(2010.3.9)
ヒロシマ・ナガサキ参考資料 オバマ政権の側面援護を広島で担う中国新聞

「被爆者の悲惨」に沈倫してきた中国新聞 

 オバマ政権の登場まで、「広島の原爆」問題について、ひたすら「被爆者の悲惨」のみをテーマにしてきた広島の地元紙、中国新聞が「オバマ政権」登場あたりから、にわかに活気づいてきた。

 広島の中国新聞は、これまでトルーマン政権による「日本への原爆使用」問題の本質をまったく衝いてこなかった。そして広島への原爆投下が、今日の「核兵器時代」をスタートさせ、第二次世界大戦後の政治構造を決定してきたことも追求してこようとしなかった。そしてひたすら「被爆者の悲惨」というテーマに沈倫してきた。そして「日本への原爆使用」という高度な政治問題を「イベント化」し、「話題化」してきた。そして広島市民の目をこの高度な政治問題の本質から逸らせ続けてきた。その象徴が、当時中国新聞の論説委員だった金井利博の言葉「原爆は威力として知られたか、人間的悲惨として知られたか。」であろう。彼は大江健三郎と組んだ格好で、広島市民の目をひたすら「被爆者の悲惨」のみに逸らせていった。そうではない。「広島の原爆は、戦後世界を規定した高度な政治問題」として知られなければならなかった。このことは「原爆投下が戦争を終わらせるための最終手段だった。」とするトルーマン政権以来の歴代アメリカ政権に取っては都合がよかった。

 「原爆使用」の政治問題性を不問に付すからである。「ヒロシマ」と「ナガサキ」はいまでも彼らのアキレス腱である。一番触れて欲しくない問題である。「原爆使用」の政治問題性を不問に付した上で、ひたすら「被爆者の悲惨」を語り、その政治性や、それを基盤で支える経済性に全く触れず、「ノーモア・ヒロシマ」「繰り返しません、過ちは」と云ってくれていた方が、都合が良かったのである。

 それだけ「広島」と「長崎」は世界の市民に対してインパクトがあるという事でもある。トルーマン政権の「日本に対する原爆使用」の政治性に、広島と長崎が目覚め、これを問題とし始めたら、アメリカの核兵器保有の正当性は根底から崩れていく。「広島」と「長崎」はいつまでも「眠れる獅子」でいて欲しいのだ。

 第63回国連総会の総会議長だったミゲル・デスコト・ブロックマンは、2009年、この「眠れる獅子」を起こしにやってきた。そして8月6日、広島で多くの市民に語りかけた。

 日本が核攻撃の残虐性を経験した世界でただ一つの国であり、かつその上に、日本が世界に対して「許し」と「和解」(reconciliation!)の意義深い実例をしめした、という事情を考慮するなら、私は、日本は、この象徴的な「平和の都市」、聖なるヒロシマに核兵器保有国を招集するもっとも高い道義的権威をもっており、世界に存在する核兵器に対する「ゼロ寛容」(“Zero Tolerance”一発の核兵器に対しても絶対に寛容であってはならない、という意味。アメリカの支配階級から流される「グローバル・ゼロ」を痛烈に皮肉った彼の造語でもある)の道をスタートすることによって、われわれの世界を正気に戻す先頭に立つプロセスを真剣に開始する国だと信じます。』

 ところが、ここの部分は広島の聴衆には届かなかった。当日広島市が配布した翻訳資料には、この肝心な部分が抜け落ちていたからである。広島市は外務省が送って来た資料を単に配布しただけだ、と責任逃れをした。

実際、この時、自ら主宰する広島市にはなんの権限もなく、すべて外務省に牛耳られていたようである。以上の私の記述は、
「拝啓、河野衆議院議長 21世紀を歴史的和解の世紀としませんか?ヒロシマ・ノート批判 T及びU」
<http://www.inaco.co.jp/isaac/back/022-5/022-5.htm>
<http://www.inaco.co.jp/isaac/back/022-6/022-6.htm>

「アメリカが失った利益」
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/USA_SP/
strategic_posture_4-2_ext1.htm>

「広島平和記念式典におけるミゲル・デスコト・ブロックマン 第63回国連総会議長のあいさつ」<広島、2009年8月6日><拙訳版>
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/hiroshima_nagasaki/2009_03.htm>などを参照の事。翻訳を担当した総合外交政策局国連企画調整課がこの部分を翻訳しなかったのは、故意にかどうか私には確認のすべがない。デスコトがここの部分を当日思いついたように挿入したものとは思われない。)


ピース・フォーカス第49号

 さて、中国新聞が、「広島への原爆投下の政治性」に目覚めたかのように見えたのは、オバマ政権登場あたりからである。一時私も期待した。あいも変わらず、「平和を祈って演奏会」だのどこそこから黒こげに焼けた弁当箱が出てきたの、元安川に産業奨励館(いまの原爆ドーム)に復元CGを投影しただの、「被爆者の悲惨」シリーズ記事はなくなりはしないものの、この記事の主題である中国新聞の「ピース・フォーカス」という連載シリーズも始まった。「核兵器はなくせる」と題する連載も始まった。

 ところがおかしい。「広島への原爆投下」の政治性を衝いた記事は見られないばかりか、アメリカに協力する形で、外務省ペースの「核不拡散」のテーマをヨイショする記事がこのところ目立つ。

 そして今回の記事である。その記事は2010年3月8日付け「ピース・フォーカス」第49号「米、核予算の大幅増額計画」と題する1ページ記事である。
(※紙面ではピース・フォーカスのコラム名だったが、webサイトではピース・ボイスのコラムに分類されていた。2010.4.3)

 タイトルを見て、中国新聞もやっとここへ目が行ったか、と私は喜んだ。ところが内容を読んで、これは悪質だ、と私は思った。この新聞を読む人はみんな自分の生活に追われている。いちいちインターネットで「アメリカ大統領」の議会に対する提案予算など調べているヒマはない。たとえ調べたとしても、それを分析する時間も能力もない。だからこうした新聞がそれをかいつまんで、一般の日本市民、特に広島市民に対して何が起こっているか、これまでどんないきさつだったのかなどを知らせ、私たちの政治的素養の一つ、参考情報にしていくところに価値がある。

