政治家」?!

 さて反吐が出るほどだが、この記事の「橋下持ち上げぶり」を見ておこう。

メンバーの人選を共に進めたのは、再生可能エネルギーの専門家で同特別顧問の飯田
哲也氏だ。・・・「民主党に期待を裏切られた」という飯田氏。(飯田哲也も検討プロジェクトチームの結論を承認している)「橋下さんは現実を動かす政治をどんどんやっている。原子力の問題を変え得る唯一の政治家では」』

 後に一転豹変し、「降参宣言を」出して大飯原発再稼働を容認する橋下徹を私たちは知っているだけに、「原子力の問題を変え得る唯一の政治家」という飯田の評価を今読んで、いささか唖然とする。
(後に山口県知事選挙に出て落選する飯田哲也も相当怪しい人物である。後に朝日はほぼ1ページを割いて飯田礼賛記事を書くが、それはこの項の範囲ではない)

ビジネス弁護士で、脱原発弁護団全国連絡会議代表として反原発運動を煽動する河井弘之氏も名を連ねる。・・・だが、橋下氏の言葉に血が騒いだ。「先生、原発事故は怖いです。でももっと怖いのは使用済み核燃料を未来に押しつけることです―。「彼は問題の本質に気づいていた。あのひと言で僕(河井)は彼を信頼した。』

 反原発派の弁護士河井弘之にして信頼する「反原発の闘士」橋下徹と言うくだりで、この記事全体の山場だが、原発事故の恐さと使用済み核燃料の恐さ(未来に押しつけること)は、実は同質の恐さだ。この2つを比べてどちらが怖い(リスクが高い)とはいえない。もし橋下が本当に河井にこういったとしたら、それは橋下独特の無内容なレトリックに過ぎない。原発事故の恐さと使用済み核燃料を未来に送り続けることが同質の恐さ(リスク)というのは、低レベル放射線障害(低レベル放射線障害とはほぼ100%、内部被曝障害である)の危険を現在と未来に永遠にまき散らすからである。反原発の本質は反被曝である。

 関西圏で電力が足りない(それは、でっち上げの検証だったが)となったとき、あっさり降参宣言をする橋下は「問題の本質」がわかっていない。それより河井の口を通じてなされる朝日新聞記者、桜井林太郎と富田洋広のおべんちゃらぶりは読んでいて反吐が出る。


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   次の『関電に揺さぶりも』の見出しでは、例の原発再稼働「8条件」と関電株主総会での対応が話題になっている。「8条件」については、このシリーズのその③「大飯原発再稼働-政権批判と見せつつ広報宣伝に徹する朝日新聞」でも扱ったように、現行法体系では全く実効性のない絵に描いた餅である。これは、橋下自身も「政治的なメッセージ」と認めているように、次期衆議院選挙・国政進出を念頭に置いたパーフォーマンスだ。(同「橋下の暴れぶりを持ち上げる朝日新聞」「橋下をダシに電力不足を刷り込む朝日新聞」の項参照の事)

 株主総会対策にいたっては筆頭株主の大阪市が原発に対して否定的な意志表示をするという以上の意味合いはない。(本来これだけでも相当なインパクトだ。しかしその株主総会での提案も将来の原発ゼロ提案ではインパクトも半減以下である。)

 「将来原発をゼロに」という株主提案は、当然関西電力の定款変更を迫ることになる。定款変更には議決権のある株主の2/3以上の賛成が必要となる。ところが関電の株主構成は約1/3が原発推進を支持する金融機関・機関投資家・関連企業で占められている。この提案が否決されるのは目に見えている。もし戦略会議のメンバーが手分けしてこうした「原発推進派」を説得し、切り崩し工作を行うのなら話は別だ。それはもしかして実効性のある提案となったかも知れない。しかし橋下、飯田を含めてそんな地道な努力をしていこうなどという人物は1人もいない。全員派手な動きをして大向こう受けを狙う、といった類の人物ばかりだ。戦略会議なるものの「提案」は実際には提案ではなく、パーフォーマンスだったのである。


 「脱原発」のいかがわしさ

 戦略会議も橋下も、「現在ただ今は原発は必要だ」という見解には変わりない。それは、次のコメントに端的に表れている。

戦略会議の提言を掲げ、次期総選挙の争点にする構えの橋下氏。福島原発事故の1ヶ月半後に「原発の新設や老朽化原発の延長計画を止めにかかる」と言い、・・・「今日明日で原発をゼロにできないことはわかっている」と現実も見据える。』

