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広島地元中国新聞の「伊予灘地震」の報道ぶり

【お詫びと訂正・記事差し替え】
広島地元中国新聞の「伊予灘地震」の報道ぶり

 2014年3月26日午前5時頃掲載した『広島地元中国新聞の「伊予灘地震」の報道ぶり』記事に重大な私の誤りがありました。誤りの個所は当該中国新聞記事中「基準地震動」と表記してある個所を「基準“値”震動」の誤植だ、と指摘した個所です。これは「基準地震動」が正しく、中国新聞の表記で誤りはありません。

 「基準値震動」とは、 原子力規制委員会の『基準地震動及び耐震設計方針に係る審査ガイド(案)』(2013年6月6日修正案<http://www.nsr.go.jp/committee/yuushikisya/shin_taishinkijyun/data/0013_04.pdf>)では、「敷地ごとに震源を特定して策定する地震動」の意味合いで「基準地震動」という言葉を使っており、当該中国新聞の記事でもこの意味で「基準地震動」を使っています。これを「誤植」だとしたのは私の完全な誤りです。これは単に誤りでは済まず、私はこのことを持って次のように書いております。「おまけに「基準地震動」と“基準地”(値)の誤植付きです」さらに次のようにも書いております。「意味がわかっていれば“基準地震動”などという誤植も生まれるはずがありません」

 これは私の誤った理解のもとでの“誤った攻撃”であり、読者の方々と中国新聞に対してお詫びを申し上げます。

 記事を掲載した後、伊方原発の「基準地震動」に関する記事を読んでいるうちに私の誤りに気づきました。何度もこの種の記事は読んでいたのですが、頭の中で「基準地震動」を「基準“値”震動」と読み替えて理解していた(知識・理解の欠如)のが原因です。しかしどうもそれだけではなさそうです。私は常々この新聞(中国新聞)の、原発や放射線被曝問題に関する無定見な報道ぶりに腹を立てており、今回もその気持ちが働いて格好の攻撃材料、と勇み立ったのが真の原因と思われます。

 批判は常に必要です。批判なしには真実に近づけません。しかし無定見・無根拠・誤謬に基づく批判は、批判の名に値せず、それは有害な“攻撃”になってしまいます。私は常々このことを自戒してきたつもりですが、今回自戒が足りませんでした。

 なお記事は、部分的訂正というわけにもいかず、いったん全面削除して、以下のように差し替えます。読者の諸氏、また中国新聞に対し心からお詫びします。

哲野イサク

【以下差し替え記事】
広島地元中国新聞の「伊予灘地震」の報道ぶり

 広島地元中国新聞の、先日の「伊予灘沖地震」の報道ぶりをご紹介しておきましょう。「呉や大竹震度5弱」「伊予灘沖M6.2」の見出しの下に「中国電力島根原子力発電所は1、2号機とも運転は停止しており異常はなかった」とはじまります。伊予灘沖で地震が起こって200kmも離れた中国電力島根原発を心配する人もいないでしょう。心配するのは、広島から100km、震源地から40kmしか離れていない四国電力伊方原発の安否です。その伊方原発については四国電力に問い合わせたものと見え、「伊方原発の基準地震動(耐震設計の目安となる地震の揺れ)は570ガル。今回伊方1~3号機の震動は45~56ガルで異常はなかった」と報告しています。

 伊方原発も「運転は停止」しているのですから、島根原発同様「異常はなかった」で良さそうなものですが、こちらはわざわざ基準地震動に触れています。これは恐らく私の想像ですが、取材した中国新聞の記者に対して四国電力の広報が自ら触れたものだと思います。

 というのは原子力規制委員会の規制基準適合性審査で、審査会合は四国電力に対して、日本で最大活断層帯「中央構造線」のうち、紀伊半島の金剛山からスタートして別府湾にいたる6つの活断層グループが連動して動いた場合の地震動解析を求めており、四国電力側はこの要求に対して満足な回答をださないまま、基準地震動「570ガルで原子炉建屋の耐震性は保障されている」と主張しているからです。