 ところがこの記事はそうではない。一見批判的に見せながら、オバマ政権を支持しようと思わせる仕立てになっている。客観記事を装いながら実はオバマ政権のプロバガンダを垂れ流している。それが、真に「核兵器廃絶」につながっているのならまだしも、結局の所、ある意味ブッシュ政権より悪質なオバマ政権の「世界核独占体制」(包括的核不拡散体制)の手助けをしようとしている。悪質というのはこうした意味だ。

 私は中国新聞を毎月購読しているが、金を払ってこんなプロバガンダを読まされる筋合いはない。

 この記事の目的は、中国新聞の「ピース・フォーカス」第49号「米、核予算の大幅増額計画」の中身を検討することにある。

(引用や出典根拠を示すので、記事が煩雑になるが、やむを得ない。)


「核拡散防止比重高める」の4段見出し

 この記事は先の「見出し」に対して、2つの別な見出しを使っている。「核拡散防止比重高める」と「『抑止アピール』議会対策か」である。「抑止アピール議会対策か」はまるきり意味不明な見出しだが、ともかく印象としては、「オバマ政権は核兵器予算」をブッシュ時代に比べて大幅に予算増額したが、これは核兵器に力を入れるように見えて、実は議会対策なんですよ。」といっているように見える。中身を読まない読者はそういう印象をもつものも多いだろう。

 この記事のリードも「一見」そう思わせる。リードを引用しよう。(この記事の引用部分は『』に入れて表示する。)

 オバマ米政権としての初の本格的な予算要求となる2011会計年度(10年10月〜11年9月)の予算教書が米議会に提出され核兵器関連コスト(コストは原文のママ)の大幅増額を計画していることが明らかになった。(明らかになったのは2月のはじめだから、最近のことではないし、09年5月に提出された「アメリカの戦略態勢議会委員会の最終報告でこのことは各方面で十分予測されていた。)「核兵器のない世界を目指す」と高らかにうたってきたオバマ大統領の政策とは一見して矛盾する動きだ。膨れあがる数字の根拠や背景について、エネルギー省の核兵器関連部分だけでも600ページに上る予算要求を読み解いてみる。』


 「一見して矛盾する動き」といっているので、「実はそうではない。」という読み解き方をするのかと思ったら、記事の最後までそれはなかった。あとでも触れるが「議会を説得するため」を匂わせるコメントを出しているだけだ。このコメントの信憑性についても後で触れる。

 またこの予算の立て方が、オバマの「プラハ演説」とも、先にも触れた「アメリカの戦略態勢議会委員会最終報告」とも、一見も、二見もない、全然矛盾しないものであることも後で触れる。

 さてどこから手をつけていいのか、わからないくらい問題だらけの記事だが、まず別表「米国の国家核安全保障局2011会計年度予算提案」とする表から行ってみよう。

 この表では「核兵器」が70.1億ドルとなっている。数字が間違いなのではない。項目名に疑問があるのだ。私がアメリカ国家核安全保障局の資料をもとにして作成した別表がある。(「オバマ政権の2011年国家核安全保障局要求予算」参照の事。)私の項目名は「核兵器アクティビティ」となっている。元の言葉は“weapons activities”だ。これを中国新聞の記事では次のように書いている。

 うち核兵器関連は70億1000万ドル(6300億円)(どこにも換算レートを断っていないが明らかに1ドル=90円。)で前年比9.8%増。しかも今後5年間で計50億円(これは単純な誤植で50億ドルのこと)(4500億円)を上乗せする方針も同時に示した。』


 この記述の「核兵器関連」がどうも“weapons activities”のことらしい。しかし「核兵器関連」という言葉を使うなら、この国家核安全保障局の予算全体が、あとでも見るように「核兵器関連予算」なのである。

 国家核安全保障局の使う言葉「核兵器アクティビティ」の中身を見てみよう。記事は次のように書いている。

増額が顕著なのは保有核を保守管理する経費だ。(先ほどのリード記事ではコスト=費用という言葉を使った。ここでは経費=expenseになっている。しかしここでいう予算は、この予算書でも、国家核安全保障局の言葉でも投資=investments、になっている。これは経費でも費用でもなく投資なのだ。経費や費用は随分事態を軽く見た言い方だ。)26.0%増の18億9000万ドル(1700億円)を計上した。

 米国は1992年以来、核弾頭の劣化状況などを調べる地下核実験は控え、新型核の製造もしていない。一方で代替措置として、核弾頭の維持管理やその手法の研究に厖大な予算をつぎ込んでいる。』


「核兵器保守管理」とは新品再生近代化のこと

 ここで私は、この18億9000万ドルという金額がどこから出てきたのか、はたと戸惑う。しかもこれは「核弾頭の維持管理やその手法の研究」のための予算だ、というのである。私の拾い方も、けっして正確とは言えないかもしれない。そう言う目で見ると、先ほどの「予算表」のいい加減さが目についてくる。この表では「核兵器」に対する予算が70.1億ドルだといいながら、その内訳を足してみると、「核兵器の保守や管理」18.9億ドル(記事では維持管理といっている。)、「CMRR建設」2.25億ドルで21.15億ドルにしかならない。残りの48.95億ドルは一体どこへ行ったのか?

 私の分析では次の通りである。「核兵器貯蔵支援」20億ドル、「科学・技術・エンジニアリング」16億2400万ドル、「インフラストラクチャー改善」20億ドル、「安全保障及び核テロリズム対策」が10億7700万ドル、これが「核兵器アクティビティ」の内訳である。これでも、67億ドルにしかならない。のこり3億ドルは私の拾い忘れである。

 「核兵器貯蔵支援」20億ドルが、内容的に「核兵器の保守や管理」18.9億ドルに一番近い。しかし、本当に「600ページに上る予算要求を読み解いてみる。」と云うほど、読んだのだろうか?というのは「核兵器の保守や管理」「維持管理」という言葉は構わないとして、それで何が具体的に行われるのかを全くイメージできていないからだ。「保守や管理」「維持管理」という言葉だけがあって全くそれに内容が当てられていない。私だって立派なことはいえない。この予算書を全部読めていない。重要な項目をひらって、他の資料を検索しながら大筋理解するのが精いっぱいだ。