 要するにこの1点である。「今すぐ原発を停止し廃炉にする」―この1点を認めるか認めないかである。反被曝の問題を正面から見捉え、「低線量内部被爆問題」を現在から将来へ向けて最小化するという観点に立てば、「反原発、ただちに廃炉」が唯一「現実的」な対応である。また将来を見据えた冷静な取り引きでもある。

ただ今すぐ原発廃炉を決定すれば、日本の電力会社の株価や社債は紙くず同然となるだろう。原発関連の資産はただちにゼロ評価になる。また廃炉費用、今は資産として計上している使用済み核燃料の安全化費用や処理費用など数兆円にのぼるコストを計上しなければならない。関電などは数年を経ずして債務超過になることは確実だ。それは同時に電力会社に大きな金額の投融資をしている大手銀行、機関投資家などの債権の「不良化」を意味する。経済界にとっては大きな傷手だ。またその周辺で売り上げや利益を上げている企業群にとっても傷手となる。場合によれば、深刻な経済不況を招くかもしれない。しかしそれでも、低レベル放射線障害の問題を考えれば、今すぐ原発を葬りさらなくてはならない。30年、50年というスケールで冷静に計算すれば、原発を葬り去ることの方がはるかに得策だ。冷静な取り引き、というのはこういう意味だ。)

   同じ4月20日の朝日新聞5面には、『原発再稼働を経産相に要望 日本商議所』の短い記事が出ている。(無署名)全文引用しておこう。

日本商工会議所は19日、エネルギー・原子力政策について意見をまとめ、枝野幸男経済産業相に提出した。当面の最優先課題として、原発の再稼働に取り組むように求めた。昨夏のような生産抑制や節電が続けば、生産性が低下し産業の空洞化を加速させ、地域経済や中小企業経営に深刻な影響を及ぼすとした。』
 
 大企業の中で原発産業と全く無縁な企業を探すのはかなり難しい。ましてやその下請け構造の中の中小企業は(日本商工会議所の中心メンバーである)かなり苦しくはなる。それは事実だろう。原発を再稼働して欲しい、これは多くの関連企業のホンネではないか?

 しかし彼らの方が近視眼的で冷静な取り引きをしようという視点を失っている。30年、50年のスケールで日本経済を眺めてみるという視点を失っている。

 私たちにとって最良の取り引き

   1945年、トルーマン政権の陸軍長官、原爆開発の最高責任者、ヘンリー・ルイス・スティムソンは広島・長崎の惨劇に衝撃を受ける。その月に辞任することになっていたスティムソンは9月11日、大統領トルーマンに『原爆管理のための行動提言』と題する一通のメモランダムを提出する。その中でスティムソンは次のようにいう。

(原爆開発に狂奔する)ロシアが核兵器生産に関する秘密を完全に手中に収めるには最短4年、最長でも20年かかるであろうという事は、世界や文明にとって重要ですらありません。世界や文明にとって重要なことは、ソ連がわれわれの申し出を受け容れ、世界の和平希求国家の間でソ連が進んで協力関係を構築して、平和を確かなものにすることです。』

原爆は人類が自然の力を制御するほんの第一段階に過ぎず、古くさい概念をもってしては、原爆は革命的に過ぎ、また危険すぎます。』

現在われわれが保有する原爆を進んで封印し、ロシアとイギリスがわれわれと共に、3国間の同意がなければ、戦争の手段として原爆を使用しないという合意をすることになります。』

世界の歴史の中で、極めて重要な一歩を達成する最も現実的な手段がこの方法だと、私は主張するものです。』
 
 原爆は人類が管理するにはあまりに危険すぎる、そのためにはロシアと交渉して原爆を封印してしまおう、それが文明史的に見てもっとも現実的で、人類にとって最良の取り引きだ、スティムソンはこう主張するのである。

 原爆を、ソ連の鼻面を引きずり回す道具、としてしかみなかったハリー・トルーマンはついに文明史的な視点に立つことはできず、このスティムソンの提言を一顧だにしなかった。

 今考えてみて、スティムソンの主張がいかに正しいものだったかがわかる。人類にとって扱いきれないほど危険すぎる科学技術を考える時に、私たちはいったん文明史的な視点に立って見なければならない。スティムソンのいい方をそっくり借りよう。

 『原発を今すぐ封印しよう。それが人類にとって最良の取引だ。』

(以下その⑥へ)