▼文部科学省 地震調査研究推進本部webサイト
 「中央構造線断層帯(金剛山地東縁-伊予灘)」より

 570ガルは伊方原発の前面海域の4つの活断層帯(この4つの活断層帯は中央構造線の一部です)が動いた時の耐震設計基準値で、今まで四国電力は紀伊半島から別府湾にいたる6つの活断層グループが連動して動くなどと言った事態は想像だにしていません。「570ガルで大丈夫」だというのなら、6つの活断層グループが連動して動いた場合の解析結果を出してから、大丈夫というべきなのですが、そこは電力会社の非論理性、唯我独尊性が露骨にでています。この問題が決着していないので、従って伊方原発の「基準地震動」も決まりません。従って伊方原発の耐震性が現在の規制基準に適合しているかどうかの肝心な議論に入れず、このところずっと膠着状態です。(伊方原発審査が膠着状態なのはこの問題だけではありません)

 恐らくは四国電力広報部にはこの問題が念頭にあったのでしょう、わざわざ自分から基準地震動のことを持ち出し、中国新聞の取材に対して説明したものだと、私は想像します。つまりは基準地震動570ガルで大丈夫なのだということを中国新聞の読者に刷り込んで欲しかったのだと思います。

 ところが中国新聞の記者は、原子力規制委員会でのやりとりなどは恐らく何も知らないのだと思います。それどころか基準地震動の意味すら理解していないのだと思います。もしその意味がわかっていれば、「四国電力さん、冗談おっしゃっちゃぁいけません。570ガルの地震動が来れば、建物自体が持たなくなるかもしれないんですよ。伊方原発が稼働していなくても十分危険な揺れです。そんな震動と今回の揺れを比較するなどとバカなことをいっちゃいけません。逆に心配になるじゃぁありませんか?」と切り返した筈です。しかし記事からするとそんな様子もありません。ただいわれるままに四国電力の言い分を読者に取り次ぐだけです。

 さらにこの記事を書いた中国新聞の無知ぶりは「中国電力島根原子力発電所は1、2号機とも運転は停止しており」という記述に表れています。中国電力は「稼働を停止しており」と答えた筈です。なぜなら中国電力島根原発は現在ただ今も「運転中」なのですから。電力会社が「運転」と「稼働」の区別を間違えるはずがありません。

 たしかに島根原発の1号機・2号機は現在「稼働」を停止しています。言いかえれば発電を停止しています。しかし、核燃料は冷却し続けなければいけませんし、大量に発生する汚染水は毎日フィルターを通して濃度を薄めなくてはなりません。それでなければ法令で定める濃度以下にはならず、冷却した後の温水を日本海に放出できないのです。また現在島根原発のステータスは「点検中」です。点検中では作業員は決められた装置や器機の点検を行っています。またたとえば法令で定められた環境モニタリングは行わなければなりません。こうした行為全体を指して「運転中」という言葉を使います。島根原発は「運転中」なのです。「運転を停止」できるのは廃炉が決定した後のことです。

 この記事を書いた中国新聞の記者もそれをチェックする整理部も、担当編集幹部もこうした原発の基礎知識すら持っていないことは明白です。

 次に、山口大学金折教授の話に移りましょう。金折教授は「今回の伊予灘沖地震で、南海地震(正確には南海トラフ地震、と金折教授はいったはずですが)に一歩近づいたと見る」とのことで、これは教授の見解であり、様々な見解を科学者同士が提出しあって議論を闘わせることは科学的真実にアプローチする基本的手法ですので歓迎すべき見解といえましょう。また、そうであれば、広島市民としてはなおさら伊方原発の安全性が気になるところであり、この記事でも当然、伊方は大丈夫なのか、という問題にふれておかねばならないところですが、一切無視しています。

 南海トラフ巨大地震は「次は20年~30年の間の可能性が高い」という見方にはなんの新味もありません。というのは文部科学省の「地震調査研究推進本部」は「マグニチュード8~9の南海トラフ地震が発生する確率は今後30年間で70%」と明言しているのですから。(http://www.jishin.go.jp/main/yosokuchizu/kaiko/k_nankai.htm