 しかし、それでも「オーバーホール」(overhaul)や「近代化」(modernization)という言葉はあったはずだ。

 私の手元の資料(といってもインターネットで入手できるレベルだが)(<http://nuclearweaponarchive.org/Usa/Weapons/Allbombs.html>を見てみると、アメリカは1991年9月のミサイル弾頭用の核爆発装置W-89(出力20万トン)以降、核兵器の爆発装置を製造していない。理由は簡単だ。作りすぎて溢れたのである。

 たとえばこの記事でも触れられているW-61ファミリーなどは、一番古いものは1960年代製造のものもある。

 経年劣化がどんどん進む。しかもこれらの多くは、前線実戦配備している。危険この上ない。だからクリントン政権の時から、順次オーバーホール(部品を取り替えて、新品再生することだと考えていい。)計画が開始されていた。ブッシュ政権でもそれは続けたが、一時頓挫した。

 それを、元国防長官のウィリアム・ペリーは次のように説明している

アメリカの核軍事力はアメリカあるいはその同盟国に対する攻撃を抑止することを意図しており、防衛的最終手段としてのみ使われ得ることをはっきりと述べる。この政策は、アメリカの核軍事力が安全で安定しかつ信頼性に富むことを確証する計画、及び核抑止の任務を達成する十分な数量(の核兵器)によって裏付けされる。この報告書では、必要とされる限り、保有する核兵器が有効であるように維持する必要な段階を一つ一つ記述している。なかんずく、核兵器研究所における技術的計画の頼もしい支援が提供されている。すなわち、コンピュータ技術やシミュレーションによって限界のフロンティアを押し広げており、研究所における実験能力を強化していることが挙げられる。

 核兵器研究所は「貯蔵管理計画」(註29)や「寿命延長計画」(註30)などで素晴らしい成果をあげてきた。しかしこれから更に事態はむつかしくなろう。核兵器がどんどん経年劣化するからだ。

 それに加えて、これまでは成功してきたが、これからは人材や資金の削減という危険にさらされることになる。われわれは、核兵器研究所の技術スタッフはユニークな国家的資産だと信じている。こうした研究所に基礎研究やエネルギー技術や知的支援を含めた、もっと拡張した国家安全保障上の役割を与えることが認識されるべきだと信じている。研究所の拡張した役割を可能とする方法を勧告する。こうした核兵器複合施設の知的インフラに対応すること以外に、経年劣化した物理的インフラをいかに持続可能なものとするかについても勧告するつもりだ。』
(アメリカの戦略態勢議会委員会「最終報告書」の委員長緒言
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/USA_
SP/strategic_posture_2.htm>

 オバマ政権はこの「最終報告書」通りの、予算を2011年会計年度に要求したにすぎない。

 なお上記の文章で「貯蔵管理計画」(註29)や「寿命延長計画」(註30)については、次のような註を私はつけた。

貯蔵管理計画」は「the Stockpile Stewardship Program−SSP」、「寿命延長計画」は「Life Extension Program-LEP」。1996年、クリントン政権が包括的核実験禁止条約に署名した直後から開始されたプログラム。「核実験」を行わずに、保有核兵器の信頼性を維持していこうという計画。アメリカは1992年以来、新たな核兵器の実戦配備を行っていない。しかももっとも古い核兵器は17年以上も経っていることから、保有核兵器の信頼性が疑われることになった。そこでこの計画で、点検し、実験してもしその信頼性に疑問があれば、オーバーホールするなり廃棄処分にするなりの作業が開始された。ほとんどの作業は、エネルギー省傘下の、研究所や施設で行われた。ロス・アラモス国立研究所、サンディア国立研究所、ローレンス・リバモア国立研究所、ネバダ核実験場、エネルギー省直下の核兵器製造工場などである。ブッシュ政権になってこの計画は「信頼できる核弾頭代替計画」( Reliable Replacement Warhead-RRW)に引き継がれ、拡張された。2009年オバマ政権はこの計画を中止している。SSPは毎年40億ドルを投じられたといわれる。この1月末に「オバマ、大幅な核兵器財源増額を追求」というニュースが報じられたが<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/obama_20
.htm>
これは、明らかに、ブッシュ政権のRRWに代替する政策だろう。またこの報告書の勧告の方向ともよく一致する。」


3つの核兵器ファミリーの近代化が主眼

 ペリーは別の場所で、ブッシュ政権のSSP計画について、大いに不満を見せている。その理由は、「核兵器新品再生」の基準や方向性や戦略的目的が明確でない、というものだった。その勧告を受けてオバマ政権はブッシュ時代のSSPをいったん中止したのである。

 だから、2011年度でそれが装い新たに再スタートすることはみんな予測していた。

 この中国新聞の記事は、そうした背景や流れにまったく理解を欠いたまま書かれている。

 しかも次のような与太記事を書き飛ばしている。

全米科学者連盟の核兵器専門家ハンス・クリステンセン氏は、「B61は最も性能の安定した兵器だと立証され、さらなる研究費は不要だ。何らかの新たな能力を付け加える費用を含んでいるのではないか。」と推測する。』

 全米科学者連盟は、アメリカ科学者連盟(the Federation of American Scientists)のことだろう。もともと「マンハッタン計画」に参加し、広島・長崎の原爆投下に反対した物理学者が、1945年に設立した科学者の非営利団体だ。そのサイト<http://www.fas.org/about/index.html>を見ると、

これら科学者は、科学が多くの主要な公共政策問題の中心となってきたという認識をもった。そして科学者は、科学的また技術的進歩が、いかに潜在的な危険をもたらすかについて、大衆と政策指導者に警告し、新たな科学的知見の利益を増進するような優れた政策を示すそうした独特な責任を負っていると信じるに至った。」

と設立の動機について述べている。

 その後この科学者の団体は、専門的な立場から、おおやけにされた核兵器情報や軍事情報を掲載するだけでなく、陰に陽にアメリカ政府の政策に影響を与えてきた。ブッシュ政権の時に、「バンカーバスター開発計画」があったが、ともかくこの計画が議会で棚上げにされたのは、アメリカ科学者連盟の強い反対の働きかけがあったからだと云われている。

 いわば全体として云えば、アメリカ政府の核兵器政策に批判の立場をとり続けた科学者たちだ。全員ではないが(中には政府の圧力や高額な報酬、高い社会的地位に釣られて協力してしまった科学者もいる。)、この非営利団体はアメリカのもっとも良心的で見識をもった科学者たちだ。

 私はハンス・クリステンセンという人物を知らないが、彼がアメリカ科学者連盟の科学者ならば、上記のような不見識なことは云わないはずだ。

オバマ政権は、今回の予算要求で、B61ファミリーばかりでなく、重点的にはW76LEP(1978年から87年にかけて製造。トライデントT型・U型用の多頭型核弾頭。1発の破壊力は10万トンと比較的小型。それでもナガサキ・ヒロシマの5倍以上ある。)、W78(79年から82年にかけて製造。ミニットマン用のこれも多弾頭型。1発の破壊力は、33万から35万トン。多分今の平均破壊力は1発20万トンだと思うので、平均よりやや大型。)などの近代化、オーバーホールに当てられており、非常に危険な計画だ。』

と言っただろう。

 今回予算の「核兵器貯蔵支援」20億ドルは実はこの3つの核爆発装置ファミリーの近代化・新品再生投資に当てられている。近代化とはとりも直さず「スマート兵器化」だ。「兵器の精密化」だ。それは予算書にもちゃんと書いてあるし、国家核安全保障局の計画でもうたわれている公開情報だ。ついでに云えば、今度日本における米軍再編で、2014年までに厚木から岩国にやってくることになっているアメリカ海軍第5空母航空団の主力戦闘爆撃機、スーパーホーネットは、まさにこのB61ファミリー搭載可能戦闘爆撃機だ。(「厚木から岩国にやってくるもの 第3回」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/US_JP_ST/04.htm>参照のこと。)

 この記事で言うように、「核兵器の保守・管理経費」などと云うものではない。


「電子核実験」の予算

 さらに総額70億ドルの「核兵器アクティビティ」の中で、別表にも出さず、記事の中でもあいまいな形でしか書いていないが、「科学・技術・エンジニアリング」16.24億ドルという項目がある。これは、物理的な核実験の替わりに、臨界前核実験やコンピュータ・シミュレーションによる「核実験」研究開発費用である。この記事で関連する部分は次の記述である。

 研究開発費の中身では「ネバダ核実験場での臨界前核実験関連」との表現もある。』

 という部分だ。まずどこを探しても研究開発費などというあいまいな予算項目はない。ネバダ核実験場の整備のことなら、「国防省などの政府機関を支援する形で、危険作業、実験、訓練を行っており、大統領から命令があれば地下核実験を実施できる能力を維持している。」での予算のことだろう。これも予算書に書いてある。しかも「科学・技術・エンジニアリング」16.24億ドルの中身では、ネバダ核実験場の問題は小さい。その多くは、ロス・アラモス研究所やローレンス・リバモア国立研究所での「電子核実験」機能強化に当てられている。すなわち高度な臨界前核実験やコンピュータ・シュミレーションのことだ。

 先にも引用したペリーの表現を借りれば、

 この報告書では、必要とされる限り、保有する核兵器が有効であるように維持する必要な段階を一つ一つ記述している。なかんずく、核兵器研究所における技術的計画の頼もしい支援が提供されている。すなわち、コンピュータ技術やシミュレーションによって限界のフロンティアを押し広げており、研究所における実験能力を強化していることが挙げられる。』

 ということになる。これも「アメリカの戦略態勢」議会委員会の勧告通りの大きな予算付けだ。


インフラ整備の主眼は「知的インフラ」

 さらにこの分野では、アメリカ国家核安全保障局傘下の「インフラストラクチャー」全体の近代化に当てられる予算20億ドルが大きい。

 この曖昧な記事で、該当する部分を探せば、

 『  このほか、研究施設などインフラ整備費でも増額が目立つ。中でも、核弾頭の核心部分であるプルトニウムピット製造にもあたるロスアラモス国立研究所(ニューメキシコ州)内の新たな核施設(CMRR)関連は2億2500万ドル(200億円)を計上し、施設建設を本格化する構え。』

 という部分であろう。何をどう調べたのかさっぱり見当もつかないが、ロス・アラモス研究所のCMRRは、「The Chemistry and Metallurgy Research Replacement」計画のことだろう。これは先ほども出てきた、「貯蔵管理計画」(the Stockpile Stewardship Program)に対応するものだ。つまり核兵器の新たなホーバーホールや新品再生を行うにあたって、その事業を推進するための施設を新たにする計画全体をさしている。なにもプルトニウムピット製造(ロス・アラモス研究所に限らないが、こうした研究所では、核兵器の部品を外部民間軍事企業に発注するとともに、特殊な部品は内製化している。プルトニウムピットもそうした部品の一つ。)だけがCMRRなのではない。
(たとえば次のサイトを参照<http://www.lanl.gov/orgs/cmrr/>


 それよりも、この「インフラストラクチャー」事業は、もっと根本的な問題を含んでいる。先にも引用した、ペリーの言葉を思い出して欲しい。

 それに加えて、これまでは成功してきたが、これからは人材や資金の削減という危険にさらされることになる。われわれは、核兵器研究所の技術スタッフはユニークな国家的資産だと信じている。こうした研究所に基礎研究やエネルギー技術や知的支援を含めた、もっと拡張した国家安全保障上の役割を与えることが認識されるべきだと信じている。研究所の拡張した役割を可能とする方法を勧告する。こうした核兵器複合施設の知的インフラに対応すること以外に、経年劣化した物理的インフラをいかに持続可能なものとするかについても勧告するつもりだ。』