 つまり伊方原発の重大事故発生の危険は、南海トラフ巨大地震という文脈からみれば、「発生の可能性」というより「蓋然性」の問題となるわけです。これはすでに衆知の事柄です。しかし中国新聞の記事は全くそれに触れません。第一四国電力、伊方原発が広島市からもっとも直近の原発だ、という事実を一言も書いていません。この事実を知らない広島市民はまだ数多いのです。伊方原発が広島からもっとも近い原発、という事実を知らなければ、伊予灘沖地震や南海トラフ巨大地震に関する記事もリアリティをもって読まれることはないでしょう。「ウチらになんの関係があるん?」という話になってしまいます。

 だとすればこの記事の締めくくりの記述には唖然とします。
 “「夜中に揺れた今回の経験を生かし、寝室に倒れやすいものを置かないなど、防災意識を高めるきっかけにして欲しい」と(金折教授は)呼びかけている。”

 すでに広島市消防局は、南海トラフ地震が発生した場合の、広島市の損害予測をそのパンフレット「広島市の地震被害想定(平成25年度)」で明らかにしています。

http://www.city.hiroshima.lg.jp/shobou/bousai/higaisouteih25.pdf

 このパンフレットによれば、マグニチュード9の南海トラフ巨大地震が起こった場合、広島市は震度6弱の地震に襲われる、としています。このパンフレットでは震源地想定が明確ではありませんでしたので広島市消防局予防課(担当課)に問い合わせてみると、広島県の想定同様、「南海トラフ」そのものが震源地とする想定だそうです。因みにトラフ(trough)とは深度6000mよりも浅い海底の細長い盆地を指す地形に形容される言葉で、日本語では「舟状海盆」というそうです。また舟状ではないものは、単に「海盆」、深さ6000mを越える場合は「海溝」というのだそうです。
(以上日本語ウィキペディア『トラフ (地形)』による)

 広島市消防局の被害想定によると、広島市の被害は全壊棟数1万8696棟、死者3907人、経済的被害額2兆3610億円ということです。(同5P「主な被害想定」を参照のこと)どちらにしても「寝室に倒れやすいものを置かない」どころの騒ぎではありません。

 しかし、この広島市消防局の被害想定にしても大きな問題を孕んでいます。というのは、南海トラフ地震で広島市が震度6弱の揺れなら、伊方原発の震度はどれくらいの想定をしているのか?という問題があるからです。この心配は当然でしょう。前出の「地震調査研究推進本部」の新しい想定では、伊方原発は「南海トラフ巨大地震」の震源域に入っているのですから。事と次第によっては、伊方原発の立地する地域が震源域となる可能性をしめしています。広島市が震度6弱なら「伊方原発」の震度はどれくらいと想定しているのか?という疑問は当然すぎるほど当然な質問でしょう。この質問に対する広島市消防局の回答は、またまた唖然とするものでした。「伊方原発の事故は全く想定していない」が回答です。

 しかし東日本大震災を引き金にして福島第一原発事故が発生したことを考えれば、「伊方原発の事故は全く想定していない」とする広島市消防局の回答はどうしても納得できません。
 「なぜ伊方原発事故を想定しないのか?伊方がフクシマ並でなくても、重大事故を起こせば、被害想定のシナリオは全く変わってくるのではないだろうか?伊方原発が事故を起こす場合、とそうでない場合を被害想定するべきではなかったか?少なくともこの被害想定は、伊方原発が事故を起こさない場合の想定です、という注意書きがあってもよかったんじゃないか?広島市は依然として“原発安全神話”にどっぷり浸かっている、といわれてもしょうがないじゃないですか?」という私のネチネチしたツッコミに対して、応対してくれた誠実そうな予防課の担当者は、答えに窮し「そういう見方がありうることは確かだ」と答えるのがやっとでした。

 中国新聞のこの記事は、広島市消防局に輪をかけて危機感に乏しく、さらに輪をかけて広島市民にとっての「四国電力伊方原発」の危険などは念頭にありません。だから南海トラフ巨大地震に備えて「寝室に倒れやすいものは置かないように」と読者に呼びかけることができるのです。フクシマ事故から3年もたつのに、中国新聞の時計は止まったままで、「原発安全神話」に頭のてっぺんまでどっぷり浸かっています。

 こんな新聞の記事を真に受けていては危険極まりないことは明白でしょう。みなさんの地方の新聞はいかがですか?