 アメリカが新たな核兵器を製造しなくなって20年近くが経過する。核兵器に限らないが、一般に製造を辞めた産業に襲いかかってくるのは、人材・技術者の枯渇である。人材・技術者はその製品を製造し続ける中で、水準が維持向上でき、また専門的知見・経験も継承できる。アメリカの「核兵器複合施設」(Nuclear Weapon Complex)でもこの問題が深刻になっている。ペリーが「核兵器研究所の技術スタッフはユニークな国家資産だ。」といっているのは、このことである。つまりこの事業の眼目は、人材の育成・補充を含めた、ペリーの言い方を借りれば「知的インフラ」を整備することなのである。経年劣化した物理的インフラの整備などは2の次なのだ。またペリーは、別な箇所で、「アメリカ以外の核兵器大国の情報収集と分析は、現在各情報機関任せだ、これでは正確な分析はできない。だからこの仕事は、これから核兵器研究所が担当すべきだ。」といっているので、この知的インフラ整備の中には、核兵器情報収集・分析機能も含まれているに違いない。

 どちらにせよ、物理的施設の拡充・近代化が眼目なのではない。


「防衛核不拡散計画」の中身

 さて次の項目を見てみよう。「不拡散」と「予算表」では表示されている。これも予算書では「防衛核不拡散計画」となっている。これも「予算表」では「核分裂物質処分費用」10億ドル、「地球的規模脅威削減イニシアチブ」5.59億ドルとなっていて合計15.59億ドルだ。この項目の総額は26.8億ドルだから、先ほどの「核兵器」の項目ほどではないが、10億ドル強がどこに当てられるのかが、説明されていない。

 記事で該当する部分を探せば、

 『  NNSA(国家核安全保障局)のダミアン・レベラ報道官は「このCMRRは核不拡散にとっても重要な役割を果たす。既存施設は老朽化が著しく近代化は核セキュリティの強化に不可欠だ」と説明する。』

 「CMRR」は先ほどロス・アラモス研究所のところで見た、核兵器新品再生・近代化計画に対応して行なわれる物理的施設の近代化のことだろう。つまりレベラ報道官の説明は全く意味不明なのだ。少なくとも私には支離滅裂の説明としか読めない。

 もう1箇所、次の記述がある。

 核不拡散や核セキュリティも同25.7%増の26億8000万ドル(2400億円)とし重視する姿勢を鮮明にした。なかでも平和利用の核分裂物質が軍事に転用されにくくするため、高濃縮ウランを燃料に使う原子炉を低濃縮ウラン用に改修したり、核物質の盗難を防止したりするための「地球的規模脅威削減イニシアチブ」(GTRI)の増額が目立つ。』

 「25.7%増の26億8000万ドル」以外に上記の文章の意味がわかる人がいるだろうか?しかも「予算表」では「核分裂物質処分」10億ドル、としているのである。わけのわからないことを書きなぐっているとしか思えない。

 第一、「平和利用の核分裂物質」を軍事に転用することなどできはしない。平和利用といえば、たとえばウランの場合濃縮度が3.5−5%が原子力発電用である。医療用で20%、研究用で30%である。平和利用とはいえないが原子力潜水艦などのウラン燃料は40%である。これに対して核兵器用のウラン燃料は濃縮度90%から99.9%である。90%を切ると設計上の出力(yield)は先ず期待できない。全く別物だ。平和利用の核分裂物質を軍事に転用されにくくする、どころか金輪際不可能だ。

 高濃縮ウランというのは濃縮度20%以上のウラン燃料だろう。低濃縮ウランというのは20%未満のウラン燃料だろう。全く異なる目的の、全く異なる用途の原子炉のことだ。

 意味不明の文章だ。
あるいは軍事用ウラン燃料は高濃縮ウランと思いこんでいるのかも知れない。しかしそれにしても意味不明だ。軍事用ウラン燃料にとって「原子炉」とは核爆発装置そのものなのだから。減速材もいらなければ制御棒も要らない。)

 「核不拡散や核セキュリティも25.7%増・・・」としているが、「予算表」では「不拡散」が25.7%としているではないか?

 わけのわからない記述を離れて、この「不拡散」としてある予算項目の中身を見てみよう。

 まず「予算項目名」は「防衛核不拡散計画」(Defense Nuclear Nonproliferation program)である。

 大きな項目から云うと、10億3000万ドルの「核分裂物質整理処分事業」(計画)だろう。要求予算は10億3000万ドル(927億円)で、前年比伸びは46.8%と突出している。この数字だけは中国新聞の記述とほぼ合致している。

 原爆でも原子力発電でも、ウランの同位体U235を燃料とする。U235は核分裂の過程で、同位体U238とプルトニウムを生成する。このU235とプルトニウムが燃えて(酸化して)、混合酸化物(Mixed Oxide)が生成される。これがMOXである。MOXはプルサーマル発電では燃料になる。しかし基本的には危険な核廃棄物である。(プルサーマルは和製英語。プルトニウム・サーマル原子炉のこと。)この項目の予算が突出しているのは、アメリカのプルトニウム廃棄事業の一環として、新規にMOX処理生成工場を建設しているためだ。特に今回は要求額が大きい。ために予算が突出している。またロシアのプルトニウム処理への協力事業としての予算1億ドル(90億円)も含まれている。

 次に大きいのが、「グローバル脅威削減イニシアティブ」(中国新聞の記事では地球的規模削減イニシアテチブで、「核物質の盗難を防止したりするための国際支援」と説明している部分である。)。要求予算は5億5880万ドルでこれも前年比68%アップと突出している。増額の大きな部分は今進めている、高濃縮ウラン原子炉4基の転換費用と優先核分裂物質の整理廃棄事業費用である。これを国家核安全保障局の説明は、「高濃縮ウラン用原子炉を低濃縮ウラン原子炉に転換する。このため、拡散の危険に耐性ができた。」と説明している。高濃縮ウランを使わないから、危険が少なくなった、という事だ。これも屁理屈で、恐らく高濃縮ウラン原子炉とは、原子力空母や原子力潜水艦用燃料(濃縮度40%)用原子炉だろう。プリンストン大学の核専門家、フランク・フォン・ヒッペルは「恐らくアメリカ海軍は海軍用艦船のウラン燃料を大量に持っており恐らく100年分くらいはあるだろう。」といっている。(日本原子力委員会「長計についてご意見を聴く会(第16回) 議事録 PDF>)

 要はもう高濃縮ウラン用の原子炉は要らないのだ。だから医療用なり、研究用なり、発電用なりの低濃縮ウラン原子炉に転換しているに過ぎない。

 優先核分裂物質の整理廃棄とは具体的に何か私にはわからない。ただ兵器用燃料のことだとは推測がつく。アメリカは(ロシアも同じだが)、老朽化した核兵器をどんどん廃棄処分にしている。これは核兵器の近代化事業でもある。(米ロ核削減協定とは一面こうした、処分整理事業を通しての核兵器近代化事業だ。)核兵器を廃棄するのはいいが、そこから大量の兵器級核燃料が派生する。これを処分することなのだと思う。兵器級燃料を原子力発電用の燃料に転換するのは容易だ。こうして兵器用燃料を平和目的の燃料に転換することを「安全化」と呼んでいるが、おそらく安全化事業なのではないか?アメリカもロシアもこれを売りたい筈だ。だから、他の国で新たな原子力発電用ウラン濃縮などやって欲しくないのだと思う。


ロシア・ロサトム安全化投資

 さらに次の項目では、「国際物質保護管理及び協力体制」5億9000万ドルがある。ここで「物質」といっているのは、広義には大量破壊兵器に関わる物質ということであろうが、より直截的には核分裂物質のことであろう。国際的に危険な「物質」を安全化する費用。2005年、ロシアの大統領プーチンとアメリカの大統領ブッシュがスロバキアのブラチスラバで会談し、両国の核に関する協力事業推進に合意した。(ブラチスラバ合意)。このブラチスラバ合意に基づいて、ロシア国家原子力エネルギー庁(ロサトム。Rosatom)の保有する核兵器施設での安全化作業にアメリカが協力することになった。この予算の中にはロサトム安全化費用も含まれている。また旧ソ連諸国から回収した兵器級核分裂物質の安全化費用も含まれているものと思う。

 次の項目は「不拡散及び検証に関する研究開発」の3億5000万ドル。協定監視及び検証支援の目的をもったネバダ核実験場における実験と評価に関する新しい技術開発、のため、ということらしい。実際この研究は将来「核兵器廃絶」が決まっても必要な研究開発分野である。厖大な量の核兵器が完全に廃棄されたかどうか、安全化をどうやって確認するかなど、核兵器廃絶を科学的に検証するノウハウや手法を開発するには是非とも必要なことだ。3億5000万ドルとけちくさいことを云わずに、70億ドルくらいとってもいいと思う。

 次の項目は「不拡散及び国際的安全保障」の1億5600万ドル。前年比16.6%の減額。中身は北朝鮮監視・検証体制に必要な予算と云うことらしい。これで見ると、アメリカと北朝鮮は近いうちに手打ちをするかも知れない。

 以上が「防衛核不拡散計画」予算の大ざっぱな内訳と内容だ。こうしてみると先ほどの中国新聞の記事が、この項目の内容がごちゃまぜに記述されていたことがわかるだろう。

 予算の中身については、これでほぼ大きく見たことになろうが、最後にもう1点だけ。アメリカ国家核安全保障局にはこれ以外にもう一つ大きな任務がある。1982年の大統領執行命令と1999年の国家防衛承認法で定められた任務で、NNSAはアメリカ海軍が使用する「核推進力」、わかりやすく云えば、原子力エンジン、の研究、設計、建造、試験、それから工場の運営に至るまで一切の関連業務を行うことになっている。これに対する予算が、中国新聞の記事の中の「予算表」で「艦船用原子炉:10億7000万ドル」としている部分だ。アメリカ海軍は現在「フォード級原子力空母」を開発中で、2010年度予算、2011年度予算を計上している。これは国防省(DoD)の予算だ。ただしこの原子力空母の原子力エンジンは、国家核安全保障局が開発し海軍に提供することになっている。

 核兵器には「核爆発装置」「兵器級核分裂物質」「運搬システム」を含むから、この予算項目も立派な核兵器予算である。


核兵器体系近代化・開発が主眼

 この中国新聞の「ピース・フォーカス第49号」は、こうした記事の内容に、「核拡散防止比重高める」と縦4段抜きの大見出しを入れている。これまで検討してきたように、予算の中身は「核拡散防止」にあるのではなく、核兵器あるいは核兵器体系の近代化、電子化、あるいは開発に重点があることは明らかであろう。

 この見出しがウソとわからないのは、記事の中身が判定不能なほどに曖昧だからだ。だから印象としては、「オバマ政権は核兵器予算を大きく増額したが、それは核拡散防止に重点があるのだな。」と思わせる効果がある。

 私はたまたま最近勉強したので、この記事の内容があまりにも酷すぎると判読できたが、私だっていつも勉強しているわけではない。一般市民と同様、私ももし勉強していなければ、この記事に何となくおかしいな、とは思いながら、結局「ああ、オバマ政権は核拡散防止に力を入れているのだな。」という印象だけをもっただろうと思う。

 一定のウソの印象を与える効果を持つという点でこの記事は悪質である。

 さらにこの記事には、別に悪質な点がある。記事を引用しよう。

   『「核兵器のない世界を目指す」オバマ政権がこうした積極予算を打ち出す背景は何だろうか。』と、この記事は問いを発した上で、次のように続ける。

「政府はロシアとの間の第T次戦略兵器削減条約(STRATT)後継条約と包括的核実験禁止条約(CTBT)の二つの条約の批准を目指しているため」と分析するのは平和運動家のジャクリーン・カバッソ氏。核軍縮に消極的な議会保守派や核兵器産業を説得するには、保有核を一定に削減し、地下核実験をしなくても米国の核抑止力は維持できると示す必要があり、そのため増額予算になったとの見方だ。』


 私はこのジャクリーン・カバッソ氏がなにものか知らないし、彼あるいは彼女に権威があるのかどうかどちらでもいい。問題は彼または彼女の語っている内容に妥当性と信憑性があるかどうかだ。

 まず、『「核兵器のない世界を目指す」オバマ政権がこうした積極予算を打ち出す背景は何だろうか。』という問いから見てみよう。

 昨年プラハで、オバマは「核兵器のない世界を目指す」とは云ったが、「核兵器のない世界」実現のため、それをすぐに政策化するとは一言も云っていない。それどころか、プラハ市民に対しては、「ご安心下さい。アメリカは核抑止力で皆さんを護ります。」と云った。つまり核兵器軍事力は保持します、と宣言した。(「アメリカ合衆国大統領 バラク・フセイン・オバマのプラハにおける演説」<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/obama_04.htm>


「信頼できる核抑止力を維持する」

 この演説のほぼ1ヶ月後議会に提出された「アメリカの戦略態勢議会委員会」の最終報告書では、このオバマの姿勢を次のように形容している。

 オバマ大統領は、核兵器をグローバルに廃絶するという目標に向かってアメリカは取り組むべきだと声明した。しかし大統領はまた、その目標に達するまで、アメリカは安全で安定しかつ信頼性のある核抑止力を維持するべく専心するとも述べている。これはある意味で、「主導する、しかし防護する」政策のもっとも新しい公式といえよう。われわれ委員会のメンバー全員は、グローバルな核廃絶という目標に達するには、地政学上の根本的変化が必要だと信ずるものである。けだし、もし核兵器廃絶の理想が「山の頂上」だとするなら、今現在その頂上は見えていないのは明白である。しかし私は、われわれが今居るところより安全な、山の「ベース・キャンプ」へ向かって前進すべきだと信じている。』
(同「委員長緒言
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/obama/USA_SP/strategic
_posture_2.htm>

 つまり、核兵器廃絶は一つの目標であって、それ以上ではない。それを実現するには「地政学上の根本的変化」が必要で、今はその条件はない。しかし「核兵器廃絶のその日」がくるまでアメリカは、安全で安定しかつ信頼性のある核抑止力を維持するため専心する、ということだ。

 核兵器廃絶は理想で、まだ「頂上」も見えていない。だから「私の生きている間は実現しないでしょう。」(同プラハ演説)ということになる。

 しかしその間は、「安全で安定しかつ信頼性のある核抑止力を維持する」と明確に述べている。いわば「核兵器廃絶」は「羊頭」なのだ。そして核兵器軍事力強化という「狗肉」を売っている。
しかもこの「狗肉」は、アメリカを中心とする「核供給国」による「核エネルギーの世界的独占」という腐臭ふんぷんの、「怪肉」に大化けする。すでに3月5日のオバマ声明にそれは窺える。どの産業でもそうだが、「独占」は極大利潤を保証する。)

 従って、今回核兵器予算を増強することに関して、オバマが云ってきたことと全く矛盾はない。オバマは大統領に就任してから、その言動は一貫している。

 だから、『「核兵器のない世界を目指す」オバマ政権がこうした積極予算を打ち出す背景は何だろうか。』という問い自体がなり立たないのだ。背景も何もない。これまでいって来たことを実地に移しただけだ。

 この問いが成立すると考えている書き手の頭の中身は何だろうか?オバマの核政策を理解していないか、あるいは、理解はしているが理解していないふりをしているか、どちらかしかあり得ない。

 どちらにせよ、オバマ政権の「核兵器政策」の本質を読者に伝えず、幻想を抱かしてしまう点で悪質である。

 こうしてみると、問いとして成立してない「質問」を投げかけられて、それに得々として解説する平和運動家ジャクリーン・カバッソ氏も怪しくなる。

 もし彼または彼女が、オバマの核兵器政策を正しく理解していたら、「いや不思議でもなんでもありませんよ。オバマは核抑止力を強化して信頼性を高める、と一貫して云ってきたのですから。」と答えたことだろう。

 この書き手のシナリオはこうだ。「オバマは核兵器廃絶を目指しているが、議会保守派に妥協せざるを得ないので、心ならずも核兵器予算を増額したのだ。」

 だから次のように書いている。

 米議会が今後、予算や条約審議(CTBTや米ロ核削減交渉などの条約のこと)にどんな対応を取るかは、核超大国の今後を左右する。「核兵器のない世界」とのビジョンが、核兵器関連予算を積みます結果を招くとすれば、まさに皮肉な事態だ。』


軍国主義化を強めるオバマ政権

 包括的核実験禁止条約(CTBT)を米議会が批准しようがしまいが大勢には影響ない。アメリカ議会がこれを批准したところで、北朝鮮、イスラエル、パキスタン、インドなどの発効要件国が批准しなければ、これが発効する気遣いはない。つまり、アメリカが批准したとしても、アメリカがこれに縛られる心配は当分ない。また仮に発効したとしても、アメリカにとって損はない。90年以降アメリカが力を入れている「電子核実験」、すなわち臨界前核実験やコンピュータ・シュミレーションによる核実験は禁じていないのだから。 

 「包括的」の名前が泣こうというものだ。今となってはアメリカも長い間実施していない「地下核実験禁止条約」に過ぎない。

 議会側もこのことはよく知っている。民主党と共和党が馴れ合いで、さもこれが大問題のように振る舞い、世界に高く売りつけようとしているだけだ。そして恐らく(間違いなく)5月のNPT運営再検討会議直前には批准してしまうだろう。米ロ核削減交渉にいたっては今やなんの意味もない。適当な数量で妥協して、これも世界に高く売りつけるだろう。「核兵器廃絶」とはなんの関係もない。

 核兵器予算に関しては、議会がこれを削る心配はない。もし削る勢力があるとすれば、民主党の下院議員、バーニー・フランク(Barney Frank。マサチューセッツ州選出)のような存在だろう。

 彼は、2009年2月、まっとうにも、国防予算の大幅な削減を要求して次のように述べた。

 できるだけ早い機会に、軍事予算をおよそ25%削減しなければ、(アメリカの連邦財政の)混乱は不可避となろう。たとえ、ブッシュ政権時代に実施した富裕層への減税措置を廃止したとしても、適切なレベルで内政に回す財源を引き続き確保していくことは不可能だ。私はアメリカの安全保障レベルを下げないで、軍事予算を根本的に削減できるような方法を提示する色々な思慮深い分析に今取り組んでいる。・・・メディケア、国家養老年金、その他の重要な国内政策にかかる費用を削減するような提案は、われわれの兵器体系を取り消すような提案に較べて、われわれの直面するいかなる脅威をも正当化できないほど、アメリカの存在をはるかに危険な淵に追いやってしまうだろう。』
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/11.htm>

 しかし、彼のような、良識のある議会人は今や絶対少数派である。オバマが核兵器予算を削られる心配はまずない。オバマ自身今年2月、2011年度の予算を提案する際、「軍事予算を除いて、アメリカの連邦歳出は削減する。」と述べ、バーニー・フランクとははっきり一線を画した。

 だからこの書き手が皮肉な事態だ、と述べているのは全く頭の中ででっち上げたシナリオの世界でのみ通用する話だ。

 この書き手の頭の中のシナリオとは全く逆に、オバマ政権は、予算面からみるとブッシュ政権にも増して強硬な軍国主義路線を取っている。

 アメリカ連邦政府の赤字、総負債は抜き差しならぬ所まで来ている。ブッシュ政権以来の強攻策が、特にアフガニスタン戦費、イラク戦費、2008年金融危機に端を発する財政出動、景気浮揚策のための財政出動が大きな要因だ。

 短期的には上記要因で間違いないが、中長期的にはもっと恐ろしい事態が待ち構えている。アメリカ社会の高齢化だ。国民から税金として徴収している養老年金基金(Social Security Fund)の収入より、給付金の方が上回りつつある。高齢者医療保険や障害者医療保険への支出も、収入を上回りつつある。さらに失業者の増加がこうした税金を払えなくなっている人々を増やしている。
以上「アメリカ連邦予算の仕組みと連邦負債」を参照の事。
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/11.htm>

 まだクリントン政権時代には、こうした給付金をある意味踏み倒して(給付金額を減らしたり、給付対象に制限をかけたり)、財政を黒字にする余裕があった。
「アメリカ財務省証券―国債の保有者」を参照の事。
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/05.htm>

 今のオバマ政権にはその余裕すらなくなっている。本当にアメリカ庶民の暮らしを考えるなら、フランク議員のよう主張するように、国防費を25%削減して、アメリカ市民の暮らしを改善する方に回すべきなのだ。

 にも関わらず、軍事費(単に国防費だけではない。「アメリカの軍事予算2010年」参照の事。<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/10.htm>だけは突出して増額するばかりか、今年もアフガニスタンに対して3万人の増派を決定した。

 ホワイトハウスの予算運営局の予測を見てみると、2009年11兆8759億ドル(実績)の総負債に対して、2010年度13兆7866億ドル、11年度15兆1440億ドル、12年度16兆3357億ドル、13年度17兆4535億ドル、14年度18兆5323億ドル、15年度19兆6833億ドルの連邦総負債となる。
「アメリカ連邦政府総負債の推移とGDP比率―2010年2月」参照の事
<http://www.inaco.co.jp/isaac/shiryo/Economy_of_the_US/07.htm>

 もし、今の方針通りにこの予算が組まれていけば、まちがいなくブッシュ政権をはるかに上回る軍国主義予算になる。

 少なくとも予算面から見た時の、これが、オバマ政権の実態だ。中国新聞が、いかに「オバマ賛美」を読者に吹き込もうが、実態は動かせない。第一アメリカの多くの市民は、幻滅と共に、1年あまりでオバマ政権に愛想を尽かし始めている。


全く逆の結論コメント

 ところで、この「ピース・フォーカス」の記事は、その結論で、「オバマは核兵器予算を大幅に増額したが、それは議会対策であり、決してオバマの本意ではないが、皮肉な結果だ。」と結果的にオバマ政権を擁護する論調になっている。

 ところが、そのすぐ後に、この論調とは全く逆のコメントがいきなり続いて、読むものを面食らわせる。引用しておこう。

 プラハ演説で「核抑止力を維持する」とも表明したオバマ大統領にとって、今回の予算教書は必ずしも不本意な妥協の産物ではないはずだ。被爆国であり同時に米国の「核の傘」に安全保障を頼る日本も、現実を直視する必要がある。』
(広島修道大学教授大島寛)

 大島の見方が正しいものとすれば、それまでの論調はいっぺんに吹っ飛んでしまうのである。

 別な見方も紹介しておこうという意図かも知れない。しかしなんの説明も、注釈もなしに全く逆の見方がつながっていては面食らうばかりである。うっかり読むと大島のコメントも、それまでの論調を補強するものと見えてしまう。しかしよく読むと全く逆のことを云っているのだ。

 意地悪な見方をすれば、中国新聞にとって大島のコメントは一種の保険のようなもので、「オバマは心ならずも核兵器予算を増額した。しかもそれは核拡散防止のためだった。」という印象だけを読者に与えることができれば良かったのかも知れない。

 私は中国新聞という地方紙の果たしてきた役割について、あるいは今果たしつつある役割についてつくづくと考え込まざるを得ない。

 もし私の見方が正しいものだとすれば、本来高度な政治問題であるアメリカの日本に対する「核兵器使用問題」から政治性を抜き取り、広島市民の目を、日本の多くの市民の目を「原爆の悲惨」にのみ集中させ、日本に対する核兵器使用と、現在の核兵器をめぐる情勢とを結びつける視点を失わせてきた。

 だから、広島市民は、核兵器廃絶を口にしながら、自ら核兵器の内部にすっぽり取り込まれている状態に無自覚、無批判でいる。「オバマジョリティ」を口にして、露骨なまでにオバマ追随の姿勢を見せる現職広島市長に、科学的な批判の目を向けようとしない。いやできない。それをする政治的素養に欠けているからだ。どこかおかしい、と思いつつも考える力を奪われている。そして考える力を奪われたまま、毎日の生活に追われている。

 それは、「広島」や「長崎」へのトルーマン政権による原爆投下を、高度な政治問題として捉えてこなかったからであり、従って現在の「核兵器廃絶問題」を高度な政治問題として捉え切れていないからである。

 そして、オバマ政権が登場すると「オバマ賛美」に回り、あるいは及び腰で擁護にまわる。

 そして、われわれの生活に根ざした形で、高度に政治的課題である「核兵器廃絶問題」を考える有益な情報を提供してこなかったのが中国新聞だ、と今結論づけざるをえない。

 そしてそれは、今オバマ政権の狙っていることがなんであれ、「オバマについていけば大丈夫だ」という雰囲気作りに一役も、二役も買っているのである。

 それは「オバマ政権の側面援護を広島で担う中国新聞」の、今の役割であろう・・・。